ハチ話 加速する覚悟
本部の訓練室に着いた。そこで美桜さんと櫻井先輩が、向かい合っている。櫻井先輩はこう言う。
「ここなら思い切りやれる。まずは、能力の詳細の把握からね」
「分かりました」
櫻井先輩と美桜さんが話している。彼女は不安そうだ。そんな美桜さんに声をかける先輩。
「大丈夫、分からないことがあっても俺たちがついています」
根拠はないが、先輩の優しい声で美桜さんは安心したように思えた。
「まずは走ってみて」
「はい!」
櫻井先輩の指示の後。美桜さんが踏み込む。その瞬間、消えた。だが、
「きゃっ!?」
急減速して、バランスを崩して転倒する。床に手をついて息を乱している。そんな美桜さんに話しかける先輩。
「今の感覚覚えている?」
「え…急に、体が重くなって」
「そう、多分、君の能力は“速度を変える”んじゃなくて、“速度の状態を切り替える”タイプ」
「状態?」
葵が来て、補足する。
「簡単に言えば“速い状態”と“遅い状態”のスイッチがあるような物です」
「今は勝手に切り替わっている。だから事故っちゃう」
「そういうことですか」
彼女は少しずつ理解している。だが、コツを掴むにはまだ足りていない様子だ。
「じゃあ、どうすれば…」
「意識するんです」
俺がそう言って、美桜さんの顔を見る。
「俺も最初は全く制御ができませんでした。でも、今は」
腕をライオンの腕に変形させて、炎をつける。続けて炎でビックリマークを作ってみる。
「最初は誰でも出来ない。でも、慣れればここまでいけます」
「すごい…」
「“速い状態”に入るイメージを持ってください。そうすればきっと上手くいくでしょう」
俺からのアドバイスを聞いて、美桜さんの目が確信に変わった。目を閉じ、呼吸を整える。そして、
「行きます」
床を踏み込んで、加速する。一瞬で壁まで接近する。まだ未熟だが、先ほどより格段に動きが良くなった。
「できた…この感覚」
小さく呟いた。
「もう一回やってみて」
「はい!」
また、加速した。だが次の瞬間、急な減速状態になり、ブレーキがかかる。その勢いのまま壁に衝突する。鈍い音が響いた。
「いった〜…」
「うーん。惜しい。でも、さっきより良くなっている」
確実に前進しているが、まだ足りないだろう。もう一段階強くなる必要がある。
「次は実践形式だよ。葵、お願い」
葵が美桜さんの前に立つ。右手に木の盾を召喚し、美桜さんに話しかける。
「次は俺が相手です。エンティティだと思って本気で攻撃してください」
「…そんなこと…」
「やってください」
互いに構える。さっきとは違う。美桜さんはまだ、躊躇っている。先に動いたのは葵。咄嗟に反応する。だが、
「見える」
加速し、左側に回り込む。葵は反応しきれてない。後手に回った。美桜さんが拳を振り抜く。
「はっ!」
「危な!」
左手に木の盾を召喚して、身を守る。木の盾は盛大に割れる。
「避けてください」
攻撃が浅かった。反撃が来る。それと同時に、無理やり加速し、ギリギリで回避する。息が荒い、どうやら美桜さんの能力は消耗が激しいようだ。
「休憩していたら、エンティティにやられますよ」
葵が美桜に向かって走り出す。加速しようとするが、
「えっ!?」
減速してしまった。まだ安定しない。攻撃が迫る。だが、
「解除」
能力を解除して通常の速度に戻る。倒れる。葵は手から盾を離して、美桜さんの肩を支える。見つめあって気まずい雰囲気になる。
「すいません」
「いえ、こちらこそ」
謝り合う。傍で見守っていた櫻井先輩と俺は、二人に近づく。
「美桜、君の能力は消耗が激しいみたい、速くても遅くても」
「少し休憩をとりましょう。一時間後にディメンションを攻略しに行きますよ」
美桜さんはソファに座り水分補給をとる。櫻井先輩と葵は立って、俺は美桜さんの隣に座る。
「美桜さん、やっていけそうですか?」
「まだ、わかんないです。でも、やらなくちゃならないかなって」
彼女は一歩成長した。ファイターになったからには戦いから逃れる術はない。二人も美桜さんの覚悟を感じ取ったようだ。
一時間後。
場所は扉の前、ベージュ色で普通の大きさだ。さっきと同じように、俺と美桜さんの二人で入る。先輩達は後ろで見守っている。俺がドアノブに手をかける。すると、
「…怖い」
ぽつり不安が漏れる。その一言で少し、空気が変わった。しゃがみ込む。
「失敗したら、私は…」
言葉が続かない。だが、分かる。きっと、能力の暴走を危惧しているのだろう。手を離し、振り返る。怯える彼女に俺は、
「美桜さん。怖くてもいい」
「え…」
「止まったら終わりです。俺は、守れなかった。けど、あなたは間に合う」
静かに告げた。少しだけ視線を合わせる。俺の言葉は、祈りに近かった。
「やります。絶対に瑞稀を救ってみせます。」
立ち上がる。震えはあるが、逃げていない。
