01-05 二つ目の依頼
カラン、とスコップをバケツの横へ置き、ルシアは額の汗を手の甲で拭った。
「ふぅ……っ! 終わったぁ……!」
目の前には、見違えるほど綺麗になった側溝が続いていた。
黒い泥に覆われていた底の敷石は、今では元の色がはっきりと見えるほどに磨き上げられ、澄んだ水がさらさらと心地よい音を立てて流れている。
初日は三区画を終わらせるだけで精いっぱいだった側溝掃除。
あれから毎日通い続けること、七日間。
初日は三区画、二日目には四区画。三日目以降も着実に作業量を増やし、後半には一日六区画をこなせるようになっていた。
そして今日、合計三十五区画すべての清掃を終えたのだ。
最初の頃は、必死に意識を集中させなければ途切れていた魔力の流れも、今ではスコップを握ると同時に、自然とお腹の奥から背中、腰、そして両腕へと巡るようになっていた。
もちろん、まだ完全に無意識で扱えるわけではない。
それでも、一週間前とは比べものにならないほど上達している。
《よくやり切ったな、ルシア》
近くの木陰に座っていたナイトが、満足げに尻尾を揺らした。
《余計な力みも抜けてきたし、魔力の通り道もずいぶん整ってきたぞ》
「えへへ……ありがとうございます、師匠!」
《ああ。……おっと、噂をすれば頑固親父のお出ましだ》
「え?」
ルシアが振り返ると、煙管をくわえたオットーが、いつものようにゆっくりと歩いてくるところだった。
「おう、終わったか」
「はい! 全部終わりました!」
オットーは返事をせず、側溝の端から端までじっくりと眺めていった。
底に溜まっていた泥は綺麗に取り除かれ、水の流れもすっかり元通りになっている。
やがて、オットーは珍しく煙管を口から離すと、豪快に笑った。
「はっはっは! こりゃ驚いた!」
「……!」
「あのドロドロだった側溝が、新品みてえになってやがる! 初日は今にも泣きそうな顔でへたり込んでた小娘が、まさか一人で全部やり切るとはな!」
オットーは感心したように何度も頷いた。
「見習いどころか、そこらのへっぽこ冒険者に見せてやりてえくらいだぜ」
「えへへ……!」
ルシアは照れくさそうに笑った。
「オットーさん、ありがとうございました!」
「おうよ! だが、礼を言うのはこっちの方だ」
オットーは依頼の控えを受け取ると、用紙の枠からはみ出しそうなほど大きな文字で、完了のサインを書き込んだ。
「ほらよ、特大の完了サインだ。ギルドへ持ってって、胸張って報酬を受け取りな!」
「はい!」
ルシアが控えを受け取ると、オットーはその背中を軽く叩いた。
「よく頑張ったな、嬢ちゃん!」
「……っ!」
ルシアは嬉しそうに目を細め、深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました!」
◇ ◇ ◇
「――はい、確かに確認いたしました!」
冒険者ギルドの受付で、マリアが満面の笑みを浮かべた。
「ルシアさん、北通りの側溝清掃、全区画完了ですね! 本当にお疲れさまでした!」
「ありがとうございます!」
マリアはサイン入りの依頼用紙を確認すると、カウンターの上に報酬の硬貨を並べ始めた。
今日の作業分に加え、全区画完了による特別手当も含まれている。
ジャラリ、と硬貨が心地よい音を立てた。
「それにしても、すごいですね。北通りの八百屋さんや、近くに住んでいる方々からも、ギルドにたくさん感謝の声が届いているんですよ」
「えっ……!」
「『小さな見習いの子が毎日頑張ってくれたおかげで、嫌な臭いもなくなって、水が綺麗に流れるようになった』って!」
「わぁ……!」
ルシアは嬉しそうに目を輝かせた。
自分が一生懸命取り組んだ仕事が、誰かの役に立っている。
そのことを改めて実感し、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「喜んでもらえて……すごく嬉しいです……!」
「ふふっ。そう言ってもらえると、依頼を紹介した私も嬉しいです」
マリアは柔らかく微笑んだ。
そして、カウンターの引き出しから二枚の依頼票を取り出し、ルシアの前へ並べた。
