01-07 初めての街の外
言い訳:就活忙しい
1~10話少し変えました。内容に大きな変更はありません。
「五十件達成、おめでとうございます!」
冒険者ギルドの受付に、マリアの明るい声が響いた。
カウンターの上には、これまでの依頼達成記録がまとめられた書類が広げられている。その最後の欄には、東区の食糧倉庫で行った荷降ろし作業の完了印が押されていた。
「ありがとうございます!」
ルシアは嬉しそうに頭を下げる。その腕の中では、黒猫のナイトが満足げに尻尾を揺らしていた。
《よく頑張ったな。これでようやく次の段階だ》
「……はい! 師匠のおかげです!」
ルシアはナイトにだけ聞こえるよう小声で答え、胸元の木製ギルドカードをぎゅっと握りしめた。
「それでは、Fランクへの昇格試験についてご案内しますね」
マリアは書類を片付けると、別の用紙を取り出した。
「ちょうど三日後に、新人冒険者向けの合同実地講習が予定されています。ルシアさんも、そちらに参加していただくことになります」
「合同実地講習、ですか?」
「はい。十二歳以上で新規登録されたFランクの方々と、昇格を目指すGランクの方々が一緒に受ける講習です。経験豊富な冒険者が引率して、街の外での活動に必要な知識や技術を教えてくれるんですよ」
「街の外……!」
ルシアの赤い瞳が期待に輝く。
「今回の目的地は、東門から徒歩四時間ほどの場所にある小さな森です。薬草の採取や野営の基本を学び、三日目に帰還する予定となっています」
「お泊まりするんですね!」
「ふふ、そうですよ。もちろん、引率の方がついていますから安心してくださいね」
マリアは微笑みながら、一枚の紙を差し出した。
「集合は三日後の朝、東門前です。日が昇る頃には出発しますので、遅れないようにしてください。それから、水筒や寝具など、必要な道具は各自で用意していただきます」
「わかりました!」
《野営か。となると、装備を揃える必要があるな》
「お買い物ですね!」
《ああ。まずは道具屋に行くぞ》
ルシアはマリアにもう一度お礼を告げると、ナイトを抱き直してギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
「師匠! これなんてどうでしょう!」
ルシアが手に取ったのは、刃渡り二十センチほどの小ぶりなナイフだった。
店内には大小様々な刃物や水筒、革袋、野営用の道具が所狭しと並べられている。
《ふむ。ちょっと握ってみろ》
言われた通りに柄を握り、軽く構えてみる。
「どうですか?」
《少し大きいな。そっちの短いやつも試してみろ》
「はい!」
隣に並んでいた一回り小さなナイフに持ち替えると、今度は手にしっくりと馴染んだ。
《そっちの方が良さそうだな》
「じゃあ、これにします!」
「お嬢ちゃん、そいつはいい選択だぜ」
横から声をかけてきたのは、店主らしき中年の男だった。
「刃は短いが丈夫だし、薬草の根を切ったり、小動物を解体したりするには十分だ。手入れさえしてやれば長く使えるぞ」
「ありがとうございます!」
ルシアは嬉しそうにナイフを鞘へ収めた。
その後も、水筒や丈夫な革手袋、簡易的な寝具などを順番に選んでいく。
もっとも、ルシアが背負える荷物の量には限界がある。
「テントはどうしましょう?」
《今回は講習だからな。引率役が共同の野営道具を持ってくるはずだ。念のため確認しておくべきだったが……まあ、必要なら俺がどうにかする》
「師匠なら何でもできちゃいますもんね」
《だからといって、最初から頼るなよ?》
「えへへ……」
小さく笑うルシアに、ナイトは呆れたように尻尾を振った。
必要な道具を一通り揃えた頃には、財布もずいぶん軽くなっていた。
それでも、ルシアの表情は明るい。
これまで街中の仕事で少しずつ貯めてきた報酬が、初めて冒険者らしい装備へと変わったのだ。
店を出ると、ルシアは腰に下げたナイフの鞘をそっと撫でた。
