case031:崩壊
「一言お願いします!」
「長男に家事を押し付けていたというのは事実ですか!」
「児相とのトラブルについて説明を!」
ニュースでは、自分たちを取材する様子が報道されていた。
ついさっきのものだ。
警察の対応を終えた母が深く息を吐いた。
「ほんと、しつこい。ってか誰よ110番したの」
父はホログラムを見ながら笑っている。
「だから再生数は伸びてんだからいいだろ。昨日の動画、もう50万いってる」
「限度ってものがあるでしょ!」
先ほどの言い合いの熱はまだ冷めていなかった。
「今が一番いいタイミングだろ! 事件と絡んでんだから! センスねぇな」
母は答えない代わりに、持っていたクッションを父に投げつけた。
その様子を見ながら、レギオはキッチンに立っていた。鍋の火加減を見て味噌を溶く。
弟がテーブルで足をばたつかせている。
「おにいちゃん、まだー?」
「もうちょっと」
妹は動画投稿サイトを大画面のホログラムで見ながら笑っている。
さっき流したばかりのライブ配信が、もう切り抜かれている。
次に再生されたのは、レギオを取り上げたものだった。
『炎上中YouTuber家族の実態』
『長男の表情に違和感』
自分の顔が、そこにある。
再生され、拡大され、コメントが紹介される。
『この子、絶対無理してる』
『助けてあげて』
『親やばい』
『児相仕事しろ』
レギオは視線を戻す。
味噌汁の表面に、自分の顔が歪んで映っていた。
水面が揺れているからだと思った。
「できたよ」
テーブルに出来上がった料理を並べていく。
弟がすぐに箸を取る。
「いただきまーす!」
妹も真似て声だけあげると、手を合わせずに箸を取った。
「アリアン、ちゃんと手を合わせて」
母はまだソファに座って怒っている。
父は料理ができたのを見て、テーブルにつく。
「おい、箸」
父に言われる前に、すでに手に取って渡している。
「はい」
「サンキュ」
父は一口食べて、言う。
「ちょっと薄くね?」
「……そう?」
レギオも一口すくう。味は分かっている。最初から。いつもが塩辛すぎるのだ。父の味覚に合わせるととんでもない量の塩分を使うことになる。
「……ちょっとだけ」
「次はちゃんとやれよ」
「うん」
母がテーブルを通り過ぎて、冷蔵庫に向かう。顔に笑顔はない。
「もうホント無理」
苛立ちながら荒々しくビールを取り出す母。
「ちょっとレギオ! 裏口のドアちゃんと閉まってないじゃない! アンタしかいないでしょ! ゴミ捨てたらちゃんと鍵かけろよ!」
母の甲高い金切り声が奥のキッチンあたりで響いている。
「聞いてんの!?」
「ごめんなさい」
「ほんとウザい、児相のやつらもマスコミも警察も」
母椅子に座りながら吐き捨てる。
「人のテリトリーに土足で入ってきて、好き勝手言って」
「飯くらい黙って食え!」
父は母に怒鳴りつける。
「大きな声出さないでよ! ラクスとアリアンだってやかましいでしょ! あたしだけに当たらないでよ」
母はそう言って父に箸を投げつけた。
そして母は泣き崩れる。
「なんでみんな自分勝手なわけ……?」
その言葉に、レギオの手が止まる。
みんな?
