case002:特務隊
~特対庁特務隊執務室~
『ですから、私はクロマチンコードというのはハプログループD-M……』
執務室に流れるホログラムの音。その時はちょうど討論番組がやっていて、今話題の大学教授が持論を語っていた。仕事場であるため一応聞こえる程度の音量だった。
そのニュースをかき消すように、芯の通った女性の声が響く。
「雨宮凛は執行第一課より」
名前の通り凛としたポニーテールの女性、雨宮凛。
「嵐司右月は本日付けをもって執行士に昇任し、執行第三課より」
声に覇気がない長い白髪の男性、嵐司右月。
「風祭衛は本日付けをもって執行士に昇任し、精神管理課より!」
そして一番元気の良い風祭衛。
雨宮が申告を続ける。
「以上3名は、本日付をもって当課に配属を命じられました! 敬礼!」
横並びの3人が頭を下げる。特対庁礼式規則で決まっているとおり角度は20度。3人の角度は揃っており、練度の高さがうかがえる。
目の前に立つ、階級のわりには若い30代前半の女性――特務課長も同じように敬礼しているが、彼らとは違って少し緩慢な敬礼だった。彼女はいわゆるキャリアと呼ばれる存在で、エリート中のエリートだった。特務課長は“休め”を促すと、雨宮は号令をかける。
「ここは去年新設された特務課特務隊です。みんなの噂はかねがね聞いてますよ。屋敷隊長のもと、しっかり頼みますね」
3人は“気をつけ”の姿勢に戻ると、まるで怒鳴るように一言“はい”と返事をした。あまりの声圧に課長は一瞬体を揺らした。
「気をつけ! 敬礼!」
雨宮の号令で新人3名は再度頭を下げる。
特異感情能力対策庁特務課特務隊。
特務課自体が去年できたばかりの新設課だった。何をしているかわからない部署として有名な課だ。
異動の手続きを終えた風祭たちは、特務課長の傍に控えていた強面の男の指示で、移動する。彼は老練の将と言うに相応しい、修羅場を何度も潜り抜けてきたような雰囲気を醸し出していた。短髪で肌は浅黒く日焼けしており、目つきは非常に鋭い。
「お前らの上司となる屋敷だ。特務隊の指揮をとる」
老将の彼、屋敷賢悟は風祭の前を歩きながら、振り向くことなくそう告げた。
特対庁の本局である庁舎は新しく、室内も広い。屋敷の歩む先には事務机が固まって配置されており、男女数名が座っていた。案内された風祭たちは屋敷の前に出るよう促される。
「注目。言っていた新人だ」
屋敷は荒々しく数回手を叩き、隊員の注意を引いた。そして上席に座っている50代くらいの女性を指さした。
「まずは係長級から……こいつは一宮紀乃だ。階級は執行士長」
彼女は白髪のボブで、レンズの色が薄く黒色のメガネをかけている。加えて、大きめの金色のイヤリングは、お洒落といった印象を抱かせた。目つきは鋭く、新人の3人からすれば、睨まれているようにすら思えるほどだ。
「その前に座ってるのが、蓼瀬子再。執行士長だ」
一宮と向かい合わせに座っているのは、ニコニコとしたアフロの黒人だった。渋い口髭が蓄えられており、筋骨隆々。年齢は40代半ばといったところか。大きなガタイとは対照的に小さく手を振っている。
また、一人だけ白い隊服のポロシャツを着ているのも特徴的だった。
「それで一宮の隣が……」
屋敷の紹介を遮るように、金髪日焼けギャルの女性がツインテールをなびかせ、手を挙げながら勢いよく立ち上がった。
「花園マリリンで~す!! 執行士長で~す! ピチピチ24歳で~す!」
さらに彼女は屋敷からの制止をものともせず、舌を出して目元でピースをキメている。
「よろしくね♡ アメリン、アララン、マモルン!」
「あの花園マリリン!? マジでいるのかよ」
嵐司は驚いた様子でそう呟く。大きな声で挨拶する彼女に、屋敷は面倒臭そうに“座れ”と威圧的に告げた。しかし彼女は頼まれてもいないのに次々とポーズをとっている。
