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宇宙葬儀社《永遠便》〜死者の行き先には、まだ先がある〜  作者: たいよう
第一便 六十五万人、ひとつの遺体
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9/14

09_氏名不明も一人です

マイア、ヨナ、キリクが棺を持ち上げた。キリクの四腕が二つの角を受け持つ。サフランは担ぎ手にはならず、現認回線に残った。


金色の道の先に、三つの門があった。


第一門で国葬の録音が〈冠軍最高指揮官〉と呼んだ。バルハが録音を止めた。


「ザイラ・オーン」


門は棺内の個人名を照合して開いた。第二門でも、第三門でも、同じ名を呼んだ。


そのあいだに白い保全殻が道の両側を通った。ミナトの殻には、エダがついていた。ルーノの父親は牽引を係員へ任せ、作業帽を胸へ当てていた。


中央国葬の中に、別々の小さな列ができていた。


道が揺れた。キリクが六脚を広げ、棺を止める。ヨナが固定帯を締め直すまで、誰も歩かなかった。


艦隊の照準光が窓を赤くした。マイアは時計を見た。見てから、棺を握り直した。


最後の門の外で、道が細くなった。


恒星の光へ伸びる〈無音橋〉には、二人並ぶ幅しかない。動力も磁気靴も使えない。キリクは靴の電源を落とし、脚先を一つずつ曲げた。


マイアはザイラの左手から、ケルの名札を外した。凍った指はヨナがゆっくり解きほぐしてあった。ケルの返還箱へ名札を納める。


キリクが棺の中央へ入り、四腕で四隅を持った。


「重い?」


「一人分だ」


彼が踏み出す。マイアは手を離した。


     *


最後の区画に、医療員の手が足りなかった。


マイアは送葬路を戻り、保全布を伝ってそこへ入った。ヨナは《永遠便》へ戻る。橋の下へ風よけを張るためだった。別々の方向へ行く前に、ヨナはマイアの手袋をつかんだ。


「まだ刺さってる」


「戻ってから」


「抜けたら洗って。手袋の中で擦らないで」


それだけ言って、走った。


マイアの区画には、開かない殻が並んでいた。一つずつ計測済みの像と見比べ、膜を掛けた医療員の署名を確かめる。新しい番号を、隣の身体へ重ねない。


「病院船第二甲板。成人一名。氏名不明。身体保全中」


彼女が署名すると、殻が壁から離れた。


次の人の腰には工具袋が残っていた。マイアは留め金が身体へ当たらないよう、布を一枚差し込んだ。記録官がその手元を照らしていた。


遠くでキリクが息を詰めた。


マイアは顔を上げた。橋の監視像で、棺が斜めになっていた。キリクの前脚が滑り、関節が逆へ折れた。左の二腕が橋を突き、右の二腕が棺を支える。


彼は起き上がろうとして、一度失敗した。


マイアの足が入口へ向いた。


「そのまま続けて」


ヨナの声だった。


《永遠便》が橋の下へ入る。使い残した白布を左右へ展開し、恒星風を受け止めた。規定外の随伴を咎める音声が流れ、バルハが覆いとして許可を出した。


それで風が弱まった。折れた脚は治らなかった。


キリクは五脚で立った。次の一歩を出すまで、長くかかった。


「動ける」とだけ言った。


マイアは次の殻へ戻った。


担当区画を終えた医療員が、マイアのところへ来た。サフランは二人の照明を揃えた。


最後の身体は、医療員が掛け直した白い膜の下にあった。


どの艦から回収されたのかも、分からない。古い保全殻は壊れ、近くで見つかった持ち物にも結びつかなかった。


顔を見ても、誰も思い当たらなかった。


マイアは膜の端を支えた。計測像は一致する。別の身体との重複はない。冷却の表示が、掌の下で弱く光っていた。


知っていることは、それだけだった。


ここへ母の顔を重ねようとして、やめた。似ていない。誰かの母なのかどうかも、知らない。


サフランの札が、彼女の署名を待っていた。


「ここにいる。ひとり」


マイアは自分の名を入れた。


〈氏名不明。ここにいる一名。身体保全中〉


殻の留め具が外れた。官吏と二人で受け止める。思っていたより手前へ滑り、彼女は膝をついた。落とさずに済んだ。


運ぶ先の布には、もう一体分の場所が空いていた。


「ザイラ以外の全身体、分離を確認」


サフランが告げた。


更新を締めた目録が艦隊へ送られた。残存身体、ザイラ・オーン一名。各艦からの受領が揃い、火葬壇に認証灯が点いた。待機期限の時計は、同じ速さで進んでいた。


キリクは火葬壇の縁まで来ていた。


棺を置くとき、折れた脚が床を擦った。棺から手を離していいという灯りが点いても、すぐには離さなかった。


「置けたよ」


ヨナが通信で言った。


四本の手が順に開いた。キリクは棺から離れ、橋の端へ腰を下ろした。ヨナの投げた安全索を腰へ掛けると、そのまま船の入口へ引かれていった。


バルハは八百ページの弔辞を開かなかった。


「ザイラ・オーン。あなた一人を、ここで送ります」


恒星から白い炎が伸びた。


誰かを捨てる命令を出した身体も、弁を押さえた身体も、同じ棺にあった。


棺が光へ入った。


「国葬終結を認証。指揮権失効。全艦、武装停止」


六万隻の照準光が消えた。


マイアはまだ膝をついていた。白い保全殻を、迎えに来た医療員へ渡す。受け取ったという返事を聞いてから、手を離した。


     *


消えた一人と、残った六十四万八千二百三十六人がいた。二万四千六百十一人の生存者には治療が続いている。


セトの腕には新しい包帯が巻かれていた。医療員が食事を持ってくると、彼はまず袖を見て、それから盆を受け取った。靴は片方しかない。毛布から出た裸足を、食べているあいだだけ中へしまった。


国葬の放送官が、成功率の欄を持ってきた。


「一人中、一人」


マイアが言うと、バルハはそのまま書いた。六十四万人を分母に足さなかった。


「この殻は、いつ移動する」


無人の保全殻を示して総監が訊いた。マイアは返還先未定の表示を見せた。


「まだ動かせません。冷やせる場所を、貸してください」


総監は貴賓観覧台の使用予定を開いた。翌朝には撤去となっていた。


「無償開放式にする。式なら予算が出る」


呼ばれた官吏が書類を抱えて走った。


キリクは《永遠便》の船外口に座り、ヨナに脚を固定されていた。閉じなくなった四本の手を、彼女が一本ずつ曲げていた。


「優雅だった?」マイアは訊いた。


「あとで訊け」


彼女は隣へ座った。


しばらくして、キリクの下腕が伸びてきた。マイアの手袋を脱がせ、爪の下に残った金属片をつまんで抜いた。


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