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case034:子供の本心

 児童相談所は、レギオを一時保護することを決定。

 警察も事件の概要を整理し始めていた。

 児相職員殺害。

 甲斐夫妻殺害。

 被疑者は甲斐礼義王。

 動機は、弟妹を毒親から守るため。

 少年による悲しい事件。

 捜査本部の誰もが、そう受け止めていた。

 ただ一人を除いて。

「もう一度、話を聞かせてくだサイ」

 シサイの言葉に、捜査本部の空気が止まる。

 生活安全課長の猪口が眉をひそめた。

「いや、もう本人も認めたでしょう」

「自供もある。動機も取れてる」

「これ以上、何を聞く必要があるんです?」

 児童相談所の担当者も困ったように口を開く。

「レギオ君は、今日から一時保護になります。」

「精神的にもかなり疲弊しています。」

「これ以上の面接は、本人の負担になります。」

 シサイは静かに頷いた。

「分かっていマス」

「ですが、まだ終わっていまセン」

「何がです?」

「レギオ君は、まだ嘘をついていマス」

 室内が静まり返る。猪口は腕を組んで、若干不機嫌そうに言った。

「犯行は認めましたよ?」

「認めマシタ」

「じゃあ終わりでしょう」

「終わっていまセン」

 シサイは短く答える。

「彼は、本当の動機を話していマセン」

 刑事たちは顔を見合わせる。

「いや……弟妹を守るためでしょ」

 猪口は鼻で笑った。

「十分、筋は通ってますよ」

「筋は通っていマス」

 シサイは否定しない。

「だからこそ、嘘デス」

 誰も意味が分からなかったが、屋敷だけは違っていた。

 そしてシサイは屋敷へと向き直る。

「隊長、お願いがありマス。一時間ダケ、モウ一度、レギオ君と話をさせてくだサイ」

 シサイの強い眼差し。彼は胸にかけた銀色のペンダントを強く握っている。

 屋敷はその行動の意味をよくわかっていた。

「……分かった」

 その一言だけだった。屋敷は捜査本部の幹部席へと歩いていく。

 その状況を皆静かに見つめることしかできなかった。

 幹部席に近づく屋敷を、幹部達もただ黙って身構えている。

「よろしいですか?」

 屋敷は返事を待たずに続けた。

「特対庁として、能力解明の観点から追加で一時間だけ事情聴取の許可をいただきたい」

 刑事課長の嶋田は難しい顔をした。

「隊長、事件は終わっています。動機も取れました。児相も保護へ移る予定です」

 そして一呼吸おくと、それまでよりも強い声色で問うた。

「今さら蒸し返す必要がありますか?」

 屋敷は目を逸らすことなく静かに答える。

「あります」

「……理由は?」

「うちの蓼瀬執行士長が終わっていないと言いました」

 その言葉だけだった。

 嶋田は小さく息を吐く。

「……一時間だけです」

「ありがとうございます」



 シサイが一度聴取を終えてから約15分後、彼は再度入室した。

 部屋では私服の女性刑事がレギオにたわいない質問をしているが、彼は素っ気なく躱している。

「お待たせしまシタ。続き、モウ少しやりまショウカ」

 レギオは少しだけ驚いた顔を浮かべた後、微かに笑う。

「まだ何かあるんですか? 僕、全部話しましたよね。 僕が殺したって」

 シサイは女性刑事と交代すると、静かに椅子へ座った。

 女性刑事は軽く頭を下げると、部屋を後にする。

 シサイ数秒、レギオを見つめると、ゆっくり口を開く。

「君、まだ嘘をついてイル」

部屋の空気が止まる。レギオは少しだけ眉をひそめた。

「……何がですか」

「動機デスヨ」

 シサイは優しく笑みを浮かべ、答えた。

「君は、弟サンと妹サンを守るためだったと言いまシタ」

「はい」

「それは嘘デス」

 レギオは小さく笑った。どこか大人びた笑みだった。

「どうしてそう思うんですか」

「君は賢イ」

 シサイは淡々と続ける。

「だから、その動機ナラ誰も責められないことを知ってイル」

「実際、責められていません」

「警察モ児童相談所モ、皆、君は弟妹を守ろうとした優しいお兄ちゃんだった、と考えていマス」

 レギオは黙って聞いている。

「でも、それは君が考えた、“守るため”の物語デス」

「違います」

 シサイは即座に返した。

「では、一つダケ」


「君は、児童相談所職員を最初に殺しまシタ」

「はい」

「その時点では、お父さんもお母さんも生きていマシタ」

「はい」

「弟さんと妹さんも無事デシタ」

「はい」

「デハ、なぜ児童相談所職員から殺したのデスカ」

 レギオは少しだけ考えてから答えた。

「児相の人が来るたびに、父と母は荒れていました。だからです。元凶、ですよね?」

「なるホド」

 シサイは少し口角を上げた。

「デハ、モウ一つ」

 静かな声だった。

「児童相談所職員が死んだアト、お父さんとお母さんはどうなりまシタ?」

