第二話 イかれた書道教室
ここは防衛組織「リューグー」のメインオペレーションルーム。 近未来的な蒼いホログラムモニターが揺らめく中、重厚な金属音が響き渡っていた。
「頼む…頼むぞ葵ちゃん! 俺の全財産…いや、俺の将来がかかってるんだ! 査定を甘めにしてくれぇぇっ!」
パイプ椅子に正座し、拝むように手を合わせているのは知花樹 水雲だ。 その目の前には、前回の激闘で回収した3つの破損レコードが、特殊なガラスケースの中でカチリと音を立てて光を放っていた。
復元システムのコンソールを操作していた天才エンジニア、ウィリア・ガーモスがバイザーを上げ、穏やかに微笑む。
「復元完了だよ、水雲くん。3枚ともデータに欠損なし。『タラバガニレコード』として完全に実用化された」
「よっしゃあッ! さすがウィリアさん、愛してるぜ!」
「喜ぶのはまだ早いのではないかしら?」
冷ややかな声とともに、モニターからヘッドセットをつけた水無月 葵が画面を覗き込む。
「リューグーとの契約条項に基づき、回収したレコードの査定と精算を始めるわ。……タラバガニレコード3枚の標準買取価格は、1枚あたり15万円。合計45万円よ」
「よんじゅうごまん……!」
水雲の目が¥マークに変わる。だが、葵の指が容赦なくキーボードを叩いた。
「ここから前回の精算分38万6000円を差し引いて6万4000円」 「……はい?」 「というわけで、今回のあなたの手取りは6万4000円です。」
「な、なんでぇぇぇぇぇっ!? 45万稼いで手元に6万ちょっとしか残らねえってどういう計算だよッ!?」
水雲が頭を抱えてのたうち回る。胸のポケットから顔を出したデフォルメ浦島太郎AI[ウラシマ]が、落ち着いた口調で追撃した。
『モズク様。64000円の純利益では、大富豪到達までは程遠いですね...』
「うるせえ! 黙ってろウラシマ! …くそっ、葵ちゃん! このタラバガニレコード、2枚売る! 1枚は俺の予備としてストックだ!」
「分かったわ。じゃあ売却分30万円から精算して……はい、今回の残金はマイナス8万6000円ね」
「マイナス86000円...ただ、前に使っていたタラバガニレコードがイカレちまったから補充できただけましか...」
『そのマイナスを埋められるのかって話になると思うのですが...』
「まったくうまくイカねーー!!」
水雲の絶叫が、リューグーの地下基地に虚しくこだました。
一方その頃。光の途絶えた漆黒の深海溝、深海帝国「マリアナ」の作戦指令室。
禍々しいマントを纏った幹部・ヴォルカは、前回の機海獣ガザミの戦闘記録ホログラムを前に、不機嫌そうに顎を撫でていた。
「……解せんな。なぜ地上の青二才が、我ら深海人の『レコード』のエネルギーを扱えるのだ?」
側に控える機海獣開発班の兵士が不気味に身体を震わせる。
「システムとの適合率、エネルギーの波形……どれをとっても純粋な地上人のものではありません。あの者は一体……」 「フン、どのようなカラクリがあろうと関係ない。我が『全世界沈没計画』の足枷となるならば、破砕するまで」
ヴォルカは細長い鉤爪を鳴らし、暗闇の奥へと視線を向けた。 そこには、墨のような黒濁した液体に満たされた大型カプセルの中で、無数の不気味な触手を蠢かせる機械生命体が漂っていた。
「こいつを使い、華麗に地上人を深海の聖なるエナジーにしてやろうぞ」
そしてここ3日間、地上では新たな怪異が人々を襲っていた。 街のあちこちに存在する「書道教室」から、子供から老人まで、老若男女問わず人が一瞬にして姿を消す連続失踪事件が頻発していたのだ。
「葵ちゃん、事件の共通点は分かったか!?」
ポセイドリンクの画面に向かって叫ぶ水雲。画面の葵が眉をひそめながらデータを提示する。
『ええ。被害が発生した現場には、必ず尋常じゃない量の墨汁が残されていて、人は跡形もなく消えている。それに、窓やドアから侵入した形跡もないようです』
「どう考えても人間にできる技じゃないか……。待ってろよ! 一気に8万返して、さらにプラスにしてや……いや、囚われた人々を助け出してやる!」
『全部言ってるのと変わらない気がしますけど……それ』
夕暮れ時の街角にある「松風書道教室」。 水雲は調査のため、生徒のフリをして忍び込んでいた。教室には、硯に溜まった黒々とした墨の匂いが充満して、子供たちが先生に教わりながら筆を持っている。
「換気すらしてないけど、本当にここに入ってこれるのか?」
水雲が硯を覗き込んだ、その時だった。
グラリ、と視界が歪む。 硯の中に溜まっていた墨が、まるで意志を持った流体のように泡立ち、巨大な黒い渦を巻き始めた!
