11
マツタケを探しに浅間旅館の従業員が市場へと急ぐ。
竹彦が走りながら、カヨたちに言う。
「これだけ大勢で市場に行っても同じですよ」
「そうだよカヨ。私たちだけで別の所へ探しに行こう」
とセツは足を止めた。
「でもセッちゃん。あてなんかあるの?」
と、利津子が言う。
カヨが、思い返すように考える。
「マツタケは確か……赤松の根元に生えるって聞いたことがある」
「じゃ、山行って赤松探そうよ」
「山って広いですよ。赤松がある場所なんて分かりますか?」
利津子が聞いた。
カヨが、また思い返すように話す。
「赤松は確か……尾竹山辺りにあるって聞いたことがある」
「よし、行ってみよう」
カヨたちは尾竹山の中を歩き回っていた。所々に赤松を見つけるが、そう簡単にマツタケは見つからない。夕食までにこの山全部を探すのは無理なことだった。それにもし見付からなくても誰の所為でもない。みんな諦めかけていた……カヨを除いて。
カヨ一人だけ必死に赤松の根元を探している。真斗にマツタケを食べさせてやりたい。ただ純粋にそれだけだった。
「カヨちゃん、もう諦めよう」
と、竹彦がカヨに声をかける。
「絶対にこの山のどこかにあるの!去年もこの山で取れたって聞いたことがあるんだ」
「カヨ姉、赤松の下とか、尾竹山の辺りとか、その情報って誰に聞いんですか?」
利津子の質問を聞いて、カヨの動きが止まる。ゆっくりと立ち上がり、思い返すようにみんなの方を向いて、目を丸くしながら話した。
「米倉のお爺ちゃん……。毎日、山に入って山菜を採ってるって言ってた」
「カヨのアホー。すぐ米倉の爺さんとこ行くよ!」
とセツが叫んで、みんなで米倉の爺さんの家へ向かった。
米倉のお爺さんの家に着くと、カヨが事情を説明し、竹彦が米倉の爺さんをおぶさって、カヨたちはもと来た道を走って戻った。
「ハァハァ……」
途中でバテバテの竹彦の足が止まる。利津子が急かす。
「急いで、竹彦さん」
「うるせー。ハァハァ、お前らと同じに走れるか!」
セツが野次を飛ばす。
「あら、昔、誰かさんをおんぶして、魚籠まで担いで旅館まで走って来た人を知ってるわよ」
「セッちゃん、言い過ぎよ。竹しゃん、無理せんでいいからね」
カヨの気遣いの言葉を聞いて、立ち上がる竹彦。
米倉の爺さんが心配している。
「坊主、大丈夫か?」
「まだまだ、余裕だ。行くぞ!」
竹彦は、また走り出した。
利津子はセツにささやいた。
「たぶん、カヨ姉の言葉が一番の薬になったと思いますよ」
「さすがカヨ。竹彦の恋心を使って、とどめを刺したって感じだな」
夕日が沈む頃、旅館には市場に探しに行った者たちが、足取り重く戻って来た。状況を聞かされた料理長の桑名は鶴子へ報告をしに行った。
「女将、すいません。やっぱり見つかりませんでした」
「そうかい、仕方ないね。菊の間には通常のメニューを作っておくれ。出来たら私が持って行くからね」
「はい……」
真斗が階段を下りて来る。目の前の廊下をカヨが走り去って行った。カヨはそのまま鶴子たちがいる部屋へ飛び込んだ。
「女将さん。ハアハア……、マツタケ、ありましたぁ」
と、ざる籠いっぱいのマツタケを二人の前に差し出した。
「よくこんなに……」
と、桑名はマツタケを手にしながら驚いた。
「ハアハア。料理長、確かにお渡ししましたよ」
「分かった、後は任せろ!」
と言って、桑名は厨房へ戻って行った。
鶴子がカヨに話しかける。
「カヨ、なぜお前に利津子を付けたと思う?」
「さ、さあ……」
カヨは、首をかしげる。
「お前はいつも客の心を見ているんだよ。その為に何事も決して諦めないだろ。あの子には、その心構えを教えてやりたかったのさ」
「はいっ」
「カヨ、今日はご苦労だったね」
と言って、鶴子は部屋を出て行った。
「ああー、疲れたぁ」
と、カヨは腰を落としてへたれ込んだ。
離れた場所から経緯を見ていた真斗は、やさしく微笑んでその場を離れた。
勝手口ではセツと利津子が力尽きて倒れている。後から、竹彦が米倉のお爺さんをおぶったまま、フラフラになって帰って来た。
その日、米倉のお爺さんには夕食をご馳走し、採れたマツタケは旅館が買い取った。
こうして、菊の間にはマツタケ尽くしが運ばれた。
「お待たせいたしました」
と、カヨと利津子が並べていく。
「やれば出来るじゃないの」
と、シズが負け惜しみを言う。それを聞いて真斗が口を挟む。
「母さん、それはないよ。あなたの無茶な申し出を、カヨさんたちは叶えてくれたんですよ。お礼くらいは言うべきです」
気に入らない表情を浮かべながらカヨたちに、
「そうね……。ありがとう、美味しくいただくわ」
と、社交辞令で使う笑顔を見せた。
「お褒めのお言葉、ありがとうございます。ごゆっくりとどうぞ」
と、カヨたちは身を引く。
「お父さん、お母さん、ちょっと聞いてほしいんだ」
「どうしたんだ、改まって?」
と、忠道が聞く。
