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case006:心の中


~特対庁専用車・車内~


 説得をしていた山岡の父は、特対庁の車内で待機していた。特異能力の発現による危険があったため、マリリンが退避させたのだ。


 ホログラムを開き、現在の執行状況を確認するマリリン。制圧完了の文字を見て、彼女は笑みを浮かべる。


「パパさん、犯人、制圧したってさ」

「せ、制圧!? 制圧の準備はできていたのですか!?」


 依然としてニヤニヤとしているマリリン。

「うん、緊急性があれば制圧令状なくても制圧できるんだよ〜」


「パパさん、ちょっと車下りてくれる?」

 マリリンに促されるがまま、山岡の父は降車した。


「あたしらが準備してたのは立てこもり犯に対するものじゃないの」

 マリリンはホログラム機器から電子ファイルを開いた。



–制圧許可状–


【制圧対象者】

山岡 瑛嗣

20××年12月9日生 51歳

男性

特異感情能力の登録 無し


下記事由により、上記者の制圧を許可する。


制圧を必要とする事由

 別紙記載のとおり


     東京地方裁判所

     裁判官 市原 菜奈




「これはっ……!?」

 山岡の父は食い入るように電子ファイルを見つめている。


「これはね、制圧許可状って言って、特異感情能力を違法に使ってる疑いのある人を制圧することができますよってものなの」

 マリリンは丁寧に説明した。


 すると、シサイが薬剤を打ち込んで地面に組み伏せた。

「花園から屋敷隊長、15時31分、令状提示の上、薬剤投与、制圧完了。提示者は本官、投与制圧者は蓼瀬(タデセ)執行士長」

 マリリンは鋭い目つきで山岡を見下ろしながら無線を送った。


『提示は鞠子、投与制圧はシサイ、了解』


 マリリンは表情を一変させ笑顔を浮かべる。

「おかしいと思ってたんだ〜? 警察が“長浜さん犯人説”の方にどんどん誘導されていってるんだもん」


「誘導も何も私は……事実を言っただけだ!」


「事実ねぇ~。パパさんさ~……」

 彼女は口角を上げる。


「長浜透さん、女性だよ?」


 マリリンの言葉に山岡の父は大きく目を見開いた。

「あなた、息子が長浜さん殺したの知ってたんでしょ。でも男友達を殺したんだと思ってた。長浜さんについて、うまいこと曖昧な情報だけを言ったつもりだったのかもしれないけど、そもそもの性別が違うんだもん!」

 声色こそ明るく聞こえるが、彼女の顔は全く笑っていない。


「あなたのその“判断を鈍らせる能力”で警察も長浜さんを詳しく捜査しないと思ってたんだよね〜?」

 マリリンは舌を出すと、その上には紫色の飴玉――抗能力剤が乗っていた。

「残念! あたし、これ舐めてるから」


 マリリンは舌をひっこめると、鋭い目つきに変わる。

「あなたの息子は変わってなかった。今までと同じように、自分の欲望を満たすために女性を傷つけ、殺した。それを逃がそうとしたんだ。あんたも同罪。しっかり罪を償うのね」




〜特対庁・潜心実施室〜


 真っ白いタイル張りの部屋。十畳ほどの大きさで、部屋の中には100インチの巨大モニターと、それに接続された箱型の機器。さらに、長机と椅子が複数配置されていた。

 機器の横には、ケーブルが繋がれた椅子が2つ置かれている。


「楽でいいわね、潜心官(せんしんかん)がいると。小山田(おやまだ)係長連れてきたよ」

 そう言って屋敷の隣に立ったのは、彼の相棒ともいえる一宮だった。


 彼女の後ろには、衛生部精神管理課の執行士長である小山田という50歳くらいの女性が立っていた。


 屋敷はその女性に軽く頭を下げる。

「係長、いつもすみません。立会いに来ていただいて」

「いえ、ただ見ているだけですからお気になさらず。これも仕事です。それに風祭くんが元気にやってるかも気になりましたし」

 執行部門などの現場の女性とは違い、小山田はいかにもオフィスレディーといった格好で、スカートを履いていた。


 彼女は今回の潜心の立会人として呼ばれており、内規では基本的に執行手続きを取らない部門の人間が立ち会うこととなっていた。


 潜心中や潜心直後、潜心官や潜心対象の精神に異常が発生することも少なくない。そのため執行部門以外で、応急対応もできる衛生部門の精神管理課の彼女がよく呼ばれていたのだ。


