01-08 森での実地講習
「よし、お前ら! 休憩は終わりだ! 全員こっちへ集まれ!」
ガルドの野太い声が、森の入口に響き渡った。
切り株に腰掛けていたルシアは、水筒の蓋を閉めて立ち上がった。
「師匠、いよいよ講習が始まりますね!」
《ああ。まずは何をやらせるつもりなのか、見ものだな》
ナイトはひらりとルシアの肩へ飛び乗り、集まっていく新人たちを眺めた。
森の入口に集まった参加者たちの前で、ガルドは太い腕を組んで立っていた。
「さて、ここからが本番だ。街を出る前にも言ったが、今回の講習で大事なのは、魔物を倒すことじゃねえ。危険を知り、生きて帰るための知識を身につけることだ」
ガルドは背後の森を親指で示した。
「まずは森での基本的な行動から教える。いいか、ここは街の外だ。比較的安全な森とはいえ、何が起こるか分からねえ」
その言葉に、新人たちの表情が引き締まる。
「特に気をつけろと言いたいのは、目の前のことに夢中になりすぎることだ。薬草を探してるうちに仲間とはぐれたり、足元ばかり見て獣が近づいてることに気づかなかったりする奴は珍しくねえ」
ガルドは一度言葉を切り、全員を見渡した。
「だから今日は、二人一組で薬草採取をしてもらう。互いに周囲を確認しながら行動するんだ」
「二人一組……」
ルシアが小さく呟いた、そのとき。
「なあ、ルシア!」
隣から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには街道で話した獅子獣人の少年、レオンが立っていた。
「よかったら、俺と組まないか?」
「レオン! はい、ぜひ!」
「よし、決まりだな!」
レオンは嬉しそうに笑った。
ルシアもつられて笑顔になる。
そんな二人を、ナイトは肩の上から静かに眺めていた。
(ふむ。さっそく友達ができそうだな)
ナイトは満足げに尻尾を揺らした。
◇ ◇ ◇
「よし、組み合わせは決まったな!」
新人たちが二人一組になったことを確認すると、ガルドは腰に下げた革袋から一本の草を取り出した。
「今日お前らに採ってもらうのは、こいつだ」
ガルドが掲げたのは、細長い葉をつけた小さな植物だった。
「『癒し草』っていう、傷薬の材料になる薬草だ。この辺りの森じゃ珍しくねえが、よく似た草も生えてるから注意しろよ」
そう言って、もう一本の草を取り出す。
二本を並べて見せられたルシアは、思わず首を傾げた。
「……同じに見えます」
「だろうな。だが、よく見てみろ」
ガルドは二本の葉を指で広げた。
「こっちの癒し草は、葉の縁に細かいギザギザがある。それから、茎の根元が少し赤い」
続いて、もう一方を示す。
「で、こっちが『苦葉草』だ。葉の縁が滑らかで、茎も根元まで緑色をしてる。見た目は似てるが、傷薬の材料にはならねえ」
新人たちは次々に身を乗り出し、二本の草を見比べた。
「なるほど……」
ルシアも懸命に特徴を覚えようとする。
《葉だけじゃなく、茎まで確認するんだぞ》
(はい、師匠!)
