case032:大人びた子供
次に意識が戻ったのは全てが終わった後だった。
破裂音で耳が聞こえなくなった。
1分くらいで音が戻った。
父さんと、母さんはおでこから血を流している。
喋ってないのに、声だけは、まだはっきりと聞こえる。
「誰が父さんだ、気色悪い」
「ほんと……なんで産んだんだろ」
それが愛する両親から出た言葉だった。
我に返ったレギオは動き始める。
すぐに頭を回転させて、どうすべきかを考えた。
父の手に拳銃を握らせた。
急いで2階へと上がる。
弟と妹の部屋の前で、尋ねた。
「ラクス、アリアン、大丈夫?」
部屋のドアを開け、震えて抱き合う弟と妹を抱きしめた。
銃声が聞こえたという110番通報で警察が駆けつけ、レギオ達は保護された。
神代中央署の捜査本部と特務隊もすぐさま駆けつけ、現場鑑識や、事情聴取、検死が行われた。
父、母とも死因は拳銃による頭部外傷と判断された。
レギオは警察から簡単な質問を受け、それに答えると、すぐに祖父母のもとへ送り届けられた。
事件の概要はこうだ。
一階で父と母が喧嘩をし始めたため、レギオが弟と妹を2階の部屋にあげてから、一階に戻り喧嘩の仲裁をしたところ、父が拳銃を持ち出し、母を射殺。その後父は拳銃で自殺。
レギオ達は子供だったため、翌日の午前に司法面接という形で、事情聴取を受けることとなった。
レギオの面接をシサイも見ていた。
女性の警察官が、レギオに優しく尋ねる。
レギオの答えは昨日と同じものだった。
次に弟のラクスの司法面接。見慣れない部屋で緊張していたラクスだったが、女性警察官の優しい問いかけに、徐々にスムーズに答えていった。
「パンって音がした」
「ママが大きな声で何か言ってた」
「そのあとまたパンて音がした」
妹のアリアンは、怖がって何も喋ることができなかった。
この結果をもって、シサイは確信することとなる。
その日の午後、シサイはレギオから話を聞くこととなった。
14歳未満であるため、罪を犯していても刑罰は課されないが、更生へ向けた事実確認という位置付けだ。
「はじめまシテ、レギオくん」
巨漢のシサイは、レギオが怖がらないように深く頭を下げた。
「オジサンは、特対庁のタデセシサイと言いマス」
レギオは椅子に座ったまま、丁寧に頭を下げ返した。
「甲斐礼義王です。よろしくお願いします」
声は落ち着いていた。
昨日、両親を亡くした小学六年生の声としては、あまりに整っている。
同席している女性警察官は、痛ましそうにレギオを見ていた。児童相談所の職員も、机の隅で記録用の端末を開いている。
ここは取調室ではない。
神代中央署の一角にある、子ども用の面接室だった。壁には淡い色の掲示物が貼られ、棚にはぬいぐるみも置かれている。
だが、レギオはその部屋に似合わなかった。
似合わないように振る舞っている、というのが正しかった。
背筋を伸ばし、両手を膝の上にそろえ、表情を崩さない。大人に見られたい背伸びした子どもではなく、大人として扱われることが当然だと思っているような姿勢だった。
シサイは椅子を引き、レギオの正面に座った。
「今日は、昨日のことを確認したいだけデス。無理に話さなくてもいい。疲れたら休めマス」
「大丈夫です」
即答だった。
「では、昨日の夜、おうちで何があったか、もう一度話してもらえマスカ」
「はい」
レギオは、昨日と同じ話をした。
母と父が喧嘩を始めたこと。
母が、自分は父の子ではないと言ったこと。
父が激昂したこと。
レギオが弟と妹を二階に上げたこと。
一階に戻るとさらに言い争いがひどくなっていたこと。
そのあと父が母を撃ち、その後自殺したこと。
言葉に淀みもなく、詰まらなかった。
順番も、表現も、昨日の簡易聴取とほとんど同じだった。
後ろに控える女性警察官が児相職員と目を合わせて小さく頷く。
この話だけを聞けば、筋は通っている。
托卵を知った父親が逆上し、妻を殺し、自ら命を絶った。
世間も警察も、そういう物語を好む。分かりやすいからだ。
シサイは口を挟まず、最後まで聞いた。
レギオは話し終えると、小さく頭を下げた。
「以上です」
以上。
小学6年生の子供の、両親の死を説明した最後の言葉が、それだった。
「ありがとうございマス」
シサイは礼を言った。
「とても分かりやすい説明デシタ」
「ありがとうございます」
「レギオくんは、賢いデスネ」
「いえ」
レギオは目を伏せる。
「僕がしっかりしないといけないので」
シサイは、机の上に置かれたレギオの手を見る。
右手の親指の付け根には、キャラクターの絆創膏が貼られていた。
昨日、子どもたちの簡単な聴取をした時にも見た。
「右の親指の付け根、どうしたんデスカ?」
レギオは左手の平で右手の親指を包んだ。
「料理で切っちゃって、恥ずかしいです……」
「料理デ……大変デスネ。まだ子供なノニ」
「子供じゃありませんよ。しっかりしないといけませんから」
「しっかりしないといけない、と思っているのデスカ?」
「はい」
レギオはキョトンとした目で即答した。
「どうしてデス」
「弟と妹がいるからです」
レギオはまたも迷わず答えた。
「父と母は、あまり家庭のことに向いていませんでした。僕がやらないと、家が回らなかったんです」
「家が回らナイ?」
「はい」
「それは、大変デシタネ」
「慣れています」
その答えも早い。
シサイは、レギオが質問の意味を理解して答えているのではなく、答えを用意しているのだと感じた。
よくできた答え。叱られない答え。大人が感心する答え。
「お父さんとお母さんを、恨んでいましたカ」
女性警察官が少しだけシサイを見る。
踏み込みすぎではないか、という目だった。
だがシサイは視線を動かさない。
レギオは静かに答える。
「はい」
「どうして」
「僕を家政婦のように扱っていたからです」
また、整った言葉だった。
「それに、このままだと弟と妹も同じようになると思いました。だから嫌いでした」
レギオは初めて、ほんの少しだけ間を置いた。
「良くないことですが、父が、母を殺して、自殺したことも、正直せいせいしました」
それでも声は崩れなかった。
「児童相談所の職員を殺した件にツイテハ?」
「それはわかりません。多分父がやったことですから」
同席者の空気が固くなる。
女性警察官の指が端末の上で止まり、児相職員が息を呑む。
特対庁のこの蓼瀬子再という男は、おそらく、児相職員と甲斐夫婦を殺害したのが、この12歳の子供だと疑っている。
そういう驚きだった。




