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神猫の気ままな異世界旅  作者: 趣味の黒兎Z
1章 駆け出し冒険者と黒猫の師匠

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01-06 スキル獲得


 ――ズボッ!


「ふぅ……っ!」


 太い雑草を根元から引き抜き、ルシアは額に滲んだ汗を手の甲で拭った。


 足腰に魔力を巡らせて身体を支え、引き抜く瞬間だけ腕へ力を集中させる。


 最初は二つの動作を同時に行うだけでも精いっぱいだったが、何度も繰り返すうちに、少しずつ感覚が掴めてきていた。


「よしっ、次は……」


 そう呟いて顔を上げたルシアは、ぴたりと動きを止めた。


「……え?」


 目の前に広がっていた光景が、先ほどまでとはまるで違っていたのだ。


 あれほど鬱陶しく生い茂っていた膝丈の雑草が、綺麗さっぱりと姿を消している。


 露わになった黒い土はふかふかとしており、庭の隅には抜かれた雑草が小山のように積み上げられていた。


「え、えぇー……?」


 ルシアの口から、何とも気の抜けた声が漏れた。


 つい先ほどまで、あんなに苦労して一本ずつ抜いていたというのに。


 どう考えても、自分一人でここまで作業を進めた覚えはない。


 恐る恐る視線を横へ向ける。


 すると、木陰では一匹の黒猫が優雅に香箱座りをしながら、何食わぬ顔で前足をぺろぺろと舐めていた。


「…………」


 ルシアはじとっとした目で、その黒猫を見つめた。


「……師匠、やりましたね?」


《ん?》


 ナイトは琥珀色の瞳をぱちりと瞬かせた。


《ああ、ちょっと猫の手を貸してやっただけだ》


「ちょっと、ですか……?」


《ちょっとだろ。どうせならさっさと草を片づけた方が、石の作業もしやすいしな》


「うぅ……」


 あまりにもあっけらかんとした返答に、ルシアは小さく頬を膨らませた。


 自分が一生懸命取り組んでいる間に、師匠はほとんどの雑草を片づけてしまったらしい。


 それも、涼しい顔をしたままである。


 もっと自分でやってみたかった気持ちもあるが、手伝ってもらったこと自体はありがたい。


 ルシアは小さく息を吐いた。


「……ありがとうございます、師匠」


《おう》


 ナイトは短く答え、尻尾をひょいと揺らした。


 もっとも、ナイトが手を出したのは、単なる気まぐれだけが理由ではなかった。


(草抜きで教えたいことは、もう大体教えたしな)


 北通りでの側溝掃除を通して、ルシアは魔力を全身に巡らせる基礎を身につけつつあった。


 そして先ほどの雑草抜きでは、身体を支える場所と力を発揮する場所を分け、必要な部位へ魔力を流す感覚を掴み始めている。


 ここから先、同じ作業を延々と繰り返すよりも、異なる負荷を与えた方が訓練として効率がいい。


(次は、もっと重いものを扱わせてみるか)


 ナイトは前足を下ろし、庭のあちこちに転がっている石へ視線を向けた。


《ほら、ルシア。草は片づいたが、まだ本命が残ってるぞ》


「……あっ、庭石!」


《そういうことだ。次はあれを運ぶぞ》


 雑草がなくなったことで、地面に転がる庭石の全貌が明らかになっていた。


 大人の頭より一回り大きなものから、二回り以上も大きなものまで、大小さまざまな石が散らばっている。


 中には、半分ほど土に埋まっているものまであった。


「……お、重そうですね」


《そりゃ重いだろうな。だが、今のお前なら何とかなるはずだ》


 ナイトは立ち上がり、庭石の一つを尻尾で示した。


《まずは小さいやつからだ。いきなり一番大きいのを持ち上げようとするなよ》


「はい!」


 ルシアは気合を入れ直すと、手頃な庭石の前にしゃがみ込んだ。


 両手を石の下へ差し込み、しっかりと抱え込む。


 そして、足腰へ魔力を巡らせた。


(足をしっかり踏ん張って……腰を支えて……)


 雑草抜きのときと同じように、身体の土台を安定させる。


 それから腕へ魔力を集め、一気に持ち上げた。


「……ふんっ!」


 ずしり、と両腕へ重みが伝わる。


「お、重い……っ!」


 しかし、持ち上がらないほどではない。


 ルシアは石を胸の前で抱えたまま、慎重に一歩を踏み出した。


 足腰へ流す魔力を維持しながら、ゆっくりと庭の隅へ向かう。


 一歩、また一歩。


 やがて指定された石垣の前まで辿り着くと、膝を曲げて石を下ろした。


 ――ドスン!