「それから、採るときは根まで引っこ抜くな。必要なのは葉と茎だ。根を残しておけば、また生えてくるからな」
その言葉に、ルシアは少し驚いた。
これまで取り組んできた庭仕事では、雑草を根から引き抜くことが大切だった。
けれど、薬草採取では逆らしい。
(同じ草を採る仕事でも、やり方が違うんですね……)
「採取する範囲は、ここから見える倒木の辺りまでだ。それより奥には入るな。分からない草があったら、勝手に採らずに俺たちに確認しろ」
ガルドは周囲を見渡した。
「それと、採取に夢中になって周りが見えなくなるなよ。二人で互いの様子を確認しながら動け。いいな!」
「「「はい!」」」
「よし、始めろ!」
その合図とともに、新人たちはそれぞれ森の中へと散っていった。
「ルシア、俺たちも行こうぜ!」
「はい!」
レオンに促され、ルシアも歩き始める。
ナイトはルシアの肩からひらりと飛び降り、二人の後をついていった。
《さて、俺は見物させてもらうか》
「師匠も一緒に探してくれないんですか?」
《今日はお前の講習だろうが。俺が見つけても意味ないだろ》
「それは……そうですね」
ルシアは苦笑しながら頷いた。
レオンは二人のやり取りには気づかず、足元の草を眺めている。
「この辺り、親父と来たことがあるんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。薪拾いとか、山菜採りとかな。だから、少しは役に立てると思うぜ」
「それなら心強いです!」
「へへっ、任せとけ!」
得意げに胸を張ったレオンだったが、すぐに付け加えた。
「……まあ、癒し草を探したことはないんだけどな」
「ふふっ」
「な、なんだよ!」
「いえ、何でもありません!」
二人は顔を見合わせて笑った。
そんな様子を眺めながら、ナイトはのんびりと尻尾を揺らしていた。
◇ ◇ ◇
「……あっ! これじゃないですか?」
しばらく歩いたところで、ルシアが木の根元を指差した。
そこには、細長い葉をつけた植物が何本か生えている。
「おっ、どれどれ?」
レオンが隣にしゃがみ込んだ。
二人はガルドの説明を思い出しながら、葉を観察する。
「葉っぱの形は似てますね」
「ああ。でも、ちょっと待てよ……」
レオンは葉の縁を指でそっとなぞった。
「これ、ギザギザしてなくないか?」
「……本当ですね」
ルシアも顔を近づける。
確かに、葉の縁は滑らかだった。
「茎の根元も……緑色です」
「じゃあ、苦葉草の方か」
「そうみたいですね……」
ルシアは少し残念そうに肩を落とした。
そして、足元で座っているナイトへ視線を向ける。
「師匠、これで合ってますか?」
《さあな》
「えっ?」
《ガルドの説明と比べて、どう思ったんだ?》
「えっと……葉っぱの縁が滑らかで、茎も緑色なので、苦葉草だと思います」
《なら、それでいいだろ》
「でも、間違ってたら……」
《間違えるのが怖いなら、ガルドに確認すればいい。俺に答えを聞くより、その方が講習になる》
「……はい!」
ルシアは小さく頷いた。
すると、隣で話を聞いていたレオンが不思議そうな顔をした。
「どうした? ルシア」
「あっ、いえ! 何でもありません!」
「そうか? まあ、これは違いそうだし、別の場所を探してみようぜ」
「はい!」
レオンは立ち上がると、木々の間から日が差している場所を指差した。
「向こう、少し開けてるな。ああいうところの方が草も探しやすいと思う」
「じゃあ、行ってみましょう!」
二人は再び歩き始めた。
ナイトもその後ろをついていく。
(ふむ。なかなか悪くないな)
レオンは森に慣れているだけあって、歩く場所の選び方がうまい。
足元の枝や石を避け、時折周囲を見回すことも忘れていない。
もっとも、魔物との戦闘経験がない以上、実際に何かが現れたときにどう動けるかは分からない。
(そこは、これから経験を積むしかないか)
ナイトはそんなことを考えながら、木漏れ日の中を歩いていった。
◇ ◇ ◇
「あっ、ありました!」
ルシアが声を上げた。
少し開けた場所に出たところで、先ほどとよく似た植物を見つけたのだ。
今度は一本だけではなく、何本もまとまって生えている。
「おお! 結構あるな!」
レオンも嬉しそうにしゃがみ込んだ。
「でも、ちゃんと確認しないとな」
「はい!」
ルシアは慎重に葉を持ち上げた。
細長い葉の縁には、小さなギザギザが並んでいる。
茎の根元も、ほんのりと赤みを帯びていた。
「葉っぱはギザギザしていて……茎の根元は赤いです!」
「こっちも同じだ。たぶん癒し草だな!」
二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、採ってみましょうか!」
「おう!」
ルシアは腰に下げたナイフを取り出した。
店で選んだ、小ぶりな採取用のナイフだ。
茎を傷めないように気をつけながら、根元より少し上に刃を当てる。
しかし、慣れない作業のせいか、思ったように切れない。
「……あれ?」
「もう少し茎を押さえた方がいいんじゃないか?」
「なるほど……」
レオンの助言に従い、片手で茎を軽く支える。
そして、ゆっくりと刃を動かした。
ぷつり。
「あっ、切れました!」
「おお、やったな!」
ルシアは嬉しそうに採り取った草を持ち上げた。
根はきちんと地面に残っている。
「これで大丈夫でしょうか?」
「たぶんな。俺もやってみる」
レオンも自分のナイフを取り出し、隣の草を切り始めた。
さすがに刃物の扱いには慣れているらしく、手際よく茎を切っていく。
「レオン、上手ですね!」
「親父に散々やらされたからな。薪を削ったり、獲物の皮を剥いだり」
「獲物の皮……?」
「ああ。親父が狩ってきた兎とかだよ。最初は失敗ばっかりだったけどな」
「すごいです……」
ルシアは感心したように頷いた。
自分より一つ年上なだけなのに、レオンは知らないことをたくさん知っている。
その一方で、レオンはルシアの手元を見て首を傾げた。
「そういや、ルシアって結構器用だよな」
「えっ?」
「ナイフは慣れてないみたいだけど、手元がぶれないっていうか……」
「そうでしょうか?」
ルシアは自分の手を見つめた。
これまでの依頼で、魔力を身体に巡らせる練習を何度も繰り返してきた。
今も無意識のうちに、わずかな魔力が腕へ流れている。
(……あっ)
ルシアは慌てて魔力の流れを抑えた。
《別に使っても構わんぞ》
(でも、今日は普通に採取する練習ですから……)
《ほう》
ナイトは少し感心したように目を細めた。
《自分でそう判断したなら、それでいい》
(はい!)