「さて、ルシアさん。側溝清掃の依頼はこれで一段落ですが、全ランク共通の依頼は、まだほかにもありますよ」
「ほかの依頼……!」
ルシアは興味津々といった様子で、二枚の依頼票を覗き込んだ。
「一つ目は、『東区・食糧倉庫の荷降ろし補助』です」
マリアは一枚目の依頼票を指さした。
「東区の大きな倉庫で、搬入された穀物袋や木箱を運ぶお仕事ですね。こちらは午前中の四時間で、報酬は大銅貨四枚となります」
「なるほど……!」
「そして、もう一つが『民家の裏庭・雑草むしりと庭石の移動』です」
今度は、二枚目の依頼票を指さす。
「こちらは南寄りの住宅街にあるお宅で、指定された範囲の雑草を抜いたり、庭石を移動させたりするお仕事ですね」
「お庭のお掃除ですか?」
「はい。作業が終われば終了となる出来高制で、一区画につき大銅貨二枚です」
マリアは二枚の依頼票を見比べながら説明を続けた。
「東区の倉庫は、決められた時間ずっと荷物を運ぶので、持久力が必要になります。一方、庭仕事は自分のペースで作業を進められますが、重たい庭石を動かす必要がありますね」
「うーん……」
ルシアは少し考え込んだ。
どちらも力仕事ではあるが、内容はずいぶん違う。
迷った末に、腕の中のナイトへそっと視線を落とした。
《ルシア、次は裏庭の依頼にするぞ》
(お庭の方ですか?)
《ああ。出来高制なら自分のペースで進められるし、何より庭石を動かすってのがいい訓練になる》
(訓練……!)
《泥上げで覚えた魔力の巡りを、今度は瞬間的な力へ乗せる練習だ》
ナイトの言葉に、ルシアは小さく頷いた。
もちろん、周囲から見れば、ただ腕の中の黒猫を見つめているだけである。
ルシアは顔を上げると、マリアへ元気よく告げた。
「私、裏庭のお手伝いをやってみたいです!」
「雑草むしりと庭石の移動ですね。かしこまりました!」
マリアは手際よくギルドの台帳へ記録をつけ、ルシアの木製ギルドカードに受注印を押した。
そして、依頼の控えを差し出す。
「場所は、ここから大通りを南の大門方面へ進んで、串焼き屋台のある角を西の住宅街へ曲がった先になります」
「串焼き屋台のある角……」
「はい。突き当たりにある青い屋根の平屋で、トーマスさんという方のお宅です」
「分かりました!」
「裏庭がかなり荒れているそうなので、何区画分作業するかは、現地でトーマスさんと相談してくださいね」
マリアは少し心配そうに眉を下げた。
「それと、庭石はかなり重いそうです。無理をして腰などを痛めないように気をつけてください」
「はい! ありがとうございます!」
ルシアは控えを大切に腰のポーチへしまい、マリアへ丁寧に頭を下げた。
「行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい!」
マリアに見送られ、ルシアはナイトを抱き直してギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
ギルドの外へ出ると、大通りは昼時の活気に満ちていた。
行き交う人々の声や、屋台から漂う香ばしい匂い。
この街へ初めてやってきたときは、何もかもが珍しく、ただ圧倒されるばかりだった。
しかし、今では少しずつ街の雰囲気にも慣れてきている。
ルシアは軽やかな足取りで石畳を進んでいった。
「ええと……南の大門方面へ行って、串焼き屋台の角を曲がるんですよね」
《ああ。あの屋台なら覚えてるぞ》
ナイトは懐かしそうに目を細めた。
《この街へ来た日に、串焼きを買ったところだな》
「あっ、そうでしたね!」
ルシアも嬉しそうに笑う。
「あのお肉、すごく美味しかったです!」
《ああ、なかなかの味だったな》
そんな会話を交わしながら歩いていると、やがて見覚えのある串焼き屋台が見えてきた。
鉄板の上では、今日も大ぶりな肉が香ばしい音を立てて焼かれている。
その角を右手、西側の路地へ曲がると、周囲の雰囲気ががらりと変わった。
賑やかな大通りとは違い、こちらは静かな住宅街だ。
白い壁の家々が整然と並び、庭先には花壇や小さな木が植えられている。