ザシューッ!!
「なっ!?」
墨の渦から飛び出したのは、無数の吸盤が蠢く巨大な鋼鉄の触手! 壁や天井を突き破り、黒い煙とともに現れたのは、8本の巨大な触手と不気味な複眼を持つ[機海獣タコ型:(デビルオクト)]だった!
「グガガガガッ! ターゲット……人間……回収……!」
デビルオクトが吐き出した黒い光線が教室を包むと、動揺している生徒や先生を光の蛸壺へと吸い込まれていく!
「させっかよぉぉぉッ!」
水雲はポセイドリンクをポセイドバックルへ装填! 腰に巻き付いたベルトの左の小箱からポートコネクトを取り出した。そして腕にポートコネクトを装着し、[シャークシップ]をソケットへ叩き込んだ!
「変身っ!(クリエイションっ!)」
『SHARK SHIP! CREATION!』
駆け巡る蒼い水流! 藍色とシルバーのアーマーを纏い、[ポセイド:マリン(サメベース)]へと変身を遂げる!
「ポセイド:マリン! 地上に住む海の覇者のご登場やで!」
マリンは爆発的な脚力で跳躍し、タコ型へ鋭い飛び蹴りを放つ! だが!
パシィィィンッ!
「ぐおっ!?」
空中で放ったキックは、タコ型のしなやかな触手によって容易く絡め取られ、マリンの身体は壁へと激しく叩きつけられた。
「グガガガッ!」
タコ型は8本の触手を縦横無尽に伸ばし、鞭のようにマリンを打ち据える。 サメベースの直線的で強力な打撃は、関節が存在しないかのようなタコ型の柔軟な動きにいなされ、全く決定打を与えられない。
「くそっ、手数が多すぎる! 触手がウジャウジャいて近づけねえ!」
『モズク様! 敵の多脚および柔軟構造に対抗するには、同じ無脊椎・多足系統のフォームへのチェンジを推奨します!』
「分かってる! 相手が多足なら、こっちもイカで対抗だ!」
マリンはイカの遺伝子データを宿した[スクイドシップ]を取り出し、ポートコネクトへ装填! 舵輪レバーを旋回させた!
『SQUID SHIP! CREATION!』
「まさかのさらに変身だ!」
『イカれたSQUID!ポセイドシステム•コード:マリン』
マリンのアーマーが瞬時に再構築される! 重厚なサメの意匠から、流線型で滑らかなイカモチーフのホワイトと紫の装甲、[ポセイド:マリン(イカベース)]へと姿を変えた!
背部と両肩から伸びる複数の触手状アーマー[スクイド・アンカー]を展開!
「行くぜぇッ!」
タコ型が放った8本の触手に対し、マリンは自らの触手アーマーを自在に操り、真っ向から絡め取った! 触手と触手が複雑に交錯し、火花を散らす。
「どうだッ! 手数ならこっちも負けてねえんだよ!」
イカの柔軟性とリーチを生かし、タコ型を引き寄せて無数の拳を叩き込む! 形勢逆転だ!
「これで終わりだッ!」
マリンがトドメの一撃を放とうと踏み込んだ、その瞬間。
「グガァァァァッ!!」
タコ型の巨大な口から、漆黒の「タコ墨」が爆発的に噴射された!
