case010:人間破裂事件
~東京・某所~
深夜2時。
薄暗い住宅街の中、制服の警察官や作業服を着た刑事がトンネル型の歩道内に集まっていた。
制服の警察官は規制線を張って、野次馬や報道が入らないよう呼びかけ、刑事は黙々と鑑識作業を行っている。
「ったく……またやりやがったな……!」
そう言って舌打ちをするのは、警視庁捜査一課の刑事、平岡だった。
同じ係の井崎刑事も彼とともにいた。
この手の事件は、彼らにとって3度目だった。
8日前、初めてこの手口の事件が起こった。
このとき平岡達は家で休んでいたところ、夜中の2時に呼び出しをくらったのだ。
71歳女性の変死事件。線路下の高架トンネル内。
後に飼い犬が付近で保護されていたことから、犬の散歩中だったとみられている。
口、鼻、耳、目……体中のいたるところから血を噴いて死んでいた。
発見者は酔っぱらって終電を逃し、歩いて帰っていたサラリーマン。
血液鑑定では毒物やアルコールなどは検出されず、解剖でも外傷は見当たらなかった。
解剖医は、まるで内側から破裂したようだ、と驚愕していた。
内臓はほとんどが破裂しており、肉片が体内に散らばっていたという不可解な死亡。
殺害か、自殺か。
医学的にはそれすらも検討がつかないものだったが、医師を含めた全員が他殺を直感していた。
一応死亡推定時刻については、午前0時から午前1時と推定された。
その事件から3日後、また同じような変死体が発見された。
今回は34歳のサラリーマンだった。
場所は離れているものの、これまた同じようなトンネル型の歩道内。発見は午前6時12分。
全身の穴から血を噴き出しており、凄惨な死亡状況だった。
遺族から聴取したところ、彼は出勤の途中だったそうだ。
毒物は検出されず、解剖結果も1件目の高齢女性と同様だった。
そして今回が3件目。
中学校の校舎の最上階の廊下で女子生徒2名が同様に血を噴いて倒れていた。発見されたのは、月曜日の早朝。
発見者は朝練で登校した吹奏楽部の女子生徒。
変死体として発見された女子生徒2名はどちらも素行が良くなかったいわゆる不良だった。
彼女たちは死亡から2日程度経っており、土曜日に学校に無断で侵入したのか、連れてこられたのか……どちらにせよ休日中に亡くなっていた。
毒物の検査、解剖結果は言わずもがなだった。
確実に誰かが殺している。
証拠はないものの、平岡を含めた捜査員全員がそう感じ取っていた。
「チッ、またあいつらの世話になるのはムカつくが、仕方ねぇ。被害者と遺族のためだ」
明らかに不審な死を遂げている事件が連続したため、警視庁は特対庁へ連絡をとることとなった。
~特対庁・特務隊~
「……ということで、この連続変死事件の捜査に俺たちも加わることとなった」
特務隊の指揮官、屋敷は大型ホログラムを前にそういった。
ホログラムには、変死者の氏名、遺体の状況、地図が写し出されている。
「外傷は無いが、内臓破裂だそうだ。毒物も検出されていない」
「これ、完全に特異能力者の仕業ですよね?」
風祭は険しい顔で屋敷に尋ねると、彼が答える前に雨宮が言った。
「そんなの聞くまでもないでしょ。外傷なし、毒物なしでこんなこと、力を使わなきゃできるはずない」
「かなり血を噴き出してる……仮に特異能力によるものだとするなら、階梯は1とか2とかのレベルじゃない可能性があるわね」
遺体の写真に目を凝らしながら、一宮がつぶやく。
「あぁ、おそらく3か……最悪の場合4だろう。類似するような登録者がいないか緒方に探してもらったが……」
屋敷はそう言って、続きを緒方に託した。
「把握はありませんでした。未登録の能力者の可能性があります」
屋敷は緒方の報告に頷くと、さらに続ける。
「とはいうものの、今の段階では、まだアンダーの連絡だそうだ。上も何を考えているのか、警視庁からの正式依頼を待つってな」
シサイは困った表情で腕組みした。
「被害がかなり出てるっていうノニ、警察も、うちものんびりダネ」
「次、事件があれば出動する。今のうちに資料は読んでおけ」
屋敷の指示に皆が返事をした。ただ一人を除いては。
「あの~……」
先ほどまで自身に満ち溢れた様子で発言をしていた雨宮だった。
「私……今日午後から年休をもらってるんですが……よろしいですか……?」
恐る恐る尋ねる雨宮。屋敷は無表情で答えた。
「年休はそのまま取れ。お前らも取れるときに取れよ」
屋敷の指示に皆が返事をした。ただ一人を除いては。
「あの~……」
「なんだ雨宮、まだ何かあるのか?」
「今日、午後の年休でピアノのコンサートに行くんですが、チケットが2枚あって、だれか一緒にいかないかな~って……友達が急遽いけなくなって……」
いつもの態度とは真逆でだんだんと声が小さくなっていく。
