case011:千堂唄
~カフェ~
「へぇ~! 唄さんって幼いころからピアノを! それに音大まで!」
雨宮は頼んだ紅茶に一切手をつけず、唄との話に夢中になっていた。
風祭はというと、まったく話についていけず、コーヒーをすでに飲み干し、溶けた氷をちびちびとすする段階に入っていた。唄はというと、雨宮の質問攻めにあっていた。主に来歴の話だ。
「大したことはありませんよ……! 父と母の期待に応えるので精いっぱいで」
「あの世界的に有名な演奏家のお二人の期待に応えているだけでもすごいことです!」
職場で見る雨宮とは全く異なる様子に、風祭は若干引いていた。
すると突然、70代近い男性の老人が現れる。黒い丸眼鏡を着けた彼は、長い白髪を後ろで結び、茶色のジャケットに深緑のネクタイとお洒落な紳士を思わせる服装だった。
「ここにいたのか、唄。帰るぞ」
その老人は唄の腕をつかむと、無理やり連れて行こうとした。
「ちょっと! 嫌がってますよ」
風祭がそう言って立ち上がる。
老人に詰め寄る風祭を、唄は手で制止した。
「大丈夫、大丈夫ですから。この人は私に幼いころから音楽を教えてくれた時雨さんって人だから」
唄はゆっくりとその老人-時雨の腕を下ろさせる。
「ちょっと待っててください。少し話をしてきます」
そう言って唄は時雨とともに席を離れた。
「あの老人って、さっきコンサート会場で唄さんの両親と揉めてた人よね?」
雨宮は風祭に問う。
「なんか、やばそうな人ですね」
唄に“大丈夫”と言われたものの、どういうことなのか気になる風祭と雨宮は、彼らの話声に耳を凝らす。
「……を……ればどうなるかわかってるだろう?」
身振り手振りで何かを言い聞かせている時雨。
それに対して唄は声を荒げる。
「脅しのつもりですか!? あなたも両親と同じですね……! 帰ってください。店員を呼びますよ!」
「よく考えろ。唄」
唄の言葉に時雨は渋々引き下がり、店の出入口へと向かった。
席に戻った唄に対し、風祭は声をかける。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう……大丈夫。もともと時雨先生にレッスンを受けてたんです。今は調律師だけど、昔は有名なピアニストですごかったんですよ? 昔はあこがれてたんですけど……今は見る影もなくて……」
唄は悲しそうにうつむいた。
「大人はみんな私みたいな違う考えを受け入れてくれないみたい。って私も大人なんだけどね!」
唄は無理やり作ったような笑顔を見せて、ケーキをほおばる。その様子に風祭と雨宮は心配そうに顔を見合わせた。
唄はフォークをゆっくりと置いて、自身の両手を合わせて握る。
「雨宮さん、もし何かあったら力になってくれる……?」
唄の手は震えていた。
「も、もちろんです!」
雨宮の答えに唄は乾いた笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい。なんか変な空気にしちゃって」
唄は謝罪し、頭を下げた。
「今日はお開きにしましょう。またお話できると嬉しいです。連絡先交換してくれませんか? 雨宮さん」
雨宮は困惑しながらも、唄と連絡先を交換する。
「雨宮さん、また連絡してもいいですか?」
唄は申し訳なさそうに雨宮に尋ねた。
「もちろんです! またお話できたらうれしいです!」
そうして唄と別れた雨宮達。
「あの人、特務隊にスカウトはできそうですか?」
「私たちみたいな仕事、あの人には無縁でしょ。来てくれたらうれしいけど」
「まずは特異能力に目覚めてもらわないとですね」
「やめなさいよ。感情の高ぶりなんて基本的にネガティブなものしかないんだから。あの人には不幸な経験をしてほしくない」
そう言って雨宮も歩き出す。
「雨宮さん、貸し1ですからね」
「何言ってんの。有名コンサート連れてきてあげたんだから、むしろこっちが貸し10よ」
~5日後・特務隊執務室~
屋敷は隊員を集め、ホログラムに映した資料を基に説明を始めた。
「警視庁から連絡があった。これまで3件発生していた内臓破裂事件。4件目が昨日の夜中にあったそうだ」
ホログラムに映されたのは、現場となる廃ビルの中だった。
警察官が駆け付けたときの状況が撮影されており、男女12名が血を噴いて倒れているのが分かる。
「被害者は男性6名、女性6名。年齢は16歳から54歳までと幅広い。死亡推定時刻はぼぼ同一らしい」
屋敷が次の資料を表示させる。そこには被害者の顔写真と情報が記されていた。
「ほとんどが生活苦で金を必要としていた者たち。中には暴力団構成員もいたそうだ。被害者の周辺の者への聞き込みで、被害者たちは“金がもらえる”と言っていたらしい」
「つまり、金を餌に廃ビルに集められて、一気に殺されたってこと?」
腕組みする一宮が屋敷に問うた。