「うわっ! 暗っ!? なんだこれ!?」
視界が完全な暗黒に包まれる。通常の煙幕ではない。光を一切遮断する超高密度の特殊な墨だ。 マリンが視界を奪われ足踏みしている間に、タコ型は床の墨の中にスルスルと潜り込み、空間跳躍で逃走してしまったのだった。
リューグー基地の作戦室。 ヘトヘトになって帰還した水雲は、モニターの葵に向かって身乗り出した。
「あのタコ野郎、土壇場で墨を吐いて逃げやがった! 葵ちゃん、あの墨の解析結果は!?」
葵はモニターに複雑な波形データを映し出した。
『あの墨は特殊な光吸収粒子を含んでいて、可視光線だけでなく熱源センサーや赤外線すら完全に遮断するわ。まさに『完全なる暗闇』を作る性質を持っているの』
「完全なる暗闇……」
水雲は顎に手を当て、うーんと唸った。
「待てよ。タコ型は毎回、あの真っ暗な墨の中に潜ってワープして逃げてるんだよな? ということは……あいつ自身、常にあの『光のない暗闇』の中で活動してるってことか?」
『論理的にはそうなるわね。』
そして水雲の目がギラリと光った。
「勝機が見えたぜ! 葵ちゃん、仕掛けを作るぞ! 奴を誘き出し、生物としてのあいつの弱点を大いにつく特大のトラップだ!」
『...そもそも機海獣って生物なのかしら...?』
翌日。陽の光が燦々と降り注ぐ臨海公園の広大な芝生広場。 そこには、巨大な垂れ幕が掲げられていた。
『地域交流! 青空ビッグ書道体験フェスティバル!』
広場の中心には、畳数十枚分にも及ぶ巨大な特紙と、プールのような巨大な桶になみなみと注がれた大量の墨汁。 子供たちが笑顔で筆を振るい、大盛況を見せている。
「へいらっしゃい! どんどん書いてってねー!」
参加者のフリをして見守る水雲。 そう、このイベントは、町中に散らばる墨を一箇所に集中させ、タコ型を誘き寄せるために仕掛けた巨大な罠だったのだ。
案の定巨大な墨の桶が、ドクンと不気味に跳ねた。
「出たなッ!」
墨の中から、巨大な触手をくねらせて機海獣タコ型が飛び出してきた! 会場に悲鳴が上がる!
「みんな下がってろ! 変身っ!(クリエイション)」
水雲は即座に[スクイドシップ]でポセイド:マリン「イカベース」へと変身! 参加者たちを庇うようにタコ型の前に立ち塞がった!
「グガガッ! 愚かな……また暗闇に沈めてやる!」
タコ型は激怒し、再び大量のタコ墨を吐き出そうと口を開く。逃げに転じようとするタコ型に対し、マリンはニヤリと不敵に笑った。
「そう何度も同じ手にかかるかよ! ウラシマ、アレを出すぞ!」
『了解いたしました、モズク様。買い出しの成果を見せる時です』
~数時間前~
「葵ちゃん! やっぱこのタラバガニのレコードを売却する」
『えっ? あなた、手元に残すんじゃなかったの?』
「勝つための[投資]だよ! ウィリアさん、ショップからあの2枚のレコードを出してこいつと交換してくれ!」
水雲が指さしたのは、ガラスケースに並ぶ2つのカセットテープ。 深海の超巨大イカの能力を宿す[ダイオウイカレコード]と、強烈な発光能力を持つ[ホタルイカレコード]だった!
『別に構わないよ。ホタルイカが7万、ダイオウイカが8万だから、ちょうどタラバガニ1個と交換になるよ』
『しかしモズク様、タラバガニはなかなか手に入りにくいレコードですよ?本当によろしいのですか?』
「うるせえ! 奴を倒して新しいレコードをたくさんぶんどれば、大黒字になってお釣りが出るんだよぉぉっ!」
『取らぬ狸の皮算用...』
「ウラシマ、なんか言った?」
~以上回想~
「俺の全財産を賭けたコンボ、喰らいやがれぇぇっ!」
マリンは腰のホルダーから[ダイオウイカレコード]を取り出し、ポートコネクトへ勢いよく装填した!
ガチャンッ!
『RECORD CONNECT! ARCHITEUTHIS!』
マリンの両腕の触手アーマーが超巨大化! 錨のようにゴツく重厚な鋼鉄の触手[クラーケン・アンカー]へと変化する!
「逃がさねえぞドブタコォッ!」
逃げようとするタコ型に対し、マリンは巨大触手を射出! タコ型の巨体をガッチリと捕獲・拘束し、力任せに手元へと引き寄せた!
「グガッ!? 離せ……離せぇっ!」
「離すわけねえだろ! 続いてこれだッ!」
マリンはすかさずポートコネクトのスロットを操作し、[ホタルイカレコード]を装填!
ガチャンッ!
『RECORD CONNECT! FIREFLY SQUID!』
マリンの左腕に巨大な高輝度発光レンズが装着された。
「暗闇の中に引きこもってねえで、眩しい太陽の光を拝みやがれぇぇッ!」
マリンの全身から、太陽をも凌駕する超高輝度の閃光(超強烈フラッシュ)が至近距離で爆発的に照射された!
ズガアァァァァンッ!!
「グギャアアアアアアアッ!?? 目が……目があぁぁぁぁっ!?」
『嘘でしょ、本当に効くの!?』と葵は驚いていた。
そして、完全な暗闇環境に適応していたタコ型の視覚器官は、至近距離からの強烈な閃光によって激しいダメージを受け、激しく悶絶して麻痺状態に陥った!
「勝機! 一気に決めるぞ!」
マリンはポートコネクトの舵輪レバーを全力で旋回させた!
