case003:命令違反
〜立てこもり現場・私立秋ヶ丘幼稚園〜
立てこもり現場である私立秋ヶ丘幼稚園。ごく普通の幼稚園周辺は騒然となっていた。
「こんな普通の幼稚園で……?」
風祭は数百メートル先の幼稚園を双眼鏡で見ていた。その横で雨宮はホログラムで無線を起動させる。
「雨宮から屋敷隊長。雨宮、風祭、幼稚園前に着しました。警察と合流します」
雨宮の無線に続くように、他の隊員も発報する。
『一宮から送ります。一宮、嵐司はSITと合流。狙撃ポイントについたわ』
『マリリンでーす! タデっちとあたしは現場で絶賛情報収集中! またなんかわかったら送るね〜』
現場配置組それぞれの報告が終わると、屋敷が回信する。
『了解。まだ特異能力の有無が確認できていない以上、制圧令状の請求はできない。よって緊急事態にのみ特異能力による執行を許可する』
屋敷は一呼吸置いて無機質な口調で指示を出した。
『そのときは迷うな。無能力者でもやれ』
指示を聞き終えた雨宮と風祭は足早に警察の簡易拠点となっているバスに向かう。幼稚園から死角となっているバスに着くと、雨宮はノックもせずに何の躊躇いもなくドアを開けた。
「失礼します。特対庁特務隊の雨宮です。現状を教えていただけますか?」
突然の乱入者に警察たちは鋭い視線を向ける。すると奥のモニター前に座る50代くらいの男性刑事が顔を歪めて、わかりやすく舌打ちした。
「特務隊……屋敷のとこか。知らん顔だな。邪魔するな。帰れ」
「ちょっと! あなたたち警察が呼んだんでしょ!? 応援くださいって!」
「知るか。そりゃ指令課がそう判断しただけで現場の俺たちは応援なんて呼んじゃいねぇよ」
男性刑事は“けっ”と吐き捨てると、皮肉るように続けた。
「それともなにか? あんたらはクロマチンコードって戯言だけでも来るほどヒマなのか?」
周りの刑事は、その不躾な態度の刑事に対し“まぁまぁ平岡係長”となだめている。
「私だって来る必要ないって思ってるってのに……!」
「雨宮さん……このへんで抑えて」
拳を振るわせ怒り心頭の雨宮を風祭がなだめると、彼女の前に歩み出た。
「僕たちも仕事ですので。何かお手伝いはできると思いますし」
まっすぐで力強い風祭の目。風祭と男性刑事はしばらく睨み合いを続けるが、刑事は目線をモニターに戻す。
「ふん、井崎。簡単に教えてやれ」
「了解です」
井崎と呼ばれる30代くらいの男性刑事が手帳を持って風祭たちの方へ寄っていく。
「どうも。新しい人ですよね? 警視庁捜査一課の井崎といいます」
井崎は自身の手帳を開くと、1枚の書類を風祭に渡した。
書類には、入電時間と会話や要求内容が記されている。
「まず現在の状況ですが……非常によくありません。先ほど取引の電話が厚生労働省に入りました。要求はクロマチンコードの提供で、10分が経つ度に子供の指を関節ごとに切っていく、と……そして子供の断末魔と共に電話が切れました」
井崎の言葉に雨宮が顔を強張らせた。
「指を切ったってこと……?」
「はい。既に……危害を加えている可能性が高く、出血によって命の危険が迫っている可能性もあります。声はボイスチェンジャーで変調されており、現在科捜研で声紋分析中です」
井崎は手帳をパタンと閉じると腕組みをした。
「厚生労働省は遺伝子抑制剤などの特薬の管理をしているところですので、クロマチンコードの情報があると踏んで厚生労働大臣の孫を狙ったのでしょう。実際にそういった情報が厚生労働省にあるかは知りませんが」
クロマチンコードなどという都市伝説を狙って立てこもりをするという事実だけで、この犯人は精神的におかいいのだと判断できる。そう考えていた雨宮は犯人について尋ねた。
「容疑者が浮上してるっていうのは?」
「防犯カメラの足取りから、山岡悟嗣という26歳の男が浮上しています。あとはジャージズボンがとある学校のものだと分かりまして、犯人からの電話の中で“26年間生きてきていいことがなかった”と言ってましたんで、捜査したところ犯歴のある者として山岡が判明しました」
井崎はさらに続ける。
「さっき屋敷さんに確認しましたが、特異能力は未登録ということで、能力の有無は分かっていません」
それを聞いた雨宮は眉間の皺がさらに深くなった。
今のところ特異感情能力がないということは、本当にクロマチンコードという御伽噺級の戯言で特対庁が出動したことになる。特対庁内ではさぞ笑いものになっているだろうと雨宮は深くため息をついた。
「警察としては幼稚園に園児がいるため、突入しようにも……」
井崎が難しい顔で腕を組んだときだった。電話をしていた平岡が井崎を呼んだ。
「井崎! 山岡の親父が本部に出頭して来たらしい! あっちでも話聞いてもらってるが、こっちに連れて来させる、お前聴取してくれ!」
