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case007:歪



 モニターの前で、風祭の潜心状況を見る屋敷たち。

 記録は特対庁のサーバーのみに保存され、潜心に関わる者はライブ映像を見ることができるようになっている。


「風祭は大丈夫なんですか?」

 初めて潜心を見る雨宮は屋敷に尋ねた。


「命の話か? まあ仮に失敗しても死にはしない」

 その言葉に雨宮は少し安心したような顔を見せる。

「そうですか。それならまあ、できるだ……」


「雨宮、特対庁職員の長期病休理由の一位を知ってるか?」

 雨宮の言葉を遮って質問をする屋敷。しかも意味の分からない問いに、彼女は怪訝そうな表情を浮かべた。

「えっ……? いきなりなんですか……」

「いいから、なんだ」


 雨宮は少し考えると、屋敷に答えた。

「パワハラやセクハラじゃないですか……?」


「潜心だ。今も多くの失敗した潜心官が特対庁病院の地下で、植物状態で寝たきりだ」

 その言葉に雨宮は息を飲む。


「まあ、信じよう。不安になっても俺たちからは風祭に何もできん」


 雨宮は唇を噛み、モニターに視線を戻した。



▼▼▼▼▼

▼▼▼


《完璧を目指して努力をしない人は怠惰だと思うかい?》


 スマイルマークの質問に、風祭は足元を警戒しながら答えた。

「思わない……」


 スマイルマークは再度激怒して、風祭に怒鳴り散らす。


《100%を目指さない奴は、結局よくできても80%くらいなんだよ! 完璧を目指さない奴は努力が足りない! 怠惰だ!》


 今回も運良く風祭の立っていたところは崩れず、前方5メートルほどの床が闇の中へと崩れ落ちた。


 風祭は考えていた。スマイルマークの質問に正解し続けたとしても、無限に答えることは不可能だ。このままではいつかは落ちてしまう。


「(あのスマイルマークはおそらく山岡の父のイメージ。それならば、山岡父の思う正解を答え続ければいい……だけど)」


 スマイルマークの思う正解を出すことを目的とするなら、それはそれで簡単だった。

 しかし、だからと言っていつまでも答え続けていても前には進まない。


 全ての質問に答えれば先に進む可能性もあったが、風祭はそうとは思えなかった。


「(山岡悟嗣の心の問題は、あの父親にある……! だとしたら……!)」


 風祭は、ある賭けに出た。スマイルマークは笑顔で次の質問を出した。


《親はどんな息子が嬉しいと思う?》


「親の期待に応える……」

 風祭の答えにスマイルマークは満面の笑みを浮かべた。


「親の期待に応えるだけじゃない。自分の考えで進んでいく力を持った子供だ! 子は親の期待に応えて満足させる道具じゃない! 親の顔色を窺って生きるようにしたのは、他でもない親のあなたじゃないのか!?」


 その瞬間スマイルマークの顔は豹変し、鬼のような表情となった。


《うるさい!》

《なんで俺があいつを育てる?》

《出来の悪い息子!》

《あいつが息子で後悔してる!》


 スマイルマークは激昂して罵声を吐き散らすと、床はガラスのように割れてすべて崩れ落ち、風祭は奈落の底へと吸い込まれていく。


 しかし落ち行く風祭はゆっくりと減速し、真っ暗闇の中、静かに地面に着地した。この結果は彼の予想通りだった。


「やっぱり……父の言うことに反抗したいって気持ちの表れだったか」


 次は、暗闇が一気に晴れたかと思うと、朝の陽ざしが差し込む家の廊下のような場所だった。


 玄関の戸が開くと、白い彫刻のような石膏の女性が複数現れる。目は赤く光り、髪はボサボサで禍々しい角や牙のようなものが生え、胸元の開いたどす黒いドレスのようなものを着ていた。


 前方から異形の女性が不気味な笑みを浮かべながら何体も迫ってくる。


“……ノミナサーイパパニタノ……”


 異形の女性は何かを繰り返し呟きながら、風祭に近づく。彼女たちからは、果実酒のような酒臭が漂っており、風祭の鼻をついた。心地よいものではなく、吐き気を誘うような不快な匂いだった。


