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case030:シサイの見立て

〜神代中央署・相談室①〜



「だから、レギオは自発的に家事やってんだって何度も言ってんでしょ? バカなの!? 日本語通じてる!?」

 相談室で声を荒げる女性、甲斐心魅。

 言いたいことは言う。海外基準と称する彼女のスタイル通り、聴取しているシサイに罵声を浴びせている。


「奥サン、落ち着いてくだサイ。世間一般から見テ、小学校6年生のレギオクンに家事を一任しすぎではナイカ?と思っただけで……」


「あんた外国人!?」


「日本人デス。帰化してマス」


「ってかこれって、殺人事件の参考人としての事情聴取よね!? うちの教育方法に口出しすんのは違うくない? 犯人と疑われてんのかと思えば、育児のことで文句言われるとは思わなかったわ」


「スミマセン、少し気になったモノデ……それに犯人とは疑っていません、アナタは参考人デスカラ…」

 シサイは申し訳なさそうに頭を下げる。


「人の家の教育方法に口出しはしない! 常識でしょ!? アンタ、子供育てたことないの!?」

 

「ありマスガ……」


「言っとくけど、あたしは殺してないからね!? そもそも拳銃なんて手に入んないし! 死んで欲しいくらいウザイと思ってたけど」

 

 “死んで欲しい”という言葉はまずいと思ったのか、前のめりになった体を少し引いて、小声で付け足した。

「でも実際に死んで、私たちが疑われて、正直迷惑……それはほんと」

 

「他の家庭にヤクザとかいたんじゃない? うちよりやばい家庭はもっとあるでしょ……あのおばさん、結構正論振りかざして噛み付くタイプだし」

 

「ワカリマシタ。ありがとうございマス。またお聞きしたいことがアレバ、ご協力お願いシマス」


 シサイは相談室のドアを開けると、退室を促した。

 すると、配線カバーにつまずいて、前に転びそうになる。


「あっ……ぶな! なんでこんなとこにあんのよ! 警察バカなの?」

 文句を言いながら退室すると、向かいの相談室②では、男性の怒号が上がっている。


「旦那は待った方がいいの?」


「お任せしマス」


「アト、ワタシは警察じゃありまセン」




〜相談室②〜


 机を叩きながら怒鳴り声を上げる男性、甲斐翔一。

 妻と共に事情聴取のため来署していた。


 担当は風祭だったが、彼の容赦ない質問が気に触ったのだ。


「殺人未遂の前があるって、ありゃ正当防衛だろうが!! ちゃんと調べてからこいや! 国の犬が!」


「それにあの時は特異能力使ってねぇんだわ! 特対庁が能力者の俺を参考人としての殺人事件の事情聴取だぁ? 犯人とは思ってませんだぁ? 舐めんな!」


 彼は風の特異感情能力を持っていた。階梯は2。過去に能力関連の前科前歴はない。定期検診にも欠かさず来ている。

 

