01_最低料金には名前が含まれます
冠戦争が休戦して二年、戦死者はまだ帰宅の途中だった。
肉体より死亡届が速い者もいた。未払賃金だけが近道を抜け、遺族より先に故郷で待っている者もいた。生きている本人が、百年前に執行された遺言へ異議を申し立てることもあった。生きている本人と、その本人の国葬が同時に存在したことさえある。
だから宇宙葬儀師マイア・エンは、「亡くなった」と聞いてもまず時計を見た。
「どの時計で?」
通信窓の向こうで、ナラ・ヴィンは一度だけ唇を噛んだ。粉まみれの作業着を着た、五十前後の女だった。背後でパン工場の混練機が回っている。
「ミジン標準時で、二年前の十二月十一日。父は戦艦の空調係でした。休戦の日に艦が壊れて、それきりです。今朝、これが」
彼女が差し出した通知を、黄色い札ほどの小型機が読み取った。札は一枚ではない。二十四枚が小鳥の群れのように通信卓を旋回している。《永遠便》の記録群体サフランだった。
「〈遺体所在見込通知〉。死亡認定でも、医学的死亡確認でもありません」
サフランの声は二十四枚から少しずつずれて出た。
「見込先、中央戦没者記念構造体《大提督の柩》。対象、ケル・ヴィン。仮登録名あり。生体識別片なし。身体保存状態、不明」
「柩というのは」
「全長千二百キロ、推定質量四億一千万トン。明日、首都恒星で火葬されます」
ナラは黙った。混練機だけが律儀に生地を殴った。
マイアは卓上へ契約書を開いた。
「私たちが今できる最低限は、現地へ行き、身体があれば保全し、名前を見える状態にすることです。医学的な死亡確認、身元の本登録、ご家族への正式通知、返還輸送、葬儀は別手続きです。全部を約束はできません」
「いくらですか」
マイアが数字を告げると、ナラは目を閉じた。葬儀師が目をそらしてよい瞬間ではなかったので、マイアは待った。
「それなら払えます。返してもらうお金はない。でも、父を提督の燃料にしないでください。父の名前で置いてください」
「承ります」
「お父さまの給与明細は、残っていますか」
ナラは作業着の胸から、折り畳んだ薄い紙を出した。通知よりずっと古く、端に油が染みていた。
「配属先が違っていても、口座は続いていることがあります。最後に働いた場所を、そこから追います」
紙の下には、軍の紋章とは別に、七戦域共同清算所の印があった。敵味方の軍籍は別でも、中立港の銀行へ送る賃金は同じ窓口を通った。ナラの父の口座も、そこに預けられている。
サフランが紙の番号を読み、未着の清算便へ照会を送った。
通信が切れた。
操縦席で、キリクが四本の腕を別々の計器へ伸ばした。濃緑の外骨格を持つ彼は、冠戦争中、国葬儀仗隊で棺を担いでいた。今は六本の脚を操縦席へ固定し、冠戦争で戦没した請求書の群れから逃げるように零細葬儀船を飛ばしている。
「千二百キロの柩から一人を捜す。最低料金で」
「名前表示まで」
「帰りの燃料は?」
「含まれません」
「安心した。経営判断が正気なら、俺の聞き間違いかと思うところだった」
納棺士ヨナ・ベルが後部から顔を出した。片側を刈り上げた頭髪に、保存泡が白く固まっている。
「冷却架、五十六人分まで空けた」
「一人よ」
「戦場で一人を拾うときは五十六人分空けろって、船長が」
マイアは言った覚えがあった。
「六十にして」
ヨナはうれしそうに引っ込んだ。キリクは六本の脚を一斉に震わせた。彼の種族では頭を抱える動作だった。
葬儀船《永遠便》は、細長い黒い船体の両脇に、白い保全布を畳んで抱えている。戦闘艇ほど速くない。貨物船ほど積めない。だが棺を一基も揺らさず、壊れた船から人の形を一つずつ切り離せる。
会社名は、この一隻の船名から取った。会社と呼べるものが船一隻しかなかったころの名残だった。
格納庫の扉に、会社の標語がある。
――最後まで、お名前を見失いません。
マイアはその下に吊った一枚の空白札を見た。自分の母のための札だった。戦時中に病院船ごと消え、死亡確認も、遺体所在見込通知も来ていない。
何もない者を死者にはできない。葬儀をすれば死が完成するという考えを、マイアはますます信用しなくなっていた。
母の船と同じ航路から、身元不明者の一斉通知が届いたことはある。添付されていたのは、似た年頃の女の横顔だった。マイアは一晩かけて耳の形を比べ、翌朝、照合資料不足とだけ返信した。見たかと訊かれるのが怖くて、妹には知らせなかった。
その返信は、いまも送信箱の上に留めてある。
「出航」
キリクが推進器を入れた。
その直後、サフラン二十四枚が一斉に赤くなった。
「《大提督の柩》、予定を変更。火葬点火まで十七時間です」
「一日じゃなかったの」
「儀礼省が式次第を短縮しました。理由は、千二百ページの弔辞を八百ページに削減できたため」
キリクが船を急旋回させた。壁から銀盆が飛び、マイアの額に当たった。
「八百ページなら十分長いでしょう!」
「国家の悲しみは速読できるらしい」
黒い小船は光の裂け目へ突っ込んだ。