「ふぅ……っ!」


 ルシアは大きく息を吐いた。


「運べました、師匠!」


《ああ、よくできたな》


 ナイトは満足げに頷いた。


《だが、持ち上げるときだけじゃなく、下ろすときも気を抜くなよ》


「下ろすときも、ですか?」


《そうだ。重いものを下ろす瞬間に力を抜けば、腰や膝へ一気に負担がかかる。持ち上げるときと同じくらい慎重にやれ》


「なるほど……!」


《それと、無理に腕だけで抱え込むな。できるだけ身体に近づけて運ぶんだ》


「はい!」


 ルシアは教わったことを頭の中で繰り返し、次の庭石へ向かった。


 二個、三個。


 石を運ぶたびに、少しずつ身体の使い方が洗練されていく。


 持ち上げる瞬間は足腰を安定させ、腕へ力を集める。


 運んでいる間は身体全体で重さを支え、下ろすときには膝を曲げてゆっくりと力を抜く。


 最初は一つひとつ意識しなければできなかった動作も、繰り返すうちに自然と繋がるようになってきた。


(いいな。魔力の流れがかなり滑らかになってる)


 ナイトは木陰からルシアの動きを観察していた。


(まだ〈部分強化〉と呼べるほど精密じゃないが、必要な場所へ魔力を集める感覚は掴めてきたみたいだな)


 〈部分強化〉は、【身体強化】を応用した技術だ。


 全身を一様に強化するのではなく、必要な瞬間に必要な部位だけを重点的に強化することで、魔力の消費を抑えながら効率よく力を発揮する。


 新たなスキルを獲得する必要はないが、その分、魔力操作の精度が求められる。


(まあ、今はまだ基礎の段階だ。焦らず覚えさせればいい)


 そんなことを考えている間にも、ルシアは次々と庭石を運んでいった。


 そして、ついに最後の一つが残った。


「……うわぁ」


 ルシアは思わず声を漏らした。


 それは、ほかの庭石よりも一回り大きな巨石だった。


 しかも、半分ほど地面に埋まっている。


 見るからに重そうで、簡単には動きそうにない。


《最後の一個だな》


「はい……でも、これ……」


《重そうか?》


「……すごく重そうです」


《だろうな》


 ナイトはあっさりと答えた。


《無理だと思ったらやめろ。持ち上げる前に、まず動くかどうか確かめてみろ》


「はい!」


 ルシアは巨石の前にしゃがみ込んだ。


 両手を岩肌へ当て、ぐっと力を込める。


「んん……っ!」


 しかし、びくともしない。


 土に埋まっているせいもあり、ほかの石とは比べものにならないほど重かった。


「うぅ……動きません……!」


《力任せに引っ張るな。まずは足場を固めろ》


 ナイトの念話が飛んでくる。


《それから、今までの動きを思い出せ。身体を守るための魔力と、力を出すための魔力。両方を意識するんだ》


「……はい!」


 ルシアは一度深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。


 へその下に意識を集中させる。


 そこから魔力を練り上げ、腰、太もも、膝、足の裏へと巡らせていく。


 身体の土台をしっかりと安定させる。


 次に、肩から両腕へ魔力を流した。


(足腰で支えて……腕に力を集める……)


 これまで何度も繰り返してきた動作だ。


 けれど、今回は必要な力がまるで違う。


 ルシアは巨石の下へ指を差し込み、身体全体で持ち上げるように力を込めた。


「――っ、せえのっ……!」


 ズズッ……!


「……!」


 巨石が、わずかに動いた。


(動いた……!)


 ルシアはさらに魔力を巡らせた。


 足腰を支える流れを維持しながら、腕へ流す魔力を強めていく。


 その瞬間だった。


 ――カチリ。


 何かが、身体の奥で噛み合ったような感覚がした。


(……あれ?)


 これまで、魔力を動かすたびに感じていたわずかな抵抗が消えている。


 魔力が、思い描いた通りに流れていく。


 身体のどこに、どれだけ力を込めればいいのか。


 頭で考えるより先に、身体が理解していた。


「……っ、えいっ!!」


 ズズズッ!


