case005:特異感情能力
〜特務隊車両内〜
コンコンッ
窓ガラスを軽く叩く音。マリリンとシサイが目を向けると、警視庁の井崎刑事が立っていた。
マリリンはジェスチャーで自分を指差し、首を傾げると、井崎は首肯する。
「タデっち、ちょっと待ってて」
「OK」
マリリンは車両を降りる。
「なに〜?」
「今、特務隊が保育園に突……」
マリリンは話し声を掻き消すほどの勢いで車のドアを閉める。
静寂の中、山岡の父はシサイに問うた。
「私の息子は、犯人なのでしょうか?」
「わからないでデス。でもあなたがそうじゃないと思うナラ、それを信じまショ。お父さんなのですカラ」
シサイは優しく微笑んだ。
「あなたもお子さんが?」
「……えぇ、マア」
山岡の父はうつむくと、拳を握りしめシサイに問うた。
「あなたなら、息子が犯人だったら説得をしにいきますか? ダメなことだと叱りますか?」
「もちろんデス」
まっすぐな目で力強くシサイは答えた。
山岡の父はその言葉に意を決したのか、シサイに申し出た。
「……私、説得に行きます。犯人は長浜君かもしれませんが、親としての気持ちをぶつければ止まるかもしれない」
「大丈夫デス、警察やワタシたちに任せてくだサイ」
「いえ、私も覚悟が決まりました。この命に変えても人質の子を救いたい」
山岡の父は車のドアを開け外に出ると、井崎に歩み寄った。
シサイは止めようとするが、山岡の父は止まらない。
「刑事さん、私が説得に行きます。長浜君かもしれませんが、それでも親としての気持ちは伝わるはずです」
しかし、マリリンが笑顔でそれを断った。
「お父さん、気持ちはわかるけど危ないよ?」
「ありがとうございます。でも私しか止められない気がするんです。お願いします、刑事さん」
頭を下げた山岡の父に、井崎は“参ったな”と頭を掻いた。
「井崎さ〜ん? ダメですよ〜?」
マリリンは強めに井崎に忠告する。
悩む井崎。口をギュッと結ぶと、答えを出した。
「分かりました。でも刺激するような言葉はなしですよ?」
「分かりました」
マリリンは舌打ちした。
井崎と共に移動する山岡の父を見届ける彼女は、現状をすぐさま報告した。
「タイチョー? ちょっとまずいかも。令状の請求はまだ?」
『まだ整ってない。もう少しだ』
「もう~何やってんの~!? は~や~く~!」
〜保育園非常階段〜
「いやだいや!! やぁぁぁぁあ゛あ゛!!」
響き渡る男児の悲鳴。
また指を切り落とされたのだ。
「くっそ……! 早くなんとかしないと……」
拳を強く握る雨宮。悔しさと憎しみが表情に現れている。雨宮は意を決したように階段を駆け上がろうとした。
「音を出してはダメです」
風祭は小声で囁き、雨宮の肩を押さえる。
「焦りは禁物。まだ子供の命はある。これ以上傷つけさせないよう、確実に救いましょう」
風祭の言葉に雨宮は眉間に皺を寄せると、一呼吸おいて深く息を吐いた。
「で、どうするのよ」
「足音を立てずに、部屋の前まで行きます。幸いドアの下部はアルミです。屈めば見えない。あとは突入のタイミングを嵐司と合わせていきましょう」
「……わかった」
「でも気になることもあるんです。僕たちは現にここまでいとも簡単に侵入できました。花園士長から聞いた話では警察の突入方針はグラグラみたいです。何かあると思いません?」
「何かって何よ?」
風祭は眉を顰めると、頭をかいた。
「わかりませんけど……まだ何かある気がするんです」
その時だった。突然ノイズの入った男性の声が響く。
「立てこもっている犯人! 悟嗣か!? それとも長浜君か!?」
警察と並んで立ち、拡声器を持って呼びかけていたのは、山岡瑛嗣だった。
「いや、どちらでもいい……! そんなことをして育ててくれた両親は悲しむぞ! そんなことをしたって君の願いは叶わない! 警察が包囲してる! もう諦めなさい! 君の周りから家族さえも離れていくぞ!?」
相手の感情を刺激するような言い方に刑事の井崎も控えるよう促している。
「お父さん、もうそれくらいで……」
しかし、犯人の行動を止めようとする山岡は言葉を紡ぎ続けた。それは彼の息子に向けた言葉のようにも聞こえた。
「そんなことをしたって、君は何も変わらない! もう終わりなんだ!」
訴えに顔を歪める雨宮。今その言葉は、犯人が山岡の息子であろうと、長浜であろうと、犯人にとっては耳障りなものだからだ。
「何よあれ!? 余計なことを……! ってか、なんで警察は説得に……!」
