case018:喜び
~特務隊執務室~
「ほれ、これが一応の警察側での顛末だ」
警視庁の平岡が部下の井崎とともに特対庁へ訪れていた。用件は千堂唄にかかる事件の捜査結果の共有だ。
「結局、すべての破裂事件と両親殺害、時雨殺害は千堂唄による犯行として、被疑者死亡の事件で送致した」
警察の捜査結果に雨宮は視線を落とした。もちろん、それが結末であることは、特対庁での調査からも目を背けることのできない事実として認識していた。
しかし改めて聞くと、心にくるものがあった。
「決め手は、そこのギャルが撮ってた動画と、あんたらが出した潜心鑑定の結果……あとは曲と事件の照合でだいぶ心象が傾いたな」
ギャルとはマリリンのことだ。
唄を制圧していた時、屋敷の指示でマリリンが動画撮影していたのだが、その中で唄が“弾け飛べ”という文言があったことで破裂事件と重要な関連があると認められた。
さらに、死亡した彼女の脳について、潜心許可状と鑑定処分許可状に基づいて記憶鑑定をしたところ、断片的ではあるが、彼女の視点での全事件の映像が入手できた。
1件目は夜に高齢女性を殺害した事件。老婆を突き飛ばして転倒させ、“殺す”と告げた。
老婆は恐怖から地面を這って唄から逃げた。唄の顔こそ見えないものの、“ふふ”という声から微笑んでいることが推察できた。
唄は逃げ惑う老婆に対し、能力を使用し始めると、老婆は少量の血を吐いた。しかし唄は慣れていないのか、“難しいな”と笑いながらも、試すように能力を使用する。
そうして10回ほど吐血した老婆は最後に大きく血を噴き出して息絶えた。
2件目は早朝だった。唄の視線の先にはスーツを着たサラリーマンがタブレット機器を見ながら速足で出勤していた。
一定の速度で歩くサラリーマンの前に唄は躍り出て、一言告げた。“どんな音色を奏でてくれるの?”。
唄の間の前でサラリーマンは悲鳴に似た吐血音を響かせながら崩れ落ちた。
3件目は夕方の道路から始まった。唄が鼻歌を歌いながら歩いていると、彼女の視界の先に女学生2名が現れた。
数十メートル先にいた2人の女学生は、学校のフェンスを乗り越え中に入っていった。その光景を見た唄は“いいこと考えた”と上機嫌で呟いた。
それから唄は女学生たちを追っていった。女学生たちが最上階に着いて、屋上へ続く階段で話し始めると、唄は彼女たちの前に姿を現した。
“悪い子だね。今日は休みの日だよ?”。女学生たちは“何? 誰?”などと笑い始めた。
すると唄は能力を使って一方の女学生の内臓を一部破裂させた。くの字に体が曲がりながら血を吐く女学生。もう一人の女子生徒は恐怖から腰を抜かした。“逃げないと、殺しちゃうよ?”。唄は邪悪な笑い声をあげながら、女学生たちに迫る。腰を抜かした女学生が、吐血する女の子を介抱しながら、必死で立ち上がり逃げ出した。
そして夕陽が差し込むなか、2人は破裂し、走りながら倒れこんだ。
4件目は廃ビルの中に集めた複数名の男女。
唄が彼らの目の前に現れると、一斉に罵声を浴びた。“金はどこだ”、“舐めやがって”など彼らは今にも殴りかかりそうだった。
すると唄は一気に能力を解放した。4件目になると、能力の調節も向上しており、解放の強弱で彼らの悲鳴や吐血の音を調整することができるようになっていた。
そして合唱さながら、老若男女が悲鳴を合わせると、最高潮に達して全員破裂した。
そして、唄の両親と時雨を殺害した事件。
唄は自室に籠って音楽生成ツールのホログラムを叩いていた。これまで集めた悲鳴や吐血音で作曲をしていたのだ。すると険しい顔の両親が彼女の部屋に現れた。父親はものすごい剣幕で言う。“時雨先生が言っていた悲鳴を集めて曲を作ってるってのはなんだ!? それか!?”
唄はホログラムを閉じようとするが、父親と取っ組み合いになる。
母親も“どうして何も言ってくれないの!?”と声を張り上げた。
すると唄は開き直ったように言った。
“そうだよ! 私は人が苦しむ音を集めて曲を作ってる! 美しい命の曲をね!”
唄は泣きながらさらに続ける。
“特異能力で内臓を内側から破裂させるの! 美しい音と赤い雨が降るのよ! 芸術でしょう!?”
その言葉に母親は絶望した表情で部屋を駆け出る。
“お前正気か!?”
