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case013:時雨という調律師



〜午前0時37分・特務隊執務室〜


 執務室には屋敷、マリリン、雨宮、風祭。そして刑事の平岡も同席していた。


「で、こんな時間に呼び出して何の用だ? 別機関に呼び出し喰らうの上に報告すんの面倒なんだぞ?」

 平岡はそう言って、出されたコーヒーを火傷しないようにちょっとずつすする。


「すいませんね、平岡さん。破裂事件なんで警察にも情報共有しとかないとと思って」


 平岡は鋭い目を向けて屋敷に問う。

「犯人の目星ついたから、先に呼んで取調べていいですか、ってか?」


 屋敷は頷いて笑いながら答える。

「そのとおりです。朝一に時雨という調律師を任意で呼びます。ま、一応時雨に能力者としての登録はないので、うちは取調べではなく調査ですけど」


「字が違うだけで、やることは同じだろうが。で? その話はどこから出てきた?」

 すると屋敷は雨宮に目を向ける。その視線を感じ取って雨宮は先ほどの唄との会話を説明した。


「なるほど……悲鳴で作曲をねえ……まあかなり怪しいわな」

 平岡は腕組みをしてそう言った。

「だが、情報が正しいとも限らない。だから任意で呼ぼうってわけだな」

 平岡の問いに屋敷は“はい”と答える。すると平岡は続けて質問をした。


「もし仮にその時雨が能力者で犯人だとしよう。時雨が断ったらどうする? 逃げられるぞ?」

「呼ぶ時は迎えにいきます。時雨の家に朝一行ってこっちに連れてきます」

「それを断ったらどうすんだ」

「特異能力の検知をします。検知を正当な理由なく拒否した場合、違反になります」

 屋敷の強硬姿勢に平岡も面食らっていた。


「特対法違反の現行犯でパクるってのか? 法的に問題はないかもしれんが、前例はないだろ。揉めるぞ」

「かもしれませんね」

 揺るがない屋敷。それは彼が警視庁に出向していたときから変わらなかった。


 平岡は呆れたようにため息をつくと、別の方法を提案した。

「それはやめとけ。4件目は“命の調律師”って名前でSNSで被害者募ってんだ。時雨は調律師歴長いんだろ? 同じ調律師として誰か心当たりがないかって線で聴取するってのはどうだ?」