「山岡悟嗣に警告する、夢造物を近寄らせるな!」

 風祭は天に向かってそう叫ぶ。


 その瞬間、異形の女性たちの目から赤い光が発せられると同時に、金切り声を放った。

 鼓膜が破れるのではないか、という程の高音に、風祭は顔を歪める。


 異形の女性は銀色の円錐形のなにかを手にし、一斉に風祭に投げ始めた。風祭は最初の何個かの動きを止めるが、全てを捌ききれず、いくつか直撃してしまう。


 円錐形の何か――缶のようなものに重みはなく物理的衝撃もなかったが、絶望するような感覚に襲われ吐き気を催す。

「なんだこれ……」


《……ソガシーノヨイソガシーノヨイ……》


 異形の女性は廊下からも玄関からも風祭に迫ってくる。彼に残された逃げ道は二階への階段のみ。


 精神の自衛反応。

 階段の先……山岡悟嗣の部屋に彼の深層心理が隠れていることは明白だった。


 風祭が階段に向けて進むにつれて、近づいてくる悪魔は増えていく。近づいてくる彼女たちの甲高い声で脳が直接殴られているような感覚だった。物を投げられるたび、体に触れられるたびに風祭は強い吐き気を催した。


「おぇっ……これは……かなり、キツイな……」

風祭は口を覆いながら、モニター前にいる指揮官の屋敷に対し報告する。

「潜心への妨害行為と認めて、力を行使します」

 一方的な報告を終えた風祭は自身の右手に刺股を作り出した。


▼▼▼▼▼

▼▼▼


「他人の精神内での創造……」

 雨宮はモニターを見ながら独りそう呟いた。


 特対庁任官直後、すべての職員は訓練所に入ることとなる。その際、1日だけ潜心の授業があった。

 授業と言っても、潜心機器で潜心して、潜心官としての適性があるかどうかを測定するだけのもの。自分の番が終われば自習。


 適性があれば、それからの特対庁人生ずっと潜心官としての講義や訓練も個別に受けなければならない。その適性を図るものこそが、他人の精神内での物や力の創造だった。


 雨宮には適性はなく、彼女の期には潜心官の適性有りと判断された者はいなかった。数年に一人いればいい方だというくらい貴重な存在だった。


 雨宮は、自身ができなかったことをいとも簡単にやってのける風祭を複雑な心境で見ていた。



▼▼▼▼▼

▼▼▼


 迫りくる悪魔や、投擲される物を押しのけながら進んでいく風祭。


 精神内に出現する事象は、その精神の持ち主が心から作り出したもの。それを斬り伏せたり、壊すことは、相手の心にダメージを与えることもあった。


 そのため、潜心官は原則必要最小限の実力行使しか認められておらず、彼も刺股で押しのけていくしかなかったのだ。


 吐き気に襲われながらも、二階へと進んでいくと、その先には扉があった。しかしそのドアには何十個も錠前が設置されていた。


「防衛本能が……強いな……」

 尚も嫌悪感や嘔吐感に苛まれる風祭だったが、自身の周りに壁を作り出し、悪魔の接近を阻んだ。


 そして吐き気と闘いながら一つ一つ解錠していく。これまでの心理状況から、山岡悟嗣の心の問題の原因は予想がついていた。父と母。山岡悟嗣を歪ませた原因。

 最後の錠を開ける風祭。彼はドアノブに手をかけドアを押し開いた。


 ドアの先は、うっすらと前方が確認できるくらいの暗闇だった。

 何万本もの紺色の糸のようなものが渦巻いており、その中心には少し高い位置で体育座りをする少年がいた。


「山岡悟嗣……」


 風祭は、幾本もの糸にからめとられながらも、山岡の元へ近づいていく。

 何度も足をとられたが、それでも創り出した刀剣で糸を切り、前へと進む。


「そこまでして自分の心に人を寄せ付けたくないのか」

 少年の近くに辿り着いた風祭が目にしたものは、おぞましい光景だった。


 少年は積み上げられた何かに体育座りしており、すすり泣いていた。彼の見た目は小学校高学年から中学生くらい。髪はボサボサで全裸。体にはいくつもの青あざがあった。彼に近づくにつれ、周囲から子供たちの楽しそうな声が響き始める。