ルシアは小さく微笑むと、再び薬草の採取に集中した。
それから二人は、一本ずつ特徴を確認しながら採取を続けた。
途中で苦葉草が混じっているのを見つけたり、根元から切りすぎそうになったりもしたが、そのたびに相談して作業を進めていく。
やがて、二人の手元には十数本の薬草が集まっていた。
「結構採れましたね!」
「ああ! そろそろガルドさんに見てもらおうぜ」
「はい!」
二人は採取した草を丁寧にまとめ、ガルドのいる場所へと戻った。
◇ ◇ ◇
「ほう、なかなか採ってきたじゃねえか」
ガルドは二人が差し出した薬草を受け取ると、一本ずつ確認し始めた。
「……うむ。こいつは癒し草だな。こっちも問題ねえ」
ルシアとレオンは、期待に満ちた表情でその手元を見つめていた。
しかし、途中でガルドの手が止まる。
「おっと。こいつは違うな」
「えっ!?」
ルシアが驚いて声を上げた。
ガルドが取り出した一本は、確かに癒し草によく似ていた。
「こいつは苦葉草だ。葉の縁は似てるが、茎の色が違うだろ?」
「あっ……本当だ」
レオンが悔しそうに呟く。
「すみません……」
ルシアも肩を落とした。
だが、ガルドは豪快に笑った。
「はっはっは! 謝ることじゃねえ!」
「えっ?」
「だからこそ、こうして講習を受けてるんだろうが。最初から全部分かる奴なんざいねえよ」
ガルドは間違っていた一本を脇へ置いた。
「大事なのは、分からねえものを分かったつもりで扱わねえことだ。特に薬草はな。似たような見た目でも、毒を持ってる奴だっている」
「……はい!」
「それに、二人でこれだけ採れりゃ十分だ。よくやったな!」
「ありがとうございます!」
ルシアとレオンは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
その様子を少し離れた場所から眺めながら、ナイトは小さく欠伸をした。
(まあ、初めてにしちゃ上出来か)
何より、ルシアが自分で考え、レオンと相談しながら行動していた。
それがナイトにとっては、薬草を何本採れたかよりも重要だった。
(さて、次は何をやらせるのやら)
黒猫は尻尾をゆっくりと揺らした。
その頃には太陽も西へ傾き始め、森の中には少しずつ長い影が伸びていた。
「よし! 薬草採取はここまでだ!」
ガルドの声が響き渡る。
「これから野営の準備に入るぞ! 暗くなる前に寝床を確保しねえと、面倒なことになるからな!」
新人たちは慌ただしく荷物をまとめ始めた。
ルシアも採取道具を片付け、レオンとともに立ち上がる。
「野営って、初めてです!」
「俺も親父と森に来たことはあるけど、泊まったことはねえんだよな」
「そうなんですね!」
「ああ。だから、ちょっと楽しみだ!」
「私もです!」
二人は笑顔で頷き合った。
そんな二人の足元で、ナイトはのんびりと身体を伸ばす。
《さて、今夜はどんな寝床になることやら。最悪、木の上を覚悟するか》
どうやら黒猫にとっては、野営の技術よりも寝心地の方が気になるらしい。
◇ ◇ ◇
「まずは野営する場所を決めるぞ!」
ガルドの声に従い、新人たちは森の入口に近い開けた場所へと移動した。
そこは周囲より少し高くなっており、地面には短い草が生えている。木々の間隔も広く、空を見上げれば夕日に染まり始めた雲がよく見えた。
「ここなら、テントを張る場所にも困らなさそうですね!」
ルシアが周囲を見回しながら言った。
「そうだな。地面も平らだし、いい場所だと思うぜ」
レオンも頷く。
しかし、そんな二人の会話を聞いていたガルドが、にやりと笑った。
「ほう。じゃあ、お前らに聞くが、野営場所を選ぶときに何を確認する必要がある?」
「えっ?」
突然の質問に、ルシアは目を丸くした。
「えっと……地面が平らなところ、でしょうか?」
「それも一つだな。他には?」
「……あまり暗くない場所、とか?」
「ふむ。レオン、お前はどうだ?」
名前を呼ばれたレオンは、少し考えてから口を開いた。