《ずいぶん静かになったな》
「そうですね……」
《……お、突き当たりに青い屋根が見えるぞ》
ナイトが視線を向けた先には、鮮やかな青い瓦屋根の平屋が建っていた。
低い木製の門扉には、『トーマス』と彫られた表札が掲げられている。
「あそこですね、師匠!」
《ああ、間違いなさそうだ》
ルシアは門扉を開けて敷地へ入り、玄関に取りつけられた小さな鐘を鳴らした。
カラン、カラン。
ほどなくして、家の中から声が聞こえてきた。
「はいはい、どなたかな?」
扉が開き、初老の男性が顔を出した。
少し背中が丸まっており、腰には厚手の布が巻かれている。
穏やかな顔立ちをした、人の良さそうな男性だった。
「こんにちは!」
ルシアは元気よく挨拶をした。
「冒険者ギルドから依頼を受けてきました、ルシアと言います! 裏庭の草むしりと庭石の移動のお手伝いに来ました!」
そう言って、腰のポーチから依頼の控えを取り出して差し出す。
男性は用紙を確認すると、ぱっと顔を明るくした。
「おお、ギルドから来てくれたのかい! いやあ、助かったよ!」
男性は嬉しそうに笑った。
「私はトーマスというんだ。少し前にぎっくり腰をやってしまってね。それから庭の手入れがまったくできなくなってしまったんだよ」
「それは大変でしたね……」
「そうなんだ。……それにしても、ずいぶん小さな冒険者さんだねぇ」
トーマスは少し驚いたようにルシアを見つめた。
しかし、ルシアは胸を張って答える。
「小さくても、力仕事には慣れてきました! 北通りの側溝掃除も、全部やり切ったんです!」
「おお、あのオットーさんのところかい?」
「はい!」
「それはすごいねぇ! あの頑固親父が最後まで任せたなら、きっと頑張り屋さんなんだろう」
トーマスは感心したように頷いた。
「よし、それなら裏庭へ案内しようか」
「はい! お願いします!」
ルシアはトーマスの後について、家の脇にある小道を進んでいった。
そして、裏庭へ回った瞬間――。
「……わぁ」
思わず、足を止めた。
目の前に広がっていたのは、雑草に覆い尽くされた広い庭だった。
膝丈ほどまで伸びた草が一面に生い茂り、地面がほとんど見えない。
しかも、その草むらのあちこちには、大人の頭よりも一回り大きな庭石がいくつも転がっていた。
どれもごつごつとしており、見るからに重そうだ。
「……すごいですね」
「ははは……お恥ずかしい限りだよ」
トーマスは困ったように笑った。
「しばらく手入れができなかったら、あっという間にこんなことになってしまってね」
そう言って、庭の奥を指さした。
「まずは、あの柿の木から敷石の小道までを一区画として、草を根こそぎ抜いてほしいんだ」
「はい!」
「それから、散らばっている庭石を、あそこの石垣のところまで運んでもらいたい」
トーマスは庭の隅を示した。
「ひとまず一区画分、お願いできるかな?」
「はい! お任せください!」
「道具はあそこの納屋にあるから、好きに使っておくれ。鍬や熊手もあるよ」
「ありがとうございます!」
「それと、疲れたらちゃんと休むんだよ。井戸の水も自由に飲んでいいからね」
「はい!」
トーマスは満足そうに頷くと、腰をさすりながら家の中へ戻っていった。
その姿を見送ったルシアは、作業用の革手袋をはめ直した。
そして、気合を入れるように袖をまくる。
「よしっ! 頑張ります!」
《いい意気込みだな》
ナイトは近くの木陰へ移動すると、ちょこんと腰を下ろした。
《さて、ルシア。まずは雑草抜きから始めよう》
「はい!」
《最初は魔力を使わずにやってみろ。体のどこに力が入るのか、よく確かめるんだ》
「分かりました!」
ルシアは腰を落とし、目の前の雑草へ手を伸ばした。
太く育った草の根元を両手でしっかりと掴む。
そして、ぐっと力を込めた。
「んん……っ!」
しかし、なかなか抜けない。
根が地中深くまで張り巡らされているのか、体重をかけてもびくともしなかった。
「うぅ……っ!」
ルシアはさらに腰を落とし、足で地面を踏ん張った。
そして、思い切り引っ張る。
「ふんっ!」
――ブチッ!