「……」

「もっと荒れまシタネ」

 レギオの瞳が揺れる。

「記者が押しカケ、配信者が集マリ、警察が何度も来タ」

「家の中は以前より悪くなりマシタ」

「ツマリ、君の行動は、弟さんと妹さんを守るどころカ、二人をもっと危険な環境へ置いタ」


「君ほど賢い子ナラ、そんなことは分かっていたはずデス」

「……」

「それでも児童相談所職員を殺シタ。なぜデスカ?」

 答えは急かさない。シサイはあくまでもレギオのペースに合わせた。

 数十秒の沈黙の後、小さな彼は自信に満ちた表情で答えた。

「弟と妹を守るため」

 同じ言葉。同じ声。同じ表情。

 シサイは小さく首を横に振った。

「確かにそれハ一部合ってマス」

「君は弟さんと妹さんを守りたかった。それは本当デス」

 シサイはレギオを真っ直ぐ見た。

「デモ、それは一番の理由ではありまセン」

「違います、それが一番の理由です」

 今度は少し強く否定した。

「弟と妹は、僕が守らないと」

「それハ、そうデスネ」

 シサイは頷く。


「デモ、撃ち殺すだナンテ、よっぽどの憎しみがなけレバできまセン」

「君はお父さんが憎かっタ? 君はお母さんが憎かっタ?」

「違います」

 レギオは即答した。

「デモ、憎くなけレバ……」

「違います!」

 レギオの声が初めて大きくなる。

 その瞬間。

 シサイは確信した。

 これまでのレギオなら、“違います”としか言わなかった。

 今の叫びは違った。フリでも算段でもない、紛れもない感情だった。

 ようやく、この子が作り上げた”大人の仮面”に、小さなひびが入ったように見えた。

レギオは乱れた呼吸を隠すように、背筋を伸ばす。

「……僕は」

 少しだけ間を置く。

「弟と妹を守るために殺しました」

 彼は持ち直した。

「父と母は毒親でした。二人も僕みたいになる。だから殺しました。それだけです」

 

「君ハ、本当に賢イ子デス。とても小学生とは思えナイ。君の頭脳ト能力がアレバ完璧ダッタ」

 視線が交差する。

「…はずデシタ」

「君の犯行ハ、あの警察署の温度検知機のミスだけデ捜査は難航するハズだった」


「デモ、君と弟さんの供述が異なっタ」

「子供の記憶です。間違えることだってあるでしょ」

「弟サンが間違えることはアッテモ、君が間違えることはナイ」

「なんで僕が間違ってることになってるんですか? そんなのわからないじゃないですか」


「レギオ君、キミの体からGunshot Residueが出てマス。簡単に言うと、銃を撃った時に体につくものデス」

 彼の言うGunshot Residueとは、硝煙残渣のことで、拳銃を撃った後に舞う硝煙が付着することだった。

「僕の目の前で父が撃ったんですから、つくでしょ」

「確かに、お父さんにもついてまシタ」


「なら……」


「デモ、一番付着量が多かったノハ、君デス」


「シカモ、弟サン、妹サンにも少しデスガ、ついてまシタ。ちょうど君ガ抱きしめていたあたりデス」

 その事実に、レギオは黙りこくった。


「君の優しさがアダになりまシタネ」


「違います」


「イヤ、君の優しさガ、ミスを残シタ」


「違います!」

 レギオが机を叩いた。

「僕は優しくなんかありません!」

「毎日毎日! 働かされて!」

「毎日怒られて!」

「サイコパスって言われて!」

「本当の子供じゃないって言われて!」

 息が乱れる。

「だから!」

「だから……何もかもがイヤになったんです」

「そうデスネ」

 シサイは否定しない。

「君は撃つ前、お父さんに見てほしカッタ」

 レギオが咄嗟に自分の口元に手を当てた。

「お母さんニモ認めてほしカッタ」

「違う……」

 小さな声だった。これまでとは違う、か細い声だ。

「だから、両親に否定されて、君は崩れた」

 レギオの肩が震え始める。

「母さんが、なんで産んだんだろ、って言ったとき、俺は……俺の生きてる意味って……」

 涙が一滴、机に落ちた。

「ほんとに、家事をするだけのロボットみたいに思ったんです」

 シサイは、自身の能力で、レギオに視界を共有した。

 レギオは自分自身の姿を見た。

 自分が思っていたよりも小さく、やつれ、幼かった。

 ただの子供だった。

「ただ、父さんと母さんに……」

 涙はポタポタと落ち続け、水溜りを作っていった。

「見てほしかった」

「ほめてほしかった」

「みとめててほしかった」

「かわいがってほしかった」

 幼い彼は、うつむいたまま震えている。

「君はただ愛してほしかっただけデス」

「タダ、お父さんとお母さんの子供でいたカッタ」

 その瞬間。レギオの体から力が抜けた。肩を震わせながら、小さく呟く。


「俺……ちゃんと……」

「ちゃんとやってたんだよ……」


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