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case036:アイドル

~都内某所・葬儀場~


「それでは皆様、ご一緒にお念仏をお唱えください」

 静かな声が式場に響いた。

 祭壇の中央では、僧侶が遺影に向かって合掌している。


 葬儀に先立つ挨拶では、天台宗の僧侶とだけ紹介されていた。林という有名な僧侶らしい。

 ゆっくりとした、よく通る声だった。


 その声に導かれるように、参列者たちも手を合わせる。


 祭壇には、芸能界で長年にわたり活躍した大物プロデューサー・大江和秀の遺影が飾られていた。

 数々のアイドルを世に送り出した男だった。


 そのため参列者の顔ぶれも華やかだった。俳優、歌手、芸人、テレビ局関係者、芸能事務所の経営者――テレビで見ない日のないような人間も珍しくない。


 その中に、特務隊の花園マリリンもいた。


 黒い喪服に身を包み、いつもの明るい髪も今日は控えめにまとめている。


 焼香を終えたマリリンは遺影を見上げ、静かに頭を下げた。



     ◇


 葬儀の後の会食。

 ある程度酒も入り、皆が挨拶回りをしていた。


「マリリンちゃん、久しぶりだね。来てくれてありがとう。大江さんも喜んでるよ」

 マリリンに声をかけたのは、彼女がアイドル時代に何度か編曲をしてくれた大物音楽家だった。


 彼はマリリンに瓶ビールを差し出して勧めるが、マリリンは手を振って断った。


「お久しぶりです、能田さん」

 マリリンは軽く頭を下げた。


「マリリンちゃん、来てくれないのかと思ったよ。特対庁って忙しいでしょ?」


「大江さんの葬儀には来ますよ、さすがに」


「へぇ~、恩師のとこには全然顔を出さないのにねぇ~?」

 そう言って割って入ったのは、金髪のショートカットの中年女性だった。

 左目の下から左の唇にかけて、一本の傷痕が走っている。


「景子さん……!」

 マリリンはわずかに目を見開くと、軽く会釈した。


「どうも、能田さん。ちょっとマリリンと話してもいいですか?」


「サニーちゃん……っていうと、怒るんだよね?」

 能田は冗談めかして言った。


「まあ、もうあれから三十年近く経ちましたからね」


 〝サニー〟


 眞壁景子が20歳前後の頃に名乗っていたアイドル名。


 日野サニーと月野ルナ。

 二人組アイドル――DAY☆NIGHT Girls。


 一世を風靡しながら、ある凄惨な事件によって、その歴史に突然幕を下ろした伝説的なアイドルだった。



「じゃあ、師弟の仲を邪魔したら悪いし、僕はこのあたりで」

 能田はビール瓶とグラスを手に、その場を離れた。


 少し間を置いて、眞壁が口を開く。

「特対庁はどう? 忙しい?」


「まあ、そうですね。ぼちぼちです」


「ぼちぼちぃ? 忙しく働きなさいよ。国に魂売って、アイドル業界裏切ったんだから」


 容赦のない言葉に、さすがのマリリンも苦笑する。

「結構ひどい物言いですね。元アイドルとは思えない」


「そりゃそうよ! 私が手塩にかけて売り出してたのに! 売れた瞬間辞めちゃって!」


「それは、すいません……」


「うそよ、うそ!」

 眞壁は笑った。


「無事にやってて安心した。特対庁ってかなり危ないって言うし」


 その言葉に、マリリンの表情も少しだけ柔らかくなる。

「景子さんも、お元気そうで」


「どこがよ。50過ぎよ、こっちは」


「見えないですって。40くらいにしか」


「あんまり嬉しくないけど、一応ありがとうと言っておくわ」


「そういうとこだけ素直ですね」


「アイドルは褒め言葉を否定しちゃダメなの」


「もうアイドルじゃないでしょ」


「元、でもよ」


 二人の間に笑いが起きる。


 何年会っていなくても、こうして話せばすぐに昔へ戻れる。


 マリリンにとって眞壁景子は、単なる芸能界の先輩ではない。

