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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第14章 ハンプトン・コートの幽霊編
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第239話 ずっと一緒に


「へい……か……っ」


 ソファでフランシスの毛繕いをしていると、しばらくしてドアが開き、よろよろとした足取りでロバートが姿を見せた。


 私室に訪れた時には跳ねそうなほど元気だったのに、えらい衰弱ぶりである。 


 たかだか診察でそんなに消耗することあるか?


 ロバートはおおげさな様子で、フランシスを乗せていた私の膝に縋りついた。

 もちろんフランシスは逃げた。


「陛下……あの医者の話では……俺はいずれ腹をわずらい死に至る病に冒されるのだと……」

「らしいわね。だから今のうちに、健康的な生活を送って、身体を壊さないように――」

「ううっ……言われてみたら腹が痛いような……あいたたたっ」

「ええっ? 大丈夫ロバート!?」


 急に腹痛を訴え、その場にうずくまったロバートに手を伸ばすと、その手をしかと掴まれた。


「陛下のこの神聖なお手で俺に触れて頂ければ、必ずやこの痛みも治まり病にかかることもないと……」


 手の甲に頬ずりしながら、なにやらのたまっている。


「……まぁ、それでロバートが長生きしてくれるなら、いいけど」


 聖別を受けた君主が直接手を触れることで、疾患が癒されるという迷信は広く信じられており、私も人に頼まれてやることが多い。

 自分にそんな力があるとはとても思わないが、実際、おかげさまで病が治りました! という手紙を結構もらう。


 病は気からと言うし、もしかしたら本当にこの時代の人には効くのかもしれない。

 きっと、奇跡というのは信じる人の心が起こすものなのだろう。


 私はソファを降り、床にうずくまるロバートの隣にしゃがんだ。

 ロバートが押さえている、お腹の辺りに手を伸ばして触れる。


「痛いの痛いの飛んでいけ~」


 ……でいいのか?


「効いた?」

「……力がみなぎってくるような心地です」


 ほんとかよ。


 調子の良いロバートが、腹部に触れた私の手に両手を重ねた。


「ですが陛下、やはり直接肌に触れていただかないことには真の効果は感じられないようです。せっかくですので、別室で特別な治療を……」

「下心しか見えねーんだよ、この不倫野郎」


 いつの間にいたのか、遅れて部屋に入ってきたレイが、聴診器をぶら下げたまま、座り込むロバートの真後ろに立って見下ろしていた。


 振り返り、見上げたロバートが眦を吊り上げる。


「俺は独身だ! 神に誓って不倫はしてないぞ!」

「出来なかっただけだろ」


 あまりもう誰も触れない、ロバートの痛い過去をザックリ突いてくるレイ。


「どうだったの? レイ。ロバートは」

「今んところは健康そのものだ」


 ロバートの話ではさっぱり分からないので、レイに確認する。


「だがやっぱり食生活だな。改善しなきゃ確実に歳食ってからガタがくる」


 胃癌の原因は生活習慣に寄るところが多いらしい。

 特にこの時代の富裕層は、何かと肉ばかり食べたがるので、それが原因だろうとは、レイも予想していた。


 レイを背に、ロバートが私の手を握ってチクってくる。

 

「陛下……! この男が、俺の食の楽しみすら奪おうというのです……!」

「肉ばっか食うな。野菜食え野菜。あと果物な」

「う~……っ」


 医者の指示に、ロバートが渋る。子どもか。

 そんなロバートを見下ろし、レイはもひとつ衝撃的な事実を伝えてきた。


「いい年扱いて好き嫌いすんな。そんなんだから中年太りすんだよ」

「なっ……」

「えー、ロバート太るのー?」

「そのようなことは……!」


 将来の肥満を予言された現役貴公子は、一通りうろたえた後、キッとレイを睨みつけた。


「き、 貴様はいつも、俺の運命を不幸に……!」

「おいこら泣くな! 不幸にならないように、今から努力しろって言ってんだ」

「ぐすっ……分かった」


 占いを信じやすい体質のロバートは、レイの予言(史実)にすっかり怯えきっている。


 そっかー。

 ロバート太るのか~。


 それはあんまり見たくないな。

 頑張って体型維持だ、ロバート。


「なんか2人って、いいコンビかも」

「はぁっ?」


 賑やかなやりとりを見ていた私の一言に、レイが聞き捨てならないというように振り返った。


「ほら、似たもの同士……ってわけじゃないんだけど、波長が合うって言うか」


 なんか同じレベルで会話してるっていうか。


「陛下、それは聞き捨てなりません。こんな幼稚な男と俺のどこに共通点があるというのです!」


 大真面目な顔をして抗議してくるロバートだが、自分で答を言っている。


「いつまでも少年の心を失わないって素晴らしいことだと思うの」

「お前、今完全に馬鹿にしただろ」

「そんなことないって~」

「帰るっ」

「あ、ちょっとレイ!?」


 機嫌を損ねたレイがそっぽ向き、プイと行ってしまった。


「まったく……」

「なんだあの男は。子どもか」


 止める間もなく部屋を出て行った男に、溜息混じりに呟くと、ロバートが呆れたように鼻を鳴らした。


 ほら、ロバートに言われてるし。


「でも、誰がいつ死ぬかを知ってるなんて怖くない? 私なら嫌。身近な人達が、いつ死ぬかなんて知りたくない。でもレイは、それを知った上で、運命を変えようとしてくれてる。それって、すごく不安だし、誰にでも出来ることじゃないと思うの」


 本当に運命に逆らえているのか分からないまま、努力し続ける怖さは私もよく知っている。


「私の頼みを聞いて、ロバートの運命を変えようとしてくれてるのは、すごいと思うし、感謝してる。ロバートが病気にならないで、ずっと私を支えてくれるなら、こんなに嬉しいことってないもの」

