↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙葬儀社《永遠便》〜死者の行き先には、まだ先がある〜  作者: たいよう
第一便 六十五万人、ひとつの遺体
PR
5/10

05_空の棺の中身

大提督の外棺は、外から見れば黒曜石、内側から見れば国家予算だった。


壁一面に勲章が埋め込まれ、天井ではザイラ・オーンの生涯が立体映像で繰り返されている。誕生。士官学校首席。七つの星系解放。十六の星系制圧。最後の戦場で敵の冠を砕き、旗艦ごと光へ消える。


その足元で、救助者たちが勲章を枕に呻いていた。


兵士の一人が枕にしていた勲章を抜き、隣の者の頭の下へ自分の畳んだ上着を入れた。勲章は床へ転がった。


ヨナが救命殻を診て回る。マイアは棺の開閉盤を捜したが、内側に取っ手がない。国葬は故人の退出を想定していなかった。


キリクが壁の立体映像を見上げた。


「違う」


「何が?」


「最後の敬礼。大提督は右手を使わなかった。昔、肘を失って義肢だったからな。儀仗隊は左手敬礼に全部直させられた」


映像のザイラは右手を額へ当てている。


サフランが棺の記録を調べた。


「映像は死後生成。戦歴資料九億件から〈最も英雄らしい姿〉を合成」


キリクは映像を消し、その下の記念像へ近づいた。右肘の継ぎ目を探ってひねると、腕が取れた。


奥から非常開放輪が出てきた。


「手を貸せ。引っ掛かってる」


四人で輪を引く。外棺の側面が開いた。キリクは救命殻を一つずつ医療班へ渡し、ヨナは床へ保存泡を撒いて滑り止めにした。最後の殻が出るまで、内棺は台座に固定されたままだった。