「では、行きますよ」
扉を開けると、そこは、洞窟だった。暗くて、得体の知れない恐怖を感じた。すぐに洞窟用のライトを起動する。これは普段から持ち歩いているものだ。ディメンションには何があるか分からない。奥に続く道が見える。
「進みます」
そう言い、道を進む。少し歩くと、広い空間にたどり着いた。上は見えない。中心に大きい岩が見える。
「俺は出来るだけ手を貸しません。頑張ってください」
「はい」
そう言った瞬間、目の前の岩がわずかに動いた。
「今、岩が動きませんでしたか?」
「ええ、おそらくあいつがボスエンティティです」
岩が変形し、やがてそれは手、足、顔を作り出す。変形が終わるとゴーレムとも言えるエンティティがこちらを見ていた。
「来ます」
右手で襲いかかってきた。幸い動きは遅い。美桜さんは能力を使うことなく避ける。美桜さんが視認できる距離まで俺は出来るだけ離れた。ポケットに入れていたグローブを、取り出して投げる。これはタクティカルグローブを対エンティティ用に改造したものだ。
「あなたに差し上げます。存分に使ってください」
「ありがとうございます」
キャッチし、装着する。手に上手く馴染んでいるようだ。構えて、エンティティに走り出す。足を殴る。
「はっ!」
命中し、ヒビが入り、後ろ側に転がる。美桜さんは拳を見て戸惑う。
「あれ?痛くない…それに、硬いはずなのにやけに効いているような…」
それもそのはず。このグローブは手の負担を減らし、衝撃を相手の内部に伝えることが出来る機能がある。今回のエンティティとは、相性が良い。
「遠慮なくやっちゃってください」
「はい!おりゃあー!」
立ち上がるエンティティ。美桜さんは加速して、一歩で懐に潜る。次の瞬間、双拳の連撃が叩き込まれた。鈍い破砕音と共に岩の表面に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。足は崩れてバランスを保てなくなる。再び転倒する。エンティティの体の上にあがり、腹に連撃を入れる。どんどんヒビが入るが、
「避けて!」
「え?」
エンティティの両手で掴まれてしまった。身動きがとれない。叫ぶのが遅かったか…。彼女は手の中で悶え苦しんでいる。
「く、こうなったら俺が…」
「いいです!自分でなんとかできます!」
俺の言葉を遮る。
「こうなったら、最高速度で突破する!」
瞬間、エンティティの腕が、弾け飛んだ。何が起きているのかわからなかった。見ると、顔にぶつかっている。今度は受け身を取っていた。どうやら一瞬で抜け出し、顔にぶつかったらしい。起きて、顔を殴り続ける。
「硬い、どうやったら勝てるの…あっ、ゴーレムなのに、動きが止まる位置がある」
エンティティを殺すことができる核、それは顔にないようだ。
「もしかして、心臓?」
美桜さんは胸部に移動して、ジャンプして思い切り殴る。ものすごい轟音で岩が崩れた。中にある核らしき物体もまとめて粉砕していた。エンティティは何も言わず絶命していた。光が美桜さんを包み込む。
「…これで、また、強くなれた」
美桜さんに近寄る。その一言を聞いた時、とても揺れたような気がした。上を見上げると巨大な岩が降ってきた。
「まずい、美桜さん!頭を守って」
「分かりました」
頭を抱えてしゃがむ。俺は、ライトを口で咥えて、角を両腕に、翼を背中に顕現させる。そして、飛ぶ。勢いと共に岩に衝突する。ヒビが入り、粉々に崩れた。急いで降りた。手と背中を元に戻す。
「古言さん、捕まってください」
彼女がそういうと、俺を抱えて入り口まで瞬時に移動した。振り返ると巨大岩の残骸が降り注ぎ、入り口が完全に塞がってしまった。その瞬間、元の世界に戻っていた。
「あれが最後の攻撃、道連れにするつもりだったか」
「はぁー疲れた」
「二人ともお疲れ様、ちょっと休憩したら次のディメンション行くからね」
「はい!」
先輩から労いの言葉をかけられる。さっきとは違いやる気に満ち溢れている美桜さん。もう歩き出していた。
三日後。
美桜さんは何度も壁に激突した。加速の反動で吐き、減速に体が耐えきれず倒れたこともある。また深夜訓練の後、諦めそうになっていた。それでも、立ち上がった。
「もう一回やります」
その言葉を、彼女は一度も曲げなかった。最初はお互い遠慮していたが、徐々に打ち解け、今の彼女には背中を預けられる。美桜さんは能力を使いこなせていなかった。でも、失敗を成功に変え、彼女は今、ここに立っている。
◆◆◆◆
いよいよ条件型ディメンション本番、三日間の訓練はとても大変だった。何度も諦めそうになった。でも、ここに立っている。私は緊張しながら扉を開ける。もう、迷いはない。中に入ると、狭い一本道が続いていた。
(この先に瑞稀が…)
あのエンティティは絶対に倒す。一歩踏み出した。