「陛下……」


 私の言葉に、感じ入ったように、ロバートは握る手に力を込めた。


「分かりました。陛下のため、そして俺自身のために、あの医者の言葉に従い、不断の努力を続けることを誓います」


 そう言って、握っていた私の手にキスを落とす。


「最後まで貴方の傍にいる……その男がこのロバートであることを、願っていて下さい」

「みぎゃー」

「む?」


 すぐ傍で聞こえたしゃがれた鳴き声に、私とロバートは同時に視線を床に落とした。


「あらフランシス。お膝に乗りたいの?」


 赤い首輪をした黒猫が、床に座り込んでいる私の膝に乗ろうと前足を片方かけているのだが、どうやら私にくっついているロバートが邪魔らしく、「どけ」と言わんばかりのふてぶてしい顔で見上げている。


「おいで、フランシス」


 私はロバートの手をほどき、立ち上がってソファに座り直して、フランシスを呼んだ。

 直ぐさま、身軽にソファーに飛び乗った黒猫が私の膝に収まる。


「くっ……陛下の膝を我が物顔で……!」


 こういう猫の傲慢さほど可愛いものはない。私の膝はフランシスのもので異存はないのだが、納得いかないらしい大きいウサギが歯噛みした。


「ロバートもここならいいわよ、ほら」


 大きなソファの隣が空いているのでポンポンと叩くと、ロバートが俊敏な動きでそこに座った。速い。


「ジョン・ディーとケリーの件は、ご苦労様、ロバート。良い形で、彼らに新しい人生を歩ませてあげられるようになったと思うわ」


 処分が迷走した渦中のふたりについて、私はロバートの労をねぎらった。

 2人が国家に貢献する形で再出発のチャンスを与えられたのは、ロバートの奮闘のおかげだ。


 だが、その話に及んで、ロバートは表情を曇らせた。


「今回、俺の至らなさで陛下を危険に晒してしまったことを深くお詫び申し上げます。また、俺が支援していたふたりへのご厚情に感謝します」


 姿勢を正し、謝罪と感謝を口にしたロバートはこうも言った。


「この後に及んで何を、と思われるかもしれませんが、聞いて下さい。先日お伝えした予言について――ディー自身は、占星術師の誇りにかけて、己の占いに偽りはないと申していました。陛下にはくれぐれも心にお止めになり、この助言に耳を傾けるようにと」


 ジョン・ディー自身は、誠実で献身的な人柄であり、女王の寵から外れたことを嘆きはしても、それで策謀家と通じて国家転覆を狙うような悪党ではなく、本気でエドワード・ケリーが天使と交信できると信じていたらしい。


 ウォルシンガムと密約を交わしたディーは、今後も変わらずケリーと行動を共にし、交霊と錬金術の研究を続けながら、どこか外国の宮廷の庇護を求めるという。


 ……なかなか粘着なおじさんだが、ケリーもこれだけ愛されたら少しは情が芽生えたりも……しないかもな。


 秘密情報部長官の鎖に繋がれている以上、今後も彼らの消息はイングランドに届くだろう。


 これから、彼らがどういう人生を歩んでいくのかは、また別の話だ。



『女王は、自らの意思でこの結婚を承諾せざるを得ない状況に陥る――』



 進行中のアンジュー公との婚約交渉について、ジョン・ディーが残した予言。


「そうね、心には留めておくわ」

 

 その不吉な予言を信じるつもりはなかったが、今後、不測の事態が起き、そういう状況に立たせる可能性が、ないわけではない。


「でも……ううん、何でもない」


 口にしかけた言葉を飲み込む。


 でも……本当に決断しなければいけない時が来たら、私も、迷うべきではないのだろう。


 それはきっと、この時代に生きる全ての女性が背負う、覚悟だから。






~その頃の占い師コンビ……



 英仏海峡を滑るその商船に、レスター伯ロバート・ダドリーの手引きによって、出国を許された2名の占い師が乗船していた。


 甲板に立ち、白波を眺める1人の少年と、男。

 耳を隠すように伸ばされた少年の髪が潮騒にすくい上げられ、痛ましい傷を晒す。

 

「エドワード、二人旅だなぁ」


 黙って灰色の海を見続ける少年の隣で、男は、穏やかにそう声をかけた。


「…………」


 少し風が強いその日、畏れる様子もなく舟縁に手を付いた少年は、不機嫌に押し黙ったまま、焦点の合わない目を遠い波の奥に投げかけていた。


「エドワード、色々あったが、やり直そう。なっ?」

「…………」


 イングランド宮廷で女王の寵も厚い重臣の信を得、宮廷占星術師として名声を得ていた男は、陰謀に巻き込まれ転がり落ちてもなお、この少年と研究を続けられる道を選べたことに満足していた。


「エドワード、交霊しよう。交霊」


 この男の粘り強い主張によって、九死に一生を得た少年エドワード・ケリーは、それでもムッスリとふて腐れたまま、視線も合わせずに答えた。


「……やだ……錬金術やりたい……」

「錬金術もやるけど、交霊もやろう、なっ」


 鬼の秘密情報部長官すらも動かした粘り強さと同じだけのしつこさで、説得を試みるディーに、ケリーは子どものように――子どもらしく頬を膨らませ、うんざりと陸地が近づくのを待っていた。


「ずっとずーっと一緒だからな、エドワード。無理せずゆっくりやっていこう、なっ」

「…………」



 そうして、2人はプラハに渡ったのであった――







第14章 完

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[良い点] 数年に一度クマさんとの絡みが見たくて 読み返してます。 [一言] だったーー(エコー) (by森本レオ) 4年近く経ちますが更新今でも楽しみにしてます。
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