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case008:潜心官


 “ふう”と小さく息を吐く風祭。蓼瀬の手を借りながら、ヘッドキャップ機器を取り外す。


 潜心対象の山岡については、沈黙しているままだった。肩は上下していることから呼吸はしていることが分かる。


「山岡は? 起きてるの?」

 雨宮は機器を外す風祭に尋ねた。


 風祭は、体に張り付けられたパッド式の機器や、コードを外していたためか、その質問に屋敷が答える。

「気を失っているだけだ。潜心は潜心官と対象者の精神に大きな負担をかける。訓練している潜心官ならまだしも一般人は潜心の反動で終了からも少しの間は気を失う」


 雨宮は、突然屋敷が答えたことに驚きながらも、説明してくれた彼に軽く頭を下げた。


 すべての機器を取り外した風祭は、長く座っていたからか首や腕を回している。

「小山田係長、ありがとうございました。これで潜心手続きは終了です」

「いえ、ご苦労様でした。風祭くんもよくやっているようで安心しました。では、失礼しますね」

 小山田は軽く礼をすると、部屋から退出した。屋敷は彼女の退出を見送ると、特務隊員たちのほうに向きなおった。


「鞠子、潜心データの差し押さえをしておいてくれ」

「あいあいガッテン!」


「風祭もご苦労だった。あれだけ深層が分かればいいだろう。あとは分析課やら監理課に任せよう」

 屋敷は風祭の背中を軽く叩いて健闘を称えた。


「明日は山岡父の方の潜心だ。今日はもう上がれ。こっちはやっておく」


「わかりました。ありがとうございます」


「あと、雨宮、嵐司も上がっていいぞ。初日からご苦労だった」

 呆気にとられる雨宮とは対照的に、嵐司は“まじすか”と喜んでいる。



―明日はいつも通りの出勤時間でいいぞ―


 

