イチ話 絶対に取り戻す(回想)
俺の名は、古言 綾人、とある目的のため、東京を拠点に、ファイターとして活動している十六歳の学生だ。世界ランクは1032位。
ファイターと兼業する人は、世界的に見ても少ない。何故なら、ファイターとはいつ死んでもおかしくないから。その分報酬は、他の職業に比べて破格である。エンティティを倒せば倒すほど強くなれるので、強くなって、ディメンションを攻略した方が稼げる。なので、兼業している人は少ない。
ディメンションを攻略する。これが俺の日常であり、全ファイターの日常でもある。ただし、俺は稼ぎたくてファイターをやっているわけではない。それは、ある人物を見つけるため。これは一年半程前の話。
◆◆◆◆
「近づいてくんなよ!」
「お兄ちゃんごめん…」
自分でも驚くほど声が荒かった。俺には三歳年下の妹がいた。名前は綾奈という。
その日は、学校の帰り道の路地裏で綾奈と喧嘩してしまった。俺は、父、母、綾奈の四人家族だ。綾奈は昔から頭が良くて、顔も可愛い、運動も出来るし、性格もとても良い、欠点のない完璧超人って感じの人間だった。一方俺の方はこれといった取り柄もない凡人だ。両親はいつも綾奈を溺愛していた。両親は別に恨んではいないが、それでも、親の愛情をあまり受け取ることができなかったと思っている。綾奈と何もかも似ていないが、唯一の共通点は黒髪であるということ。
「とにかく離れろよ!!」
「待って!」
その言葉が、俺が聞いた綾奈の最後の言葉だった。昔から綾奈にいろんな物事で勝負をしたが、全て惨敗だった。
あの頃の家は、狭かったけれど静かではなかった。
朝になれば台所から味噌汁の匂いがして、テレビの音と、母の呼ぶ声と、綾奈の笑い声が重なっていた。俺はいつも少し遅れて起きて、寝癖のついた頭をかきながら食卓に座る。隣に父が黙って新聞を読んでいる。すると決まって、向かいに座っている綾奈が言うのだ。
「お兄ちゃん、また寝ぐせひどいよ」
そう言って、笑う。綾奈は昔から何でもできた。悔しいとは思っていたが、綾奈が嫌いだったわけじゃない。
むしろ、眩しすぎて、見ているのが少しつらかっただけだ。
綾奈はそんな俺の気持ちは気づいていたはず。いや、あいつはそういうところがあった。頭が良すぎて、人の良くない感情まで無意識に感じ取れてしまう。それが、悩みだと言っていた。けど、人を疑わない。だからこそ、俺がどれだけ自分をみじめに感じていたのかも、知っていただろう。
それでも、あいつはよく俺を待っていた。
「お兄ちゃん、今日一緒に帰ろうよ」
学校帰り、昇降口で待ち合わせるたびに、綾奈はそう言った。俺が断っても、すぐには引き下がらない。
「だめ。今日は委員会ある」
「じゃあ、終わるまで待ってる」
「寒いだろ」
「平気だよ。お兄ちゃんと帰る方が大事だもん」
そんなふうに優しく言われると、強く断ることができなかった。
帰り道、綾奈はよく他愛ない話をした。
あの日も、いつもと同じようにくだらないことで口論になったのだと思う。
綾奈は何気なく俺の背中を叩いて、俺はそれをうるさいと払いのけた。ほんの小さなやり取りだった。怒鳴るほどのことでもない。なのに、その日は俺の中で、積もっていたものが一気にあふれた。
情けなさ。劣等感。比べられてきた記憶。
ずっと胸の奥に沈んでいたものが、綾奈の何気ない一言で、明確な負の感情が爆発した。
悲鳴が聞こえて振り返ると、謎の人物が綾奈を大切な物を扱うように抱えてる。綾奈は意識を失っているように思える。
「誰だお前は!」
「…」
無言でこちらを見つめている。そいつが手を前に出すと、何かを発射する。その時、胸に強烈な灼熱感が襲ってきた。体を見ると、心臓に穴が空いていた。痛みを感じる暇もなく、体から力が抜け落ちる。
「う…あ」
最後に見たのは綾奈を大切に抱えながら瞬間移動するところ。そこで、視界が暗転した。
謎の人物は骨格的に女だと思う。濃紫色の目。その特徴は今でもはっきり覚えている。
次に視界がはっきりすると何もない虚構空間にいた。目の前にフードを被った人物がいる。そいつには、怪しさしかなかった。
「ここは?」
「単刀直入にいう。生きたいか?」
いきなりそんなこと言われても、訳が分からない。でも、その時の俺は時間がないと思ったから、
