case019:事故死
『……が相次いで殺害される事件が連続的に発生しています。今回で3件目となる、いわゆる半グレによる――』
画面の向こうで淡々と読み上げられるニュース原稿。
昼休憩の特務隊。シサイは、まん丸なおにぎりをかじって飲み込むと、ニュースに目を向けた。
「大変だネ。警察モ」
机に頬杖をついていた一宮は、興味なさそうにティーカップを傾けた。
「どうせ内輪揉めでしょ。クスリか金か、そんなとこよ」
紅茶の表面に揺れる自分の顔を見ながら、吐き捨てるように言う。
誰も反論しない。
それが、この手のニュースの扱いだった。
関係がなければ、それで終わり。
特異感情能力が絡まない限り、彼らにとっては“ただの関係のない事件”だ。
「そう言エバ、マリリン、マモル、リン、ウヅキはドコ?」
シサイが周囲を見回す。
コーヒーを淹れていた屋敷が、視線を落としたまま答えた。
「葬儀だ」
「ソウギ? 誰ノ?」
わずかな間。
コーヒーの滴る音だけが響く。
「日比谷誠さんだ」
その言葉に空気が、わずかに止まる。
「特対庁職員の夫で、警視庁組織犯罪対策部の刑事だった人だ」
一宮の手が止まった。
カップが、机に小さく音を立てる。
「特対庁の日比谷って……中津川美波?」
「そうだ」
短い肯定。彼の声は小さく答えた。
その言葉を聞いた一宮は対照的に勢いよく顔を上げる。
「なんで!? 旦那さんと子供が亡くなったの!? いつ!?」
屋敷はすぐには答えなかった。
ゆっくりとカップを置いて、椅子に腰を下ろす。
「二週間くらい前だ」
視線は、テーブルの一点を見たまま。
「大雨の日、陸橋の階段から転落して、そのまま用水路に流されたとされている」
「……“とされている”?」
一宮の眉が寄る。屋敷はわずかに目を伏せた。
「事故死扱い……だそうだ」
たったそれだけ。説明はしない。だが、その言い方だけで十分だった。
しかし納得はしていない。そういう空気がそこにはあった。
彼らにとって、日常の、ただの無関係な事件が、一気に身近なものになった。
「そんな……」
一宮は力なく呟く。
特別仲が良かったわけではないが、知っている顔だった。一宮は教官をしていたとき、数回言葉を交わしたことがあり、あのときは、まだ“中津川”だった。
中津川は結婚して、教官になって、その後総務部門の対外連携課の民間協力の係に入った。
民間企業と特異感情能力についての調整を図る能力の高い者しかいけない部署で出世コースだ。
順調な人生だっただろう。
しかし、たった一度の事故で、全部崩れた。
「屋敷……なんで言わなかったのよ」
小さく、しかし棘を含んだ声。
屋敷は答えない。ただ、短く息を吐いた。
「今は、日比谷を気遣ってやれ。俺たちみたいなベテランが行けば、挨拶やらでしょうもない手間をかけるだろ」
「分かってるけどさ……」
屋敷の指摘に一宮は肩を竦める。
~礼仁葬儀場~
葬儀場の空気は、どこか現実味がなかった。
白い花。抑えられた声。焼香の煙。
すべてが静かすぎて、かえって感情を遠ざける。
「中津川教官……この度はご愁傷様です」
マリリンが深く頭を下げる。
その後ろで、風祭、雨宮、嵐司も続いた。
マリリンは髪を黒く染め、嵐司は髪を後ろで結んでいる。
彼らなりに礼を尽くしていたのだ。
「……来てくれて、ありがとう」
日比谷美波は、静かにそう言った。
声は落ち着いている。涙は見せない。
ただ、どこか“遠くにいる”ような感覚を覚えさせられた。
感情が抜け落ちたような、そんな印象だった。
「まさか花園まで来てくれるなんてな……少ししか被ってなかったのに」
「いえ、とんでもございません」
マリリンはもう一度頭を下げる。
短い沈黙。
その空白を埋めるように、嵐司が口を開いた。
「教官……その……今回は本当に……」
言葉を探しているのが分かる。
「事故だなんて……」
