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第1話(後編)

苦い思い出を抱えたままの中学時代を終えても、高校生活でまた人間関係に悩まされることとなった主人公は、いつしか、現実逃避できる場所を探し求めて彷徨うようになった。

最初は単なる広告だった。変わり映えない,普通の日の帰り際、街中の交差点で待っている時に大きな広告塔に移されるほんの10秒くらいの宣伝。「SNSの世界にいる新しい自分があなたを待っているよ!ダウンロード数100万突破!Lulinkで検索」

「“新しい自分”…」その言葉は自分が思っていたよりも深く、強く刺さった。

魔法の言葉の罠に引っかかったようにそのことしか考えないまま駅に駆け込み、電車に揺られ、誰もいない夜道を歩き、ただいまとも言わずに家の階段を駆け上がる。そして今、自分の部屋でダウンロード完了の文字をあてもなくぼーっと見つめている。薄紫色の背景に白いウサギのマークのある背景。恐る恐るタップする。


ピロン

♪『Lulinkへようこそ!一緒に新しい自分に出逢いにいきましょう!名前を入力してください』

思っていたよりも軽やかなBGMと丸く可愛い文字が流れてきた。

「名前…」数分考え込んだけど、特にあてがなかった。直感で可愛いと思った名前を選ぶ。

『ようこそ ココさん! 一緒に世界を始めましょう』


「うわぁぁ…!」

少しの間のロードを経て、画面にはバーチャルのような綺麗な二次元空間が広がった。最近のアプリってこんなにすごいんだ、と思わず感嘆する。周りを見渡せば大きな夢色のキノコ型のオブジェ、丸いプラネタリウム、カラフルな出店。そして可愛いアバターや面白い着ぐるみのアバターがお互いチャットを交わし合っている。「今週も疲れたまじしんどい」「えそれな今週体感長かった」「明日何するの〜?」「えまってそれはおもろいwww」

目まぐるしい速さでチャットが飛び交う。速度に着いていけない。そもそも何をすればいいんだ…

何もわからずに立ち尽くしていると目の前に1人のアバターが通りすぎていった。黒髪で紫色の切長の目、黒いパーカーにズボン、そして特徴的なの髑髏どくろのネックレス。明らかに怖そうで手が一瞬硬直する。本能的に動いてはいけないと感じた。けどどこか気になるような、不思議な雰囲気を感じる。かすかに目があった気がした。相手の瞳孔が大きく見開いた…ように見えたが、きっと見間違えだろう。

ワールド内に大きな鏡があった。覗いてみると、私は青い目で白身の混ざった金髪のお姫様のような異国のお姫様のような見た目で水色のワンピースを着ていた。


Lulinkの世界は楽しかった。時間はあっという間に過ぎる。母が一階から声をかけてくる。

「ちょっとあんた!ずっと何やってんのよ」

私よりも少し甲高いはっきりした声が階段を経由して部屋まで響く。

「ベンキョーっ」

「そう…ならいいけど。夕ご飯ラップかけてここ置いとくから、あとで食べてよねー」

「はーい」

いつの間にか自分の部屋にあるクッションにのめり込んで、前傾姿勢でスマホにしがみついていた。本当に楽しいと思えた。もう日付を回った午前1時だけど、もう少しだけ続けてみようかな。一対一で他の人と話してみたいと思って個室チャットルームに入った。初めて部屋に入るには軽いロードが挟まれる。その待機時間でさえ楽しかった。ロードが終わってさっきいた場所とは一変、メルヘンな世界観は減り、シンプルでモダンなデザインになった。部屋を覗いてみると先に1人待機しているみたい、参加してみようかな…


「えっ、」

まさかあの人なんて思ってもいなかった。さっき目の前とおってった黒髪髑髏のあの人。心拍数が上がる。衝撃と恐怖が急に襲いかかってくる、今すぐ抜け出したかったけど、個室チャットルームは10分経たないと退出できないシステムだった。慣れない手つきで部屋の中に進む。

「こんにちは、初めまして。さっきいたよね?」

あっちが先に声をかけてきた。えーっと…返信に惑う…

「こんにちは、初めたばっかりでまだ」

会話が成り立ってないのは自分でも分かっている。相手を怒らせない話し方を自分なりに探した結果だ。

「そうだったんだね。初めまして、苑弥って言います」

苑弥さん…か。思っていたより優しい話し方に驚いた。先入観が先回りしすぎてしまっていたのかもな、

「はじめまして!ココって言います」

「ココちゃん、よろしくね。俺はこのアプリ初めて3年くらいにはなるんだけど、最近まで飽きてて放置してたんだよね。いわゆる復帰勢?ってやつになるかな」

「えっすごい…!3年なんてめっちゃ長いじゃないですか!」

「そんなことないよ笑笑」

目を遮っていた黒髪が揺れて、澄んだ紫色の目がチラッと見える。

相手が初めて笑顔を見せた。思わずドキッとした。

「ココちゃんはなんでこのアプリ始めたの?」

「広告で見かけて…あと友達が欲しかったんです」

「いいじゃん、素敵。もしよかったら俺と友達にならない?まだ知り合ったばかりだけど笑」

彼が手を出してきた。

「えっ…もちろん!」びっくりした。自分がこんなにドキドキしているなんて思いもしなかった。

フレンド申請を経て私たちは正式な友達になった。そこから時間制限の10分が経つまでは早かった。もうすぐ見たい映画が公開されるんだよねって話、好きな動物の話、早く連休が欲しいって話…

気づけば個人トーク終了も残り10秒になっていた。



「ねえねえ、ココちゃんって何歳?」




えっ…?