「水が溜まりやすい場所は避けた方がいいって、親父に教わりました」
「おう、正解だ!」
ガルドは満足げに頷いた。
「雨が降ったとき、周囲の水が流れ込むような窪地に寝床を作っちまうと、ひどい目に遭うからな」
そう言って、足元の地面を軽く踏みつける。
「他にも、頭上に枯れ枝がないか、獣の通り道になっていないか、近くに危険な巣穴がないか。確認することはいくらでもある」
「そんなに……」
ルシアは思わず周囲を見渡した。
ただ平らで寝やすそうな場所を選べばいいと思っていたが、どうやらそう簡単な話ではないらしい。
《野営場所を選ぶのも立派な技術ってことだな》
「師匠は、こういうのも詳しいんですか?」
《まあ、それなりにな》
「さすが師匠です!」
《……お前もちゃんと覚えろよ》
「は、はい!」
小声で話すルシアにナイトは小さく息を吐いた。
もっとも、ナイト自身は魔法やインベントリを使えば、野営場所に困ることなどほとんどない。
それでも、ルシアがいつでも自分と一緒にいるとは限らないのだ。
最低限の知識くらいは身につけておいて損はないだろう。
「それじゃあ、準備を始めるぞ!」
ガルドが手を叩いた。
「テントを張る組、薪を集める組、周囲の安全を確認する組に分かれてもらう。もちろん、危険な場所には俺たちが同行するから安心しろ」
新人たちはそれぞれ指示された役割へと散っていった。
ルシアとレオンが任されたのは、薪集めだった。
「薪なら任せろ!」
レオンは嬉しそうに胸を張った。
「親父と何度もやってるからな!」
「頼りにしてます!」
「おう!」
二人はガルドから薪を集める範囲と注意事項を聞くと、野営地の近くへ歩き始めた。
もちろん、ナイトも一緒である。
◇ ◇ ◇
「薪にするなら、こういう乾いた枝がいいんだ」
レオンは地面に落ちていた枝を一本拾い上げた。
両手で軽く力を加えると、ぱきりと乾いた音を立てて折れる。
「ほら、こういうのは燃えやすいんだぜ」
「なるほど……!」
ルシアも近くに落ちていた枝を拾った。
しかし、折ろうとしてもなかなか折れない。
「……あれ?」
「それ、まだ湿ってるんじゃないか?」
「そうなんですか?」
「ああ。湿った枝は燃えにくいし、煙も多くなるんだ」
「へぇ……!」
ルシアは感心したように頷いた。
同じように見える枝でも、焚き火に向いているものとそうでないものがあるらしい。
「師匠、知ってましたか?」
《知ってるぞ》
「やっぱり!」
《だが、俺に聞くよりレオンに教わった方が早そうだな》
「えへへ、そうですね!」
ルシアはレオンの隣にしゃがみ込み、枝の見分け方を教わりながら薪を集め始めた。
細い枝は火をつけるために。
少し太い枝は、火を長く燃やすために。
レオンは慣れた手つきで枝を選び、種類ごとに分けていく。
ルシアも見よう見まねで手を動かした。
「これならどうでしょう?」
「おっ、いいんじゃないか?」
「じゃあ、こっちは?」
「それはちょっと湿ってるな」
「むぅ……難しいです」
「慣れればすぐ分かるようになるって!」
レオンは笑いながら答えた。
しばらくして、二人の足元にはかなりの量の薪が集まっていた。
「これくらいあれば十分かな?」
「そうですね。でも、どうやって運びましょう?」
ルシアは積み上がった薪を見つめた。
細い枝ばかりとはいえ、これだけの量になると一度に抱えるのは難しそうだ。
「何回かに分けて運ぶしかないかな」
レオンがそう言ったところで、ルシアは腕の中に収まる程度の薪を抱え上げた。
「それじゃあ、まずはこれを……」
しかし、持ち上げた拍子に一本が滑り落ちる。
「あっ!」
慌てて拾おうとすると、今度は別の枝が落ちた。
「うぅ……」
《何やってんだ、お前は》
「だ、だって……!」
ルシアは困ったようにナイトを見た。
《無理して一度に持とうとするな。何回かに分けりゃいいだろ》
「……はい」
しゅんと肩を落とすルシアに、レオンが声をかけた。
「なあ、ルシア。紐とか持ってないか?」
「紐、ですか?」