 屋敷は少し考え込むが、平岡は構わず続けた。

「それにこの事件に、別の音楽的要素があれば、そのことについて専門家的知見を聞くと言う名目もできる。何かないか……」

 そう言って平岡も考え込んだ。


 するとマリリンが元気よく手を上げる。

「ありまーす! 今回の現場は全部すごい反響しまーす! 音楽ホールみたいに!」


「なるほど、頭悪そうなギャルにしてはいい観点だな」

「どうもです! まずそうな餃子耳係長!」

「てめえ、締め落とすぞ」

 柔道四段の平岡は顔をピキらせながら、ドスの効いた声でマリリンを脅した。


 しかしマリリンも引くことなく言い返した。

「やんのかアァ〜? 特異能力使うぞォ??」


 屋敷はパンと手を叩くと、平岡に告げる。

「では時雨の所に出向いて、事件について参考にしたいということで聴取をします。そこで事件について触れる方向でいきます」


「おう。こっちもこっちでできることはしといてやる」

 平岡は立ち上がると鞄を持った。

「また連絡しろ」

 そう言って彼は特務隊執務室を後にした。



〜午前9時13分・時雨宅“時雨調律屋”〜


「こんにちは」

 屋敷、マリリン、嵐司が時雨の営む店に入る。

「すいませんが、まだ開店前です」

 店の奥から高齢男性の声が聞こえる。

 すると奥から時雨が屋敷達の方へと歩み寄ってきた。


「おはようございます。私たちは特対庁のものですが、少しご協力してほしいことがありましてね」

 屋敷は丁寧な口調でそう告げる。


 時雨は目を細めて警戒心をあらわにした。

「特対庁の方が私に何の用ですか? 尋ねる人を間違えていませんか?」

「ご存知とは思うのですが、一連の破裂事件、調査していくとどうも、音楽関係者で“調律師”が関係していることが分かりましてね」


「私がその調律師だと?」

 強い口調で時雨は屋敷を追及する。


「まさか。時雨さんに特異能力の登録はありません。だから今回来たのは、調律師界でも顔が広いであろう時雨さんに心当たりの人物がないかと思ったんですよ」


「ほお……」

 笑顔の屋敷に対し、時雨はなおも警戒して睨んでいる。

「警察ではなく、特対庁が動いている、ということは、犯人は特異能力者と目星がついているということですかな?」

 時雨は探るように尋ねた。


「その可能性はありますが、現在も調査の段階ですので申し訳ありませんが、詳しくはお答えできません」


「いいでしょう……私にわかることであればご協力します」

 時雨は入口のガラス扉にかけてあったプレートをひっくり返し、“準備中”から“閉店”に変えた。

「行きましょうか」



〜午前9時58分・特対庁調査室〜


「なるほど。デは、いわゆる素行のよくない調律師も複数名いるト……この木藤さんという調律師は能力も持っているんですネ?」

 聴取を担当したのは、シサイだった。屋敷、マリリン、風祭、雨宮の4人はマジックミラーとなっている観察室で、その様子を見ていた。


「はい。確か物を壊す系の能力だったと思います」

 ある程度聴取すべきことを聞き終えたシサイは唄のことに切り込んだ。


「うちの職員で、千堂唄さんと友達がいるんですケド、時雨サンは千堂サンの先生なんですヨネ?」

 時雨は千堂唄という名前に目つきを鋭くした。


「……そうですが。それが何か?」

「イエ、気になっただけデス。最近はどうですカ? レッスンとカ」

「……ここ数年はしていなくてね。自分なりの才能の磨き方を見つけたようです」

 彼は昔を懐かしんでいるのか、俯いて穏やかな笑みを浮かべた。


「彼女は天才だ。正しく才能を磨けば、世界的なピアニストになれる。まだ遅くない。私は唄が世界の舞台に立つのを見たい。だからまだ……」

 時雨は顔を上げると、どこか遠くを見つめた。


「だからまだ、崩れる前に取り戻せると思っているのです」

 シサイは静かに問い返した。

「崩れる、とは誰が、何をですカ?」


 時雨は薄く笑った。

「才能ですよ。人間という器は脆い。とりわけ、あれほどの音を宿した娘ならなおさらだ」


「千堂サンのことを言っているんですネ?」

「ええ」

 時雨は即答した。

「あの子は選ばれた側の人間だ。平凡な幸福や、凡庸な倫理や、家庭というぬるい檻の中に閉じ込めてよい存在ではない」


 観察室で雨宮が眉をひそめる。

「……檻って」

 シサイはさらに踏み込んだ。


「“命の調律師”という名に、心当たりはありますカ?」

「ありません」

 時雨は目も逸らさず答えた。

「だが、悪くない名前だ」


 調査室の空気がわずかに張りつめた。

「悪くない、とハ?」

「人の命にも音階がある。濁った音、不快な音、壊れた音……そういうものを整えたいと思う人間がいたとして、不思議ではないと言っているのですよ」


「ソレは、殺すことも含むんですカ?」

「場合によるでしょう」

 時雨は穏やかに言った。