ピピーッ!  ♪『トーク終了!お疲れ様でした!』

「あっ」考えている間に終わってしまった。どうしよう。年齢…あっちは話し方的に大人っぽいし、しかもこんな真夜中に起きているのが未成年ってバレるの嫌だな…。最終的に、私の頭の中には年齢を偽るという選択肢しか残らなかった。メッセージ画面を開く。

苑弥さんとのメッセージ画面に「19歳です」と送った。

ピロン。「そうなんだ!俺は26だよ」

26歳…実際の私と10歳も離れていたなんて、本当に年齢を偽ってよかった。

「今日はもう遅いし、また明日にしない?」

「そうですね…!寝ようと思います」

ピロン。「また話そう!おやすみ」

おやすみという四文字が何故か心底嬉しかった。私も今日は寝ることにしよう。電気を消してベットの中に潜り込んで、頭の中で今日の出来事を反芻する。楽しかった。また明日も行くことにしよう…

久しぶりに悪夢を見なかった。一度瞬きをしただけで数時間も時を進めたみたいだった。






「…うぅっ」カーテンから漏れ出る光がやけに明るいと思って、ベットに入ったまま手を滑らせ、スマホの充電器を抜いて画面を無理やり覗く。…9時!?

転げ落ちるように階段を下って、リビングに向かう。つけっぱなしのテレビからニュースの音声が漏れ出ている。机の上に置き手紙があった。

「いつまで寝てんのよ!!夕ご飯も食べないで!!昨日のやつ食べて早く学校行きなさい」


なんで起こしてくれないのよお母さん…という理不尽な怒りを抱えて、制服に着替えて、玄関を開けて往路に駆け出した。こんなに走るのは久しぶりで、すぐ息が切れてしまう。どれだけ足を前に出そうとしても、景色が前に進まない。重い足を何度も何度も回し、くたくたになりながらもなんとか駅に着くことができた。普段乗る電車はすでに発車している。近くの時間に発車する電車に乗り込む。


最寄りで降りて、学校へ歩き出す。ちょうど2限目の最中だろうか。途中で入室するのはどこか嫌だったから、わざと遅く歩いて3限目の始めから遅刻届を出して参加することにした。

「はいこれで今日終わりまーす。当番挨拶」という声が遠くから聞こえて、ちょうど終わりのチャイムがなった頃に学校に着いた。我なりにナイスすぎる、自分。


学校に行っても特に話す人も居ないから、人混みを避けて自分の席に着くことを最優先にした。教室は騒がしかったが、一切私に話題が振られることはなかった。これでいいんだ、いつも通りなんだから。音を立てずに席に座る。私の席は窓側の1番後ろだ。教室自体地獄だけど、ここだけは唯一マシだと思っている。

次の授業はなんだっけ、そんなことを思いながら窓の外の景色を眺めていた。


「えガチでさ、今回で指名回ってきたの最悪だった」

「えそれな?w wリカ最後の最後で回ってきたよね?」

「そうなんだよー、しかも急に1番前まで飛んできやがって。列ごとに当てられるのに」

後ろの棚付近から声が聞こえてきた。この特徴的な声は嫌になる程聞いたことがある。クラスで一軍の加藤さんと高橋さんだ。加藤さんは毛先を金髪に染めたことを隠すために毎回髪の毛を高い位置でお団子にして、金色のシュシュをつけている。彼女が声を上げて笑うたびに教室に響き渡る。高橋さんはそんな加藤さんを見て腹を抱えて笑っている。

そんな2人が急に何かあったように目を合わせて、声を顰め始めた。


「あっ…w wもしかして、雪町さんいなかった分の問題当たったんじゃね?」


“雪町さん”


!?急に私の名前が出されて、全身に衝撃が走る。

「え…?w雪町さんいなかったっけ?ww存在感なさすぎるって」


“存在感”


「それな?w全然気づかなかったわwwうちら雪待さんに興味なさすぎー」


“興味ない”

「まあまあそんなこと言うなって(笑)影薄くしたくて薄くしたんじゃないんだからさ。まあ正直気に食わないよね。なんかぁ、何言っても反応薄いし話してて楽しくないっていうかー…真面目ちゃん(笑)?」

アハハッという甲高い声が耳に刺さる。


“影薄い” “気に食わない”


お願い、もうやめて…2人の声がトリガーになり、中学のあの記憶も掘り出されてくる。こんなところで逃げられない。いつの間にか視界が端から中心に向かって黒ずんでいく。気絶するのかな。こんなところで死んじゃうのかな。お願い…もう…やめ

ーーーー「これだからアタシあの子のこと」

「もうやめろよ、お前ら」

!急に元の世界に引き込まれた。誰かの声が聞こえた。息を忘れていて、ぐはっと吹き返す。それでもバランスを保つことができなくて、机に倒れ込む。幸いなことに、誰かが気づくような大きな音はしなかった。


「人のこと貶してなんとも思わないのかよ、本当に終わってる」

「はーなんだよ海晴ーっ、勝手に話突っ込んでくるなよ」

「ウチらが楽しければそれでいいんですー」

彼は一瞬言葉を詰まらせた。

「まぁ…てかさ、次体育だろ?早く準備したほうがいいんじゃないの?」

「えそうじゃんウチら今日校庭集合じゃん!!早く行こリカ!!」

「海晴おまえ明日のカラオケでネタ曲歌えよなー!」

「ちょっとリカやめてよww」

加藤さんと高橋さんは教室を走って出て行った。助かった、本当に良かった。気を抜けば椅子から転げ落ちそうになる。

平野ーーー平野海晴くん。今日初めてその名を口に出した。彼はきっと彼の中の正義感に従っただけだろうけど、私には救済に感じた。心の中で感謝を伝える。彼は何事もなかったような顔で教室を出て行った。

Episode2 ⇢Lilinkとアプリ内で出会った黒髪の青年『苑弥』が中心に、世界が回りだす。

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