その瞬間だった。空気が変わったのは。
「……あれは」
美波が、ゆっくりと顔を上げる。彼女は唇を噛みしめていた。それは悲しみというよりは悔しさや怒りによるものだ。
「事故なんかじゃない」
静かな声だった。だが、その中に確かな熱がある。
怒りによる熱だ。
「そうとしか……考えられない」
握られた拳が、小さく震えている。風祭が一歩踏み出す。
「教官、その話――」
だが美波は、すぐにそれを遮るように息を吐いた。
「……すまない。今はまだ」
ハンカチで目元を軽く押さえる。そして、無理やり表情を整える。
「少し時間をくれないか。やることがあってな」
「……分かりました」
風祭が頷く。
美波は小さく“ありがとう”と言い、葬儀場の奥へと戻っていった。
その背中は、ひどく軽く見えた。今にも崩れ落ちそうなほどに。
誰もすぐには口を開かなかった。
最初に動いたのは風祭だった。
「……屋敷隊長に報告しますか?」
それは、上官への確認。
だが、マリリンは首を振る。
「まだいいよ。あの人、こういうの“関係ない”で切るタイプだから。特対庁にとっちゃ、これはただの警察管轄の事件、だからね」
彼女は腕を組み、考え込む。
「教官のあの感じ、普通じゃないね」
雨宮が不機嫌そうに口を挟む。
「そりゃ普通じゃないでしょ。旦那と子供が――」
「そういう意味じゃない」
遮るマリリンの目は鋭い。
「“知ってるって顔”してた」
その言葉に、わずかに空気が張り詰める。
嵐司は何も言わない。ただ、美波が去った方向を見ている。
そして、小さく。
「……事故、ね」
誰にも聞こえないくらいの声で、そう呟いた。
葬儀場の裏手。
人の流れから少し外れた場所に、古いベンチがあった。
遠くで読経の声がかすかに聞こえる。
風祭たちは、そこに立ったまま待っていた。
やがて、美波が小走りで戻ってくる。見ていられないほどに疲弊した顔だった。
「待たせてすまない」
「いえ」
風祭が応じる。
ベンチを指し示す美波。
「ここでいいか。中は……人が多いから」
「教官が座ってください」
雨宮がすぐに言う。
美波は一瞬だけ迷うような仕草を見せたあと、小さく頷き、腰を下ろした。
力が抜けるように、すとんと。
少しの間、誰も話さない。
美波が、ゆっくりと口を開く。
「……事故死ってことになってるのには、理由がある」
その一言で、空気が変わる。
「警察も分かってる。少なくとも、何人かは」
視線は落としたまま。
「旦那と同じ課の平岡さんって刑事が、かなり動いてくれてたらしい」
いつもの平岡。特対庁と警察の調整役のような存在になりつつある捜査一課の刑事だ。
美波の言葉にマリリンが目を細める。
「“らしい”ってことは、直接聞いたわけじゃないんですね?」
「ああ。詳しくは聞いていない。聞ける状況じゃなかった」
美波は自嘲気味に笑う。
「ただ――最初は殺人として動いていた捜査が、突然“事故だ”ってなった」
風祭が眉を寄せる。
「上からの指示ですか」
「そうだと思う」
短い肯定。
「それ以降は、全部事故として処理された」
誰もそれを否定しない。あり得る話だと、全員が分かっているからだ。
するとマリリンが口を開く。
「教官が“事故じゃない”って思った理由は?」
まっすぐな問いに美波は少しだけ顔を上げる。
「……電子タグだ」
「タグ?」
「息子のカバンに入れていた。位置情報を確認できるやつだ」
風祭が息を呑む。
「どう動いていましたか」
「普通の通学路から外れて、車道を移動している」
美波の声は平坦だった。
「そのまま山の方に行って……最後は海だ」
雨宮が舌打ちする。
「それ……!」
「だが証拠としては弱い」
美波は即座に言う。
「“誰が”やったかが分からない」
マリリンが小さく頷く。
「だから事故処理……ね」
そこで美波は、ゆっくりと懐に手を入れる。
取り出したのは、一冊の黒いノートだった。