「僕はこのカヨさんと結婚します」
「ええー」
と、驚く利津子。本人のカヨは唖然としている。
「真斗、何を言ってるのですか?そんなこと許しませんよ」
そんな母の言葉を無視して、カヨに向かって尋ねる。
「僕ではダメですか?」
あまりの動揺にカヨは、走って部屋を出て行ってしまった。
「あ、カヨ姉、待ってください!」
と、利津子も一礼してカヨの後を追った。
利津子は、カヨが告白されたことを、みんなに一生懸命報告しまくった。
「玉の輿ですよぉ」
その努力のおかげで数分後には、旅館中に知れ渡ることになった。
カヨは庭の池の前に立っていた。月明かりに照らされ青白く輝く富士を眺めている。そこへ竹彦が静かに近寄って来た。それに気づくカヨ。
「竹しゃん、うちどないしたらええと思う?」
「カヨちゃんは、この先ずっと女中をしたいの?」
「分からない。でもここは本当の家みたいに居心地がいいから……」
「カヨちゃんもいつか結婚を考える時が来る。それが今だと思うよ。カヨちゃんの心の中でこの人ならと思ったのなら、誰も反対しないから」
竹彦の言った、この人なら……と言う言葉に、カヨは竹彦の顔を寂しげに見た。
「カヨちゃんには幸せになってもらいたい。それは僕の思いでもあるし、太一の思いでもあるんだ」
「……うち、もう少し考えてみる」
と、カヨはまた富士を見た。
物陰から二人を覗いているセツと利津子。
「私てっきり、あの二人は両思いだと思ってましたよ」
「お互い相手のことを考え過ぎて、あと一歩が出ないんだよ。臆病な奴らめ!」
朝、玄関先を掃除しているカヨに、真斗が近づいて声をかける。
「おはよ」
「お、おはようございます」
真斗の顔を見ると、カヨは変に緊張してしまった。
「昨日の返事は急がないからね」
「……はい」
真斗が背伸びをしながら、富士を眺めた。
「おお、今日の富士はいい顔してるね」
その言葉を聞いて、カヨの心の奥から何かが甦ってくる。昔、今と同じ言葉を聞いたことがあった。深い心の底に沈んでいた温かい思い出が浮び上がってくる。……太一だった。
「おお、今日の富士はいい顔してるなぁ」
と、太一が言った。
「お兄ちゃん、富士の顔なんて分かるの?」
「毎日見てたら分かるさ。カヨ、富士山が好きな奴は、いい奴ばかりだぞ」
「ウソだぁー」
と言った幼いカヨの顔が、16歳の顔に変わっていく。
カヨは、真斗の姿に太一の面影を見ていた。お兄ちゃんと同じ空気を感じたのだった。カヨの顔が微笑んでいく。
「藤崎さん」
「ん?」
「昨日のお話ですが……私、お受けさせていただきます」
真斗はあどけない笑顔をして、
「うん、ありがとう」
と、言った。
こうして、シズの強い反対を押しのけて、二人は結婚することになった。ただし、シズの条件で藤崎家からカヨの分の援助は一切なかった。カヨは真斗に恥を掻かせない為にと、今まで貯めたお金を全部使い、自分の衣装を揃えた。
シズに対するカヨの意地だった。
モミジは益々赤みを増し、ひらひらと葉を落とす。漂う風には、もう暖かさを感じなかった。みんなの心には喜びと寂しさが巡っていた。
浅間旅館の玄関先では道の両端に従業員全員が整列していた。
館内で鶴子が満足げに微笑んでいる。
「なかなかいい女になったね」
「私の目に狂いはなかったと言うことだね」
と、隣にいた伝次郎が言った。
「さあカヨ。外に出てみんなに見せてやりな」
婚礼衣装に身を包んだカヨが、玄関から姿を現す。一斉にみんなの拍手がカヨを包み込む。
微笑みながら竹彦も、拍手をしている。
ゆっくりと砂利道を歩いて行く。照れながらセツと利津子の前を通る。
「カヨ姉、すごくきれいですよ」
「カヨ、幸せになりなよ」
みんなの励ましの言葉が飛び交う。
竹彦がそっと列から抜け出し、その場を去った。
迎えの車の前まで行くと、カヨは振り返って、
「今までお世話になりました」
と、頭を下げた。カヨはみんなに祝福されながら車に乗り込んだ。
「あれ、セッちゃん。竹彦さんがいなくなってるよ」
と、利津子が尋ねる。
「報告に行ってるのさ。それが竹彦の役目だからね」
車は藤崎家へと向かって走り出した。
太一の墓の前。
酔っ払った竹彦があぐらをかいて座っている。
「太一、きれいだったぞー。お前の妹は世界一きれいな花嫁だったぞー」
手に持った一升瓶をコップに注ぎ、飲み干す。
「お前も飲め!」
と、墓石に酒をドクドクとかける。
「木彫りの仏像は向こうのお母さんに捨てられるかもしれないからって俺に預けていったぞ。いいのか、俺なんかがもらって?」
と、また酒を飲む。竹彦は仏像を見ながら、
「俺もお前に頼み事しとけばよかったな。ふっ……もう遅いか」
と、コップを飲み干す。
「相手は大金持ちだもんな。幸せにしてくれるよ。よかったなぁ、太一……よかったなぁ、カヨちゃん」
と、涙を流す。
「絶対幸せにしてくれるよ……俺なんかより……」
竹彦はカヨとの別れを悲しんだ。