彼女の申し出に、みな目をそらした。
「ってか、限りなく殺人事件に近い案件が発生してるっていうのに、のんきなもんだな。雨宮先輩殿!」
嵐司は雨宮を諫めた。
「仕方がないでしょう!? 異動前から年休予定決まってたんだから!」
「緒方さんとか、クラシックどうですか?」
「ごめんね凛ちゃん……ちょっと仕事が……」
緒方は目の前で両手を合わせると、穏やかに苦笑いした。
「じゃぁ……あんまり縁がないかもしれないけど、花園さんはどうです……?」
「ちょっとぉ! 決めつけよくないぞ! まぁ、クラシック聞き飽きたからパスなんだけど」
マリリンはわざとらしく怒っているようなジェスチャーをするが、すぐに“シッシ”と手を振った。
「あ~あ、クラシックに詳しい同僚がいたらな~……」
雨宮のその言葉に屋敷は冗談めかして言った。
「特務隊は局長と俺の承認がもらえれば、一般人だろうと即入隊させることができる。お前がクラシックに詳しくて特務隊にふさわしい能力者を見つけてこい」
「そうは言っても、今回はペアチケットなので、とにかく今一緒に言ってくれる人を見つけないと……」
「それは知らん」
雨宮は辺りを見回し、ある人物に狙いを定めた。
「じゃぁ……」
~花山記念クラシックコンサート場~
うきうき顔で開演を待つ雨宮の隣にはスーツ姿でうなだれる風祭が座っていた。
「はぁ……なんでOKしてしまったんだ……」
雨宮がドレスコードをしていたため、一応一緒にいて恥ずかしくないように風祭も正装に身を包んでいたのだ。
「ちゃんと通信ホログラム切っといてよ!」
「わかってますよ……」
「今回の演奏者ってめちゃくちゃ有名なの! 千堂夫婦って知らない?」
雨宮は小声で、それでいて鼻息荒く興奮した様子で風祭に問いかけた。
「知りませんよ……」
「なんで知らないのよ……! 今回の演奏は……」
興奮を抑えられない様子の雨宮。一人で喋り続けている。
その時、雨宮に小さく声をかける女性が近づいてきた。
「すみません。前失礼しますね」
黒いドレスに身を包んだ20代前半の若い女性。
結んだ髪を肩の前に流しており、上品な雰囲気が漂っている。
「あっ、どうぞ」
雨宮も小声で返答した。
その女性は、風祭、雨宮の前を通ると、雨宮の隣の席に腰を下ろした。
「ちょっとお話が聞こえました。楽しみにしてくださってるんですね」
その女性は“ありがとうございます”と軽く頭を下げた。
「このコンサート、私の父と母が演奏するんです」
その言葉に雨宮は“えっ”と驚きの声を漏らしてしまう。
「じゃあ、もしかしてあなたって……」
「初めまして、千堂唄と申します」
その女性は恭しく頭を下げた。
開演前まで雨宮は千堂唄とクラシックの話で盛り上がっていたが、風祭にはチンプンカンプンだった。
そうしているうちに始まったコンサート。千堂夫婦はクラシック界隈では有名で、チケットは数時間で完売してしまうほどだった。
夫の千堂兼道がピアノ、妻の花枝がバイオリン。そのハーモニーが国内のみならず、海外からも好評を得ていた。
演奏中雨宮はうっとりしながらため息を漏らしては目を輝かせていた。
2時間にわたるコンサートが終わり、割れんばかりの拍手喝采が会場を包んだ。
コンサートが終わり、観客が退場していく中、雨宮は唄と演奏について楽しそうに感想を言い合っていた。
「雨宮さん! この後お茶しませんか!? 感想会しましょう!」
「ぜひ! ねっ!? 風祭!」
2人の圧に押された風祭には“はい”以外の答えはなかった。
「じゃ、行きましょ!」
ほとんどの観客が退出したタイミングで、唄がそう言い、コンサートホールを後にする一行。するとホールを出たところで、何やら言い争いをしている声が聞こえた。
「だから、関わらないでくださいって言ってるでしょう! 警備員を呼びますよ!?」
声の出どころに目を向けると、3人の男女が言い争っていた。
黄色のドレスを着た中年の女性とタキシードを着た中年の男性が横並びで、高齢の男性と向き合っていた。
声を荒げていたのは、演奏を終えた唄の母親。その横に並んでいたのは、唄の父、向いあっていたのは、白髪で髪を後ろで結んだ老人だった。
白髪の老人も茶色のジャケットを着ており、整った身なりをしていた。
「なぜ私の言うことを聞かないんだ!」
その老人は唄の両親に向かって大声を上げると、警備員が駆け付け、連行されていった。
その様子を見た雨宮は心配そうに唄に尋ねた。
「あれ、唄さんのご両親ですよね……? 大丈夫ですか?」
唄はまっすぐと両親たちを見ながら表情を変えずに答えた。
「大丈夫です。よくあることですから」
すると唄は表情を一変させて、嬉しそうに両手を合わせた。
「さっ、行きましょ。雨宮さん! たっくさん語らいましょう!」