「ああ。枝をまとめて縛れば、運びやすくなると思うんだ」
「あっ! あります!」
ルシアは腰の革袋から、道具屋で購入した丈夫な紐を取り出した。
「おお、準備いいな!」
「師匠に、いろいろ持っておいた方がいいって教わったんです!」
「へえ。やっぱり、その師匠って人、すごいんだな」
「はい! とっても!」
ルシアは嬉しそうに頷いた。
足元のナイトは、何とも言えない顔で尻尾を揺らしている。
(……まあ、間違っちゃいないが)
レオンは紐を受け取ると、薪を一束にまとめて縛り始めた。
ルシアもその手元を覗き込み、結び方を教わる。
何度かやり直しながら、ようやく二つの薪束が完成した。
「よし、これで運びやすくなったな!」
「すごいです!」
「へへっ。じゃあ、戻ろうぜ!」
「はい!」
二人はそれぞれ薪束を抱え、野営地へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
野営地へ戻る頃には、すでにいくつかのテントが張られていた。
ガルドたち引率役が用意した共同の野営道具を使い、新人たちが協力して設営したらしい。
「おう、戻ったか!」
ガルドが二人に声をかけた。
「薪は集まったか?」
「はい!」
レオンが抱えていた薪束を下ろす。
続いてルシアも薪を置くと、ガルドは満足げに頷いた。
「ほう、ちゃんと乾いた枝を選んでるじゃねえか」
「レオンに教えてもらいました!」
「そうか。レオン、お前は薪拾いに慣れてるみてえだな」
「親父に仕込まれました!」
「はっはっは! いい親父さんじゃねえか!」
ガルドは豪快に笑った。
「だが、覚えとけよ。森じゃ知識がある奴が、それを知らねえ仲間に教えることも大事だ。自分だけできても、仲間が困ってりゃ意味がねえからな」
「はい!」
二人は揃って返事をした。
「よし。じゃあ、次は焚き火の準備だ!」
ガルドに促され、二人はほかの新人たちとともに焚き火を囲むように集まった。
地面にはすでに、石で囲まれた焚き火の場所が用意されている。
「まずは細い枝からだ。いきなり太い薪に火をつけようとしても、そう簡単には燃えねえ」
ガルドは乾いた草と細い枝を組み合わせ、火をつける準備を進めていく。
「火が安定してきたら、少しずつ太い薪を足していく。欲張って一度に放り込むなよ」
新人たちは真剣な表情でその手元を見つめていた。
やがて、ガルドが火打ち道具を使って火をつける。
小さな火種が乾いた草へと移り、ゆっくりと炎が広がっていった。
「わぁ……!」
ルシアが目を輝かせる。
ぱちぱちと音を立てながら、細い枝に火が移っていく。
「魔法を使わなくても、こうやって火を起こせるんですね!」
「そりゃそうだろ。魔法が使えねえ奴だっているんだからな」
レオンが笑った。
「あっ、そうですよね!」
ルシアは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
《便利な魔法に慣れすぎるのも考えものだな》
(うぅ……気をつけます)
ナイトはそんな弟子の様子を眺めながら、焚き火の近くに腰を下ろした。
炎の熱が、黒い毛並みをじんわりと温めてくる。
(……ふむ。悪くない)
どうやら、ここはなかなか居心地がよさそうだ。
◇ ◇ ◇
日が沈む頃には、野営の準備も一通り整っていた。
テントが並び、その中央では焚き火が赤々と燃えている。
ガルドたちが用意した鍋からは、食欲をそそる香りが漂っていた。
「よし! 飯にするぞ!」
その声に、新人たちの顔がぱっと明るくなる。
四時間の移動に薬草採取、そして野営準備。
慣れない作業を続けてきたせいか、誰もが腹を空かせていた。
「いい匂いですね、師匠!」
《ああ。腹が減ってるときの飯は格別だからな》
「えへへ、楽しみです!」
ルシアは配られた木の器を両手で受け取った。
中には、野菜と干し肉が入った温かなスープが注がれている。
それに、少し硬めの黒パンが一切れ。
決して豪華な食事ではない。
