被験者
「イヤだぁーー!ヒィー!殺されるー!誰か助けてー」
叫んでいるのはSSBR元・諜報員対策係のパウルだ。相変わらず手足に鎖をつながれて研究所の壁の隅で被害者のように振る舞っている。
(この症状を『イシドール・ラチエ恐怖症』とでも名付けてやろうか)
ラチエ博士が目の前をウロウロするたびに叫んでいる。
「もういい加減にしろ。過度なNeon Dustの服用とSEX依存の後遺症が表れているだけだ」
ラチエ博士が子供を叱るようにパウルに言葉を吐いた。
「博士、私は悪くないんだ。何もしていない。そうだ!一緒にゲレーテを捕まえよう!ねぇ博士」
恐怖で叫んだかと思えば急に楽しそうに話し始めるパウルをラチエ博士は呆れた目で見ていた。
(コイツは既にNeon Dustを使いすぎて脳のバランスが壊れているな・・・じゃあ黒じゃなく赤を試すか)
SSBRに拘束され、地下1階の研究所でベッドに括りつけられたときに自身が飲まされた赤いNeon Dustをラチエ博士は手に持っていた。
(あの時は本当に驚いた。黒はBluetooth接続した機器ならなんでも使えるが赤は人体操作を可能にしていたのだ。私とまったく逆の発想をする研究者がいたとはな・・・)
ドミンゴ博士が研究開発したナノテクノロジーのAIは『人体操作専用』だった。それが赤色のNeon Dustだ。そして、それをSSBRの研究所から博士はくすねていた。
(この赤色のNeon Dustをパウルに飲ませて、ここにある手足に装着する装置を使えばパウルの体を意のままに動かせるはずだ)
ラチエ博士はおもむろにリストバンド型の装置を手足に取り付けた。そのままパウルに近づく。
「来るな!こっちに来るな!体力だったら私のほうが上だ!博士、戦っても勝てないぞ!」
パウルが身の危険を感じて叫ぶ。
以前、ラチエ博士がボソッとしゃべった「恐怖と快楽、キミはどっちが好きだ?」の言葉が頭から離れなない。時折、思い出しては悪寒が走った。
水が入ったコップを手に持つとパウルの目の前まで近づく、パウルが博士に掴みかかる。右手で胸ぐらを掴み、左手で腕を押さえつけた。
ラチエ博士「ほらNeon Dustだよ」
博士の手の平に乗った赤いNeon Dustを奪うように掴み取ると無造作に口の中に放り込んだ。そして、博士が手渡したコップの水を飲み干す。
パウルは衝動的にNeon Dustに飛びついてしまった。
「プハァー!生き返る!」
――― 10分後 ―――
ラチエ博士は装置のスイッチを入れ、パンチするモーションをした。パウルが壁に拳をぶつける。
「イタイ!なんだこれは?」
何が起きたかわからないといった様子のパウルを見て、博士は鼻で笑った。
「フフッ」
(原理はモーションキャプチャーだ。仮想現実のアバターを動かすときと同じで、わかってしまえば簡単な理屈だった)
博士は装置のスイッチを切るとリストバンドを外した。
研究所のインターフォンが鳴る。『ピピピッ♪』
セキュリティモニターで来訪者を確認するとNEXA MILITECHの職員だった。
「ああ、いつも世話になってるね」ラチエ博士が職員を労う。
ラチエ博士が玄関先まで足を運び、NEXA MILITECHの職員から台車に載った3段積みの発砲スチロールを受け取った。
「お金は今、払うよ」
NEXA MILITECHの職員が端末機の画面にQRコードを表示させた。
ラチエ博士はQRコードを見ながらスマートグラスのボタンを押した。『ピコッ♪』
『決済が完了しました』AIの音声ガイダンスが流れた。
「またよろしくお願いしますね」職員たちが帰っていく。ラチエ博士は台車を研究所の奥へ運んだ。
ステンレスの台に発泡スチロールを並べ、箱から取り出したのは人間の脳だった。
「まぁ3つもあれば黒色のNeon Dustは完成するだろう」
どうやらこの3つの脳は新たな被験者のようだ。
1つずつ脳を瓶に入れていく。それぞれの瓶につながったケーブルとチューブを装置に接続する。
装置の電源を入れて脳波が正常なことを確かめた。
ラチエ博士は疑似現実を開始した。
クルト「ここはどこだ?真っ暗で何も見えない」
ガストン「誰だ?そこに誰かいるのか?」
シルヴェーヌ「ちょっと明かりつけてくれない?何も見えないわ」
部屋の明かりがついた。3人は気づけばソファに座っている。そして、目の前にはイシドール・ラチエ博士が椅子に座っていた。
3人が口を揃えていう「ここはどこ?」
AIのラチエ博士が答える「ここは私の研究所だよ。ようこそ!よく来てくれた。
まずはキミたちの住んでいる場所と名前を教えてくれないか?」
3人の住所と名前を用紙に記録した。
AIのラチエ博士「じゃあクルト、ガストン、シルヴェーヌはそろそろ帰ろうか。月1回ここに来てくれたらいいよ。心配しなくてもいい。軽い記憶障害だよ」
こうして3人の疑似現実生活は始まった。
――― 1週間後 ―――
生き残ったのはシルヴェーヌだけとなった。
AIのラチエ博士「今日はシルヴェーヌの問診の日だったね。すっかり忘れていたよ・・・」
シルヴェーヌ「博士、しっかりしてよね。私、このあと予定があるのよ」
AIのラチエ博士「そうか、それはすまない。今日は特別な日なんだ。ちょっと試したいことがあってね・・・」
現実世界のラチエ博士は瓶の中に少量の気分安定剤を投入した。
シルヴェーヌの目が虚ろになり「眠くなってきたわ」と呟いた。
AIのラチエ博士が、この世界は疑似現実であることを伝え「実際はキミは脳だけの存在になっている」と衝撃の告白をした。しかし、強い眠気に襲われたシルヴェーヌの反応は薄かった。
シルヴェーヌ「博士、よくわからないわ。モニターに映っている博士とその脳が『私』ってどういうこと?」
ラチエ博士「じゃあ今からこの黒いNeon Dustをこの瓶の中に入れてみるよ。もし気分が悪くなったらすぐに言って欲しい」
シルヴェーヌ「わかったわ」
そう言いながら彼女はソファにぐったりと持たれかかった。
ラチエ博士は黒いNeon Dustを瓶の中に投入するとシルヴェーヌの脳波が大きく脈打ち始めた。
博士は大きく息を呑んだ。
AIのラチエ博士「シルヴェーヌ、どうやら君は魔法が使えるようになったようだ。あのモニターに映っているドローンを動かしてごらん」
現実世界でラチエ博士がBluetoothのボタンを長押しした。『ピピピピコン♪』
Bluetoothが何かと紐づけされた音が鳴る。
ラチエ博士の目の前に置いているドローンはゆっくりと静かに浮かび上がった。
シルヴェーヌ「ほんとだ。浮いてるわ。私って天才」
シルヴェーヌの脳波はなんとか許容範囲で収まっている。実験は成功だ。
本物のラチエ博士は嬉しさのあまりシルヴェーヌの脳が入った瓶にキスをした。
https://note.com/hiroumimetavarse/n/n4c7d2e8c9cca?app_launch=false
画僧はnoteに置いています。