「ああ」
と、言ってしまった。するとフードの人物はとある提案をしてくる。
「ならば契約だ」
「契約?わかったから早くしてくれ!」
この時の俺は、何も知らない一般人だった。あとから契約について知ったが、後悔はない。綾奈を救うならこれくらいは覚悟していた。右手を俺の心臓に手を入れて、穴の空いた心臓を取り出す。左手で自分の心臓を取り出して俺の胸部に入れる。そいつは俺の心臓を自分の心臓に入れる。自然と抵抗感は全くなかった。
「契約完了」
「なぁ、最後に教えてくれ、お前は一体何者だ?」
「私の名前はゼノス、革命を起こす者である」
ゼノスがそういうとまた視界が暗転した。身体中に力が巡る。次に視界が明けると、病院のベッドの上にいた。どうやら運び込まれたらしい。
「調子はどうですか?」
「悪いです」
看護師の問いに俺はそう答える。なんせその時の俺は気分が悪かった。看護師の話によると俺は、三日寝ていたらしい。突然目覚めたから、看護師は驚いていた。その後、医者が言うには、
「発見当時、心臓付近から血が流れていたよ」
「そうですか」
「でも搬送時に光を発しながら心臓が再生したの」
「え?」
「つまりねぇ、君は一回死んだの、世界的に見ても初めてだねぇ、死んでからファイターになったのは」
この時俺は、改めて死んだことを自覚した。現実感がないのに、何も感じなかった。医者が続けてこう言う。
「まぁ、でも昏睡状態だったのは、ファイター化の副作用でしょう。特に体の異常は見られません」
「はいわかりました、でも、なんでそんなこと知っているんですか?」
医者からの言葉に返事と疑問を返す。一般人であるはずの医者がファイターのことについて、俺より詳しいことに疑問を持った。
「ファイターだからだよ。私は回復特化の能力を持つファイターね、あいつはいきなり現れたなぁ、ファイターになったときは、人によって昏睡時間は異なるけど、私は4日ぐらい寝込んだかな?」
「そうですか、俺はこれからどうすればいいですか?」
「何か目的があるなら別だけど、とにかくディメンションを攻略していけばいいよ。私みたいなサポーターはかなり大変だけど」
医者からアドバイスをもらう。まだ疑問が残っていたので聞く。
「契約ってなんですか?教えてください」
「知らずに契約したの?いいよ、教えてあげる」
「はい」
「契約とはお互いの心臓を交換する儀式のこと。儀式が成功すると契約する側は死後、契約を受ける側の肉体を依代にして復活できる。契約を受ける側は契約する側の能力を扱えるようになったり、身体能力が向上する。あと、思想の共有。こんなものかな。」
「わかりました」
契約について教えてもらって、翌日退院し、自宅に帰った。ちなみに、ゼノスの正体などは全く分からないが、ゼノスの思想は強い選民思想だった。なんでこんなやつと契約したんだと思ったが、今更後悔しても遅い。
すぐに、WEBに行き、ファイター登録をする。WEBとは、世界エンティティ対策理事会の略称で、ファイター登録をするには、ファイター委員会日本本部に行かなければできない。ファイター登録をしていない者は違法能力者と呼ばれ、捕縛対象となる。
「今日貴方は晴れてファイターとなりました。これからのご活躍応援しております。」
その日、受付係の人から証明書を貰いファイターとなった。世界を守らねばならない使命が、重くのしかかった気がした。重要なのは、俺が生まれた、いや、俺たちが生まれたこの世界をいつまでも大切にしなくては、エンティティなんかに壊されてたまるか。
俺の目的は綾奈を探して、取り戻し、世界を救うこと。綾奈が生きている保証はどこにもない。それでも、連れ去った奴は殺す。見つけて八つ裂きにする。絶対に成し遂げるという想いと怨みを抱き、外に出る。
あれからゼノスとは会っていない。妹との最後の会話があんな会話だなんて、本当に俺は、情けない兄だ。
たった一言、怒鳴っただけの、あまりにもくだらない別れだった。今でも時々思う。
あのとき、もう少し優しく言えていたら。
あのとき、手を伸ばして引き止めていたら。
でも、何度考えても、答えは変わらない。過去は戻らない。だから俺は、前に進み続ける。
あの日の消えない後悔を抱えたまま、それでも綾奈を探し続けるしかない。