 彼が乗っていた積み上げられたものは、全裸の女性だった。若い女性から中年の女性まで。

 彼はすすり泣きながらも勃起していた。


「これは……」

 風祭は、その状況から山岡の精神状態やこの状況を作り出すに至った理由を分析する。


「僕は風祭衛。君の辛いこととか、嫌なことを聞きにきたんだ。言いたくないことは言わなくてもいいからね。君は山岡悟嗣君?」

 その少年は、顔を少し上げて風祭を一瞥する。


《そうだよ》


「何か辛いことや嫌なことはある? 良かったら僕に教えてくれないかな?」

 その申し出に山岡は再度頭を両ひざの間に落とした。


《辛いことはたくさんあるよ》


「教えてくれるかな?」


《お父さん、お母さん、周りの人たち》


 父母については風祭の予想したとおりだった。しかし、“周りの人たち”というのは予想外だった。


「周りの人たちっていうのは、君が座っている下にいる、その人たちのことかな?」

 風祭は山岡の下に積み重ねられた複数人の全裸女性を指さした。

 彼女たちもボロボロで乱暴をされた後のような様子で意識はない。


《この人たちは僕のおもちゃだよ。僕のしたいことをさせてくれるんだ》


 その言葉に風祭だけでなく、モニター前の屋敷たちも息を飲んだ。

「じゃあ、“周りの人たち”っていうのは?」


《なんでもいいでしょ。お兄さんに関係ない》


「確かに関係ないけど、何か力になれるかもしれないから、教えてほしいなって」


《力になれることなんて無いよ》


「それでも僕は……」


《聞こえるだろ!! 周りの楽しそうな声が!!》


 その少年――山岡悟嗣は風祭の言葉を遮って怒鳴った。その言葉には明らかに怒りや憎しみが乗っていた。

 風祭も先ほどから気にしていた周囲の声。山岡に近づけば近づくほど大きくなる声だ。多くの若い男女が話しているような感じで、断片的にしか聞き取れないものの、それは学校の教室内の状況に似ていた。


「これは、学校……? “周りの人”っていうのは、学校のお友達のこと?」

 山岡からの返答はない。


「学校の友達から何か嫌なことをされた?」

 山岡はさっきとは打って変わって、消えそうな弱々しい声色で答えた。


《されてない。僕は周りの友達に入れない。話しかけてくれても、うまく返せない。それで相手が気をつかってるのがわかる。それで次から話しかけられなくなる。それが嫌だ》


「そっか。辛いね。君は友達の中に入りたかったの?」


《わからない》


「僕もうまく返せないときがあってね。難しいよね、うまく返すのって」

 風祭が穏やかな口調でそう言ったときだった。


《僕は!!!》


 山岡は頭を下げたまま、声を張り上げたると、頭を上下に振り始めた。


《僕は人が喜ぶように行動しないと、生きてる意味がないんだ!!》


 彼の様子に風祭は悲しそうな表情を浮かべた。

「お父さんにそう言われたから?」


 スマイルマークは彼の父親を体現したものだった。 女性の悪魔はおそらく母親。

 山岡は頭を下げたまま、体を揺らし始める。


《お父さんは僕がいい子じゃないと怒るんだ》

《お母さんは朝にならないと帰ってこないから助けてくれないんだ》

《お母さんは、僕が助けを求めても缶を投げてくるんだ》

《お父さんは、お母さんが朝に帰ってくると怒って殴るんだ》

《僕はお母さんが殴られて押し倒されてるのを見てうれしかったんだ》


 山岡が顔を上げると、涙を流しながらも不気味な笑顔を浮かべていた。


「そうか。それが君の本心か」

 風祭は質問を続けた。


「女性を乱暴して性欲を満たすのは楽しいかい?」

 山岡は少年姿から青年の姿へと変化すると、立ち上がった。


《楽しいし、気持ちいいよ。気持ちよさと、相手を支配してるって感じがたまらないんだ》


 すると、山岡の下に積み上げられていた女性たちが突然痙攣しながら叫び始めた。


“やめて” 

“助けて”

“許して”


 その悲痛な叫び声を聞いた山岡は、足を振り上げると、思い切り踏み下ろした。彼は絶頂しながら涙を流して自分の髪の毛を引っ張り始める。


《楽しい! これが僕の生きる意味だ! 気持ちいい! 気持ちいい!》


 風祭は深く息を吐き、外界にいる屋敷達に告げた。

「潜心を終了します」



▼▼▼▼▼

▼▼▼



10時21分 潜心終了

潜心対象:異常無し

潜心官 :異常無し



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