そのとき、サフランの一枚が内棺の歯へ降りた。


「大提督の生体資料を照合。登録不一致」


「乳歯じゃなかったの?」


「乳歯です。ただし大提督のものではありません。九百年前の儀礼省初代次官、男性、享年百四十歳」


マイアは歯を見つめた。


「どうして次官の乳歯が」


「国家には、探し物を見つける省と、見つからなかった場合に格式ある代用品を選ぶ省があります」


大提督は身体の一片すら、この棺にいない。


では四億トンの何が、ザイラ・オーンなのか。


「辺境式の国葬船とは違い、この中央国葬では船そのものに代表権を継がせません」とサフラン。


「では、何が艦隊の待機命令を担保しているの」


マイアは棺の中枢記録へ葬儀師免許を差した。画面に〈故人構成目録〉が開く。通常なら遺体、遺髪、記憶媒体と並ぶ欄に、七戦域の全回収物が列記されていた。


末尾に、大提督本人の音声承認がある。


――待機命令の担保として、最後の戦場に残る全艦・全員を、暫定的に私の身体と見なす。


日付は休戦の十三分前。


「大提督自身が指定した」とサフラン。


キリクの触角が下がった。


「全艦を自分の身体にすれば、自分が死んでも遺体保全命令で艦隊を動かせない。旧帝国軍にも連盟軍にも撃たせないためか」


「暫定的に、よ。解除条件があるはず」


マイアは記録を送った。続きは損傷していた。ただ一語、繰り返されている。


名前。


「故人構成目録から独立登録された対象は、記念構造体との結合対象からも解除されます」とサフラン。


「偽名でも?」


「呼び名の正しさと、この身体が別人である根拠は分けます。名前が仮でも、以前の生体記録と結べれば分離できます」


マイアは目録の終結欄まで送った。〈構成物の更新を締め、残存身体を確認後、葬送終結を認証する〉。音声より古い、中央国葬の様式だった。


「途中で何人外しても、最初の待機期限までは変わらない?」


「はい。国葬が終われば指揮権は消えます。終わらないまま期限を過ぎれば、凍結されていた戦闘命令が戻ります」


「照会中は?」


「期限前の四十分間です。砲撃はまだ禁止されています。保留を解除するか、命令を破棄するか、各艦が返答を待ちます」


葬儀師が書くはずの欄は、二年分空白だった。


マイアは照合待ち欄の〈ミナト〉を見た。呼称の証言しかない。やはり記録が必要だった。軍籍簿でなくても、何か残っているはずだった。


そのとき、深層へ行っていたサフランの札が信号を上げた。


「ケル・ヴィンを発見。距離四百メートル」


四人は送葬路を外れ、砕けた巡洋艦の機関部へ降りた。空調管の中を這い、熱交換器を抜ける。配管の奥で、二つの身体が凍っていた。


一人は作業着姿の小柄な男。胸の仮名札がケル・ヴィンを示している。


もう一人は、黒い軍服の大柄な女だった。右肘から先が古い義肢。二人は一本の安全索で結ばれ、女の左手が男の胸元の名札を握っていた。


ヨナが先にケルを診た。何度も計測し、医療記録へ時刻を刻む。


「ケル・ヴィン。医学的死亡確認。推定二年前。低温真空で身体は保全可能」


次に女へ計器を当てた。義肢の軍籍符号が光る。


「ザイラ・オーン。医学的死亡確認」


空の棺の持ち主は、国家が見つけられなかった場所で、空調係と同じ配管にいた。


マイアは膝をついた。ケルの名札は焼け、半分が読めない。大提督の指の下だけに、文字が残っていた。


ヨナが二人の身体へ別々の保全膜をかけた。安全索を切る前に、マイアがケルの肩を支えた。布の下で、肩がわずかに浮いた。


「そっち、持ってて」


ヨナは索を切った。長く結ばれていた二人が離れた。ケルの足元に空いた隙間へ、マイアは畳んだ布を差し込んだ。


キリクはザイラの胸へ伸ばした上腕を、一度下ろした。敬礼にはしなかった。下腕で後頭部を受け、ヨナが膜を閉じるのを待った。


サフランが名前を表示する。


〈ケル・ヴィン。仮登録。死亡確認済。関係者通知未完了〉


〈ザイラ・オーン。身元確認済。死亡確認済。葬送未完了〉


マイアはナラへ正式通知を送った。通信がどの航路を通り、いつ届くかは分からない。送信済みと受領済みは違う。


バルハ総監が通信へ現れ、初めて襟の高さを忘れた顔をした。


「大提督を……見つけたのか」


「ええ。国葬の棺へ移します。ただしケルと、他の身体から分離して」


「本人を内棺へ移すだけでは終わらん。目録の方には、まだ他の者がいる。残っているものは、全て一緒に火葬される」


「全員の名前を戻せばいい」


「六十四万人だぞ。軍籍簿は戦場で焼失した」


サフランが給与明細を開いた。


「七戦域の支払原簿は、軍籍とは別に持ち出されています。どれだけ照合できるかは、開いてからです」


マイアは指に残る索の切れ端を、保全袋へしまった。


「《月末》を受け取ります。医療班に、ここを引き継いで」


「俺たちが外へ出るあいだも、検査は続けろ」とキリク。


サフランが受取航跡を表示した。外壁に沿って、青い点が近づいていた。国葬の牽引塔が点の前へ伸びる。


「管制、そこは空けておくと送ったはずです」


返ってきたのは、隊形変更は受理していないという声だった。マイアの申請は、接近予定として記録されただけだった。


キリクは船へ走りながら、青い航跡を横へずらした。給与船の操縦系は変更を受けたが、傷んだ片舷の推進器が応じない。


「接触を避けて待てば、柩の後ろへ取り残される。次は追いつけん」


マイアは保全中の二つの身体を振り返った。医療員がケルの横へ膝をつき、受領欄に署名していた。


「横付けを続けて。こちらから渡ります」


「外壁へ擦るぞ」


「総監、受取点の内側を空けてください。記録を取ったら船は外へ逃がします」


バルハが区画図を開き、そこにいた作業員を隣へ移した。


給料日を呼び寄せたのは、自分たちだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。