04_起立した英霊は着席できません
国葬の第三式は〈英霊起立〉だった。
柩内の重力が消え、残骸の全層がゆっくり持ち上がった。眠っていた救命殻も、折れた艦首も、食器も、二年間誰にも読まれなかった手紙も、一斉に金色の送葬路へ昇っていく。
儀礼省はそれを「死者が最後に大提督へ敬礼する荘厳な瞬間」と放送した。
実際には、まだ開けていない救命殻が天井へぶつかり始めた。
「右三度!」
マイアは保全布の索を引いた。キリクが反対側を四腕で引く。ヨナが噴いた保存泡の堤防に、救命殻が十個ずつ柔らかく衝突した。
《永遠便》の白布は柩の内部へ張り巡らされ、即席の網になっていた。サフランの札が網目ごとに光り、〈生存反応〉〈死亡未確認〉〈死亡確認済・身元未登録〉を色分けする。
赤だけで二万を超えた。
「推定が増えてる!」ヨナが叫んだ。
持ち上がった艦の腹に点検口が現れた。ヨナはそこへ医療計の線を差し、殻の内側から計測を始めた。
「点検線から集計。生存反応二万四千六百十一。ほかに、反応の読めない身体が六十四万八千二百三十七。死亡確認とは分けてください」
ヨナは赤い表示を自分の計器と照らした。冷たく動かない身体でも、休眠の底に反応があれば開殻順を上げる。
数字を聞いた瞬間、マイアの手が止まりかけた。
キリクの下腕が索をつかみ直した。
「後で驚け。いま落とすな」
マイアは引いた。
ヨナが生存者の心拍を送ると、救命殻の留め具が外れた。反応の読めない殻は動かない。死亡を確かめたうえで、国葬の構成目録から外すには、大提督ではないという裏付けも要る。
「軍籍札を捜して」とマイアは言った。「なければ艦の乗員記録」
「先に保全番号を付ける。動かした殻を見失うから」
ヨナは名前欄を飛ばして作業を続けた。
遠くで、大提督の空の棺が送葬路を進んでいる。儀礼放送の合唱が流れた。
起て、名誉の死者たちよ。
目覚めた兵士が救命殻を内側から蹴った。
「起きてる! 開けろ!」
救助された者たちは敵味方が混じっていた。旧帝国軍兵、連盟兵、民間徴用員。二年の休眠で筋肉が萎え、まともに歩けない。ヨナは生存者を布へ固定し、一本の長い橇にした。
その端で、エダが一つの保全殻を指した。
「ミナト」
右袖を何重にも折った作業着が見えた。小柄な成人だった。ヨナは死亡確認の表示をエダに見せ、顔を見たいかと訊いた。エダは首を振った。
「顔じゃない。袖。いつも落ちてくるから、こうしてた」
葬列の外で拾った札と、同じ呼び名だった。サフランが〈仮名ミナト〉を殻へ映した。
「待って。本人の札は?」マイアが訊いた。
「ない。取られた。わたしたち、みんな」
「では、ミナトという名は」
「わたしが呼んでた」
マイアは保留を押した。文字が殻から消え、端末の照合待ち欄へ移った。
「確かめてから出しましょう。違う人のお名前を置くと、取り返しがつかなくなる」
エダは何か言いかけ、口を閉じた。袖を折る形に曲げていた指を、毛布の下へしまった。
マイアは殻の温度を確かめた。冷却は保たれている。いまはそれでよいはずだった。
「エダ」とヨナが呼んだ。「ほかにも、知ってる人がいる?」
返事はなかった。
橇の係員が、エダの搬送票を差し出した。作業場の生存者を乗せた帰還船が、外で彼女を待っているという。票には〈同行希望・ミナト〉と書かれていた。
「この殻も、引継ぎ先へ伝えていいですか」
「いまは動かせません」
「動かせたあとのことです。同じ港で預かってほしいと」
マイアは照合待ちの文字を見た。未確認の名で、別の船へ身体を渡してしまうことが怖かった。
「今はエダさんの席だけで。身体の送り先は、確認が取れてから」
係員が同行希望を保留にした。エダの席には乗船口が割り当てられ、殻の搬送先は空いたままになった。
しかし《永遠便》へ収容できたのは五十七人だった。残りを運ぶには、柩そのものを避難所に変えるしかない。
マイアはバルハ総監へ再度つないだ。