それでも、森の中で仲間たちと囲む食卓は、街の宿で食べる夕食とはまた違った特別なものに感じられた。
「いただきます!」
ルシアは嬉しそうにスープを口へ運んだ。
「……おいしい!」
「だろ?」
隣に座ったレオンが笑った。
「外で食う飯って、なんかうまいんだよな!」
「はい!」
二人は顔を見合わせて笑う。
焚き火の炎がぱちぱちと音を立て、周囲には新人たちの楽しげな声が響いていた。
その足元で、ナイトは丸くなっている。
(……こういうのも、悪くないな)
温かな炎。
森を渡る夜風。
そして、楽しそうに笑う弟子の声。
ナイトはゆっくりと目を細めた。
初めての野営の夜は、穏やかに更けていこうとしていた。
◇ ◇ ◇
「ふぅ……ごちそうさまでした!」
ルシアは空になった器を膝の上に置き、満足そうに息を吐いた。
野菜と干し肉のスープに、少し硬い黒パン。
普段の宿で食べる夕食とそれほど変わらない献立だったが、一日中歩き回った後の食事は格別だった。
「結構うまかったな!」
隣に座っていたレオンも、最後のパンを口に放り込んだ。
「はい! お外で食べるご飯って、なんだか特別ですね!」
「だろ? 親父と森に来たときも、昼飯が楽しみだったんだよな」
「レオンのお父さんって、どんな人なんですか?」
「ん? 親父か?」
レオンは少し考えるように首を傾げた。
「……でかくて、強くて、めちゃくちゃ厳しい人かな」
「厳しいんですか?」
「ああ! 剣の稽古じゃ全然手加減してくれねえし、走り込みでへばったら、あと少しだって言ってくるしさ」
「そ、それは大変そうですね……」
「まあな。でも、俺が冒険者になりたいって言ったときは、ちゃんと応援してくれたんだ」
レオンは照れくさそうに笑った。
「十二歳になって登録できるようになったら、まずは講習を受けてこいって。森を知ってるのと、冒険者として森に入るのは違うからってさ」
「……いいお父さんですね」
「へへっ。まあ、そうだな!」
レオンは嬉しそうに頷いた。
ルシアも微笑みを返したが、その笑顔がほんの少しだけ陰る。
家族の話を聞くと、どうしても両親のことを思い出してしまう。
優しかった父と母。
もう二度と会うことのできない、大切な人たち。
「……ルシア?」
「あっ、何でもありません!」
心配そうに覗き込んできたレオンへ、ルシアは慌てて笑顔を向けた。
そのとき、足元にいたナイトが立ち上がり、ルシアの膝へひょいと飛び乗った。
「わっ!」
突然のことに驚きながらも、ルシアは反射的に黒猫を抱き留める。
ナイトはそのまま膝の上で丸くなり、当然のように目を閉じた。
ルシアは小さく笑い、ナイトの背中をそっと撫で始めた。
指先に伝わる柔らかな毛並み。
規則正しく響く、小さな喉の音。
それだけで、胸の奥に広がりかけていた寂しさが、少しずつ和らいでいくような気がした。
「……ふふっ」
「おっ、ナイトって結構甘えん坊なんだな」
レオンが笑いながら言った。
《誰が甘えん坊だ》
ナイトの尻尾がぴくりと動く。
「えへへ」
《おい》
ルシアは思わず笑ってしまった。
レオンもつられて笑う。
焚き火の向こうでは、ほかの新人たちも思い思いに会話を楽しんでいた。
初めての野営に緊張していた者たちも、今ではすっかり打ち解けているようだった。
◇ ◇ ◇
「おう、お前ら! そろそろ片付けるぞ!」
ガルドの声が響いた。
新人たちは食器をまとめ、順番に洗い場へと運んでいく。
ルシアとレオンも食器を片付けると、再び焚き火のそばへ戻った。
その頃には空もすっかり暗くなり、木々の向こうには無数の星が瞬いていた。
「わぁ……!」
ルシアは思わず空を見上げた。
街では建物や明かりに遮られていた星々が、ここでは驚くほどはっきりと見える。
「すごいですね、師匠!」
《ああ。なかなか綺麗だな》
ナイトもルシアの腕の中から夜空を見上げた。
澄んだ空気の向こうで、大小さまざまな星が静かに輝いている。
しばらくその景色を眺めていると、ガルドが再び新人たちを集めた。