父親は唄の腕を掴んで力で床に組み伏せた。
“お父さんだろうと、破裂させれるんだよ!?”
“やめろ! 唄!!”
“どいて!”
覆いかぶさる父親の後ろから、裏返った母親の声が響く。父親が振り返ると、母親は包丁を両手で持っていた。
“やめろ!”
父親が母親の手を掴む。そのあたりから記憶は空間と混ざり合うように曖昧になっていった。
数秒後、記憶が鮮明に映し出されると、目の前には血だらけの母と父。その体に振り下ろされる包丁。
唄が両親を滅多刺しにしていた。
“親なら私の好きなものを否定するな。否定するな。否定するな”
唄は繰り返しながら、何度も両親の体に包丁を振り下ろす。
だんだんと近づいてくる荒い足音。
“唄!”
枯れたような男性の声が響く。
“時雨先生。いらっしゃい。そしてさようなら”
そう言うと、時雨はその場でふらつき始めた。
唄の能力だろう。
“先生、意外としぶといね”
唄は花瓶を両手で持つと、ゆっくりと時雨の方へと向かった。
一振り。
時雨は崩れ落ちた。
彼女は両親から流れ出る血だまりに手を浸すと、仰向けに倒れる時雨に飛沫を振りかけた。何度かそれを繰り返し、包丁を自身の服で拭うと、時雨の手元に置いた。
唄は自分の作曲ツールを父親のホログラムへと転送する。そして自身のホログラムの履歴や転送記録も消去する。
風呂場へと向かった。風呂場に行く途中、リビングに寄って父親のライターを手に取った。彼女は風呂場で服、下着を脱ぐと浴槽で火をつけた。
彼女は鼻歌を歌いながらシャワーを浴びて、血を洗い流す。
シャワーから上がって髪を乾かしてから、唄は通話を始めた。
『雨宮さん! 助けて!! 私……わたし……』
それだけを言うと、終話した。
唄は雨宮が駆け付けるまで、再度上機嫌に鼻歌を歌っていた。
彼女が作曲した5つの曲について、複数の作曲家に分析を依頼したところ、記憶にあった事件をオマージュしたような構成である可能性が認められるという回答が得られた。
これはあくまでも作曲家たちの私見であるため、参考程度にとどめられたが、かなり緻密に事件を曲に落とし込んでいるらしい。
今回の件は、反特対庁派の弁護士集団によって違法な緊急鎮圧であると抗議がなされた。
問疑されたのは雨宮による最初の制圧行為。この緊急制圧自体が違法手続きによるものであるため、そこから移行した緊急鎮圧についても違法であるというものだった。
制圧行為の直前、千堂唄はステージの前に立っただけだった。能力の使用は外観上予見は不可能であったにも関わらず、能力者としての把握のない千堂唄を雨宮は制圧した。
つまり、雨宮は自分の想像だけで能力者として未把握の一般人を押さえつけたが、制圧後、運良くその者が特異能力で人を害しようとしていたことがわかった、というのが反特対庁側の主張だ。
その後も数ヶ月にわたって裁判が行われることとなり、報道によって社会的反響も大きくなった。
屋敷や雨宮は特対庁の監察部門によって取調べを受けることとなったが、身柄の拘束はされなかった。
―千堂家之墓―
「唄さん……」
雨宮は唄の墓前で手を合わせていた。
「私、なんであなたと仲良くなれたかわかったの」
―楽しかった……人の音色を聞くのが……楽しかったんだよ―
「私もあなたと同じだったから……だから話が合ったのかもね」
[事件対応ファイル]
【事案対応部署】
特務課特務隊
【事案番号】
51-18(鎮圧実施事件)
【事案名】
特異感情能力者ピアニストによる連続殺人事件
【対象者】
千堂 唄 21歳 女性
【対応者】
屋敷賢悟(監衛)以下8名
【罪名】
特対法違反、殺人、傷害、公務執行妨害
【執行結果】
4月4日午前3時12分 任意収容
4月4日午前10時53分 潜心許可状執行(中断)
4月7日午前9時24分 潜心許可状執行(中断)
4月8日午前9時19分 潜心許可状執行(中断)
4月8日午後1時53分 釈放
4月10日午前10時32分 緊急制圧
4月10日午前10時34分 緊急鎮圧
4月10日午後 2時44分 鎮圧許可状発付
4月10日午後 2時48分 高等検察庁検事正に鎮圧許可状提示(親族無し)
4月10日午後 4時21分 千堂唄、死亡確認
【参考事項】
7月13日 屋敷、雨宮、特対法違反、特別公務員暴行凌虐、殺人で起訴




