ジュウサン話 新たな脅威
駅を着くと、人混みはなかった。俺たちは改札を通って、外に出る。暗くなって来たので、スマホを見ると、十八時を指していた。丁度よく、腹も空いている。雑談をしながら道を歩いていると、次第にみんなの表情も明るくなっていき、電車内の憂鬱な空気は消えていた。そこである提案をする。
「夕ご飯、みんなで食べましょう」
『いいね!』
俺の提案に全員賛成した。最近行けていなかったから、すごくドキドキしてきた。こういうひと時の休憩が、心と体を整理する大切な時間だ。飲食店を探しながら街中を歩いていると、路地裏を通り過ぎた。
(ん?なんだ?)
普段なら気にしないはずなのに、心の内で疑問が生まれる。暗くてよく見えないが、懐かしさを感じた。念のためもう一度確認すると、いた。灰色のローブを身につけた謎の人物が、何もすることなく立っている。ただまじまじと見つめていると、そいつ以外のことが考えられない。何もせず呆然としていると、後ろから先輩に声をかけられた。
「どうした?綾人」
「説明は後でします」
間違いなくこいつには何かある。路地裏に入ると、謎の人物は奥に逃げて行った。走って追いかけるが、一定の距離を保ったまま近づくことが出来ない。やがて奥に進むにつれ、より暗くなってきた。この路地裏は迷宮のように複雑に、入り組んでた。
こいつは一体何なんだ。暗闇に存在するのに、はっきりとその存在を確認できる。まさかこいつが綾奈を連れ去った張本人か。
「待て!」
「…」
無言でこちらに振り向いてきた。よく見えなかったがあいつじゃない、仲間か。ローブが取れて、俺の視界の大部分がそれに覆われた。跳躍し、躱した。急いで追いかける。そいつは急に止まり、体の向きを180°回転させ、全体像が浮き彫りになる。エジプトに由来してそうな金と白の古風の服。肌は褐色で、肩まで伸びた白い髪。そいつと目が合うと、恐怖心が俺の体を支配した。勝手に足が震える。一歩近づいた瞬間、肺が潰れたように息が止まる。本能が近づくことを拒絶していた。漆黒よりも黒い目は、闇その物を表している。
「な…誰だ?お前は…」
「私に攻撃を当てられたら、教えてあげる」
そいつはそう言い終えると、右に走って行った。反応が遅れるが追いかける。直進しているだけなのに速い。道の分かれ目を進んだり、進まなかったりして全く追いつけない。
抑揚のない低い声で威圧感があったが、多分女だ。口調的にも、声質的にも。
「おい!待てよ!」
叫びは意味をなしていない。奥へ進むごとに、暗闇を深くなって、何も見えなくなった。炎を作って、手に灯すと、多少の視界が確保され、追いやすくなった。
飛ぼうとしても、狭すぎるて羽を展開出来ない。辛うじて角だけは出せるが、速度が落ちるため、権限は得策ではない。純粋なスピードで追うしかない。
どんどん離されている。何かないのか…
「止まれ!!」
叫ぶと動きが止まった。よく見ると、暗い箇所から鎖が伸びて、謎の人物を拘束している。
(何が起こったかわからないが、これなら)
即座に腕を一角獣に変換させ、勢いよくやつの体を貫く。プラスチックの穴を開けたような感覚で、手応えがなく、血は流れていない。
過呼吸になりながら、貫いた箇所を見ていると、声が聞こえた。
「やるねぇ…君」
「教えてくれ、お前一体誰だ」
顔を上げようにも、恐ろしくて上げられない。やつは低い声で俺の質問に答える。
「私はリリス。正体は答えられないわ」
「はぁ?おい。紫色の目をもつ人物を知らないか?」
「…ああ、スカジのことね。私たちと同じ"蒐集家"よ」
「知っているのか、そいつは今どこにいる!」
初めて綾奈を連れ去った張本人の情報を手に入れられた。このチャンスを逃してはいけない。
「どっかの世界で人攫いでもしているんじゃない?」
「答えになっていないだろ!攫われた人達はどうなっている」
「保存しているわ、ふふ、スカジは忙しいの。上質な個体を集めるのにね」
「保存?どういう意味だ」
「そのままの意味よ、壊れないように、大切に」
「おい、スカジは一体どこにいる?」
「あら、時間ね。また会いましょう、頑張り屋さん」
「古言 綾人だ!」
「覚えた。次会ったら、あなたの命貰うね」
その発言を聞いた瞬間、姿が暗闇に溶けて消えてしまった。
やべぇ、リリスとか言う奴、全く本気を出していない。俺なんか瞬殺できたはずだ。
