ジュウヨン話 研究施設
あの後焼肉を食べて解散した。家に帰ると、二一時半になっていて、リビングだけ明かりがついている。静かに鍵を閉める。
「ただいま」
返事はない。靴を脱いで、自分の部屋に行く。疲れた心体を癒すために、着替えてベッドに入る。そこから意識が遠のくのは早かった。
美桜が入院してから、二日が経った。
お見舞いにきて、花束を側の机に置く。病室の白い天井を見上げると、あの路地裏で聞いたリリスの言葉を思い出す。
(『覚えた。次会ったら、あなたの命を貰うね』)
その言葉が、頭の中を反芻する。得体の知れない恐怖を感じたが、何故かは分からない。けど、言葉に確証があった。
それ以外にも、リリスが言った『保存』と言うワード。言葉の意味が、どうしても引っかかって離れない。攫われた人間をただ置いているだけではない、何か別の形で利用しているはずだ。そんな嫌な予感が、胸の奥で膨らんでいた。
「綾人、聞いているか?」
葵の言葉で我に返る。心配しているような表情で、でこちらを見つめている。すると、スマホを見せてきた。先輩とのトーク履歴、そこには、一つのメッセージ。
【今日は、別の仕事がある。代わりに違う奴が来る。そいつは…】
最後まで読んでかなり驚いた。メッセージの下には、とある施設の全体写真と座標が載っていた。
「今回の攻略に来る人、あの…」
「それより、ディメンションの場所だ。山頂研究施設、カシオペア。数年前に閉鎖された、研究施設だ」
「廃施設…」
「表向きは事故で閉鎖。だが、黒い噂が絶えない」
黒い噂。曖昧な響きだ。
「何を研究していたんだ」
「気になるか」
俺は静かに頷く。
「行くぞ。確認しないと始まらない」
先輩と美桜なしで攻略する。俺達は目的地の山に向かった。十時に山頂に着くと、そこには錆びついている像があった。所々崩れていて、何の像かわからない。
像の奥に見えるのは、施設。骨組みが剥き出しになり、白い建材は大部分が黒く変色している。鳥の声がやけに大きい。空はこの空気を読んでいなくて、雲ひとつない晴天。太陽の輝きが建物を鈍く照らしていた。
「気味悪ぃな」
葵が短く言う。俺と同じで、嫌なモノを感じ取ったようだ。
「人の手がはいらない施設ってのは、だいたいこうなる」
冷静に返し、中に入ろうとした。その時後ろで声が聞こえたので、振り返るとあの人がいた。
「ごめん。遅くなった」
「…いえいえ、お待ちしていました」
目の前にはあの、東條 光がいた。この人は、メディアにも頻繁に出ている、知らない人が珍しいくらい有名人。ファイターランク三位の猛者中の猛者だ。ファイターランクは六位までは実力の格差が小さいが、五位からは別格。
茶髪で、仕事ができそうなイケメン。ルックス面で見てもかなり人気だ。これは写真集が出ても不思議じゃない。
俺たちが見惚れていると、話しかけてきた。俺たちは前に立って、軽くお辞儀する。
「君達がハートリンクのメンバーかな?」
「はい…そうです。よろしくお願いします」
葵は緊張してうまく声が出ていない。
「よろしくお願いします」
「葵くん、綾人くん、東條 光です。よろしく」
東條さんは自己紹介と挨拶を済ませて、建物の中に無言で入って行った。
入り口はガラスが割れていて、簡単に入れた。中に入ると、湿った金属の匂いが鼻をつく。東條さんを追いかけて奥に進むと、階段が見えた。降ると、錆びた自動ドアの前に立つ。扉の隙間から、冷え切った空気が漏れていた。
「ディメンションはこの先にある。侵入する」
東條さんが前に出て、扉をこじ開ける。
扉が開くと、そこは広いエントランスホールだった。だが、普通の施設と違う。中央に存在する巨大な扉、それは遥か下方まで続いている。扉以外には何も入っていない水槽が一列に並び、壁には使われていないモニターと、止まったままの搬送レールがある。床は水溜りが複数の箇所に溜まっていて、足音が妙に響いた。
「人が使っていた形跡があるな」
葵がモニターを見る。
「最近まで、誰かいたんじゃない?」
俺は周囲を見回した。壁のあちこちに、二十年以上前の古い記録表示が残っている。読めるものを確認すると、<保存試験区域>、<対象の安全性を確認>、<不死生命体の完成>
そんな文字がいくつも並んでいた。
「不死生命体の完成…」