 巨石が土を押しのけ、ゆっくりと地面から持ち上がった。


「も、持ち上がった……!」


《よし! そのまま慌てず運べ!》


「はいっ!」


 ルシアは巨石を抱えたまま、慎重に歩き始めた。


 一歩、また一歩。


 石の重みが全身へ伝わってくるが、足腰はしっかりと支えられている。


 やがて石垣の前へ辿り着くと、膝を曲げてゆっくりと巨石を下ろした。


 ――ドスン!


 鈍い音とともに、地面がわずかに震えた。


「ふぅぅ……っ!」


 ルシアはその場で大きく息を吐いた。


「お、重かったぁ……!」


 しかし、不思議なことに、腰や膝に嫌な痛みはなかった。


 もちろん疲れはある。


 それでも、最初に雑草を引き抜いたときのような、身体を無理やり動かした感覚とはまるで違っていた。


「……あれ?」


 ルシアは自分の両手を見つめた。


「師匠……なんだか、さっきまでと違うんです」


《ほう?》


「魔力が……すごく動かしやすくなった気がします」


 ルシアは試しに、お腹の奥へ意識を向けた。


 すると、魔力がするりと腕へ流れていく。


「……わぁ」


 今度は足へ。


 続いて背中へ。


 どこへ流そうとしても、先ほどまでよりずっと滑らかに動いた。


「すごい……! 師匠、魔力が思い通りに動きます!」


《……ふむ》


 ナイトは琥珀色の瞳を細めた。


(お、ようやくか)


 どうやら、これまでの訓練が実を結んだらしい。


《よかったな、ルシア。今の感覚は忘れるなよ》


「はいっ!」


 ルシアは満面の笑みを浮かべた。



 ◇ ◇ ◇



「おーい、ルシアちゃん。様子を見に来たんだが……」


 勝手口から、トーマスが顔を覗かせた。


「……ん?」


 そして、庭を見渡した瞬間、その場で固まった。


「……おいおい、なんじゃこりゃあ……」


 つい先ほどまで雑草に覆われていた裏庭が、綺麗さっぱりと更地になっている。


 しかも、あちこちに転がっていた庭石は、すべて石垣の脇へまとめられていた。


「く、草が全部なくなっとる……!? それに、あの大石まで……!」


 トーマスは目を丸くした。


「ルシアちゃん、まさか……これを全部やったのかい?」


「あ、ええと……」


 ルシアは思わず視線を泳がせた。


 庭石を運んだのは、間違いなく自分だ。


 しかし、雑草の大半を片づけたのは、木陰で知らん顔をしている黒猫である。


「……はい! 一生懸命頑張ったら、何とかなりまして……えへへ……」


 何とも歯切れの悪い返事になってしまった。


 トーマスはそんな様子に気づくこともなく、感心したように何度も頷いた。


「いやあ、すごいねぇ! まさかこんなに早く終わるとは思わなかったよ!」


「えへへ……!」


「そうだ、ルシアちゃん。もしよかったら、残りの二区画もお願いできないかな?」


「残りの二区画、ですか?」


「ああ。もちろん、報酬はきっちり払うよ」


 ルシアは腕の中へ戻ってきたナイトに視線を落とした。


《受けていいぞ》


(はい!)


