case004:長浜くん
入電から40分前のこと。山岡瑛嗣という男は最寄りのコンビニに昼飯を買いに行っていた。
彼は教師として定年まで勤めあげ、定年後はその町の青少年育成ボランティア協会の会長を務める人格者だった。
そのため、彼が町を歩けば多くの人が声をかけてくれたり、何かとよくしてくれていた。
山岡瑛嗣がおにぎりをとって、レジに行ったときだった。
「山岡さん!」
店員の野村は大声で山岡を呼んだかと思うと、ハッと我に返ったかのように口元を押さえ、顔を山岡に近づけると小声で話し始めた。
「警察が防犯カメラを回収しに来てさ。なんでも今まさに誘拐立てこもり事件が起こってるってことで。ワシも一緒に見たんだけど、あれ悟嗣君のいつもの格好っぽかったから……」
「悟嗣が立てこもり!?」
つい山岡も大声を発してしまうが、幸いにもそのコンビニは個人経営で、チェーン店ではなかったこともあり、客は山岡以外にはいなかった。
「でも間違えてたらあれだし、悟嗣君ぽいとは警察には言ってないんだ」
山岡は商品を置いたまま、店外へと走りだす。
「悟嗣……!」
〜警察拠点〜
警視庁の刑事たちが拠点とした使用していたバスの中で、50代の中年男性が聴取に応じていた。
「それで犯人が自分の息子ではないかと思い、来ていただいた、と」
「はい……うちの息子は昔から感情が爆発すると手がつけられないことがあって……犯人の可能性があるかもしれないと思いまして……」
聴取を受けていたのは、立てこもり犯として容疑性の高い山岡悟嗣の父親、山岡瑛嗣だった。
息子が立てこもり犯かもしれないと聞いた山岡瑛嗣は、自ら警察に出頭したのだった。
「息子は大学卒業して就職してからすぐに辞めて引きこもり気味で……対人関係が苦手で」
刑事の井崎はメモをとりながら尋ねる。
「息子さん、今日は?」
「珍しく友人に会いに行くと言っていました」
「友人というのは誰だかわかりますか?」
「高校の同級生で、オンラインゲームをよくしていた長浜という人です。たしか透君だったか……」
把握のない名前を聞いた井崎は、“ながはまとおる”と無意識に復唱していた。
「長浜くんの話はよく聞いていて、確か息子の話では数年前に未成年誘拐で逮捕されてしまった子です……多分警察の方はご存知……ですよね」
井崎は、一緒に聴取していた彼の部下とアイコンタクトをとり、犯罪経歴の照会に行かせた。山岡の父はそれを目で追いながらも、不安そうに問う。
「悟嗣だとしたら、なぜこんなことを……?」
「それは調査中です」
「そう……ですか。まぁ、父の私がわかっていろ、という話ですよね……」
山岡の父は、言い出し辛そうに“あの……”と言葉を発した。
「突入は……するんでしょうか? 仮にうちの悟嗣が犯人だったとして、あいつが撃ち殺されても文句は言えません。けど、人質になっている子たちにもしものことがあったらと思うと……」
山岡の父は唇を噛み締め、俯いた。
「警察本部の刑事さんにもお伝えしたのですが、悟嗣が逆上して一線を超えてしまうのではと……そればかりが心配で心配で……あいつは、よく感情的になるので……」
井崎としても現時点の方針を伝えるわけにはいかず言葉を濁した。
「確かに、その可能性も否定できませんが……総合的に考えて判断します」
井崎は、先ほど出た“長浜”について聴取を続ける。
「その長浜について知っていることを教えてもらえませんか? 連絡先とかは?」
「わからないです、家の固定電話では話したことが一度あるのですが……さすがに履歴は残ってないです」
井崎は“うーん”と小さく唸ると、手帳を閉じてボールペンを胸ポケットに刺した。
「ご協力ありがとうございます。一応この後も何かあればすぐにお話を聞きたいので捜査用車両に乗っていてもらえませんか?」
山岡の父が返事をするよりも前にテンションの高い女性の声が割り込んだ。
「あっ! じゃあ特対庁の車にいてもらいますよ!」
声の主はマリリンだった。
「花園さん! また勝手に警察のところに入って……平岡係長イラつくと面倒なんですから、毎度やめてくださいよ……」
「うぃっす」
マリリンは適当に敬礼をすると、めんどくさそうに井崎を無視して山岡の父の元へと歩みよる。
山岡の父はというと、突然ギャルが割って入ってきたことに驚いていた。
するとバスの奥から現場警察側の指揮官である平岡が声を上げた。
「ちょうどいい。そうしてくれ。こっちは人手が必要なんだ。忙しいからな」
マリリンはニタアと笑うと、わざとらしく敬礼した。
「ラジャー! おつかれさまでーす!」
彼女はルンルンで警察バスを降りると、無線でシサイに連絡をとった。
「タデっち! 近くいる? やっぱ戻ってきて~。アメリンたちは紀乃さんに任せよっ!」
マリリンは近くに止めてあるワンボックスへと移動すると、後部ドアを開いて乗車を促した。山岡の父が乗り込み、その横にマリリンが座った。
「改めまして特対庁の者でーす! 山岡パパ! 一個聞いてい〜?」
「特対庁!? えっ、あっ、何でしょう」
特異能力を取り締まる特対庁職員と聞いて、山岡の父は驚いている。