「生体反応を確かめられない身体が六十四万八千二百三十七。生存反応が二万四千六百十一。医学確認が済むまで、式を停止してください」
「できない」
「では最低限保全指定を。全員を大提督の象徴から分離します」
「名前の裏付けがない者は、構成目録から外せん」
「調べます。保全だけは続けさせてください」
「保全には許可を出す。今の証拠で許可できるのは、そこまでだ」
サフランが申請の差戻し理由を示した。現認による独立保全は、既存記録で照合できなかった身体に限る。記録を調べないまま番号を振る申請は、受け付けられなかった。
マイアは別の申請欄を開いた。保全責任者として、自分の名を入れる。
「だが、全員を連れ出すとは約束するな」とバルハが言った。「一人ずつの国葬にはできない。敵の砲手も、味方の子供も、あの方と眠ったから同じ葬列へ入れられた」
「同じ列と、同じ人は違います」
「外の家族船は、いまは互いを撃っていない。艦隊の封印が終わった後も、そうであってほしいのだ」
総監はマイアの返事を待たず、申請へ保全期限を書き込んだ。国葬終了までだった。
総監の後ろでは、官吏たちが巨大な席次表を動かしていた。救助者二万四千人を参列者へ変更し、どの席へ置くか揉めている。
「生者の座席なら確保する」と総監。
「そこですか」
「国葬で席のない者を出すわけにはいかん」
「二年間、空気もなかった人たちです」
「では酸素席を新設する」
マイアは怒鳴りかけた。キリクが首を横へ振り、画面の隅を指した。酸素席と入力されたとたん、動かなかった医療艇の配船欄が開いていた。
「酸素席を、柩の外側に。医療艇を横付けしてください。席次は負傷順」
総監は眉をひそめた。
「階級順ではなく?」
「負傷が重い者ほど上座です」
彼は背後の官吏を見た。席次表が恐る恐る書き換わる。皇族席の上へ〈呼吸困難〉、将官席の上へ〈低体温〉が置かれた。
「前例がない」
「今日つくってください」
「……承認する」
葬列の貴賓艇が押しのけられ、医療艇が柩へ接舷した。生存者の橇が白布を伝い、次々と外へ運ばれる。貴賓たちは通信で抗議したが、負傷者より席次が下だと言われると、国家的品位を保つため黙った。
待機していた医療班が封印ブロックへ入り、殻を開く。ヨナが見つけた空欄へ、ようやく担当者の名が入った。柩に接続された医療艇の診断装置が、殻の点検線を通して動き始めた。判定できない身体は班員が直接診る。サフランは返ってきた結果だけを集めた。
救助が始まって三十分後、金色の送葬路が轟いた。
外棺を載せた送葬車が止まっていた。
棺の前方に、白い保存泡の山がある。先ほど食堂の椅子を止めた塊だった。
「式次第障害物を排除します」
儀仗衛星の声が柩内へ響いた。
金色の道が開き、巨大な押し板が現れた。幅三百メートルの板が泡の山を、椅子ごと、救命殻ごと、前方へ押し始める。
その先は〈追悼砲門〉だった。次の式で、残骸を星空へ散華するための射出口である。
「止めて!」
マイアたちは白布へ飛び乗った。
足元で布が波打つ。キリクは六脚で張力を拾い、四腕で救命殻を次々に投げた。ヨナが受け、医療橇へ滑らせる。マイアは泡へ埋まった名前札を引き抜き、殻へ戻した。
押し板が迫る。
「あと十四!」
「外へ出す時間がない!」
キリクは白布を切った。
張力を失った布が巨大な波となって持ち上がり、泡の山を包み込む。キリクが四本の索を同時に引くと、即席の袋が送葬路の上へ跳ねた。押し板はその下を通過した。
袋ごと四人は天井へ飛んだ。
次の瞬間、重力が復帰した。
上下が反転し、彼らは大提督の外棺へ向かって落ちた。
外棺の屋根が儀礼どおり開く。
全員と救命殻十四個が、奉安室の床へ降り注いだ。泡に固められた椅子の山が入口へ引っ掛かり、屋根が閉じきらなくなった。
暗闇で、サフランが言った。
「医療班へ現在位置を送ります」
キリクは声を頼りに暗闇で腕を伸ばし、滑り続ける殻を押さえた。