《今度は身体強化の使い方を意識しながら、無駄な魔力を使わず作業してみろ》


「はい!」


 ルシアは顔を上げ、元気よく答えた。


「もちろんです! 残りも頑張ります!」


「おお、ありがとう! 助かるよ!」


 こうして、残りの二区画の作業も引き受けることになった。


 そこからの作業は、驚くほど順調に進んだ。


 ルシアは庭石を運ぶ際、必要な瞬間だけ身体へ魔力を巡らせ、石を下ろした後は力を抜いて休ませる。


 最初は意識しなければ難しかった切り替えも、少しずつ自然にできるようになっていった。


 一方のナイトは、ルシアの訓練になる場所を残しながら、目立たない範囲で雑草を浮かせていく。


 もちろん、ルシアも時折その様子に気づいていた。


「……師匠、またやってますよね?」


《気のせいだろ》


「絶対、気のせいじゃないです……!」


《ほら、手を止めるな。まだ石が残ってるぞ》


「もう……!」


 そんなやり取りを交わしながらも、作業は着実に進んでいった。


 そして、太陽が西へ傾き始めた頃。


「……終わりました!」


 ついに、残りの二区画も綺麗に片づいた。


 トーマスはすっかり見違えた庭を眺め、感激したように何度も頷いた。


「いやあ……本当に全部終わっちまった!」


 そして、ルシアへ向き直る。


「ありがとう、ルシアちゃん! 約束の報酬は三区画で大銅貨六枚だけど……これだけ見事にやってくれたんだ。お礼に二枚上乗せして、大銅貨八枚払うよ!」


「えっ、いいんですか!?」


「もちろんだよ。おかげで本当に助かったからね」


「ありがとうございます!」


 トーマスは依頼の控えに完了のサインを書き込み、ルシアへ手渡した。


 こうして、二つ目の依頼も無事に完了したのだった。



 ◇ ◇ ◇



「はい、確かに確認いたしました!」


 夕暮れ時の冒険者ギルド。


 受付カウンターの向こうで、マリアがサイン入りの依頼用紙を確認していた。


「トーマスさんのお宅の裏庭清掃、全三区画の完了ですね! お疲れさまでした、ルシアさん!」


「ありがとうございます!」


 マリアはギルドの台帳へ記録を書き込み、ルシアのギルドカードを確認した。


「これで、北通りの側溝清掃が三十五区画、そして本日の裏庭清掃が三区画……」


 指先で記録を追いながら、にっこりと微笑む。


「ルシアさんの累計達成数は、三十八件になりました!」


「三十八件……!」


 ルシアは胸元の木製ギルドカードをぎゅっと握りしめた。


「はい! GランクからFランクへの昇格試験を受けるための目安は五十件ですから、もう少しですね!」


「五十件……あと十二件ですね!」


「その通りです!」


 マリアは嬉しそうに頷いた。


「見習い登録から、ここまで順調に依頼をこなせる方はなかなかいませんよ」


「えへへ……!」


 ルシアは照れくさそうに笑った。


「現在、掲示板に出ている全ランク共通の依頼だと、あとは東区の食糧倉庫の荷降ろし補助ですね」


「倉庫の荷降ろし……!」


「はい。もちろん、新しい依頼が入るのを待っていただいても大丈夫ですよ」


 そう言ってから、マリアは少し困ったように笑った。


「ただ、側溝掃除はほかの地区でも最近終わったばかりなので、しばらくは同じ依頼が出ないかもしれませんね」


 ルシアは腕の中のナイトを見下ろした。


《なら、次は荷降ろしだな》


(はい、師匠!)


《重い荷物を運ぶ仕事なら、今日覚えた身体強化の練習にもなる》


 ルシアは小さく頷くと、マリアへ向き直った。


「私、次は荷降ろしのお仕事をやってみたいです!」


「ふふっ、即決ですね!」


 マリアは楽しそうに笑った。


「この調子なら、五十件の達成もそう遠くないかもしれませんね」


「はい!」


「Fランクへの昇格試験に合格すれば、いよいよ街の外での依頼も受けられるようになります」


「街の外……!」


 ルシアの胸が、小さく高鳴った。


 今はまだ、街の中で雑用をこなす見習い冒険者。


 けれど、いつかは街の外へ出て、自分の力で冒険できるようになる。


 その日が、少しずつ近づいているのだ。


「私、絶対に合格してみせます!」


「ふふっ。応援していますよ、ルシアさん!」


 マリアの笑顔に見送られ、ルシアはギルドを後にした。



 ◇ ◇ ◇



 すっかり夜の帳が下りた街を歩き、二人は宿屋『猫の額』へ戻った。


 一階の食堂で温かいシチューと黒パンを平らげた後、二階の部屋へと上がる。


 小窓から差し込む青い月明かりの下、ベッドの端に腰掛けたルシアは、自分の小さな両手をじっと見つめていた。


「ふぅ……今日もたくさん動きましたね、師匠」


《ああ、よく頑張ったな》


 ナイトはベッドの上へ飛び乗ると、ちょこんと香箱座りをした。


《身体の調子はどうだ?》


「はい! 初日みたいに頭が痛くなったり、腰が重くなったりしてません」


 ルシアは嬉しそうに微笑んだ。


「それに、魔力がすごく動かしやすくなったんです。なんだか、身体の中に一本芯が通ったみたいで……!」


《ほう、そりゃよかったな》


 ナイトは満足げに頷いた。


 そして、意識を集中させる。


(さて……確認しておくか)