「あなたは息子さんとも長浜とも喋ったことあるんだよね? ならこれ聞いてほしくて」
そう言ってマリリンはホログラムを展開すると、音声データを再生した。
『クロマチンコードがあれば、全部元通りになるんだ……!』
ボイスチェンジャーにかけられた機械音声。犯人の声だった。
「これ犯人の声なんですけどねぇ、どう? 息子さんっぽい? 声の高さとか、喋り方とか」
山岡の父は眉間に皺を寄せて、少し考えた。
「声はおそらく同じくらいの低さなので分かりませんが、直感的に、喋り方は息子のようには思えません」
「ほほう!」
「あくまでも直感なので断言はできませんが……犯人と…」
突然マリリンは場を仕切りなおすように、パンと両手を叩いた。
「ちょっと飴食べていいです? 糖分足りなくて〜!」
許可を得る前にポケットからタブレットケースを取り出すと、飴を3粒出して、口に放り込んだ。彼女は飴をボリボリと噛み砕くと、勢いよく飲み込んだ。
山岡の父は彼女の自由さに面食らっている。
「てか犯人さ、今のところ息子さんか長浜くんなわけじゃん? なんか長浜くんの情報ない~? なんでもいいの、連れション行く仲だったとかしょうもないのでも……!」
マリリンの質問に、山岡の父は何かを思いついたように声を上げた。
「一度息子が高校の時に見せてくれた写真があって、多分長浜君とツーショットだったと記憶してます」
「うんうん」
「今はどうかわかりませんが、当時は息子と同じくらいの体系だったと思います」
「シックスパック、胸筋モリモリ系?」
「写真なので細かくはわかりませんけど、モリモリ系ではなかったと思います……」
マリリンは“うんうん”と頷いている。
「なるほど! 背は?」
「背はあまり記憶にありませんが、多分息子と同じくらいのじゃないですかね……?」
「一般的な人だと何センチくらいなんだろ」
「うちの子が168センチですから、170センチ前後ですかね」
マリリンは目を閉じ深く頷いている。
「今のやりとり、報告書にしたいので、記録に残してもいい?」
「いや、あくまでも直感ですし、昔の記憶なので間違っているところもあるかも……」
「大丈夫大丈夫!」
その時、後部ドアが開き、色黒のアフロの男性、蓼瀬子再が顔を覗かせた。
「マリコ、わたしは何をスル?」
「おぉ! タデっち! いいところに。今からあたしが質問するから録画しといてくれる〜?」
〜特務課指揮室〜
屋敷と緒方はマリリンから送られてきた録画データを確認していた。
『声は……ボイスチェンジャーで変わっていていますし、多分息子と同じくらいの声の高さだと思うのでよく分かりませんが、喋り方は息子というよりは長浜君に近いと思います……』
『息子が高校生のころ、一度、長浜君から家に電話がかかってきたことがあって、話をしたことがあります』
『高校の頃だと思いますが、息子と、多分長浜君が写っている写真があって、そのときは筋肉質だったというわけではなく普通の体型だったと記憶しています』
そしてその本文には軽いノリのメッセージが記されていた。
『タイチョ〜? それ長浜の詳細分かったら、制圧令状の請求に使えるかもなんで、よろしく〜!』
『あと、警察が今、長浜の犯歴調べてると思うからその結果も詳細に聞いといてくださいねぇ〜。タイチョーならあたしの考え、分かりますよね〜? じゃっ!』
顔は映ってはいないものの、ニヤついているのがわかるほどだった。
屋敷は鼻から深く息を漏らすと、緒方に指示を出す。
「まったく鞠子のやつ……緒方、警視庁に連絡して犯歴の結果を」
「連絡は取りましたが、まだ判明していないとのことです」
「警察は何をやってんだ! あいつから録画送られてきたの20分前だぞ?」
〜狙撃ポイント〜
スコープ越しに現場の状況を見ていた嵐司は声を上げた。
「ったく、何やってんだ雨宮と風祭は! 早く突入しろよ!」
彼の言葉に一宮がため息交じりに応える。
「まぁ……命令違反は褒められたもんじゃないけど、どうにかしなきゃあの子がどんどん傷つけられる。犯人イカレてるみたいだし」
「私たち狙撃チームからじゃ犯人は狙えない。カーテンと扉を開けさせないと」
嵐司は一宮に言葉を返すことなく、無線を発報した。
「嵐司から風祭、雨宮主任! 2階の立てこもってる部屋のカーテンと扉を開けろ。多分作り的にはガラス戸だ。少なくともカーテンをなくせ。そうすりゃ俺が狙撃できる」
『了解』
〜保育園裏口・非常階段〜
「緒方さんから、この保育園の図面が」
風祭はホログラムを開いて雨宮に示した。
「ここを上がれば、2階の部屋に面してる廊下に着くわけね。犯人がいるのはこの3部屋のどれか……」
「分かりますよ……! 被害男児は指を切断されてるんです……痛みで泣いているはず。声が漏れないはずがない」
雨宮は目を丸くして、風祭を凝視する。
「あんた……怖いわね」
風祭は気にすることなく、階段を上がり始めた。
「慎重に行きますよ、雨宮さん」
「そうね。しっかり助けて、書くのは命令違反の始末書だけにしましょう」




