第一話 狩人は海の覇者?
「いらっしゃいませーっ! 絶品シーフードフェア開催中につき、今ならホタテのバター醤油焼きが大変お買い得となっておりますーっ!」
西日が眩しく差し込むファミリーレストラン[サンライズ臨海店]。賑やかな店内に、通りやすすぎる声が響き渡る。 接客スマイルを完璧に貼り付け、水差しとメニューを両手に手際よくテーブルを回るのは、知花樹 水雲、十九歳。どこにでもいるフリーターである。
「モズクくん、3番テーブルお会計ねー」 「ハーイただいま!」
バイトの最中に水雲は考え事をしていた。
(よし、今日のバイトは時給1050円×6時間で6300円。そこから源泉徴収が引かれて……くそっ、やっぱたかがバイトだなぁ)
その時、胸ポケットの小さなケースから、チリンと微かな電子音が鳴った。 水雲は目立たないようポケットから手のひらサイズの玉手箱型デバイスを取り出し、そっと蓋を開ける。すると、デフォルメされた手のひらサイズの浦島太郎、ホログラムAI[ウラシマ]がぬっと姿を現した。
『モズク様。本日も大変結構な労働精励ぶりにございますが、なんだか端ないですよ』
落ち着いた、どこか人を喰ったような声。水雲はピクッと眉をひそめ、笑顔を貼り付けたまま小声で吐き捨てた。
「うるせえウラシマ! 塵も積もれば太平洋になるんだよ! 一歩一歩足元を固めるのが大富豪への確実な道なんだ!」
『別にお金に執着するなと申しているのではなく、家でそういうことを考える方がよろしいのでは?というご提案なのですが...』
「だーッ! 黙ってろ! ほら、お客様が呼んでんだろ!」
水雲はウラシマをポケットの奥へ押し込むと、何事もなかったかのように「はーい、お伺いしまーす!」と次のテーブルへ走った。
だが、店内のテレビから流れてきたニュースの音声が、水雲の足をぴたりと止めさせた。
『…続いてのニュースです。先週から湾岸エリアの高校周辺において、生徒が相次いで行方不明となる連続失踪事件が発生しています。警察は誘拐と事件の両面から捜査を進めていますが、現場には目立った争った形跡がなく…』
ニュース映像に映し出されたのは、このファミレスから目と鼻の先にある[私立赤海高校]の校門だった。
「また失踪か……気味が悪いねぇ、最近このあたり」 「夜遅く出歩かないほうがいいわよ」
客たちの会話を聞きながら、水雲の目がすっと細められる。 ポケットの中で、ウラシマが小さく囁いた。
『モズク様。これはもしや……』
「あぁ……機海獣絡みの可能性はあるな……」
水雲はエプロンをキュッと結び直した。 いま、彼の脳裏に浮かんでいるのは、正義感あふれる顔からは想像がつかないほど現実的で魅力的な「計算式」だった。
(機海獣が出没しているってことは、あいつらを倒せば莫大なエネルギー源『レコード』が落ちる。それをリューグー本部に持ち込めば高額の歩合給! さらに部品の回収手当! 一撃で数か月分のバイト代が稼げるチャンスだ……!)
「店長ーっ! 急用ができたんで、今日の残りのシフト、上がりまーす!」
「えっ!? ちょっとモズクくん!? あ……おい! ゴラァ!」
制服を脱ぎ捨て、私服の上着をひったくりながら、水雲はファミレスを飛び出した。夕暮れの街へと駆け出していくその顔には、金に目が眩んだハンターの、不敵で獰猛な笑みが浮かんでいた。
事件の現場となった赤海高校の裏手。警察の立入禁止テープが張られた暗がりに、水雲は滑り込んだ。 すかさず胸ポケットからスマホ型の特殊通信デバイス[ポセイドリンク]を取り出し、画面をタップする。
ノイズと共に、青いホログラムウィンドウが空間に展開された。 画面に映し出されたのは、ヘッドセットを装着した一人の少女。防衛組織「リューグー」の天才ハッカー兼毒舌オペレーター、水無月 葵だ。
『遅いわよ水雲。バイトのまかないでも食い荒らしていたの?』
「言い草が相も変わらず酷えな葵ちゃん! こっちは大至急で現場に駆けつけた優秀なハンター様だぞ。それで、事件のデータはまとまったのか?」
葵は呆れたように息を吐くと、キーボードを高速で叩いた。
『赤海高校を含め、ここ数日で失踪した高校生は計5名。防犯カメラの映像を解析し、ディープラーニングでアルゴリズムを弾き出したわ。被害者の共通点は一つ。「特定の制服」よ』
「制服?」
『ええ。被害者は全員、高校の「紺色のブレザー」を着ていた時に襲われている。敵のターゲット検索プログラムが、ブレザーの形状と色彩パターンだけを認識して自動抽出しているようね』
「なるほどな……つまり、紺色のブレザーを着た高校生を囮にすれば、向こうから釣れるって寸法だ!俺天才!!」
