ヨン話 二体のエンティティ(回想)
「帰るわ」
「ん、バイバイ」
葵と別れたあと、静かになった。今日の出来事が、頭の中で何度も繰り返される。白い炎、圧倒的な差、何もできなかった自分。俺は今日、ここで泊まる事になった。何とも言えない気持ちを感じながら、眠る。
翌日。
昨日は本当に酷かった。傷が癒えないまま着替える。格好はいつもの灰色のパーカーと赤いTシャツ、紺色のズボンだ。エナジーバーを食べながら訓練室に向かう。
訓練室に着くと、櫻井先輩が一人で立っていた。まだ、朝の四時である。櫻井先輩が真剣な眼差しで俺に話しかける。
「おはよう、綾人。今日は能力の扱い方について教えるよ」
「おはようございます、先輩。早速、お願いします」
挨拶を済ませて、闘技場に上がる。着替えない。先輩はいつも通りのヤンキー風の格好だ。先輩の胸部で白炎が渦巻いている。周囲の空気が、夏場のグラウンドの陽炎と同じように歪む。
「能力とは、己が支配するもの、君の場合、逆だ」
「支配ってなんすか?能力はただ使うものじゃないんですか?」
能力も他の道具と同じだろうと思っていた。だが、それは思い込みだった。昨日は、壊れたドライヤーと同じように、全く予期せぬところから炎が出ていた。先輩と同じようなことをしようとする。
「こうですか?先輩?」
腕を変形させて、炎を中心にして、渦巻きを作ろうとするが、うまくいかない。やっぱり先輩はすごい。それに比べて俺は全然ダメだ。
「いい線いってるけどまだ甘い。渦巻きを作ろうと必死になりすぎている」
その通りだ、焦りは常に後手に回るだけ。もしかして、力みすぎなのだろう。
先輩は俺に一言声をかける。それは的確なアドバイスだった。
「炎そのものを操る感じ、例えば、手足とか自由に動かせるじゃん、それと同じ」
そういうことか。新しい能力に戸惑ってどうすればいいか分からなかったから、制御出来なかったのか、あの時たまたまうまく炎を出せてエンティティを倒せただけ。
あのまま先輩に会わなかったら、死んでしまったかもしれない。本当にこの人に会えて良かったと思いながら、再び炎で渦巻きを作ろうとする。
「はぁー、はあ、っ、出来た」
腕の力を抜いて炎を動かすことでやっと出来た。先輩は腕を使ってなかったけど、極めたらあそこまで行けるのかと思った。今思えば、自転車に乗れなかったガキの頃と同じだ。
「やればできるじゃん。こういうのを自由自在に出来たら、高レベルのエンティティも倒せるようになるよ」
「ご指導ありがとうございます
先輩からの言葉に納得した。どんなことでも始めたては、何度も試すしかない。それだけは、はっきりと分かった。綾奈みたいにちょっとやっただけで、何でもプロレベルになるような人はそうそういない。
俺に足りなかったのは、忍耐力と目的意識だった。
「今日はこれくらいでいいだろう。これからは俺が暇な時はこうやって訓練に付き合ってやるよ。」
「ありがとうございます先輩。助かります」
先輩の一言で、今までの焦りが少しだけ形を持った。
強くなるには、まず積み重ねるしかない。そう思えた。俺たちは、闘技場を降りて、休憩をとる。
水分補給をしていると、先輩のスマホから通知音が鳴る。
「早速、新しいディメンションが現れたらしい。レベル3、予約っと、一緒に行く?綾人」
「はい!!」
「場所は公園付近だから、葵も誘ってみたら?」
威勢のいい返事と共にすぐに準備を始める。葵にも電話をかける。
「これから櫻井先輩とディメンション攻略に行く。来るか?」
「わかった。場所を共有してくれ」
場所を共有し、二人でエレベーターに乗る。先輩からある質問をされる。
「お前の能力って、ライオンみたいな腕を出現させるだけか?」
「他にもあると思います。でも、これ以外使ったことないので」
「そう」
「これから挑戦するディメンションで、使ってみようと思います。別の能力」
先輩からの質問に答えていると、一階に到着する。ダッシュで入り口を出て車に乗り込む。運転は櫻井先輩がする。
「櫻井先輩って何歳ですか?」
「二十一歳だよ」
「へぇー、意外ですね」
意外だった、確かに、身長は150後半くらいで、顔が童顔のため年下だと思っていた。だってヤンキーみたいな格好だから厨二病だと思っていた。人は見た目によらないことを改めて自覚した。
法定速度ギリギリで、走る車は数分で目的地に着いた。