「なんだか、本当に冒険者になったみたいです!」
《まだ見習いだがな》
「もうすぐ卒業です!」
《そうだな。試験に落ちなければ、だが》
「も、もう! 師匠!」
楽しげな声が、昼下がりの通りに響いた。
◇ ◇ ◇
そして三日後。
まだ朝靄の残る東門前には、十数人ほどの若者たちが集まっていた。
革鎧に身を包んだ少年、背中に弓を背負った少女、大きな荷物を抱えた青年。
年齢も装備も様々だが、どの顔にも期待と緊張が入り混じっている。
「わぁ……いっぱいいますね」
ルシアは周囲を見渡しながら、背負った荷物の紐を握り直した。
《思ったより人数が多いな》
ナイトはルシアの肩に乗り、集まった新人たちを眺めていた。
「おい、そこの嬢ちゃん!」
突然、野太い声が飛んできた。
振り返ると、そこには日に焼けた大柄な男が立っていた。
短く刈り込まれた白髪に、無精髭。頭には丸みを帯びた熊の耳が生え、腰の後ろからは短い尻尾が覗いている。使い込まれた革鎧の上からでも分かるほど、太い腕には無数の古傷が刻まれていた。
年の頃は五十代後半といったところだろうか。
「お前さんも講習の参加者か?」
「あ、はい! ルシアといいます!」
「ほう。ずいぶん小さいな。歳はいくつだ?」
「十一歳です!」
「十一……? ああ、Gランクからの昇格組か」
男は納得したように頷いた。
「俺はガルド。Cランクの冒険者だ。今回の講習は俺と、あそこにいる仲間たちで面倒を見る。よろしくな」
ガルドが顎で示した先には、装備を確認している三人の冒険者がいた。いずれもガルドと同じくらいの年齢で、落ち着いた雰囲気をまとっている。
「よろしくお願いします!」
「おう。元気があって結構!」
ガルドは豪快に笑うと、ルシアの肩に乗っている黒猫へ視線を向けた。
「それにしても、猫連れとは珍しいな。そいつはお前さんの従魔か?」
「えっと……はい! 私の大切な相棒です!」
(相棒、ねぇ)
ナイトが小さく喉を鳴らす。
「はっはっは! そうかそうか。まあ、森で迷子にさえならなきゃ構わんさ」
そう言ってガルドは他の参加者たちへと歩いていった。
その背中を見送りながら、ルシアは小さく息を吐く。
「ちょっと緊張しました……」
《悪い奴じゃなさそうだな。少なくとも、引率を任されるだけの経験はありそうだ》
ナイトの金色の瞳が、ガルドの背中を静かに追う。
歩き方に無駄がなく、周囲への警戒も自然に行っている。長年の冒険者生活で培われた習慣なのだろう。
やがて、ガルドが参加者全員を集めた。
「よし! 全員揃ったな!」
その一声で、ざわついていた新人たちが一斉に顔を上げる。
「これから三日間、お前らには街の外で生き延びるための基本を叩き込む! 薬草の採り方、野営の仕方、魔物との遭遇を避ける方法。どれも冒険者にとっちゃ大事なことだ!」
ガルドは参加者たちをぐるりと見渡した。
「一つだけ覚えとけ。今回の講習は魔物を倒すためのもんじゃねえ。危険を知って、生きて帰ってくるためのもんだ。勝手な行動は絶対にするなよ!」
「はい!」
新人たちの返事が重なった。
「よし、出発だ!」
ガルドが先頭に立ち、一行は東門へと歩き始めた。
◇ ◇ ◇
重厚な石造りの門を抜けると、そこには広大な草原が広がっていた。
遠くにはなだらかな丘陵が連なり、その先には小さな森の輪郭が見えている。
「わぁ……!」
ルシアは思わず声を上げた。
これまで街の中で生活していた彼女にとって、城壁の外に広がる景色は新鮮だった。
吹き抜ける風が髪を揺らし、草の香りが鼻をくすぐる。
「すごいです、師匠! どこまでも続いてます!」
《ああ。いい景色だな》
ナイトはルシアの肩の上で目を細めた。
もちろん、以前に訪れた大森林と比べれば、この辺りは随分と穏やかな土地だ。
それでも、ルシアにとっては初めて自分の足で踏み出す冒険の世界だった。
「ねえ、君!」