ぼくはいつも頑張ってる。
でも兄として当たり前。
他の子はここまでやってない。
でもぼくそこがすごい。
ぼくは自発的にできるいい子なんだ。
でも本当はやりたくない。
ぼくは他の子とは違って大人だ。
でも子供なんだから他の子一緒に遊びたい。
一瞬だが、レギオは止まった。
誰も気づかない。
だがすぐに動き出す。
おかわりを言っている弟のご飯をよそう。
空いた妹のコップに水を足す。
タバコを吸おうとする父に灰皿を渡す。
「ほんと、あの女。死んでからも迷惑かけるなんてキモすぎ……」
母が泣き声で呟く。
「ブツブツ言うな、飯が不味くなる」
沈黙。
妹の見る動画の音だけが流れる。
『私達甲斐家は世界一幸せな家族でーす!』
その家族の声の奥で、レギオの中で何かが膨れ上がっていく。
「……ほんと」
母が小さくまた声を発した。
「児相殺したやつ、マジで死ねよ」
その言葉で、空気が止まる。
父が軽く笑う。
「それだけは同意だわ」
レギオはとっさに立ち上がると、恐る恐る口を開いた。
「……でも」
母が顔をレギオに目をやる。
「なに?」
「お母さん、う、うざいって、言ってたよね? 迷惑とか、死んだらいいとか」
母が目を細めてが立ち上がる。
「……あんた」
一歩、近づく。
「まさか、何かしたんじゃないでしょうね」
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「え……」
レギオは腰が抜けて椅子に座り込んだ。
「レギオがやったってか? 子供だぞ?」
流石の父も突拍子の無い推測に鼻で笑った。
「レギオなら、やりかねない。だって……」
「ありえないだ……」
父の言葉を遮るように母は叫んだ。
「アンタだっていつも言ってんじゃん! レギオ大人すぎて不気味だとか、中身子供じゃないみたいとか!」
その言葉に父は、ゆっくりと疑いと恐怖の目をレギオに向けた。
「いや、まさかな……」
「能力発現してりゃ、なんとでもできるでしょ!!」
母の目が、レギオを貫く。
そして……軽蔑するように言った。
「……やっぱり、あいつの子だわ」
母の目から涙が流れる。
レギオは目を見開いて母を見た。
母は涙を流しながら続ける。
「サイコパスっぽいと思ってたのよね」
レギオの中で、何かが崩れる。
「なんであの時、こんな子産もうと思ったんだろ」
父さんが立ち上がる。
「おい、どういうことだよ!」
「あなたの子じゃないってこと!!」
「あんたとデキ婚したって言ったけど、別の男の種なのよ!」
言葉が空気を、これまでの家族の絆を破壊する。
自分の居場所が消えていく感覚だ。
弟達も意味はわかっていないだろうが、雰囲気を感じて黙っている。
「医者とワンナイトしたらデキた! そいつは人を刺したことあるサイコパスだった! でも老後を考えたら優秀な遺伝子が欲しかった! だからアンタとデキたことにした!」
母さんは見るからに心が壊れていた。ここ最近の炎上騒動や、児童相談所の女の人が死んだ事件、警察、マスコミ、コメント欄、世間の反応。
母さんは耐えられなかった。
壊れて、溜めていたものがあふれ出た。
「ふざ、ふざけんな! 離婚だ離婚!」
父さんは、机を思い切りたたいた。
荒い呼吸で、ヤケクソみたいな笑いを浮かべながら言った。
「……道理で変だと思ったんだよ」
呼吸は荒いけど、納得したような声色だった。
「下の二人とは全然違うし、俺の子か?って思ったこともあった」
その一言で、全ての糸が切り離された。
甲斐家と、家族と繋がる糸が。
今までの時間が終わる。
「ふざけんなよ」
声が大きくなり、空気が荒れる。
でも、その中に自分の場所はない。
レギオは口を開く。
「……違う」
二人が一瞬だけ止まる。
「俺、ちゃんとやってる」
言葉が出る。止まらない。
「ごはんも作ってるし、洗濯もしてるし」
「弟と妹も――」
母さんが被せる。
「だから何よ!? 誰が養ってると思ってんの!? デカい顔しないでよ! 子供のくせに!」
「で、でも俺は、母さんと父さんのために……」
「誰が父さんだ、気色悪い」
父さんの害虫を見るような目が冷たく刺さる。
「ほんと、マジでなんで産んだんだろ」
そこで、完全に意識は途切れた。