「よぉ、お二人とも、先に着いてました」
先に着いていた葵。家はこの近くだと思う。そういえば葵の能力は知らなかったから、こと後見れると思うとワクワクしてくる。
扉は縦横、部屋の側面程の大きさで、茶色だ。
「俺が前に出ます。櫻井先輩、綾人後ろに下がって」
葵がそのようにいうと、手元に何かを出現させる。それは盾だった。西洋風の盾で重量感がある。右手で盾を持ち、ドアノブを回して引く。
開けると、街が見える。ビルやお店が立っていて東京と変わらない雰囲気だ。
「本当にディメンション?妙に俺たちの世界に似てる気が…」
「いや、何かが違う。見られている」
櫻井先輩は視線を感じるようだ。周囲を見渡すが、人々から攻撃される様子もない。
五分探索するが、看板などが未知の言語で書かれていること以外は、何も分からない。人々の様子も相変わらずだ。
しかし、目の前カップル、その二人だけ、歩き方が妙だった。まるで人間のふりをしているみたいに、動きにぎこちなさがあった。
「俺は出来るだけ助けない。二人だけで攻略してみて」
櫻井先輩はそういうと、炎を噴射して看板に乗った。カップルの腕が鎌に変化して、俺と葵に襲いかかる。
「二つの盾」
手に、光を放ちながら、盾を二枚生成して、攻撃を防ぐ。俺も続けて、攻撃を繰り出す。
「炎の嵐」
腕の熱が一点に集まり、次の瞬間、炎が渦になって爆ぜた。さっきの特訓で身につけた新技だ。炎を渦巻状にして、カップルを焼き尽くす。女の方はよく効いているのか、顔が醜く変形する。男は素早い駆け足で嵐を抜けた。葵がそれを見ていて、追いかける。
女の方は意味不明な言語を叫びながら炎を消そうとして、腹部から腸みたいな器官を出して灰色の液体を噴き出す。俺の炎は消えたが、叫び声が増した。それを攻撃体勢で見ている。
一方そのころ、男のエンティティを追い詰めた葵。
「トドメだ」
葵が右手の盾で男の方の頭を潰そうとするが、
「雋ォ縺」
未知の言語を話すエンティティ。男の方から口から4本の触手がでてくる。それは、人々を巻き込んで、俺たちに襲いかかる。
周囲の人々は不自然なほど何も反応しない。
「ごめん。身代わりにさせてもらう」
「シールド」
俺と葵は、身代わり、盾生成、それぞれの方法で身を守る。周囲には遺体と灰色の血らしき液体が広がっている。更に攻撃を繰り出そうとするエンティティ達。
俺は、背中に力を入れてみる。今まで腕にしか力を入れていなかったから、他の部位も試してみようと思った。背中に物凄い不快感が走った。
背中から何かが、生えてくる。
「うわ!羽?!」
それは、羽だった。中に浮き、カップルのエンティティと葵を見下ろす。自分でもなぜ上手く飛んでいるのか分からない。
「髯阪j縺ヲ縺薙>」
エンティティの発言を、気にせずに羽を操ろうとするが、最初だから、制御出来ない。左右に激しく揺れ、女の方目掛けて突進する。
命中し、ビルに激突する。叫び声をあげて光を発しながら絶命した。
「へぇー、そんなことできるんだ。便利だね」
櫻井先輩は興味深そうに見下ろす。何故かさっきまで何もしてこなかった周囲の人々が、櫻井先輩に襲いかかるが、
「無駄だよ」
小爆発を起こして人々を消し炭にした。降りて、半径一メートルほどの爆発を起こす。煙が晴れると、クレーターが出来ていた。光が櫻井先輩を包み込むが、櫻井先輩は手応えがないと感じているのか、不満そうな表情を浮かべていた。
一方その頃葵は、
「ふっ、トドメだ」
男の方の攻撃を全て防ぎ、カウンターを繰り出す。盾はと葵は無傷。反対にもうエンティティはボロボロだ。両手に盾を二枚持ちして、X字に切り裂く、エンティティは何も言わずに光を発しながら絶命した。光と灰色の返り血を浴びる葵は、無表情だった。葵は攻めない。受ける、流す、返す。それだけで相手を追い詰めていく。
葵や櫻井先輩の方へ振り返ると、
「戻ったのか。公園に」
扉付近に戻っていた。扉は塵になって消滅した。
「お前達二人は才能がある。俺がめちゃくちゃ鍛えてやるからなぁ」
「望むところです」
「お願いします」
櫻井先輩の発言に俺たち二人は、それぞれの感情を返事で返していた。翌日、俺達は、パーティを結成した。その日から、俺達の戦い方は変わり始めた。
だが、櫻井先輩がなぜ俺達のパーティに入らないのかそれだけは、まだ分からなかった。