「さて、飯も食ったことだし、寝る前にもう一つ教えておくことがある」
ガルドは手に持っていた小さな木箱を開けた。
中には、細長く固められた茶色い棒が何本も入っている。
「これは魔除けのお香だ」
「魔除け……?」
ルシアが首を傾げる。
「そうだ。火をつけると独特の匂いが出てな。多くの魔物はその匂いを嫌がって近づかなくなる」
ガルドは一本を取り出し、新人たちに見せた。
「街の外で野営するときには、こういう道具を使うこともある。特に、魔物の出る森じゃ役に立つぞ」
「へぇ……!」
ルシアは興味深そうにお香を見つめた。
「それがあれば、魔物は来ないんですか?」
「いや、そこが大事なところだ」
ガルドは首を横に振った。
「魔除けっつっても、万能じゃねえ。効きにくい魔物もいりゃ、腹を空かせて匂いを無視する奴だっている」
そこで一度言葉を切り、新人たちを見渡す。
「だから、これを焚いたからって安心して寝こけるんじゃねえぞ。野営で一番大事なのは、周囲への警戒を怠らねえことだ」
「なるほど……」
ルシアは真剣な表情で頷いた。
「それで、今夜の見張りだが……」
ガルドは焚き火のそばに腰を下ろした。
「今回は俺たち引率役が交代で担当する。お前らは明日も講習があるから、しっかり休んでおけ」
「えっ、私たちは見張りをしなくていいんですか?」
ルシアが尋ねると、ガルドは豪快に笑った。
「はっはっは! 初日から全部やらせてたら、明日の講習でへばっちまうだろうが!」
そう言って、太い腕を組む。
「ただし、今夜は見張りのやり方も見ておけ。火の管理、周囲の確認、異常があったときの知らせ方。覚えることはいくらでもあるからな」
「はい!」
「それと、夜中に一人で森へ入るのは絶対に禁止だ。用を足すときも、必ず引率役に声をかけろ。いいな!」
新人たちは揃って返事をした。
その後、ガルドたちは野営地の周囲に魔除けのお香を設置していった。
火をつけられたお香からは、細い煙がゆっくりと立ち上っている。
風に乗って漂ってきた匂いに、ルシアは小さく鼻をひくつかせた。
「……ちょっと変わった匂いですね」
《そうだな》
ナイトも鼻先を動かした。
薬草を何種類か混ぜ合わせたような、独特の香りがする。
人間には多少気になる程度だろうが、嗅覚の鋭い獣や魔物にとっては、あまり好ましくない匂いなのかもしれない。
(ふむ。かなり初心者向けの道具だな。レベル30以下を寄せ付けないものか)
ナイトは興味深そうに煙を眺め、自分に効果がないことを実感した。
(俺が女神に挑んだのはレベル1800、当時の限界。お香が利かないのはレベルによるものか、俺が亜神だからか)
そんな考察をしているところにルシアがやってきた。
「師匠、そろそろ寝ましょうか?」
《ああ。明日も歩き回るんだろうしな》
「はい!」
ルシアはナイトを抱き直し、割り当てられたテントへと向かった。
◇ ◇ ◇
テントの中は、思っていたよりも狭かった。
地面には簡単な敷物が敷かれ、その上に持参した寝具を広げるようになっている。
ルシアは荷物を下ろすと、寝具を取り出した。
「よいしょ……っと」
慣れない手つきで敷物を整え、毛布を広げていく。
その様子を、ナイトは入口のそばに座って眺めていた。
《もう少し端に寄せた方がいいんじゃないか?》
「えっ? あっ、本当ですね!」
ルシアは慌てて寝具を動かした。
「これでどうですか?」
《うむ。いいんじゃないか》
「えへへ……ありがとうございます!」
ようやく準備を終えたルシアは、ほっと息を吐いた。
昼間の移動に薬草採取、薪集め。
身体強化のおかげで大きな疲労は感じていなかったが、こうして座ってみると、思っていた以上に身体が重い。
「……なんだか、眠くなってきました」
《そりゃそうだろ。今日は随分動いたからな》
「はい……」
ルシアは小さく欠伸をした。
そして、ふと思い出したようにナイトを見つめる。
「師匠」
《ん?》
「今日は、ありがとうございました」
《何がだ?》
「薬草のこととか、野営のこととか……いろいろ教えてもらえて、楽しかったです」