隣を歩いていた金髪の少年が声をかけてきた。
年齢は十三、四歳ほどだろうか。髪の間からは獅子の耳が覗き、腰の後ろでは房毛のついた尻尾が揺れている。腰には短剣を下げ、背中には使い込まれた革袋を背負っていた。
「その猫、ずっと肩に乗ってるの?」
「あ、はい! ナイトっていうんです!」
「へぇ、ナイトか。俺はレオン! よろしくな!」
「ルシアです! よろしくお願いします!」
レオンは興味津々といった様子でナイトを覗き込んだ。
「触ってもいい?」
《断れ》
「ご、ごめんなさい! この子、人に触られるのが苦手で……」
「そっか。残念!」
レオンはあっさり引き下がると、今度は自分の短剣を自慢げに見せ始めた。
「俺、親父に剣の扱いを教わってたんだ。森にも何度か連れていってもらったことがあるぜ!」
「そうなんですか! すごいですね!」
「まあ、まだ一人じゃ行かせてもらえないけどな。ほら、これ! 昨日、親父に買ってもらったんだ!」
レオンは腰に下げた短剣を、誇らしげに見せつけた。
「いつかでっかい魔物を倒して、親父を超える冒険者になるのが俺の夢なんだ!」
「わぁ……! 素敵な夢ですね!」
「へへっ、だろ? ルシアは?」
「私は……」
ルシアは少し考えてから、肩のナイトを見上げた。
「もっと強くなって、師匠と一緒にいろんな場所へ行きたいです!」
「師匠?」
「えっ!? あ、えっと……!」
慌てるルシアの肩で、ナイトが小さく欠伸をした。
《まったく……》
幸い、レオンはそれ以上深く追及しなかった。
「そっか! じゃあ、お互い頑張ろうぜ!」
「はい!」
そんな会話を交わしながら、一行は街道を進んでいく。
途中で何度か休憩を挟み、ガルドから道中の注意事項を聞きながら歩くこと、およそ四時間。
太陽が頭上近くまで昇った頃、ようやく目的地の森が見えてきた。
「よし、着いたぞ!」
ガルドが足を止めた。
目の前に広がるのは、背の低い木々が密集した比較的小さな森だった。
木々の隙間からは陽光が差し込み、鳥のさえずりも聞こえてくる。
「ここが今回の講習場所だ。奥へ行きすぎなきゃ危険な魔物もそうそう出ねえ。まずは荷物を置いて、少し休憩しろ!」
新人たちは安堵の息を吐きながら、次々と荷物を下ろしていく。
ルシアも近くの切り株に腰掛け、水筒を取り出した。
「ふぅ……結構歩きましたね」
《四時間だからな。よく頑張った》
「えへへ。身体強化のおかげか、思ったより疲れてません!」
《だからって無駄遣いするなよ。魔力は必要な時に使うもんだ》
「はい!」
ルシアは元気よく頷き、水筒に口をつけた。
その肩から、ナイトがひらりと地面へ降りる。
黒い尻尾をゆっくりと揺らしながら、森の奥へ金色の瞳を向けた。
風が吹き抜け、木々の葉がさわさわと音を立てる。
一見すれば、どこにでもある穏やかな森だ。
だが、その奥深く。
ナイトの鋭敏な感覚が、かすかな違和感を捉えていた。
通常の野生動物とも、縄張りを巡回する魔物とも異なる、不規則な気配。
それは一瞬だけ感知の端を掠め、すぐに遠ざかっていった。
ナイトはしばらく森の奥を見つめていたが、やがて何事もなかったようにルシアの元へ戻った。
「師匠? どうかしましたか?」
《いや、何でもない。ほら、休めるうちに休んでおけ》
「はい!」
ルシアは笑顔で頷き、再び水筒を手に取った。
こうして、彼女にとって初めてとなる街の外での実地講習が幕を開けた。
だが、森の奥で起きている異変は、少しずつ彼らのもとへと近づき始めていた。
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[名前]ルシア
[種族]真祖吸血鬼
[年齢]11歳
[職業]魔法使い
[技能]【生活魔法】【魔力操作:1】【身体強化:1】
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