『FULL DRIVE! KRAKEN BLIND BEATING!(フルドライブ!クランケンブラインドビーティング!)』
マリンは自らも眩惑用のイカ墨を放って敵の周囲を覆うと、墨の中から無数に展開した触手アーマーで、タコ型に対して全方向から怒涛の高速連続打撃(タコ殴り)を叩き込んだ!
ドドドドドドドドドドドンッ!!
「グガァァァァァッ……!?」
「これで引導を渡してやるッ! ハァァァッ!」
ラストの強烈な突きがタコ型のコアを貫通! 直後、タコ型の巨体は激しい大爆発を起こし、露と消えた。 捕らわれていた人々も無事に救出され、青空の下に歓声が上がったのだった。
戦闘が終わり、夕暮れの公園。
爆発跡の瓦礫の中から、水雲は転がり出た破損レコードを回収していた。
「1、2、3……4つ! 4つもあるぞウラシマッ!」
『もしやすると『マダコ』や『イイダコ』などのレコードとして復元できるかもですね。さらに、高額レコードも混じっているかもですし今回は大収穫ですね!モズク様』
「へへっ! 投資は大成功だ! これで葵ちゃんに買い取らせれば、今度こそ大富豪への第一歩が...!」
後日、リューグーの会議室にて葵の冷ややかな声が響いた。
『今回もお疲れ様、水雲。』
『今回のレコード4枚の買取して、今のツケを差し引いたら……はい、8,000円よ』
「は、八千円!? 4枚も回収したのに8000円しか残らねえのかよ!?」
『タコ系のレコードは意外に多く取れて、内蔵されるエネルギー量も少ないからあんまり必要性がないんです。内訳を説明すると、[マダコ]が2個で4万円、[イイダコ]が一個で2万4千円、[イワシ]が一個で3万円、でもマイナスだった8万はもちろん相殺よ。おめでとう』
「なんか嬉しくねぇええ!」
『あの馬鹿でかいイベントにかかった費用を免除してるだけでも感謝はして欲しいんですよ?』
「ほんと...すんません...」
水雲はすごく落ち込んだ様子でリューグーを後にした。
……数十分後。 公園の隅にある小さなたこ焼き屋のベンチ。 水雲は泣きそうな顔をしながら、500円で買ったアツアツのたこ焼きをハシでつまみ、口の中へ放り込んだ。
「あちちっ……! でも……うめえ……」
『モズク様。タコ型機海獣の撃破により、間接的に美味しいタコ焼きにありつけたと考えれば、精神的収支はプラスかと』
「うるせえよウラシマ! 俺はたこ焼き食うために命張ってるんじゃねえんだよ!」
愚痴をこぼしながらも、水雲はハフハフとたこ焼きを頬張る。 その顔には、どこか満足気な笑みが浮かんでいた。
こうして、第2の事件も無事に(?)解決したのだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
実は、作品の重要アイテムである「レコード」の設定についてはかなり頭を悩ませました……!
機海獣を倒した時にどんなレコードがドロップするかは、機海獣の種類によってある程度属性が偏る場合もあれば、まったく予想外のデータが手に入るランダムな場合もあります。
さらにレコードには「レア度」が存在するのですが、このレア度は「攻撃力や技の強さ」ではなく「内部に内蔵されているエネルギー量(=リューグーでの売却・電力価値)」によって決まるというルールにしています!
強さだけでなく「どれだけのエネルギーになるか」というトレジャーハント的な面白さも、水雲たちの戦いと一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、次回『海の踊り子』でお会いしましょう!
※アイテム紹介の段①※
1. オーシャンシップ
海洋生物の遺伝子データや戦闘能力が格納された、「帆船(船)」の形をした特殊小型メモリー。
基本機能:
内部データをホログラフィックおよび実体エネルギーとして具現化し、全身に装甲や武装として装着することで「ポセイドシステム」を起動・発動させる。
主なバリエーション:
マリン(水雲)系統: シャークシップ、スクイドシップ など
他にどんなものが出てくるかは...内緒です!
2. ポートコネクト
ポセイド:マリン(知花樹水雲)が使用する腕装着型の専用変身器。
形状・特徴:
手首に装着するブレスレット型で、手前には舵輪状の回転式レバーが搭載されてる。
最大の特徴(拡張性):
ポセイドシステム用の変身器の中で唯一「レコード(カセットテープ型の拡張メディア)」を直接装填・拡張できる機構を持っている。
変身の流れ:
バックルにリンクを装填してベルトを出現させた後、ポートコネクトを左腕に装着し、オーシャンシップ(シャークシップ等)をセットして舵輪レバーを操作することで「ポセイド:マリン」へと変身する!!