「おいジジイ。私の話は無視かい?」

 一宮の言葉に屋敷は一切反応を示さず、機器の前で準備をする風祭を険しい顔で注視する。


 無視する屋敷に構わず、一宮は肘で彼の肩を小突いた。

「でもまさか新設課に潜心官が配置されるだなんて、あなた何か上の弱みでも握ってるの?」

「上層部の弱みを握っていれば、わざわざこんな経験の浅い新米潜心官など取らんわ」

 屋敷の返答に一宮は“確かに”と納得し、軽く頷いた。


「新米潜心官がこれから出陣だ。ベテランがそんなしょうもないことを言っていると示しがつかんぞ」

屋敷は風祭の方へと歩みを進める。


「準備はできたか、風祭」

 何本ものコードが繋がれたヘルメット型の機器を被る風祭。タデセやマリリンの補助を受けながら、腕にもケーブル付きのパッドも着け終えた。

「はい。屋敷隊長、お願いします」


 非人道的な研究被検体さながらの格好をした風祭は、少し離れたところに立っていた雨宮に声をかけた。


「雨宮主任、令状をお願いします」

 雨宮は封筒から一通の書類を取り出すと、風祭の方へと歩み寄る。

 そして風祭の前に無言で立ち、数秒間互いに睨みあうように見合った。鋭い目つきのまま、雨宮は風祭から視線を逸らすと、その傍らの椅子に座る人物に向き直る。


 彼女はその人物……山岡悟嗣に対して書面を提示した。

「山岡悟嗣さん、あなたに対して裁判所から潜心許可状と捜索許可状が出ています」


 今回の立てこもり犯である山岡は手錠付きの椅子に座らされていた。


 特務隊の面々に囲まれながら令状の説明を続ける雨宮。

「これはあなたの心の中に入り、あなたの抱える感情の暴走の原因を突き止めるための手続きです。この機器を頭に被ってください」


 彼女の丁寧な依頼に対し、山岡は悪態をついた。

「やだね! なんでお前らにおれの心を見られなきゃならないんだよ!」


「潜心手続きに協力してください」

「拒否するって言ってんだろ!」

 断固として拒否する山岡に、雨宮は後ろに控える蓼瀬、嵐司の方に振り向いた。


「タデセ士長、嵐司、お願いします」

 シサイはやれやれといった様子で、さらに1通の書面を雨宮に手渡した。そして雨宮はそれを山岡に対して示す。

「あなたに対する身体検査令状。罪名は特異感情能力対策法違反。今回の件で特異能力を使ったって事実ね。アンタが拒否しても、潜心手続きを強制的に進められるから」

 蓼瀬が令状の執行時間を記録すると、山岡にかぶせるヘルメット型の機器を手にとった。


 山岡は両手両足が固定されているため、体を揺らしてそれを逃れようとする。

「ほら被れ、暴れんな」

 抵抗する山岡の両肩を嵐司が押さえた。


「やめろ! 触るな!」

「ほら、暴れナイ」

 シサイは子供を諭すようにそう言い聞かせながら、機器を山岡の頭に装着した。

「やめろ! こんなことして……ただで…………」


「では、今の時間から潜心を始めます」

 雨宮が箱型機器のスイッチを押すと、山岡は一瞬にして沈黙した。



9時29分 令状執行

9時32分 潜心開始

指揮者:局長直轄特務課特務隊 監衛 屋敷賢悟

執行者:局長直轄特務課特務隊 執行士 雨宮凛

立会者:衛生部精神管理課 執行士長 小山田紀美子

対象者:山岡悟嗣

潜心官:局長直轄特務課特務隊 執行士 風祭衛



▼▼▼▼▼

▼▼▼



 暗闇の中。

 ふわふわと宙に浮かぶような感覚。風祭はこの感覚を知っていた。人の心の中だ。


「視界は不明なるも自己精神状態異常を認めず……潜心を開始します」

 自身の視覚が機能していないのか、それともまだ何も形作られていないのか。それはまだわからなかった。

 しかし自身の意思もしっかりと保っており、思考もできる。精神汚染は受けていない。


 風祭は訓練のとおり、まず告知すべきことについて一方的に話し始めた。

「僕は特対庁の風祭衛。階級は執行士です。潜心官の資格を持っています。刑事訴訟法102条の2、第2項2号、3号の理由により、これからあなたの心の中を探ります」


 これは潜心状況が記録され、後の裁判等で使用されることを念頭に置き、適正な潜心手続きであることや、被潜心者の権利を必要以上に侵害していない、という証明のためだった。


「ここはあなたの世界であり、あなたには精神防衛権があるため、僕に危害を加えることを妨げません。しかし、僕に危害を加えてきた場合、必要範囲内で防衛、または迎撃します」


 他人の精神世界は危険な場所だ。それが感情的に暴走した者であれば尚更だった。

 訓練を受けていない者や能力のない者が潜心をすれば、最悪の場合、他人の精神世界で殺されてしまい、潜心官の意識が戻らなくなったり、他人の精神世界に閉じ込められてしまうこともある。


 どんなベテランの潜心官でも、簡単に完遂できることは決してなく、その1回1回が命がけという緊張感が伴う。


 風祭が歩き始めると、山岡悟嗣の世界に、どこか怯えたような彼の声が響く。

「僕はここだよ、僕を見てよ」


 突然、質素な部屋、リビングのような場所に風景が移り変わる。風祭は気づくと木製の椅子に座っていた。すると目の前に簡素な円形のイラストの黄色い“スマイルマーク”が現れる。


 スマイルマークは額や目元、口元にしわが刻まれており、中年のようだった。そのスマイルマークの目は点状、眉は垂れ下がっていて、どこか穏やかに、にっこりと笑っている。


《君は困っている人がいたら、助ける? 見て見ぬ振りをする?》


 スマイルマークの口が動く。風祭は視線のみで周囲を見回し警戒しながらも答えた。

「助ける……」


 スマイルマークは真顔に戻ると、数秒してまた満面の笑みを浮かべる。


《そうだね》


 その穏やかな笑みのまま、さらに質問を投げかけた。


《なんの理由もなくいじめてきたいじめっ子たちに、我慢の限界がきたら仕返しをしてもいいと思うかい?》


「……やむを得ない状況なら」


 スマイルマークは満面の笑みから真顔に戻ると、目を血走らせて激怒した。


《暴力はダメに決まっているだろう! だからお前はダメなんだ!》


 すると床の一部が崩れ落ちた。抜けた床の奥は真っ暗闇で、崩れ落ちた瓦礫の落下音もしない。底なしなのだろう。その様子を見た風祭は息をのんだ。

「これは……落ちると終わりかな……?」



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