「次に主任級だが、そのふざけた女の前に座っているのが、緒方執行士だ」
紹介を受けて、黒髪ロングの中年女性が立ち上がり、恭しく頭を下げた。
「緒方都です。よろしくね」
直前のマリリンと比べると、穏やかで上品さが目立つ女性で、治安職には似つかわしくない雰囲気だった。全員の紹介が終わると屋敷が続ける。
「いいか、お前たちは即戦力として働いてもらう。俺たちは仲良しこよしの遊びじゃない」
それを聞いた花園マリリンは、机に広げていたパーティ開けのポテトチップスをそっと隅に寄せた。
「俺たちは特務隊として命をかけて……」
その瞬間、けたたましく警報音と女性の自動音声が吹鳴する。
「特異感情能力事案発生、特異感情能力事案発生。レベル緊急、レベル緊急。警察ホットライン。入電します」
自動音声と並行して、デスクの電話が鳴ると、ギャルのような女性――マリリンが素早く受話器をとった。
「ほいほーい、ゴキゲン麗しゅう。えっ、誘拐? あっ、立てこもりも。へぇ〜」
直前までポテトチップスを食べていた彼女は、軽いノリで電話を受けながらティッシュで手を拭いている。
「ほぇ〜、クロマチンコードをよこせって?」
マリリンは内容を聞きながら屋敷に視線を送る。彼女の復唱した“クロマチンコード”という言葉に雨宮が反応した。
「都市伝説盲信者の犯行か……それとも頭のおかしい輩……?」
嵐司も呆れたように雨宮に続く。
「最近あの仲谷とかいう教授が、クロマチンコードはあります的なこと言ってるからそのせいだろ」
「へぇ〜。容疑者は数人に絞れてるんだね。それって何でわかったの? うんうん、対象者の服装から判断ね〜、ちょっと待ってくれる〜?」
マリリンはハキハキとした声でそう言うと保留にせず、そのまま屋敷の方に向いた。
「タイチョー、警視庁から誘拐立てこもりの応援依頼で、男の子が被害者だってー。要求はクロマチンコードよこせって。特異能力使用は今んとこないんですけど、受けいいですか〜?」
事件概要を聞いていた一宮、タデセ、緒方は、屋敷の答えを待つことなく席を立つ。
「受けろ」
「ほーい」
マリリンは電話口に戻る。
「ということで。聞こえてましたー? 特対庁も行きまーす。んじゃいつも通り情報はメールで、無線は今回特対3系でよろしゅうね。はーい、ゴキゲンヨー」
異動組以外が皆一斉に出動準備を始めたことに唖然とする雨宮と嵐司。
「ちょっと待って、特異能力者じゃないんだから、警察の管轄でしょ? まさかクロマチンコードってだけで受けたんですか……?」
雨宮が驚くのも無理はなかった。クロマチンコードとは、どんな力でも発現することができる都市伝説的な感情能力の遺伝子情報……という噂だったからだ。
「こんなの、家にちっさいおじさんが出たから住居侵入で逮捕してって110番通報してるようなもんでしょ?」
「雨宮、早く準備をしろ」
屋敷の低く威圧的な声が響く。
“ありえない”と言わんばかりにため息をつきながら首を軽く振る雨宮。嵐司も同じように愚痴をこぼしていた。
「これ、他の課は蹴ってる案件だから周り回って特務課に連絡きたんだろ……? ほんとにやってるアピールかよ……大丈夫か、ここ」
「嵐司、お前もだ。早く準備にかかれ。3分後には出る」
雨宮と嵐司はため息をついて装備品を装着する。その横で手錠や特殊警棒を装備していた風祭が煽るように言った。
「ちっちゃいおじさんでも行きますよ。僕ら公務員ですから」
[事件対応ファイル]
【事案対応部署】
特務課特務隊
【事案番号】
51-17
【事案名】
クロマチンコード要求目的の厚生労働大臣実孫に対する誘拐立てこもり
【対応者】
屋敷賢悟(監衛)以下8名
【執行結果】
未実施