 ナイトは【鑑定】を使い、ルシアのステータスを確認した。


 不要な情報を省き、スキル欄だけを表示する。


 すると、そこには――。


 【魔力操作:1】

 【身体強化:1】


 新たに二つのスキルが追加されていた。


(おお、ちゃんと習得してるな)


 ナイトは内心で満足げに頷いた。


 側溝掃除で魔力を練り、全身へ巡らせる訓練を重ねた。


 そして今日、雑草を抜き、重い庭石を運ぶことで、魔力を使って身体を強化する感覚を掴んだ。


 その積み重ねが、ようやくスキルとして定着したのだ。


(【魔力操作】と【身体強化】、どちらもまだレベル1だが……十分な成果だな)


 この二つは、今後の戦闘や魔法の訓練にも欠かせない基礎となる。


 特に【身体強化】は、使い方次第で攻撃力だけでなく、防御力や機動力も大きく変わる。


 そして、その応用である〈部分強化〉を使いこなせるようになれば、魔力の消費を抑えながら、必要な場所だけを効率よく強化できるようになる。


(まあ、まずは全身の身体強化を安定して使えるようになることだな。細かい応用はそれからでいい)


 ナイトは鑑定を閉じ、ルシアへ視線を戻した。


《明日は食糧倉庫の荷降ろしだな》


「はい!」


《重い荷物を何時間も運ぶことになるだろうが、今日の感覚を忘れなければ何とかなるはずだ》


「はい! 身体強化を上手に使って、頑張ります!」


《ただし、無理はするなよ。魔力が切れかけたら休むんだ》


「分かりました!」


 ルシアは元気よく頷いた。


「それに、あと十二件で昇格試験を受けられるんですよね……!」


《ああ、そうらしいな》


「Fランクの昇格試験……どんなことをするんでしょうか?」


《さあな。実技か、座学か、それとも模擬戦か……》


 ナイトは尻尾をゆらりと揺らした。


《冒険者である以上、戦闘能力を試される可能性は高いだろうな》


「戦闘……」


《まあ、試験の内容はそのうち聞けばいい。今は目の前の依頼をこなすことだ》


「はい……!」


《それに、試験を受ける前には、戦うための訓練もしておかないとな》


「戦うための訓練……!」


 ルシアの瞳が期待に輝いた。


「私、もっと強くなりたいです!」


《ああ。焦らず一つずつ覚えていけばいい》


 ナイトは小さく欠伸をした。


《さて、今日はもう寝るぞ。明日も朝から仕事なんだろ》


「ふふっ、はい!」


 ルシアは柔らかな寝間着に着替えると、ベッドへ潜り込んだ。


「おやすみなさい、師匠」


《ああ、おやすみ》


 ナイトをそっと抱き寄せると、ルシアは間もなく穏やかな寝息を立て始めた。



 ◇ ◇ ◇



 翌日からの日々は、飛ぶように過ぎていった。


 東区の食糧倉庫で任されたのは、荷馬車から次々と運び込まれる穀物袋や木箱の荷降ろし作業だった。


 大人の男たちですら腰に手を当て、息を乱すような重労働。


 しかし、ルシアは庭仕事で掴んだ感覚を思い出しながら、着実に作業をこなしていった。


 重い荷物を持ち上げる瞬間には、足腰を支えながら腕へ魔力を巡らせる。


 運んでいる間は身体全体で重さを受け止め、荷物を下ろした後は余計な力を抜く。


 必要なときだけ魔力を強く流し、それ以外は消耗を抑える。


 そんな訓練を繰り返すうちに、魔力の切り替えは日を追うごとに滑らかになっていった。


 もちろん、最初からすべてが順調だったわけではない。


 魔力の配分を間違えて荷物を落としそうになったり、集中しすぎて疲れてしまったりすることもあった。


 そのたびにナイトの助言を受け、少しずつ身体の使い方を修正していく。


 そして、何日か経つ頃には、ほかの作業員たちからも感心されるほど、手際よく荷物を運べるようになっていた。


 最終日には、息を大きく乱すこともなく、予定されていた木箱をすべて運び終えることができた。


 こうして、日々の依頼と訓練を積み重ねた結果――。


 ルシアはついに、目標としていた五十件の依頼達成数に到達したのだった。

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