ようやく雑草が抜けた。
しかし、勢い余ってルシアは後ろへよろめき、危うく尻餅をつきそうになる。
「わわっ……!」
何とか踏みとどまったものの、思った以上に大変な作業だった。
《どうだ?》
「うぅ……思ったより、ずっと大変です……」
《そうだろうな。で、今の動きで、どこに力が入ってた?》
ルシアは少し考え込んだ。
「ええと……腕もですけど……腰と、膝……でしょうか?」
《そうだ》
ナイトは頷いた。
《草を引っ張るとき、腕だけで力を出してるわけじゃない。足で地面を踏ん張って、膝と腰で体を支え、その力を腕へ伝えてるんだ》
「なるほど……」
《力の入る場所が分かったなら、今度はそこへ魔力を流してみよう》
「はい!」
《まずはへその下から腰へ。それから太もも、膝、足の裏まで、ゆっくり巡らせてみろ》
ルシアは目を閉じ、お腹の奥へ意識を向けた。
そこにある魔力を、いつものように少しずつ練り始める。
側溝掃除を繰り返したおかげで、魔力を動かすこと自体にはずいぶん慣れてきていた。
しかし、今回は少し勝手が違う。
これまでは背中や腕を中心に巡らせていた魔力を、今度は腰や足へ集中させるのだ。
(お腹から……腰へ……)
ルシアは慎重に魔力を動かした。
(それから、太もも……膝……足の裏まで……)
最初はうまく流れず、途中で魔力が散ってしまう。
それでも、何度か繰り返すうちに、少しずつ感覚を掴み始めた。
やがて、腰から足先にかけて、じんわりと温もりが広がっていく。
「……あっ!」
《どうだ?》
「なんだか、足がぽかぽかしてきました……!」
《よし。その状態で、もう一度草を引っ張ってみろ》
「はい!」
ルシアは目を開けると、再び雑草の根元を掴んだ。
足をしっかりと地面につけ、腰を落とす。
そして、ゆっくりと力を込めた。
「……んっ!」
すると、先ほどとは違う感覚があった。
足元が安定している。
腰や膝にも、嫌な負担がかかりにくい。
「……あれ?」
ルシアは驚いたように目を丸くした。
「すごい……! さっきより、ずっと踏ん張りやすいです!」
《そうだ。それが魔力による身体の補助だな》
ナイトは満足げに頷いた。
《身体強化ってのは、単純に腕力を上げるだけのものじゃない》
「そうなんですか?」
《ああ。大きな力を出したときの反動を抑えたり、関節や筋肉への負担を軽減したりするのも重要なんだ》
「体を守るためにも、使えるんですね……!」
《その通り》
ナイトは尻尾を揺らした。
《どれだけ大きな力を出せても、自分の体が耐えられなきゃ意味がない。下手をすれば、力を出した瞬間に自分の筋肉や関節を痛めちまうからな》
「なるほど……!」
《だから、まずは足腰をしっかり支える。大地に根を張った木みたいなイメージだ》
ルシアは足元を見つめた。
(大地に根を張った木……)
その言葉を頭の中で繰り返す。
《よし。次は、その状態を保ちながら、腕にも魔力を流してみろ》
「腕にも、ですか?」
《ああ。足腰は体を支えるため、腕は草を引き抜く力を出すためだ》
ナイトは続けた。
《今度は腕全体にだらだら流すんじゃなくて、引っ張る瞬間に力を集めるイメージを持ってみろ》
「……はい!」
ルシアは再び目を閉じた。
足腰を支えている魔力の流れを維持しながら、今度はお腹の奥から肩、腕、そして指先へと魔力を伸ばしていく。
二つの場所へ同時に意識を向けるのは、思った以上に難しかった。
「う……うーん……」
腕へ魔力を流そうとすると、足腰の流れが弱くなる。
逆に足腰を意識しすぎると、腕へうまく魔力が届かない。
《焦るな。最初から完璧にできる必要はない》
「は、はい……!」
《まずは足腰を安定させて、それから腕へ流すんだ。一度に全部やろうとするな》
ナイトの助言に従い、ルシアは呼吸を整えた。
足腰へ魔力を巡らせる。
その流れを保ったまま、少しずつ腕へ意識を移す。
すると――。
「……あっ!」
今度は、指先まで魔力が届いた。
《よし。そのまま、草を引き抜いてみろ》
「はいっ!」
ルシアは太い雑草の根元をしっかりと握りしめた。
足を踏ん張り、腰を落とす。
そして、腕へ魔力を集める。
「――えいっ!」
ズボッ!