葵は冷ややかな目を水雲に向けた。
『勘違いしないでね。リューグーは市民の安全を守る防衛組織であって、危険な囮捜査を推奨しない。ただし、発生した機海獣を無効化し、奴らがドロップする『レコード』を回収して本部に提出すれば、正規の歩合報酬が支払われる。規約通りにね』
「へへっ、言われなくても分かってるって! レコード1枚につき、リューグーからの買取基準価格は……ふふふ、考えるだけでヨダレが出るぜ」
『いつも通り、戦闘によるインフラ破壊や私有物の損壊が発生した場合は、もちろんあなたの報酬から相殺して損害賠償として請求するから、そのつもりでね』
「げっ!? 相変わらず容赦ねえな……!」
『所詮、あなたは組織の人間ではないですから...』
「はいはい、わかってますよ〜だ!」
水雲が葵と通信を交わしているその頃。 陽の光が絶対に届かない、水深数千メートルの漆黒の底…深海溝にそびえ立つ、異形のアジト。 海底連合会「マリアナ」の作戦指令室では、重苦しい静寂の中に禍々しいオーラが渦巻いていた。
「地上人どもめ。我ら深海の人類を虐げ、豊かな資源を独占し、ぬくぬくと太陽の恩恵を貪りおって……」
影の中から進み出たのは、幹部の一人、ヴォルカ。 その身に禍々しい甲冑を纏った男は、冷酷な眼光でホログラムに映し出された地上の都市を見下ろしていた。
そして、玉座に鎮座する絶対的な支配者、カイザーヴァルナが重々しく言い放つ。
「古の怨念を晴らす時が来た。全世界沈没計画『グラン・サンクン』……この作戦を成功させるためにも、しっかりと任務を遂行せよ」
その言葉に、その場にいた一同が一斉にヴァルナへ頭を下げた。
黄昏時の赤海高校。放課後の校舎は静まり返り、部活動を終えた数人の生徒たちが下校の途につこうとしていた。
「今日の部活、疲れたねー」 「明日も早いし、早く帰ろ……」
紺色のブレザーを羽織った女子生徒二人が、運動場にある裏口に向かって歩いていた、その時だった。
ズズズ……ッ!
突如、足元の地面が激しく振動し、不吉な亀裂が走った。
「キャッ!? な、なに!? 地震!?」
「待って、下から何か聞こえ……キャアァァア!!」
悲鳴を上げる生徒たちの目の前で、大量の土砂を撒き散らして地上へ姿を現したのは、体長2メートルを超える巨大な鋼鉄の塊[機海獣カニ型]だった。
「グガガガガガッ……! ターゲット……ブレザー……検知……回収……!」
蒸気を噴出しながら、金属が擦れ合う不快な重低音を響かせる。両腕に備え付けられた巨大な鋼鉄のハサミが、カチカチと威嚇するように打ち鳴らされた。
「嫌ぁぁぁぁぁっ! 助けて!!」
腰を抜かした女子生徒に、ガザミの巨大なハサミが容赦なく振り下ろされる!
サッ!
「っと、危ねえな!」
ハサミが少女を押し潰す寸前、風を切り裂いて躍り出た影があった。 水雲だ。彼は凄まじい脚力で滑り込むと、女子生徒二人を両腕に抱え上げ、間一髪でバックステップを切った。
ドガァァァンッ!
ハサミが空を切り、地面が激しく揺れて亀裂が走る。
「大丈夫か、お嬢さんたち! 怪我はないか!?」
「あ、あなた……誰……!?」
助け出された女子生徒が、息を呑んで水雲を見上げる。 水雲は女子生徒達を降ろすと、ニッと不敵に笑ってみせた。
「バイト上がりの通りすがりのハンターさ。ここは危険だ、奥へ逃げろ!」
『サボりの間違いなのでは?』
「うっせーよ、ウラシマ!」
水雲はポケットから「ポセイドリンク」を勢いよく取り出した。 スマホ型の画面にリューグーの紋章が浮かび上がり、重厚な電子音が鳴り響く。
『SYSTEM: POSEIDON LINK ACCEPTED.』
水雲はポセイドリンクを専用のバックルカバーに装填! ジャキーン!と鋭い金属音が響く。
「とりま行くぞ、ウラシマ!」
『はいはい、承知いたしましたよ、モズク様。ポセイドシステム、起動プロセスに入ります』
バックルを腰に押し当てると、左右から磁気エネルギーの帯が自動で伸び、水雲の腰をがっちりとホールドし、左には小箱、右には[レコード]が3つセットされたホルダーが出現する。 水雲はベルト左側の小箱から、舵輪のレバーが備え付けられた腕装着型ブレスレット[ポートコネクト]を取り出し、左腕に装着した。
そして、ポケットから大事そうに取り出したのは、蒼く輝く帆船モチーフの小型メモリー。キーアイテム[シャークシップ]だ。
カチリ!と音を立てて、シャークシップをポートコネクトのソケットへ装填する。
『SHARK SHIP! READY!』
ポートコネクトから重厚な待機音が鳴り響く。水雲は手前の舵輪レバーを勢いよく上へ倒し、一気に旋回させた!
