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ディメンションブレイク  作者: 凧39
一章 日常編
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ク話 本番(美桜視点)

 壁には松明。そして、湿っている。この陰鬱な空気が嫌になる。かれこれ三十分近く歩いているのに、先が見えない。瑞稀を見つけないといけないのに。それに、静かすぎる。私の足音と呼吸音だけが、狭い通路に反響していた。気配も敵意もない。不気味。


 (こんなはず…)


 その時、古言さんの言葉を思い出す。『どんな時でも気を抜くな』。そう、油断しちゃだめ。きっとこういう時が一番危ない。進むしかないと思った時。視界が歪む。


 (え…何?)


 捻じ曲がり、足場が消える感覚。そして、景色が塗り替わった。


 (ありえない…)


 目を開けると、そこは、見慣れた場所だった。リビング、ソファ、テーブル、カーテン越しの光。私の自宅だ。


「何でこんなところに…?」


 理解が追いつかない。ここはディメンションの中のはず。なのに。


「お姉ちゃん!」


 聞き慣れた声。振り返ると瑞稀がいた。


「瑞稀?」


 息が止まった。傷一つない。いつも通りの素敵な笑顔。


「どうしたの?そんな顔して」


 会いたかった。目から涙が溢れる。近づいて抱きしめる。抱き返される。温もりが心地いい。


「もう帰ろう、ここは危ないから」

「何言ってるの、今、私たちの家にいるじゃん」


 そうかな?そうかも。このままでいい。もう戦わなくていい。怖い思いもしなくていい。ずっとここにいたい。手を離して、一緒にソファに座る。テレビをつけて他愛もない話をする。いいんだこれで。


「…捕縛完了」


 瑞稀の近くで何か小さい音が聞こえた気がした。でも、それすら今はどうでもいい。ただ、瑞稀と一緒にいたい。


「お姉ちゃんは相変わらず優しいね」

「ううん。私は優しくないよ」

「そんなことないって、いつも私のこと守ってくれたじゃん」


 私は普通の人間だった。ファイターになるまでは。

 けど、昔から瑞稀は人より悪いものに関わりやすい体質だった。三歳の頃から感染症、不良、事故などいろんな悪いことが瑞稀を襲った。その全てから守ってきた。パパもママも一緒に瑞稀を守っていた。でも、結局私が一番守っていた。その生活に疲れ切っていたのかもしれない。何かあるたびに瑞稀を守らないといけないあの生活に。

 あの日は些細なことで喧嘩してしまった。それが一週間も続き、いよいよ私たちの中が終わりそうな雰囲気だった。その時、ディメンションが来たんだ。


「ずっと守ってきたよね」

「うん」

「これからも守り続けるよ」


 本当の私は優しくない。ディメンションが現れて、厄介ごとから解放されてよかったと、喜んでいた自分がいた。だからこの瑞稀の発言は不自然すぎる。本物の瑞稀なら、私の本当の性格に気づいていたはずだ。

 ようやく意識が引き戻される。これは違う。


「どうしたの?」


 声が少し歪んだように思った。


「あなたは瑞稀じゃない。誰なの?」


 目の前の瑞稀が、ゆっくり首を傾げた。


「何で…?何でわかった!!」


 笑顔が崩れ、皮膚が裂ける。その奥から黒い腕が溢れ出す。その腕はどす黒い粘液に覆われている。


「触るな。穢らわしい。お姉ちゃんは、いつもそうだ」


 低く、濁った声。瑞稀のものとは到底似つかない。無数の腕が、地面に触れ、軋む。空間ごと崩壊している。そこで意識が途切れる。

 目が覚めると、ベッドの上で寝ている瑞稀が見える。意識はない。後ろを振り返ると、目がなくて、口が裂けた、あの黒い腕。こいつが瑞稀を拐ったエンティティだ。即座に構える。


「お前は、守るって言って…結局、守れない」


 話せるエンティティ!?いや、そんなことはどうでもいい。やめて、その言葉は、奥に、深く刺さる。思考が鈍る。その一瞬で黒い腕が伸びる。


「くっ…」


 完全に遅れた。でも動きは遅い。


加速(スピードアップ)!」


 加速して、無数の腕を躱し、距離を詰める。後ろには瑞稀がいる。触れさせてはいけない。体が軋むけど、関係ない。


「はあー!」


 腹に渾身の力を込めたパンチをお見舞いする。エンティティは後ろ側に吹き飛ぶ。


「やめ…て」


 きっとこいつは精神に干渉してくるタイプだ。私の一番弱いとこを突いてくる。迷った瞬間終わり。そのエンティティが形を変える。口を中心に無数の腕だけが蠢いている。凝視していると一斉に腕が伸びる。