ただでさえ激情している犯人に対し、感情を刺激する行動は危険を有する。
雨宮は感情の昂りによる能力の発現を危惧していた。
そして彼女の予想は当たることとなる。
「……あああああああああああああ!!!」
非常階段の先から響く雄叫び。誰もが直感した。それが犯人のものだと。
「があぁぁぁ…!」
何かが壊れ、ガラスが割れる音と共に、悲鳴が上がる。
「まずい……! 特異感情能力の発現だ……!」
風祭と雨宮は階段を駆け上がった。
風祭たちが非常階段を上がり廊下に着くと、廊下には湾曲したアルミ製のドアが転がっており、廊下の壁に叩きつけられたであろう男性が力無く微動していた。
男性の格好から見て保育士だろう。さらなる雄叫びと共に、また何かが部屋の中から飛び出してくる。
叩きつけられた男性は壁にもたれかかりながらも、なんとかその飛んできたものに手を伸ばした。
彼は飛んできたものをキャッチするが、その勢いでまたも壁に叩きつけられる。
「子供!?」
彼が受け止めたのは男児だった。
「やばい……!」
風祭が部屋へと全力で駆けると、また1人男児が室外へと飛ばされた。
「止まれっ!」
風祭の能力で飛んできた男児を宙に静止させると、飛びついて抱き抱え、保護した。
それと同時に雨宮は廊下から室内へと入っていく。犯人の男は全身が白い外殻に覆われており、歪な声を漏らしている。
彼女が犯人に近づこうとすると、近くに座って泣いていた男児が彼女めがけて投げ飛ばされる。
「わっ……! この……!」
雨宮は飛ばされた男児を受け止めるが、その奥で次の男児が宙に浮き始めるのを確認する。
「まずい……!」
その瞬間、犯人の左前額部付近に途轍もない速さの何かが衝突した。犯人の頭は大きく後ろに流れたが、体勢までは崩れず持ち直した。
『硬ぇな……俺が援護する』
嵐司の無線が響く。
彼が使用したのは、ゴム弾であったため犯人の外殻に弾かれ、ダメージは与えられていなかった。
嵐司の無線と同時に、一宮によって緊急無線が流れる。
『15時26分! 立てこもり犯の特異感情能力発現を確認、被害も甚大! 緊急の制圧を実施する! 指揮者は執行士長一宮紀乃!』
『指揮は一宮、了解。これ以上被害を出すな。確実に制圧しろ』
屋敷の回信が流れる中、雨宮は犯人が少しよろけた瞬間を狙い、攻勢に転じた。
しかし……彼女と犯人の間に、宙に浮いた女児が割り込んだ。
「くっそ……!」
雨宮は振り上げた拳を緩め、体を捻って女児との突撃を避け、抱き抱えて地面を滑る。犯人は再度付近の男児を宙に持ち上げた。
しかし今度は男児は投げ飛ばされなかった。
「飛ばせるか……!」
風祭が右手を掲げて男児を“止めて”いた。
その隙をついて雨宮が犯人の背後から拳を振り上げて迫る。犯人はそれに気づいたのか腕を鋭い外殻で纏うと、抱えていた人質の女児に向けて、腕を振り上げた。
「待てえ!!!」
雨宮の声に応えるように、風祭が再度能力で犯人の振り上げた手を止めた。
風祭の鼻からは血が流れており、能力の限界を超えていることがわかる。
『風祭、そのまま止めてろ!』
嵐司の無線から、声とともに銃声が響く。
コンマ数秒後、嵐司の撃った銃弾は女児の左足に命中した。
その瞬間、女児が消え、嵐司が現れた。
嵐司の能力によって、彼と女児の位置が入れ替わったのだ。一宮が目の前に現れた女児を優しく抱くと、無線を流した。
『被害者の女の子を保護、救急をお願い!』
女児と位置を入れ替え、犯人の目の前に現れた嵐司は体勢を崩しながらも犯人を押さえる。
「このクソ野郎が……!」
またも犯人が鋭い腕を振り上げるが、風祭によって止められる。
「雨宮さん!」
風祭の声に応えるように雨宮が犯人の腹部を拳で撃ち抜いた。犯人とともに数メートル吹き飛ぶ嵐司。
彼はすぐにズボンのポケットから薬剤を取り出すと、外殻の隙間を縫って打ち込んだ。
「15時29分、薬剤を緊急投与……投与者嵐司執行士。制圧完了……」
嵐司は息を切らしながら無線を流す。
『15時29分、投与、制圧……了解した。一宮、投与の事前承認は?』
屋敷は一宮に問う。
『やってるよ。送ってる。そっちで記録を見な』
『了解、よくやった。収容は現場で頼む。一宮は鞠子のところへ急げ』
屋敷から嵐司に無線が流れる。
『嵐司、犯人の顔は見れるか?』
「鎧みたいなのに包まれてまだ見れません……薬が効き始めたら見れると思います、また言います」
『了解した。収容施設は緒方と連絡をとりあえ』
「了解」