小気味よい音とともに、雑草が根ごと地面から抜けた。
「……わぁっ!」
ルシアは思わず歓声を上げた。
「抜けました! 師匠、すごく簡単に抜けました!」
《ああ、上出来だ》
ナイトは満足げに頷いた。
《今の感覚を覚えておけよ》
「はい!」
《足腰は体を守るため、腕は力を出すため。それぞれの役割を意識するんだ》
「分かりました!」
ルシアは嬉しそうに微笑むと、抜いた雑草を脇へ置いた。
そして、すぐに次の草へと手を伸ばす。
今度は最初から足腰へ魔力を巡らせ、引き抜く瞬間に腕へ力を集めた。
ズボッ!
「……できた!」
もう一度。
ズボッ!
「えへへ……!」
ルシアは夢中になって雑草を抜き始めた。
もちろん、毎回うまくいくわけではない。
魔力の流れが乱れて抜けなかったり、力を入れるタイミングがずれたりすることもあった。
それでも、失敗するたびにナイトの助言を思い出し、少しずつ修正していく。
そんな弟子の姿を見守りながら、ナイトは内心で満足げに頷いていた。
(うむ。なかなかいい調子だな)
全身へ漫然と魔力を巡らせ続けるのは、消耗が大きい。
必要なときに、必要な場所へ。
それぞれの役割に応じて魔力を集中させられるようになれば、少ない魔力でも効率よく力を発揮できる。
(〈部分強化〉は、【身体強化】の応用にすぎない。魔力を流す場所と量を細かく調整する技術だからな)
身体強化そのものを扱えるようになった者なら、修練次第で誰でも身につけられる。
ただし、全身へ一様に魔力を巡らせるのと、必要な部位だけを選んで強化するのとでは、求められる操作精度が違う。
(今のうちからこの感覚を覚えさせておけば、身体強化がもっと上達したとき、自然と使いこなせるようになるだろう)
とはいえ、今のルシアに難しい理屈を一度に教えても、混乱させるだけだろう。
まずは実際に体を動かし、感覚を覚えてもらう。
細かい説明は、それからでも遅くない。
(……さて)
ナイトは、雑草抜きに夢中になっているルシアへちらりと視線を向けた。
少女は今、太い雑草と格闘している真っ最中だ。
こちらにはまったく気づいていない。
(この調子なら、少しくらい手伝ってもいいか)
ナイトは前足を一本、すっと持ち上げた。
すると、ルシアが作業している場所から少し離れた地面が、ぼこぼこと小さく波打ち始めた。
土の中に張り巡らされていた雑草の根が、見えない力に押し上げられるようにして、次々と地表へ浮かび上がってくる。
ぽこん、ぽこん。
根を傷つけることもなく、雑草が地面から抜けていった。
さらにナイトが尻尾をひょいと振ると、抜けた雑草がふわりと宙に浮き上がった。
そして、目に見えない力に運ばれ、庭の隅へ綺麗に積み上げられていく。
(まあ、俺は俺で適当にやっておくか)
ルシアの訓練になる範囲は残しつつ、それ以外の場所を手早く片づけていく。
もっとも、当のルシアは自分の作業に夢中で、そんなことにはまったく気づいていなかった。
「よいしょっ! ……あっ、また抜けました!」
《おお、いい調子じゃないか》
「はいっ! なんだか、どんどんコツが分かってきました!」
《そりゃ何よりだ。だが、魔力の使いすぎには気をつけろよ》
「はい、師匠!」
ルシアは元気よく返事をすると、次の雑草へと手を伸ばした。
こうして、弟子の地道な訓練と、師匠の人知れぬ手助けによって、荒れ果てた裏庭の雑草抜きは驚くべき速さで進んでいくのだった。