「迎え打つ」


 速い。視界を埋め尽くすほどの数。けど、見える。再び加速。一つ一つ腕を落とす。全て落として、二つ腕を掴む。


「これでも喰らえ!」


 腕を口の中に入れて、蹴り込む。呼吸ができていないのか、その場で苦しみ出す。腕が歯に食い込んでなかなか外せない。これなら勝てる。そう思っていると、口からどす黒い粘液が出てきた。腕が吐き出され、腕と粘液が私に向かってくる。


「キモいんだよ!」


 華麗に躱して、後ろ側に回り込む。咄嗟に振り返るエンティティに、アッパーをぶち込む。上に吹き飛ぶが、無数の腕による追撃がくる。けど、私にはこれがある。


「こんな土壇場で使えるかな?減速(スピードダウン)


 私は減速した。そして、加速する。一気にエンティティの体内を貫く。これは、古言さんと昨日一緒に考えた必殺技。それが見事に決まった。エンティティがバラバラになるが、まだ動く。こっちに突進してくる。ローキックで迎え打つ。

 二つの衝撃がぶつかり、相殺される。少し痛かった。

 エンティティはぐちょぐちょ、という気持ち悪い音を立てて、変形する。それは、一つの巨大な腕になった。その腕はハエを叩くように、私を潰そうとしてくる。


「キリがないわね」


 右、左と回避するが、体力がもう持たない。さっきの技は消耗が激しい。早急に決めないと。どうすれば、あっ、根本を狙えばいいのでは?

 構えをとり、加速する。根本に激突して、エンティティの大部分が削れる。腕が崩れ落ちる。何とか再生しようとするエンティティの肉を、拳の連撃で破壊する。気づくと周りには粉々になった腕と、粘液だけがあった。

 根本の深いところからちっちゃくて丸っこい肉塊が出てくる。これが本体だと思う。追いかけ回した。すると、瑞稀のベッドの前に行った。潰そうとしたらエンティティがこう言ってきた。


「俺が死んだら、ベッドで寝ているやつも死ぬ」

「それは、嘘でしょ、わかっている」

「こんなことしたって無意味だ」


 誰が、死にかけの相手の言うことを聞くか、


「これ以上近づいたらこいつを…ぎぁ」


 言い終わる前に踏み潰す。光を放ちながら死んだ。これでやっと終わった。どんな悪いやつでも心だけは負けてはいけない。それだけは忘れてはいけない。

 瑞稀を抱き抱えると元の世界に戻っていた。


「大丈夫ですか!」


 その場に膝をついた。古言さんの言葉で、生きている実感が湧く。私が本当にあの怪物を倒せたの。その現実を受け入れるのに時間がかかった。


「よかった…」


 涙が溢れる。


「お姉…ちゃん」


 傷だらけだけど生きている。あそこで酷いことをされたんだろう。しっかり抱きしめる。さらに、涙が溢れる。止まらない。古言さんたちがいなかったら無理だった。


「ごめん…瑞稀、そして、ありがとう古言さん」


 瑞稀をソファに寝かせる。立ち上がり、古言さんたちに向かって伝えたい言葉を伝える。



 ◆◆◆◆



美桜さんが無事に帰って来れて本当によかった。彼女は立ち上がり、こちら側を見て笑顔でこう言ってきた。


「私を仲間に入れてください。お願いします」

「勿論、これからは呼び捨てで構わない」

「ええ!これからよろしく、葵」


 葵が承諾する。一応このパーティのリーダーは葵だからだ。この流れに続いて櫻井先輩がこう言ってくる。


「なあ、俺もお前たちのパーティに入っていいか?」

「いいですよ先輩!」

「え?あなた入ってなかったの?」


 美桜は困惑していた。今日、このパーティに二人も仲間に入った。


「もう、一人で抱え込まなくていい」

「ありがとう」


感謝され、より一層仲が深まったような気がした。すると、美桜が質問をしてきたから、俺が答える。


「綾人、このパーティ名は?」

「それは、ハートリンク」

「…ちょっと変な名前だけど、いいね。私たちにピッタリな気がする」


俺たちなら、如何なる苦難も乗り越えられる気がした。

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