 自分をアイドルの世界へ導き、居場所まで用意してくれた恩人だった。


「でも、ほんと変わんないわね」


「私が?」

 マリリンは目をまん丸にして自身を指さした。


「そう。あの頃のまんま」


「もう24ですよ?」


「私からしたら14のクソガキよ」


「クソガキはひどくないですか?」


「最初に会ったときなんて、もっと酷かったじゃない。人でも刺しそうなやさぐれた目して」


「してませんよ!」


「してたって。よく覚えてるもの」


「景子さん、若年性……?」


「マリリンあんた、国家権力になった途端言うようになったじゃない!」

 眞壁が楽しそうに笑った。


 マリリンも呆れながら、テーブルの烏龍茶へ手を伸ばす。


「……そういえば」

 その途中で、眞壁の声色が少し変わった。


「マリリン。あんた今、こういうのって仕事で見たりする?」


「こういうの?」


 眞壁はバッグからスマートフォンを取り出し、何度か画面を操作する。


「これ」


 差し出された画面を覗き込んだマリリンの表情から、笑みが消えた。


 手紙の写真だった。


 表面を埋め尽くすほどの文字。


『愛してる』

『ずっと見てる』

『僕だけは君を理解してる』

『他の男と喋らないで』

『君が間違った道に行かないように僕が守る』


「……うへぇ」


 マリリンも思わず声が漏れる。


「でしょ?」


「誰宛てです?」


「うちの子」


「一通だけ?」


「まさか」

 眞壁が画面を横へ滑らせる。

 二通目。

 三通目。

 四通目。


 筆跡も封筒も違う。


「別人?」


「多分ね。こういうのが何人かいる」


「何人か……」


「手紙だけならまだいいんだけどね。出待ちしたり、帰り道についてきたり。プレゼントも縮れた毛とか、段々変なのが増えてきた」


「警察には?」


「相談してる」


「なら、よかったです」


「でも……なんで特対庁の私に?」


「なんか……特異能力で、警察と協力して捜査とかしてくれてないのかなって。あんたたち超能力使いでしょ?」



「でもまあ……」

 眞壁は小さく息を吐いた。

「この仕事、どこからがファンで、どこからがストーカーなのか難しいじゃない?」


「待ち伏せして帰宅経路についてきたら、私ならファン扱いせずにぶっ飛ばしますけどね」


「特対庁は過激ねぇ」


「景子さんが甘いんですよ」


「そうかもね」


 眞壁はスマートフォンを伏せた。


「昔からこういう輩はいたから」

 その言葉の後。

 ほんの一瞬だけ、眞壁の目が遠くなった。


 マリリンの視線が、彼女の顔を横切る傷痕へ向かう。

 日野サニーのアイドル人生を終わらせた傷。

 熱狂的なファンによって刻まれたものだった。


「……だからこそですよ」

 マリリンが言った。


「景子さんなら分かってるでしょ。『まだ大丈夫』なんて思わない方がいいです」


 眞壁は少し驚いたようにマリリンを見る。

 やがて困ったように笑いながら、傷を掻いた。

「大人になったわねぇ」


「誰目線ですか」


「恩師目線」


「自分で言う?」


「言うわよ。あんた誰のおかげでアイドルになれたと思ってんの」


「はいはい。感謝してますよ」


「軽い!」


 再び二人の笑い声が混ざる。

 この時点では、ただそれだけの話だった。

 芸能界では珍しくもない、少し度を越したファンの話。


 マリリンも、この日ばかりは仕事として深く踏み込むつもりはなかった。そもそも警察案件だ。


 何より久しぶりに会った恩人との時間に、捜査官の顔を持ち込みたくなかった。



 だが、その数日後。

 眞壁景子が育てていた一人のアイドルが、

 イベント会場で男に刃物で襲われる。


 男が狙ったのは――顔だった。

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