「ま、おそらくはそうなんだろう。犯人が単独か複数かは分からないが、仮に複数だとしても全員が同一時刻に外傷なしの内臓破裂だ。特異能力と見て間違いないだろう」
「一度現場を見に行く。20分後に出発だ。準備にかかれ」
屋敷の指示に、皆は一斉に席を立つ。
~4件目被害現場・廃ビル~
「平岡さん、現場見せてもらってすいませんね」
4件目の被害現場となる廃ビルの最上階。現在は警察によって立ち入り規制がされているが、現場確認のため、警視庁の刑事平岡に依頼して特務隊も入れることとなったのだ。
「まあ、警察から特対さんの方に協力の話がいってるんでね。鑑識作業も終わってますし」
平岡はそう言うものの、その口調から面倒臭そうな態度が滲み出ている。
「特対さんは優秀な隊員が揃っているとのことですし、この前の立てこもりも解決していただきましたから、期待してますよ」
全くそうは思っていないであろう平岡の言葉に、屋敷はムッとするが、その皮肉を否定できないのも確かだった。
「くっせえな。人が死んだ現場来るの嫌なんだよ」
嵐司は無礼にも露骨に鼻をつまんでいる。
「なんか、カラオケみたいだね!」
マリリンは“あっ”とか“やっほー”などと言いながら反響する声を楽しんでいた。
「優秀な隊員さんで」
平岡はにやけながら屋敷に嫌味を言った。
「ちょっと来い! 嵐司! お前、人が亡くなってるのに……!」
怒り心頭の屋敷は嵐司の方へと向かっていく。
「なんで俺だけなんですか! 花園士長だってカラオケとか失礼なこと言ってんじゃないすか!」
当のマリリンは、嵐司と屋敷を無視して刑事の平岡へと近づていく。
「ねえねえ、平岡さん! これまでの被害現場って何か共通点とかないの~?」
マリリンはハイテンションで平岡に尋ねた。
「……ないな。それがあったら俺らも苦労してないわ」
「そっかあ……警察でもまだわかってないのかあ……ご苦労様です」
マリリンは皮肉ともとられかねない挨拶とともに、わざとらしく敬礼をすると、その場を離れてまた反響する声を楽しみ始めた。
「あのくそギャルが……この前山岡の父親が犯人と見抜いたからって偉そうに煽りやがって……」
すると、再度マリリンが平岡のもとに歩み寄った。
「そいえば、この隣のビルあるじゃないですか~? 同じ階の人に聞き込みってしました~?」
彼女の問いに平岡は目を伏せた。
「まだだ……隣は園田組系の暴力団事務所だ。被害者の中にその組の若い衆がいたみたいでな。自分たちで解決するとか言って、聴取には協力しないってよ」
「あらら~……残念です~。タイチョー~」
マリリンはガクッと頭を落とすと、トボトボと屋敷のもとへ向かう。
マリリンと話す屋敷。すると屋敷は通信ホログラムを起動させると、何者かに連絡を取り始めた。
「……えぇ。廃ビルの隣の……はい。すみませんがお願いします。失礼します」
30秒ほどの通話を終えると、屋敷は隊員たちに声をかけた。
「隣の暴力団事務所に聞き込み行くぞ」
屋敷の言葉に刑事の平岡は声を上げた。
「なにっ!? なんで特対庁が!?」
「顔だけは広いもので」
屋敷はわざとらしく頭を下げる。
「行くぞ」
~園田組系3次団体・楼柳会~
ビル2階に続く階段を上がると、扉の前にスーツ姿のいかつい40代くらいの男が立っていた。
「特対庁の屋敷です」
「屋敷さん。話は今聞きました。どうぞ」
ドスの利いた声でもてなすと、組員が扉を開けた。
屋敷達と一緒に刑事の平岡も入ろうとするが拒否される。
「おたく、刑事の平岡さんですよねえ? 申し訳ありませんが、オヤジから通すように言われたのは特対庁の皆さんだけですので、お引き取りを」
平岡は舌打ちをすると、おとなしく引き返していった。
屋敷達が入ると、中には10名ほどの組員がおり、左右に分かれて礼儀正しく並んでいた。
その奥には黒塗りの豪華な事務机があり、そこに丸坊主の男が立っている。その男がこの組の長であることは一目瞭然だった。
「特対庁の皆さんが来られました」
案内する組員が入口に立ち、屋敷達に入るよう促す。彼の言葉とともに、組員たちの鋭い視線が屋敷達を貫いた。
屋敷、蓼瀬、マリリンは堂々と入っていくが、雨宮や風祭たちは、初めての経験だからか恐る恐る入っていく。
組長と思しき丸坊主の男が口を開いた。
「組長の柳澤と申します。話は聞いてます。隣の廃ビルの件を知ってる組員が2名おりまして、3階の応接間で待機させてます」
「ご協力感謝します。鞠子、シサイ、行くぞ。雨宮達はここで待たせてもらえ」
組員の案内のもと、屋敷はマリリンと蓼瀬を連れて3階へと上がっていった。
「うそでしょ……?」
まさか取り残されると思っていなかった雨宮は唖然としていた。
「どうぞ、こちらにお座りくだせえ」
大男に促され、雨宮達は窓際のソファに座らされた。
「気まずいから早く帰ってきてよ……?」