「変身!!」
[サメテルSHARK!ポセイドシステム•コード:マリン]
ギギギギッ! ドシャァァァン!
水雲の真下から大量のサメの幻影が現れ、渦を作り出してその身体を包み込む。 藍色と鮮やかなシルバーの重厚な装甲が全身に吸着し、胸部には船の錨とサメの開口を模したプレートが形成された。頭部にサメの鋭い背鰭を模したバイザーが装着され、両目が蒼く閃光を放つ。
ポセイド:マリンの誕生である。
衝撃波によって周囲の粉塵が吹き飛んだ。 壁の陰から恐る恐る覗き込んでいた女子生徒が、そのあまりにも圧倒的な姿に息を呑み、震える声で呟いた。
「い、一体……なになの……!?」
ポセイド:マリンは、指をパチンと鳴らし、両拳を固めて不敵に胸を張った。
「ポセイド:マリン。地上に住む、海の覇者だ!」
「障害物……排除……!」
機海獣ガザミはターゲットをマリンへと切り替え、巨体を揺らしながら突進してきた。右腕の巨大なハサミが、暴風を伴ってマリンの首元へ迫る。
「速さなら負けねえんだよ!」
マリンは足裏の装甲にサメの強い咬合力をエネルギー変換して集中させ、爆発的な脚力で横跳びした。ハサミが虚空を切り、背後の壁を粉砕する。
「ハッ!」
空中を舞ったマリンは、着地と同時にガザミの側腹部へ強烈なローキックを叩き込んだ!
ドカァァンッ!
「グガッ!?」
「まだまだぁっ!」
続けてミドルキック、ハイキック、踵落とし! サメの歯のように鋭い衝撃波を伴う怒涛の足技ラッシュが、ガザミの重装甲を激しく打ち叩く。バチバチと火花が散り、ガザミがたまらず後退した。
だが、ガザミの装甲は想像以上に頑丈だった。
「チッ……硬えな! さすが甲殻類、生半可な打撃じゃ芯まで届かねえか!」
『モズク様、敵のハサミおよび外骨格は超硬質合金で強化されています。肉弾戦のみでは決定打に欠け、戦闘時間が長引けば校舎の全壊確率が87%まで上昇いたします』
「全壊!? ふざけるな、そんなことになったら俺の歩合給が全部修理費で消えちまうだろーが!」
マリンは絶叫すると、腰にある右のホルダーからカセットテープ型の[ノコギリザメレコード]を引っ張り出した。
「これを使って一気にカタをつける!」
マリンは左腕の「ポートコネクト」にある拡張スロットへ、ノコギリザメレコードを勢いよく押し込んだ!
ガチャンッ!
『RECORD CONNECT! SAW SHARK!』
ポートコネクト内部の磁気テープが高速回転を始める。 マリンの右腕の装甲が組み替わり、巨大なチェンソー状のノコギリ型大剣――「ソー・ブレイクブレード」がホログラムエネルギーとともに実体化・装着された!
ガガガガガガガガッ!と、超振動するノコギリの刃が激しい火花を散らす。
「グガガァァッ!」
ガザミが両腕の巨大ハサミを同時に突き出し、マリンを挟み潰そうと襲いかかる。
「切断してやるぜ! 喰らいやがれッ!」
マリンは踏み込み、ソー・ブレードを力任せに横一閃へと振り抜いた!
ズバババババババッ!!
「グガ……ッ!?」
激しい金属摩擦音の直後、ガザミの自慢である両腕の巨大なハサミが、豆腐のようにあっさりと切断され、重い音を立てて転がり落ちた。
「仕上げだ! ウラシマ、必殺技のチャージ!」
『了解いたしました。ポセイドシステム、フルドライブ!』
マリンはポートコネクトの舵輪レバーを再び全力で回転させた!
『FULL DRIVE! JAWS DESTRUCTION KICK!』
「はぁぁあああ!!」
マリンの全身から蒼い水流のエネルギーが爆発的に噴出する。 マリンは一気にガザミに近づき、10連続の超高速キックを叩き込んだ!
ドドドドドドドドンッ!