《俺は大して何もしてないがな》
「そんなことないですよ!」
ルシアは笑った。
「それに、レオンとも仲良くなれました!」
《そうだな》
「明日も、楽しみです!」
そう言って、ルシアは毛布の中へ潜り込んだ。
ナイトもその隣へ歩いていき、空いている場所に丸くなる。
「おやすみなさい、師匠」
《ああ、おやすみ》
ルシアはそっと目を閉じた。
外からは、焚き火の薪が爆ぜる音と、遠くで鳴く虫の声が聞こえてくる。
初めての野営。
慣れない寝床。
それでも、すぐそばにナイトがいるという安心感からか、ルシアはほどなくして穏やかな寝息を立て始めた。
ナイトはしばらくその寝顔を眺めていたが、やがて静かに立ち上がった。
(……さて)
音を立てないようにテントを抜け出し、夜の野営地へと歩いていく。
焚き火のそばでは、ガルドが椅子代わりの丸太に腰掛けていた。
手には水筒を持ち、時折周囲へ視線を巡らせている。
「ん? なんだ、猫か」
近づいてきたナイトに気づき、ガルドが小さく笑った。
「嬢ちゃんはもう寝たのか?」
「にゃあ」
「そうかそうか。今日は疲れただろうからな」
ガルドはそう言うと、再び森へ視線を向けた。
「お前さんも、あんまり遠くへ行くんじゃねえぞ」
ナイトは尻尾を一度だけ揺らし、その場を離れた。
(……さて、昼間のあれは何だったんだろうな)
野営地の端まで歩き、森の奥へ金色の瞳を向ける。
昼間、ほんの一瞬だけ感知の端を掠めた、不規則な気配。
あれからしばらく経つが、同じような反応は確認できていなかった。
ナイトは意識を広げ、周囲の気配を探る。
木々の間を動く小動物。
枝の上で羽を休める鳥。
少し離れた場所を歩く、数匹の野生動物。
そのどれもが、特に変わった様子を見せていない。
(……ふむ)
今のところ、野営地へ近づいてくる危険な存在はいない。
ガルドたちも周囲を警戒しており、魔除けのお香も問題なく機能しているようだった。
(さて、昼間のあれは……)
ナイトはさらに意識を広げ、森の奥へと探知を伸ばした。
すると、かなり離れた場所に複数の魔物の気配を捉えた。
その数は二十ほど。
森の中に魔物がいること自体は珍しくない。
だが、そのうちの何体かは、明らかに様子がおかしかった。
(……なんだ、こいつら?)
魔力の流れが不安定なのだ。
急激に膨れ上がったかと思えば、次の瞬間には大きく乱れる。
動きにも統一性がない。
同じ方向へ進んでいたかと思えば、突然立ち止まり、別の方向へ走り出す個体までいる。
(何かの影響を受けてるみたいだな)
ナイトはしばらく魔物たちの様子を観察した。
しかし、その魔物たちは野営地から遠く離れており、こちらへ向かってくる様子もない。
少なくとも、今すぐルシアたちに危険が及ぶことはなさそうだった。
(……まあ、わざわざ首を突っ込むこともないか)
異常な魔物がいるからといって、そのすべてを退治して回るつもりはない。
ナイトにとって大切なのは、ルシアが無事に講習を終えることだ。
(何かあれば、そのときに対処すればいい)
そう結論づけると、ナイトは小さく欠伸をした。
そして、野営地へと戻っていく。
テントの中では、ルシアが相変わらず気持ちよさそうに眠っていた。
(まったく、幸せそうな寝顔だな)
ナイトはその隣に身体を横たえ、丸くなる。
外では、焚き火の炎が静かに揺れていた。
魔除けのお香の煙が、夜風に乗って森へと流れていく。
そのさらに奥深く。
複数の影が、木々の間を駆け抜けていた。
あるものは突然足を止め、苦しげに身体を震わせる。
またあるものは、何もない空間に向かって牙を剥き、激しく唸り声を上げていた。
それでも、影たちは再び動き始める。
進む方向は定まらず、その足取りも不規則だった。
まるで、何かに従おうとしながら、それに抗っているかのように。
その異様な一団が何を追い求めているのか。
今はまだ、誰も知らない。
こうして、実地講習の一日目は静かに幕を閉じた。




