08_名前を置く場所
国家の弔辞が止まった。
放送官は故障と思い、予備の八百ページを出した。バルハがそれも止めた。
「記録官を仮登録へ回す。葬列にいる家族と、救助者の話を聴け」
「席次の残りは」
「死者に席は要らん。名前を置け」
官吏たちは画面を閉じ、机を回した。貴賓の肩書を確かめていた窓口へ、右袖の折り方を話すエダの声が入った。
バルハは机に一冊の記録を残していた。ザイラが区画閉鎖を命じた戦術記録だった。
照準器が識別した身体像を開けば、名簿に載らなかった者も見つかる。だが、誰へ砲を向け、どの区画を捨てたかも公開される。さっき見せまいとした映像は、その一つにすぎない。
「身元に必要な部分だけ抜きますか」
部下が訊いた。
バルハは、原本の転送先へ葬列の照合卓を入れた。公開権限がないという警告が出た。国葬の証拠として取り寄せた者の名が、解除履歴に残る。
「全体を送れ。切り分ける時間がない」
官吏が指を動かす。
「その警告も残せ」
機密開示は、礼砲も拍手もなく始まった。
*
民間の証言は、機械の記録のようには流れなかった。
同じ人を捜している二人が、違う色の目を覚えていた。子供が記憶していたあだ名に、年老いた元捕虜が頷いた。
サフランが二十四枚を二百四十枚へ分けた。薄くなった札は、一枚では人の声を出せなくなった。記録卓の隅へ寄り、係員の端末を借りて話した。
〈母。名簿から消去。私たちは覚えている〉の札には、家族が持参した写真が添えられた。サフランは傷痕の一致を記し、撮影時刻は未確認と残した。記録官が家族に訊き直している。マイアは次の卓へ進んだ。
その先の医療席で、セトが肘を抱えていた。
「触るな」
医療員の袖に、連盟の徽章があった。ヨナが間へ入ろうとすると、セトは水を渡されたときとは違う顔で首を振った。
「その袖の奴に、ここを押さえられた」
痩せた腕に古い固定具の傷がある。ヨナはしゃがんだ。
「わかった。包帯だけ、ここへ置く」
セトは右手で袋を開こうとした。端をつまめず、歯を使い、包帯を床へ落とした。
医療員が新しい袋を持ってきた。今度は勝手に手を取らなかった。
「そっちに立ってくれ。袖が見えない方」
医療員は席を回った。セトは目をそらし、肘を少し浮かせた。ヨナが戻ると、マイアの開いた端末を閉じた。
「あの人の話は、いまは採らないで」
マイアは端末をしまった。
エダは左袖を調べ終えていた。折り返しの中に、穴のあいた小さな匙が縫い込まれていた。食器を取り上げられた作業場で、検査のときだけ隠していたという。
戦術記録に、同じ匙を持つ捕虜が映っていた。顔は画面の端で切れていたが、左手の欠けた爪と足首の傷が、ヨナの計測像に重なった。
氏名はなかった。
「ミナトで、いい?」とマイアが訊いた。
「本当の名前じゃないよ」
「あなたが呼んでいた名前として」
エダは自分で札を持った。指が震え、接着面を一度裏返した。マイアは手を出しかけて止めた。
殻に黄色い札がつく。〈呼称ミナト。戦術像一致。氏名未確認〉。
留め具が外れても、エダはそこを離れなかった。
「迎えの船、もう着いたかな」
マイアは帰還航路を見た。エダが待つ港までは、まだ遠かった。
「着いたら連絡が来るようにしました。私たちも、次の船を探します」
「席だけ取らないでね」
マイアはエダの希望を、殻の保全番号と一緒に新しい搬送票へ書いた。出発日はまだ入れられなかった。
医療員が隣の座席を開く。エダは票を自分で読み、ミナトの殻の横へ移った。
*
家族と共同体の証言で四万一千百九十四件。戦術記録で、ミナトを含む一万九千七百件が独立保全へ移った。
照合できる記録は尽きた。なお一万一千三百人が、柩につながっていた。
マイアは発見区画を一つ隣まで広げた。候補は出なかった。
「ここからは現認に切り替えたい」とヨナが言った。
「別の名簿を」
「さっきと同じのを開いてる」
マイアは手を止めた。爪の下の金属片が、キーに当たって痛んだ。
ヨナは名無しの身体像を一つ見せた。救助の最初に保全番号を付け、三度冷却膜を替えた身体だった。温度と交換時刻はある。個人の過去へつながるものは一つもない。
「保全責任は私が持ってる。でも、外へ出す署名は納棺士にはできない」
マイアはその欄を知っていた。照合不能の理由、医療員の計測、葬儀師の現認。最後には総監の承認が要る。
「私が署名して、後で別の人だったら」
「誰だって書くんじゃない」
ヨナは画面を戻さなかった。
「この人を預かったって、書いて」
あの一斉通知にも、保全先の欄があった。母の顔かどうかばかり見ていて、どこにいたのか覚えていない。
バルハへ現認の様式を送った。調べた記録と、照合できなかった理由を添える。
総監は署名欄を見た。
「誰の身体か分からんまま、君が引き受けるのか」
「はい」
「返せないかもしれんぞ」
「はい」
今度は、別の名簿を探さなかった。
バルハは自分の名を入れた。
葬列の葬儀師と医療艇の乗員で、千二百班を組んだ。ヨナが担当区画を割り振る。班員の名が入るまで、保全番号だけでは殻は動かなかった。
各班が殻の前へ着くあいだに、キリクは外棺の台座から内棺を外した。勲章は奉安室へ残し、初代次官の歯は別箱へ移す。運搬用の軽い内棺を、ヨナと二人で床へ下ろした。
ザイラを納める。四億トンの構造体も、広間のような外棺も、ここから先は担がない。キリクは首の下の布を折り直し、四隅の把手を確かめた。
「最終送葬路、三百メートル。俺の歩き方で九分みてくれ」
待機命令の期限までは十二分あった。現認も目録の送信も、その間に終えなければならない。サフランは遅れている班へ応援を求めた。
「更新中。封柩許可はまだ出ません」
係員に言われ、キリクは蓋を外して道端へ置いた。
バルハが口を開き、開いた棺と保全中の殻を見比べた。
「私が認めたと記録しろ」
襟を外すと、首に赤い擦れ跡があった。