「ホントっすか!? 了解です……!」
井崎は忙しなくカバンに書類を入れ込み始めると、平岡は不機嫌そうな声色で風祭たちに忠告する。
「おい! 特対庁のお前ら! 現状特異能力は確認できていない。まだ警察の管轄だ! 勝手な行動はするなよ!」
しかし、雨宮は簡単に従うような性格ではなかった。
「私達は状況と法律に則って動くだけです」
吐き捨てるようにそう言い放つと、雨宮は警察バスを後にする。風祭は平岡に一礼すると、彼女のあとを追ってバスを下りた。バスを降りると、雨宮は腕を組んで風祭を待っていた。
「風祭、行くよ」
「行くってどこにですか?」
「決まってるでしょ。幼稚園よ。突入する。このままじゃ指切られた人質の子は失血死しちゃう。行くよ」
「行くって、2人でですか!?」
「私達以外に誰がいるのよ!」
「屋敷隊長に指揮を伺いましょう」
そう言って携帯型ホログラムを起動させた風祭の手を雨宮が止めた。
「隊長に連絡したら、絶対待てって言われるに決まってるでしょ。私たちは執行士。主任でしょ!? 巡察じゃないの。自分たちで考えて行動しなきゃいけない」
「まずいですよ……とは言っても、警察が動けない以上、誰かが動かなきゃいけないのも事実ですしね……でも、屋敷隊長には伝えましょう」
「わかったわかった、はい、決まり! 行きましょ! あなたの能力は?」
「僕は……対象の動きを数秒止めることができます」
「よしっ……! 私は強力な打撃を打ち込める。あんたが止めている間に私が叩き潰す。これで万事オッケー」
雨宮は無線ホログラムを開く。
「雨宮から屋敷隊長、人質の子は指を切断されています。命の危険があります。風祭と幼稚園に侵入します」
『雨宮、風祭、勝手な行動は……』
数秒の後、屋敷からの回信が発報されるが雨宮はホログラムの電源を切った。
「雨宮さん、いいんですか? あとで叱られますよ。下手すりゃ処分で異動早々クビかもですよ?」
「いいに決まってるでしょ。子供の命がかかってるのに上司に怒られることの方が気になる?」
「いえ……僕もこういうとき命令違反するタイプなので」
雨宮は悪い笑みを浮かべると、煽るように尋ねる
「何よアンタ。公務員じゃなかったの?」
狙撃ポイントに配置していた一宮と嵐司は、先ほど流れた雨宮の無線を聞いて、彼らの動向を追っていた。望遠鏡越しに風祭たちを見つけた一宮は、勝手な行動をとる彼らに舌打ちをしてしまう。
「あの子たち……! 勝手なことを……!」
嵐司も狙撃スコープを覗きながら、射線を彼らに合わせて追っていた。
「あいつら、面白いじゃねぇか」
同じく無線を聞いていた花園マリリンと蓼瀬子再も慌てていた。
「ちょっとちょっと! アメリンとマモルン、イケイケじゃん!?」
現場では、ベテランの一宮に並んで同じ執行士長という現場を取りまとめる階級にある二人。しかし、イケイケの風祭と雨宮によって状況が混乱しつつあった。
「トニカク、ボクたちはヤマオカパパの話聞きましょ」
犯人につながる情報としては、容疑者として浮上している山岡悟嗣の父からの聴取は重要だ。だが独断で突入しようとしている二人を放って置くわけにもいかない。
「いや、私が山岡パパから話聞くから、タデっちはアメリンたちのフォローをお願いしますわ!」
マリリンは、わざとらしく挙手敬礼をして、シサイに指示をして山岡の父の元へと向かう。
〜特務隊指揮室〜
「クソっ! 雨宮と風祭のやつ……! 勝手な行動を……!」
デスクを思い切り拳で叩く指揮官の屋敷。顔は怒りでひきつっている。同じく本部に書類作成班として残っていた緒方都が、落ち着かせるためかタイミングよくお茶を出した。
「山岡のお父さんから令状請求に使えそうな話が出るかもしれませんし、状況に応じて動くしかないですね」
~厚生労働省・大臣執務室~
厚生労働大臣の執務室には、複数の刑事と複雑な機器が設置されていた。次の犯人からの電話に備え、大臣とも入念に話し合いをしている。そのとき、空間を切り裂くように電話のコール音が鳴り響き、大臣はもとより刑事たちも凍ったように一度固まった。
「入電です」
刑事が機器に手をかけると、現場責任者の刑事が大臣に声をかける。
「大臣、さきほど言った通りでお願いします」
「ふぅ……わかった……」
大臣は疲弊していた。実の孫が人質に取られているだけでなく、その相手がクロマチンコードを要求するような精神異常者だと思うと、生きた心地がしなかった。
「OKです」
刑事が機器のスイッチを入れると、大臣が受話器を取った。
「もしもし……」
「早くクロマチンコードを寄越せ……! そうすりゃ全部が元通りになるんだ……!」