「不要な雑音を取り除くことが、結果として美しい音楽に繋がることもある」

 彼は静かに、低い声で続ける。

「もしくは、壊れる前の最後の一瞬の音を集めた不協和音が、聞いたこともない音を織りなすことも」


 観察室でマリリンが顔をしかめた。

「うっわ、めっちゃ犯人っぽ」


 屋敷は腕を組んだまま言う。

「犯人っぽい、だけじゃ何にもならん」

「直接は言ってないですもんね」

 風祭の言葉に、屋敷は短く頷く。


 シサイは淡々と続ける。

「4件目の現場では、被害者たちの悲鳴が、合唱のように聞こえたという証言がありまス」

「なるほど」

 時雨は少しだけ目を細めた。

「さぞ美しかったでしょうな」


「……何ですッテ?」

 珍しくシサイの声に棘が混じる。


 だが時雨は気にした様子もない。

「人が極限まで追い込まれた時に発する音は、生のままの響きだ。訓練された歌声より、よほど真に迫っている。もっとも」

 そこで一度言葉を切り、わずかに笑う。

「理解されないでしょうがね」


 観察室で、雨宮は思わず一歩前に出ていた。

「この人、やっぱりおかしい……」

「落ち着け」

 屋敷が低く制する。


 シサイは話題を変えるように尋ねた。

「千堂サンの周辺を、最近うろついていたそうですネ」

「教え子が心配でね。何か問題でも?」

 時雨の声音が初めて低くなった。

「あなた方より、私の方があの子を理解している。私は彼女の才能を正しい方向に開花させる責務がある」


「ご両親とも揉めていまシタネ?」

「ええ、揉めましたな」

 時雨はもはや取り繕わなかった。

「あの二人は、唄の才能を飼い殺しにしている。自分たちの成功体験に娘を押し込み、聞こえのいい音だけを弾かせて満足している」


「だから、あなたが救うと?」

 時雨は静かに頷いた。

「そうです。私が偉大な音楽家への道を敷いてあげるのです。教えてあげなければならない。誰かがやらねばならない」


 だがシサイは、あえて平坦に聞いた。

「具体的に、どうやって?」

 時雨は一瞬だけ黙り込む。ほんのわずかな間だったが、それまで淀みなく話していたぶん、不自然さが際立った。


「さて。そこまでは、あなた方に話す義理はありません」


 観察室で屋敷が舌打ちする。

 雨宮は強張った顔で睨みつけた。


 その後もいくつか質問は続いたが、時雨はのらりくらりとかわし続けた。

 思想の危うさは隠そうとしないくせに、肝心な部分だけは絶対に明かさない。

 やがてシサイがホログラムを閉じる。

「本日は以上デス。ご協力ありがとうございまシタ」

「破裂事件、早く止めれるといいですな」

 時雨はゆっくりと立ち上がった。

「あなた方が先か、それとも……」


 部屋を出る直前、彼はふと足を止める。

「ひとつ、忠告を」

 その視線はまっすぐ、マジックミラーが張られた雨宮のいる観察室へ向けられているようだった。

 

「千堂唄に近づきすぎない方がいい」

 雨宮の背筋が冷える。


「彼女は、私が仕上げるべき音だ」

 時雨はそう言って、口元だけで笑った。

「邪魔をすれば、あなたも雑音になる」


 その瞬間、雨宮は反射的に観察室を飛び出しそうになった。だが屋敷が肩を掴んで止める。

「よせ、雨宮」

「でも今の……!」

「わかってる。わかってるが、今は押さえられん」


 職員に案内されて時雨が去ると、重たい沈黙が落ちた。

 最初に口を開いたのはやはり雨宮だった。

「いや黒すぎでしょ、あのジジイ」

「ええ」

 風祭も珍しく即答する。

「もう犯人でいいんじゃないですかってレベルです」

「気持ちはわかるが、証拠がない」

 屋敷は短く言い切る。

「思想が危険なだけでは押さえられん」


「唄さんが危ないです!」

 雨宮の声には、はっきり焦りが混じっていた。

「あの人、絶対何かします!」


 屋敷は数秒考え込んだあと、低く答える。

「……千堂家周辺の確認は警察にも頼む。こっちでも時雨の足取りを洗う。だが、常時張りつきまでは無理だ」

 そして雨宮を真っ直ぐ見た。

「お前は今後、千堂唄と接触があれば必ず共有しろ。単独で動くな。いいな」

「……はい」


 だが、返事をしながらも、雨宮の胸騒ぎは消えなかった。


 聴取が終わってからも、時雨の言葉が頭から離れない。


 ――彼女は、私が仕上げるべき音だ。

 ――邪魔をすれば、あなたも雑音になる。


 夕方になっても、端末の画面を見つめるばかりで仕事に集中できなかった。唄に連絡を入れるべきか。

 だが、下手に動けばかえって危険かもしれない。屋敷にも釘を刺されている。


 迷いを抱えたまま帰路についていた、そのときだった。

 通信ホログラムが震える。

 表示された名前を見て、雨宮は目を見開く。


「……唄さん?」



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