02_国葬は追い越し禁止
《大提督の柩》は、柩というより移動する夜だった。
黒い楕円体の周囲を、八基の儀仗衛星が囲んでいる。各衛星は喪服姿の巨人を模し、腕に相当する牽引塔で柩を担いでいた。全長九十キロの黒布が幾重にも宇宙へたなびき、その表面を戦没艦の名が金色に流れる。
先頭には二万隻の葬列艦。後方には放送艇、献花艇、貴賓艇、貴賓の随員艇、随員の靴を運ぶ艇が続く。首都までの全航路を占有し、追い越しは禁止されていた。
航路の閉鎖通知には、国葬完了をもって休戦艦隊六万隻の指揮権を終結する、とあった。その横に、待機命令の失効時刻が赤く出ていた。火葬の予定より一時間後だった。
キリクは船の時計へ、その時刻を写した。
「弔辞を縮めても、こっちは変わらん。二年前から決まっている」
「延長は?」
「双方の軍が承認すれば。二年あって、まとまらなかった」
運行中止の場合の欄は、空白だった。
「入列目的を述べよ」
儀礼省の交通管制官が言った。背後で十七人の補佐官が同時に首を振っている。
マイアは免許を提示した。
「個人遺体の所在確認と最低限保全です」
「本列は大提督ザイラ・オーン閣下の国葬である。個人葬儀は開催していない」
「葬儀ではありません。保全です」
「似たようなものでは?」
「では管制官、あなたは救命と結婚式を同じ窓口で申請しますか」
補佐官のうち四人が、自分の端末を確認した。該当窓口が実在するらしい。
管制官は咳払いした。
「記念構造体の全収容物は、大提督の象徴的遺骸に指定されている。分離は禁止だ」
「ケル・ヴィンは大提督ではありません」
「象徴的には大提督の一部だ」
「空調係です」
「英雄の肺を清浄に保った、いわば呼吸器官である」
「提督旗艦とは別の艦です」
「長い目で見れば同じ艦隊だ」
キリクが通信外で上の二本腕を振った。儀仗隊時代の敬礼であり、意味は〈この者を儀礼用収納庫へしまえ〉だった。
サフランが割り込んだ。
「中央戦没者保全協定、第五条。火葬予定域に死亡未確認者が存在する合理的見込みがある場合、最小保全者の接近を妨げてはならない」
「その協定は敵国も署名している」
「だから協定です」
管制官の背後で補佐官たちが会議を始めた。十七人が小声で協議し、別室の四十三人に照会し、四十三人が法務省の百二十人へ回した。
返答まで二十八時間と表示された。
「点火には間に合いません」とサフラン。
マイアは通信を切った。
「キリク。国葬列の正式な入り方は?」
「先頭から順に、皇族、元首、軍、宗教、功労者、一般弔問、遺族」
「遺族が最後?」
「顔を見られると国家が気まずい」
「最後尾へ」
《永遠便》は葬列の尾へ回り込んだ。そこには小さな民間艇が数万隻、光る浮標の外へ押し固められていた。花を持った者、写真を掲げた者、何も持っていない者。国葬へ呼ばれなかった戦没者の家族たちだった。
サフランの一枚が、葬列と逆の方角へ向いた。
「ナラさんの明細へ返事です。給与船《月末》。二年遅れで通常空間へ戻り、受取部署が見つからず、航路外で待機しています」
返答の送信元に、共同清算所の印があった。《月末》が積んでいるのは一艦の給料ではない。最後の七戦域を巡回し、旧帝国側と連盟側、民間請負会社から別々に預かった支払原簿だった。口座の持ち主を取り違えないための照合記録も、原簿と一緒に運ぶ。
「徴用の人も?」
「支払義務が記帳されていれば。未払いも含みます。口座を作られなかった人は載りません」
「記録は取れる?」
「遠隔転送は応答なし。受取地点の指定だけ受け付けています。金庫まで行く必要があります」
キリクが二本の航跡を出した。柩を追えば給与船から離れる。給与船へ行ってからでは、柩の内部を捜す時間が削られる。
「両方へは行けんぞ」
マイアはナラの明細を見た。最後の勤務艦は《グラウカ》ではなかった。転属なのか、記入違いなのか。所在見込通知には、どちらとも書いていない。
「こっちへ来てもらう。葬列の外に受取点を」
「止まって受ける場所はない」
「並走して受け取れるところを探して」
キリクはしばらく星図を動かした。最後に、柩の外壁に沿う細い航跡を選んだ。
「これなら追いつかせられる。だが、受け取るときには捜索を切り上げろ」
マイアは頷いた。管制へ接近予定を送り、給与船へ受取点を返した。自分たちの名を入れると、〈受取人不在〉の表示が消えた。
《月末》が動き始めた。
外で待つ家族たちの船から、白い点が飛んできた。
名前札だった。
〈ルーノ・サディ、補給艦勤務〉
〈仮名ミナト、年齢不明〉
〈母。名簿から消去。私たちは覚えている〉
何千枚もの札が、入列を拒まれた船の窓から放たれ、柩の黒布へ追いつけずに漂っている。
マイアは息を止めた。
「ヨナ、保全布を一枚」
「どれくらい?」
「最大展開」
《永遠便》の側面が開いた。折り畳まれていた白布が真空へ噴き出し、百メートル、千メートル、十キロと広がった。極薄の磁性繊維が、散った名前札を一枚ずつ受け止める。白布の上に無数の小さな文字が灯った。
葬列の最後尾に、即席の星空ができた。
「規定外の装飾を停止せよ!」
管制が叫んだ。
「装飾ではありません。仮名表示です」
「国葬を追い越すな!」
「こちらは追い越していません」キリクが言った。「布が先に行きたがっているだけです」
保全布は柩の長い黒布に触れた。両者の繊維が絡み、ぐんと張る。
軽い《永遠便》は、葬列に釣り上げられた。
「入列を確認」とサフランが言った。「区分は装飾品です」
船は白布ごと振り回され、儀仗衛星の肩を越えた。遠心力でヨナが後部から操縦席まで転がり、キリクの脚の間を抜け、マイアの腰へしがみついた。
前方に黒い柩の外壁が迫る。
「正面衝突まで九秒!」
「装飾品に衝突回避権は?」
「ありません」
「国葬はずいぶん装飾へ厳しい!」
キリクは四本腕で操縦桿と補助噴射を叩いた。《永遠便》は布を軸に一回転し、柩の表面すれすれへ腹を向ける。ヨナが保存泡を射出した。泡は船底と外壁の間で白く膨らみ、衝撃を呑み込んだ。
船体が三度跳ねた。
四度目はなかった。
外壁に、儀礼用の巨大な金文字が見えた。
――大提督ザイラ・オーン、ここに全軍と眠る。
その「眠」の字の点に、《永遠便》は貼りついていた。
「到着」とキリク。
「駐船違反です」とサフラン。
「帰りに払う」
「帰りの燃料もありません」
マイアは額のこぶを押さえ、立ち上がった。
「先にケル・ヴィンを捜す」
船外では、拾い上げた名前たちが白布に輝きながら、巨大な柩へ続いていた。