 殺人未遂は、過去に自身の迷惑行為を撮影中、通行人に諌められ、揉み合いとなり、階段から突き落とし、相手は重傷というものだった。

“死ね”という甲斐の声が動画で配信されていたことから、殺人未遂として逮捕された。

しかし多額の示談金により、被害取り下げとなり、不起訴となった。


「うざってえけど、あの職員殺すほど俺もバカじゃねぇ。むしろ、凸動画回せて美味しかったところもあるしな」


 彼の言う通り、児相職員凸回はいずれも再生数が通常の10倍近く回っていた。

特に今回の被害者である、小牧和香子が登場する動画に至っては50倍ほどの再生数になっていた。

 そのため広告収入も多く入っており、彼は小牧が自宅に訪問することに対して、鬱陶しさはあったものの、大きな利益になると考えていた。


「それにニュースで見たけど、拳銃だろ? 俺みたいな一般人が拳銃手に入れられると思ってんのか?」


「確かにそうですね」

 その時、甲斐ホログラムが鳴り、妻からのメッセージの着信を知らせる。

 甲斐は一度風祭に視線を向けると、彼は“どうぞ”とメッセージを確認しても構わないと示した。


「あっちは話終わったってよ。もうわかったろ? 帰っていいか?」


「ええ、ありがとうございました」

 風祭が立ち上がりドアを開けると、甲斐も立ち上がる。そして出入口に向けて、一歩踏み出した時だった。

 彼もまた配線カバーにつまずいた。

 風祭は前のめりに倒れそうになる甲斐を両手で受け止め、支えた。


「大丈夫ですか? お怪我は?」


「大丈夫だよっ……! 離せ!」

 つまずいたのが恥ずかしかったのか、彼は手荒に風祭の手を払いのけた。


「じゃあな!」

 そう言って足早に去る甲斐の背を、風祭は神妙な面持ちで見送った。




〜2階捜査本部〜


「戻りました」

 捜査本部の端、特対庁2人のスペースとして確保された板机。

 すでにシサイは戻ってホログラムで報告書を打っていた。

「マモル、おつかレ。どうだっタ?」


「甲斐翔一はシロでした。断片記憶に一切殺人に関するものはありませんでした」

 風祭は、甲斐翔一がつまずいたのを口実に彼に触れて、法的にはグレーな即時潜心をしていた。瞬間的に記憶の断片を除くことができる彼のみが持つ特殊な能力だ。


「やっぱりカ……」

 シサイは腕組みをして悲しそうな表情を浮かべる。


「そっちの奥さんの方はどうでした?」


「マモルみたいに記憶は見れないケド……感触的にはシロだネ」

 取調べの名手として知られるシサイの感触に対し、風祭は何ら疑問を抱かなかった。


「なら、別の家庭ですかね」

 風祭はそう言って別の家庭の資料を開いた。


「イヤ……」

 シサイが目を細めて、ホワイトボードに貼られた甲斐家の集合写真を見ていた時だった。


「シサイ、風祭。こりゃ能力者による犯行だ」

 捜査本部のドアが開くと同時に、一宮と雨宮、そしてその後に続いて監察課職員2名が現れた。


 “能力者による犯行”。

 その言葉に捜査本部の刑事全員が一宮達の方に視線を移した。


「自動ドアが勝手に開いて閉まった後、体温感知センサーが反応してる」

 一宮の説明に雨宮が続く。

「誰かが通ったってこと」


「しかも、検知エラーが出てる。能力者は低身長の可能性大だね」


 先ほど一宮達で実験した結果だ。

素早く通過しても、高身長でセンサーからはみ出たとしても、一瞬でも体がセンサー前を通れば検知できる。

センサー範囲内に体温が検知されなければ、反応はしない。

例外として、髪の毛のみが範囲内に検知されるとエラーとなる。


つまり低身長の者の髪の毛だけがセンサー範囲内に検知され、エラーとなった可能性が高かった。


「そうデスカ……」

 シサイの顔は曇る。彼の心情を察したのか、一宮は声をかけた。


「シサイ……あんた……」


「ハイ。ワタシの中では、犯人はおそらくレギオ君デス」

 耳を凝らして聞いていた周りの刑事がざわつき始める。


 一宮は深いため息をつくと、シサイに歩み寄る。

「……そうか。なら、これからどうするか、検討しないとね」

 一宮はシサイの肩に手をかけると、捜査本部の上座に座る警察幹部達の方へと歩き始めた。

 うつむくシサイも程なくして立ち上がり、一宮の後を追う。


 20分ほどの幹部会議を経て、一宮達が戻ってきた。

「屋敷には伺いを立てるが、レギオ君に能力検知をしようと思う」


「ソノ結果を見テ、透明化や存在の認識阻害のような能力がアレバ、殺人の触法少年トシテ話を聞きマス」

 

「これから甲斐家の両親に連絡してレギオ君を連れてきてもらう。能力検知の同意のことも話してね」

 雨宮と風祭は、12歳の少年が殺人の能力被疑者として確定しつつあることに驚きを隠せなかった。


「あとは、さっきシサイが言ったような能力があれば、警察の方で甲斐家のガサをやってもらう。チャカがあるだろうからね」


 一宮は深くため息をつくと、出入口へと向かう。

「ま、屋敷がいいって言えば、の話だけど」

 そう言い終えて退室した。これから屋敷に報告するのだろう。


「屋敷隊長ならゴーを出しますね」

 風祭の言葉に雨宮も頷く。



 

 その夜。

 甲斐家の前には、いつも通り記者が集まっていた。

 

「一言お願いします!」

「児相とのトラブルについて!」

「長男への家事強要についてどう思いますか!」

 

 ライト。スマホ。カメラ。

 塀の上に登って撮影する記者もおり、無秩序状態となっていた。

 

 2階のベランダのガラス戸が少し開くと、女性の怒鳴り声が響く。

「帰れ!」

 母、心魅の声。

 

「迷惑なんだよ!」

 父、翔一の声も聞こえる。

「お前ら、プライバシーの侵害で訴えるからな!」

 怒号が飛び交う。


 しかし父は、言葉とは裏腹に嬉々として動画撮影をしている。


『マスコミヤバすぎ』

 

 そう題したライブ配信は視聴者60万人を超えて、さらに数字を伸ばし続ける。


「すげぇ〜」

 カーテンに隠れて動画を撮る父はこれまでにない視聴者数に興奮を隠せなかった。

「ちょっと、配信やめてよ! ほんとウザいから!」

 記者達の自宅への押しかけを鬱陶しく思っている母は、苛ついた様子で父に怒鳴った。


「はぁ? ただで迷惑被るより、金が入った方がいいだろうが!」


「アンタ、いい加減にしてよね、マジ空気読めないところ嫌いだわ」


「あぁ!? なんだとテメェ!?」

 

『どっちもどっちでクソ』

『やれやれ!』

『どうせならマスコミの前で殴り合いしろよ』


 コメント欄は、喧嘩を煽るコメントや誹謗中傷に溢れている。


 そのとき外で一人の記者が突然よろめく。

 

「お、押しただろ!」

 その記者は隣に立っていた記者に食い掛かる。

「押してねえよ!」

 

 すると別の男が、足を踏まれたと騒ぐ。

「痛えって! あんたわざと踏んだろ!」

 

「誰か財布とっただろ!」

「ホログラム消すなよ!」

 

 混乱。怒鳴り合い。

 

 ほんの数秒で、空気が崩れる。

 

 遠くでサイレンが鳴り響き、どんどんと近づいてくる。

 

「警察来たぞ!」

 塀に登っていた数人が飛び降りると、機材を荒々しくまとめて走り去る。

 それを皮切りに、一斉に散り始めた。


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