「疲れたなあ……」

 更衣室で着替えながら心の声が漏れる風祭。2つ隣のロッカーで着替えていた嵐司も続く。


「お前と雨宮主任が突入したせいで、俺もどっと疲れたわ」

「あれは仕方がなかったんだよ……雨宮主任が……」

 雨宮のイケイケ具合に気圧された結果であったため、自分の判断だとされると納得がいかない風祭だった。


「先輩のせいにするとは。やるな潜心官」

 風祭はすかさずカウンターを繰り出す。

「嵐司だって、雨宮主任の突入のせいで疲れたって言ってたろ」

「まあ、そりゃ事実だからな」


 そんなやり取りをしながらも、2人は着替えを済ませて更衣室を出ていく。


 風祭が更衣室から出ると、廊下には着替えを済ませた雨宮が立っていた。彼女は風祭が更衣室から出てきたのを見ると、彼に歩み寄った。

「風祭、この後ヒマでしょ。ちょっと顔貸してよ」

 すると、風祭のあとに続いて嵐司も出てくる。


「嵐司……も、来る……?」

 嵐司は何のことかわかっていなかったが、雨宮としては、風祭と一緒に出てきた嵐司を誘わないのも感じが悪いと思ったのだろう。



~特対庁地下商業施設・焼き鳥串王~


「だからぁ! アンタ思い切りがないのよ!! アタシと前衛張ろうってんでしょ!?」

 特対庁施設内にある焼き鳥屋の個室席に座る風祭達。開始から20分で焼酎の水割り5杯目に突入していた雨宮はテーブルを叩いて風祭に説教をかましていた。


「あれは雨宮主任が」

「それに、現場の状況は刻一刻と移り変わってんのに、“屋敷監衛に聞きましょう”みたいなこと言ってたし。あんた執行士でしょ? 主任でしょ? 判断しなさいよ!」


 その言葉に風祭もムッとしたように言い返す。

「判断ができたって、雨宮さんは怪力だけでしょ!? 僕がいなかったら、どうしてたんですか!?」


「はぁ!? 怪力だけってなに!? アンタこそ1秒そこら動きが止めれたってどうすんのよ!」

 対面に座っていた風祭と雨宮は互いに身を乗り出し、睨みあっている。


「俺の能力がなけりゃ、どっちも詰んでたけどな」

 我関せずのスタイルで焼き鳥を食べていた嵐司がそう呟いた。


 すると、風祭を睨んでいた雨宮はゆっくりと斜め左に視線を向ける。

「嵐司、アンタ、それ私が頼んだハツでしょ……! 何先輩の勝手に食べてんの……!」


「なんだよ、ぐうの音も出ねぇからって論点ずらすなよ。先輩」

 指摘されてもハツを食べ続ける嵐司。3本串が来ていたが、彼は最後の1本にも手をつけた。


「アンタねえ……! 図々しくタメ口で……!」


「なんだ? 雨宮執行士殿は年齢やらでタメ口がどうとか言う年功序列タイプか? いや、ですか?」

 嵐司は皮肉交じりに敬語で尋ねる。


「なめんな! 実力を認めればタメ口だってかまわない。アンタらがまだ私のお眼鏡にかかってないからよ!」


 “ふん”と鼻を鳴らして焼酎の水割りを一気に飲み干す雨宮。彼女は荒々しくグラスを置くと、少し間を置いて風祭に尋ねた。

「風祭……潜心ってどんな感じなの?」


 彼は不意打ちを受けたように呆気にとられながらも答える。

「どんな感じって、雨宮主任も訓練所時代にやったことあるでしょう? そのまんまですよ」


「そうじゃなくて、人の本心の中に入って、負の感情を受けるってどんな感じなのって聞いてんの」


 風祭は困ったように、後頭部を掻いた。

「酸素の薄いところで呼吸をしてる感じですかね……息苦しいっていうか。あとは二日酔いみたいな頭痛と胃のムカつきみたいなのはあるかもですね」


 嵐司は焼き鳥を食らいながらも、風祭の話に耳を傾けていた。

「気持ち的には……多分、とんでもないことをやらかしたってときに胸の奥でサーっと血の気が引く感じがずっと続いてるようなイメージですかね。潜心官によって違うと思いますけど」


 雨宮は“ふうん”と小さく発する。

「というより、雨宮主任なら、お姉さんやご両親に聞いた方がいいのでは? ご両親もお姉さんも潜心官だったんですよね? 潜心訓練でお姉さんからお聞きしましたよ」


「あの人達に聞けないから、アンタに聞いてんでしょ……」

 彼女は消えゆくような声でそう呟くと、若干肩を竦め、おかわりした焼酎水割りを一気に飲み干す。


「今回の潜心は、あれで成功なのか?」

 嵐司が尋ねる。訓練所での適性診断で教官の心の中に入ることすらできなかった彼にとって、何が成功で、何が失敗なのかすら分かっていなかったのだ。


「まあ、一応は成功かな。特異感情能力発現の原因究明の糸口さえ掴むことができればそれでクリアだし」


「じゃあ、何したら失敗なんだ?」


「潜心対象か潜心官のどちらかの精神が破壊されて寝たきり状態になることかな」


「怖いこと言うなよ、そんなのあんまないことだろ……?」

 嵐司の問いに風祭は悲しそうに笑うのみだった。


「まあでも俺ら適性なくてよかっすね、雨宮主任様殿」

 嵐司は煽るように雨宮にそう言った。

「アンタ、舐めてんでしょ……! で、都市伝説を妄信する異常者の精神状態はどうだったの?」


「雨宮主任、言い方悪いですよ。皆さんがモニターで見た通りですよ」


「言い方悪いって本当のことでしょ。何人も女性を暴行して殺害して……警察にばれてるかも、とか思ってクロマチンコードを寄こせって人質とって立てこもるだなんて異常者でしょ」


 嵐司は彼女の意見に首肯した。

「確かに、改めて聞くとヤバい奴だな。そもそもクロマチンコードをよこせって時点でかなりぶっ飛んでるのは間違いない」


 風祭もそれについては否定できなかった。

「まあ、それはそうだけど……でも、聞いた話だとうちの公安部にもクロマチンコードの情報収集したりする課があるって」


「ああ、都市伝説的な文明と感情の関係も調べてるって噂だしな。税金で都市伝説考察系動画投稿者みたいなことしてんのいいよなあ」

 嵐司の言いぐさに雨宮は食べかけの焼き鳥串を彼に向けた。


「そんな甘いわけないでしょ。それは今回みたいな狂信者の考えを知るためのものでしょ。異常者のを取り締まるには、異常者の考えを知らなきゃ」


 そして雨宮は次に風祭に串を向けた。

「山岡の父親もその狂信者と同罪。アンタは狂信者たちの心の奥底を暴く義務があるんだから、明日もしっかりやりなさいよ! 特務隊、ゴー!!」


「雨宮主任、結構酔ってますよね。明日も仕事ですし、そろそろお開きしますか」


「はあ!? まだまだこれからでしょ!? 隣のバー行くよ!」

 雨宮は荒々しく立ち上がると、伝票を鷲掴みしてレジへと歩いていった。


「嵐司、雨宮さんが不祥事起こしそうになったら緊急制圧しよう」


「腹に風穴開くぞ?」




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