全然詳しいことが分からなかった。目的も、何故俺を生かした理由も。
気づくと、視界は明るさを取り戻し、この路地裏は夕陽が照らす。
戻んないとなぁ、先輩達を待たせている。
◆◆◆◆
行ってしまった。綾人、取り憑かれた感じだった。
「待っていよう」
「分かりました」
「ちょっとお手洗いに行ってきます」
「行ってらっしゃい」
葵と二人きりになちゃった。なんか気まずい。葵とはあんまり趣味が合わないからな〜。
心の中でそう思った。俺達は何も言わずにスマホをいじっている。すると、声をかけられた。顔を上げると、懐かしいやつがいた。
「櫻井、おい、櫻井」
「ん?ああ、金川じゃん。久しぶり」
前には、赤いパーカーで天パの人物が立っていた。こいつには見覚えがある。
「先輩、誰ですか」
「だいぶ前にレベル5を攻略した時、知り合ったやつだよ」
「そうですか」
そう言って葵は横に立って、俺たちの会話の邪魔にならないようにしている。
「最近どうだ?」
「パーティに入ったよ」
「お前が、珍しいこともあるんだな」
「俺の仲間は強いからさ、そっちはどう?」
「ぼちぼちだ。特に変わったこともない」
「そう、頑張れよ」
「変わらないとな、俺も。じゃあな」
他愛もない話をして、金川は去った。なんだろう、背中からあまり良くないものを感じた。それを見て悲しくなった。でも、多分疲れているだけかな。ファイターは大変だから。去り際。金川の首元に、一瞬だけ紫色の痣が見えたことを見逃さなかった。
「あの人…」
「はぁ、はぁ、逃しました」
綾人が戻ってきた。汗を流していて、その場に座った。
◆◆◆◆
戻ると、先輩と葵が待っていたが、美桜はいない。
「はぁ、はぁ、逃しました」
かなり疲れたので、その場に座った。
「どうだった?」
「紫の目のやつの名前はスカジ、そいつの知り合いでした。名前はリリスっていうらしいです」
「なるほど、何か手がかりはあったか?」
「いや、攫われた人達は保存されていること以外は…」
先輩は腕を組んで考えている。葵がリュックの中から、水を取り出して俺の前に出す。
「飲めよ、疲れているだろ」
「ありがとう、ごくっ、ぷはぁ」
一気に飲み干して、立ち上がる。その時、美桜が戻ってきた。
「綾人、戻ってきてたんだ」
「ああ、大変な目にあったけどな」
「ねぇ、保存されているって、どういう意味かな?」
「え?生きているってことじゃないですか?」
美桜が先輩の問いにこう返す。
「まぁ、考えすぎか、やっと手がかりを掴めたな」
「はい」
先輩が考えていたことは分からない。ようやく事が進んだ気がした。嬉しさはあったが、怖さもあった。今の俺では、太刀打ちできないほどの巨悪と戦わなければならない。この事実が、俺が強くならないといけない理由になった。
「とりあえず、飯食いに行きましょう」
『おぉー』
その直後、美桜が倒れた。バタンという音が耳に聞こえた。
「美桜、大丈夫か!?」
「病院は近い運び込むぞ」
美桜を抱えて、一直線に駆け出した。急すぎて状況が飲み込めない。数分で病院に着いた。
「誰か!お願いします。急に倒れて」
言葉がうまく纏まらない。そんな中、医師が出てきた。その医師に見覚えがあった。
「こちらに、あれ?君は…」
「はい」
美桜を奥の部屋に連れて行った。
約三十分後。
「彼女は昏睡状態ですが、大丈夫です。ファイター化の副作用でしょう。彼女は数日入院することになりました」
「よかった」
医師の説明で俺たち全員が安堵する。病院のベッドの上で寝ている美桜。その周りを囲むように座っている。二人は先に病室を後にした。すると、医師が話しかけてきた。
「綾人さん、久しぶりですね」
「ええ、あの時はありがとうございました。えっと、涌井先生」
この人は、俺がファイターになった直後世話になった人だ。名札を見て、名前を思い出す。世話になった人の名前を忘れるなんて、薄情者だ。
「これからも頑張ってください」
「頑張ります」
激励の言葉を受け取り、部屋を出る。二人は病院の入り口で待っていた。
「俺たちで行くか」
「はい。美桜とはまた今度の機会ですね」
「まっ、その機会が来るかわかんないけどな」
「縁起でもないこと言うなよ」
俺達は暗くなった空の下を歩む。この時は知らなかった。新たな脅威が迫っていたことを。




