10_帰る便、残る名前
三週間後、ケル・ヴィンは故郷のミジンへ帰った。
未払賃金の相続決定はまだ出ていない。給与船《月末》の記録によって、戦没者輸送基金から輸送費の仮払いが認められた。賃金そのものとは別口だった。
《永遠便》の格納庫で、ナラは返還の受領欄へ署名した。
「葬儀は、工場の仲間と決めます。父はパンを焼けなかったけど、機械の風量にはうるさかったから」
「それがいいと思います」
棺は飾りのない灰色だった。焼けた古い名札と、新しい白い名札が並んでいる。
ケル・ヴィン。
空調係。死亡確認済み。身元確認済み。家族へ返還。
大提督の名はどこにもなかった。
ナラは棺へ手を置いた。
「おかえり」
それだけ言い、しばらく動かなかった。
マイアたちは離れて待った。キリクは折れた脚に銀色の補助具を巻いている。立っていると儀仗兵のように見えるので、工具箱へ腰掛けた。ヨナは手を膝へ置き、サフランは照明を落とした。
工場の仲間が棺を引き取った。ナラも一緒に歩いていった。扉のところで、敷居があるから持ち上げて、と声がした。
エダから写真が届いていた。
ミナトの殻の横に小さな椅子が一つ増えている。返還先はまだ決まらない。エダが売店で買った菓子の袋と、穴のあいた匙が写っていた。
ようやく、冷却殻と付き添いの席を一緒に取れた。帰還船は先に着いていた。エダたちは乗り継いで、その港を目指す。便を確保するまで三週間と、余分な運賃がかかった。
マイアは会社払いの控えを閉じ、エダへ二人分の搬送票を送った。
返事には、ミナトの保全番号を確かめた印と、〈エダも乗る〉とだけあった。マイアはその文を票の上へ残した。
それから、自分の送信箱を開いた。
母の船と同じ航路から来た一斉通知。マイアは〈資料不足〉と返した自分の短い文を読んだ。母の身体だとは、今も思えなかった。
当時の担当先へ、新しい照会を送った。
〈この方は、いまどこで保全されていますか〉
母についての照会とは分けた。返事がいつ来るかは分からない。
妹にも、あの通知を送った。ずっと送らなかった、と一文添えた。理由を書き始めたが、それは消した。
格納庫の標語には、まだ国葬のすすがついていた。
――最後まで、お名前を見失いません。
その下で、母の空白札が揺れている。マイアは札を外さず、標語の末尾へ一行を書き足した。
――分からないときは、分からないまま、一人分。
ヨナが操縦席から呼んだ。
「スロム港に棺が一基。本人より先に着いてるって」
「本人は?」
「まだ分からない」
マイアは筆を置いた。
「受けます」
「帰りの燃料を入れてからだ」とキリク。
今度は、その通りにした。
第二便に続きます