「グギャアアアアッ!?」
連続キックの打撃音とともにガザミの巨体が上空へと跳ね上げられる。 マリンもガザミを追いかけ跳躍すると同時に、彼の影から巨大なサメのグラフィックホログラムが出現した。 上からガザミを蹴り落とし、下からくるサメの巨大な顎がガバッと開いて、空中から落下してくるガザミを丸呑みにする!
ドカンッ! チュドォォォォォンッ!!
激しい爆発とともに、機海獣ガザミは跡形もなく粉砕され、夜空に綺麗な大輪の花火を咲かせたのだった。
煙が収まった運動場。 変身を解除した水雲は、肩で息をしながら膝をついた。
「ハァ……ハァ……やったか……」
爆発跡の瓦礫の中に、コロコロと転がり落ちる黒い物体があった。カセットテープの形をした、破損状態のレコードだ。しかも、一つではない。
「1、2、3…おいウラシマ、3つもあるぞ!」
『おぉ! これはかなり大きな収穫では?』
水雲は目を輝かせ、落ちていたレコードを猛烈な勢いで拾い集めた。
「よっしゃぁぁぁッ! レコードが3つ! これを修復して、リューグーに買い取らせれば……今月の家賃どころか、寿司を腹いっぱい食ってもお釣りが来るぞ!!」
物陰から恐る恐る姿を現した女子生徒たちが、歓喜の声を上げる水雲の姿を呆然と見つめていた。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございました……」
「あなた、本当に何者なんですか……?」
水雲はレコードをポケットに大事そうに仕舞うと、キリッとした決め顔を作り、親指をグッと立てて見せた。
「礼には及ばないぜお嬢さん方! 俺は通りすがりの…」
ピピッ、とポセイドリンクから容赦のない電子音が鳴り響いた。 画面に葵の冷ややかな顔が映し出される。
『お疲れ様、水雲。戦闘の録画データを確認したわ』
「葵ちゃん! 見てくれたか!? レコードを3つもゲットしたぞ! 早急に修復と買い取り査定を...」
『ええ、査定の前に清算のお話よ』
「……はい?」
葵は淡々と、手元のタブレットの計算結果を読み上げ始めた。
『あなたの必殺技で破壊された校舎の壁および体育館の天井、他にもグラウンドの修復費、倒壊した防犯カメラの賠償金、諸々合わせて、合計38万6000円になります』
「ぶッ!? な、なんでそんなにかかるんだよ!!」
『当然でしょ? もう一度言うけど、あなたはリューグーの人間じゃないの。ポセイドシステムを無償で提供して、レコードもそれなりに色をつけた価格での買取。それに、そもそも今回の損害保証も8割はリューグーが負担してあげてるからこの価格で済まされているんです。つべこべ言わず、今回のレコード3枚の買取予定価格から相殺しておきますね。…足りなかった場合、その分は、次回の歩合給から天引きです』
「ふざけるなーッ! 俺の寿司が! 俺の家賃がぁぁぁぁぁっ!!」
『何ですか?そんなに文句があるなら、全額請求してもいいんですよ?』
「そ、そんな、文句だなんて……w 。リューグーさんには感謝しても仕切れないっすよ〜」
急にゴマをすり出す水雲。そしてそれを冷ややかな目で見るウラシマ。助けられた女子生徒たちは、さっきまでの格好良さとのギャップに、ただただポカーンと口をポカンと開けて佇むのだった。
そして、光の届かない漆黒の深海。
「ポセイド……ネズミが一匹、地上でチョコマカと邪魔をしているようだな……」
ヴァルナはモニターに映し出された水雲の姿を睨みつけた。しかし、ヴォルカは凶悪な笑みを浮かべる。
「だが無駄なことですよ。我が『グラン・サンクン』の歯車は、既に動き出しているのですから!」
深海の闇の底で、更なる大きな災厄の影が、静かに膨れ上がろうとしていた。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます!
この作品は、特撮ヒーローが大好きな私自身が「こんなヒーローを見てみたい!」「自分がこのモチーフで描くなら、どんな敵や変身アイテムにするだろう?」という妄想を形にした企画の第1弾になります。
最初は「ドラゴン」をテーマにしようかと考えていたのですが、「少しありきたりかも……?」と思い、あまりメインで扱われることの少ない「海洋生物」をテーマに選び、執筆をスタートしました。
小説を書くのはこれが初めてで、Geminiに下書きを読み込ませて、添削や表現の提案をしてもらいながら試行錯誤して執筆しております。まだまだ拙い部分もあるかと思いますが、この『海洋伝説』という作品を通して、自分自身も成長していけたらと思っています。
更新はゆったりとしたペースになりますが、少しでも「面白い!」と感じていただけたら、次回も読んでくださると嬉しいです♪(全30話構成で制作を予定しております!)
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
それでは、次回第2話「イカれたの書道体験」でお会いしましょう!!