嫌な言葉だ。次の瞬間、天井の一部が降ってきた。
「伏せて!」
東條さんの声と同時に、目の前に瓦礫が落ちて、床が陥没した。瓦礫の上には、人が立っていた。埃煙が晴れると、輪郭がはっきりした。
「誰だ」
「あれ…先客がいたか」
そいつは人を小馬鹿にしたような態度でそう言ってきた。
「お前は、金川!」
東條さんがそう言って、金川とやらを見る。それに釣られた葵も視線をこっちに向ける。金川は黒い神官服に身を包んでいて、顔の大部分と手は紫色だった。
「あれが金川さん?数日前とは大違いだ」
「俺は革命を起こす。まずは、この腐った世の中は破壊する」
腕を広げて、壮大な妄想を語っている。バカな事を言っていると思った。
「金川、目を覚ませ!」
「覚めたからここにいるじゃんか」
すると、身体中から、黒い煙幕が吹き出している。煙幕が瓦礫に触れると、崩壊してしまった。次に床の崩壊も始まっている。
「これは…腐食?触れないとできないはず…」
「前はな!変わったんだよ俺も」
薬物中毒者のような薄気味悪い笑顔で叫んだ。煙が広がって、扉に接触する。驚くことに扉まで腐食し、中からエンティティが出てくる。そのエンティティは人や動物または植物など様々な、物がぐちゃぐちゃに混ざり合った怪物と呼べるものだった。
「諸君、また会おう!」
金川は辺りに響く声でそういうと、濃霧を出した。歩く音だけが聞こえる。
あいつは後だ。まずはこのエンティティを撃破する。
「二人とも離れて、星界、辰星」
エンティティの前に、水星に似た球体の岩石が出現した。迫力と威圧感が感じ取れる。星がエンティティの体を、研究施設ごと押しつぶした。間も無く施設は崩壊が始まる。
「今のうちに外に出よう」
来た道を戻る。薄暗くて、湿っていたが、ゴゴゴ、という音が後ろから聞こえた。入り口の方まで戻ることができ、外に出ると、大きな建造物が徐々に崩壊していく。
「こんなもの中々見れないな…」
独り言のように呟いた。
「油断しないで、あのエンティティはレベル5、まだ生きているはず」
東條さんがそう言ったと同時、崩れた建物から、巨大な顔が浮かび上がる。その顔は悲痛な表情だった。顔を歪めながら、手を構える。
「ほらね、まだまだ行くよ。星界、歳星」
「俺たちも行くぞ、綾人」
「ああ」
「アイアンウォール」
「火炎嵐」
ガスに塊、鉄壁、火の嵐。攻撃が一斉にエンティティにぶつかる。その衝撃で、顔はだけではなく、周りの建物も盛大に破壊された。衝撃波が遅れて伝わって来た。
「これで終わりじゃないですよね」
「勿論、じゃあトドメだ。星界、流星群」
東條は腕を上げた。すると、空から何かが降ってきた。見上げるとそれは数十を超える隕石だった。
「えぇーー!」
「何ですかその攻撃は」
隕石がエンティティに直撃し、爆発する。風が襲って来たので咄嗟に手を広げる。目を開くと研究施設があった場所には、大きなクレーターができていた。能力の規模があまりにも違いすぎる。光がこちらにやってきて浴びが、光の量が少ない気がした。あっさり終わったことに戸惑いを隠せない。この人より強い人があと二人もいるのか、まだまだ強くならないといけないな。
金川が何を企んでいるのかはわからない。でも、放置したら大変なことになりそうだ。
◆◆◆◆
「はっはっはは。同志諸君、今こそ始めよう。この世界は腐っている。秩序あるものだけが支配し、強者は弱者に合わせなければならない。ならば壊すしかない!」
『うぉーーおー』
暗い部屋、そこに数十の人々と前に立つ怪しい人物、金川 翔太。彼は、手を広げて天を仰いでいる。側面の壁に空いた穴から光が覗いている。
「まずは、櫻井 灼の殺害だ。大坂、林、行ってこい」
『はい』
二人の男性が了承の返事をあげた。黒い髪に、パーカーとデニムのズボンを履いた人物、大坂 歩夢。その隣に立つ、金髪でタンクトップでカーゴパンツを履いた人物、林 浩平。
二人は振り向き、建物を後にする。その姿を見送った後、金川は思念に浸っていた。
(これで世界が変わるはずだ、その為に全てを捨てたのだから)
その姿は人間とは思えない程の異形と化していた。紫色の血管が顔を這っている。彼の心に迷いは見られない。暗闇の中で、金川の口元だけが歪んでいた。




