第十一話 逆転
王都の夜は、思っていたより静かだった。
中心部を少し外れれば、人通りも減り、喧嘩の騒ぎは嘘のように消える。
石畳の道を歩きながら、俺は小さく息を吐き、呟いた。
「ふぅ……さすがに限界だな」
体。重心が重い。
足も、まともに力が入っていない。
バイロンが立ち止まり、後ろを振り返る。
「顔色が悪いね。大丈夫かい?」
「……大丈夫です」
反射的に答えるが、説得力はない。
バイロンは少しだけため息をついた。
「無理をしない方がいいさ。今日はここに泊まろう」
指差した先には、小さな宿があった。
王都の中心から少し外れた、落ち着いた雰囲気の建物。
「ここに泊まるよ」
「……いいんですか?」
「構わない。明日は試験だしね」
人差し指を立てながらバイロンは言う。
「君の状態で無理をさせるほど、私は無能じゃないさ」
……言い方は冗談ぽく言っているが、ちゃんと俺を気遣っているのがわかる。
「ありがとうございます」
宿の中に入ると、木の香りが広がった。
受付で簡単なやり取りを済ませ、部屋の鍵を渡される。
部屋の前まで、一緒に行く。
「早く休んだ方がいいよ。明日のためにね」
「わかりました」
腕にある時計を見つめ、バイロンが言う。
「明日。6時30分に迎えにくるよ。それまでに支度よろしくね」
そう言い残し、廊下から去っていった。
俺は部屋に入った瞬間、体の力が抜けた。
そのままの勢いでベッドに倒れ込む。
「……柔らかい」
剣だった頃には、感じることのなかった感覚。
少しだけ、本当に少しだけ、笑う。
だが、すぐに意識が沈み始めた。
(……明日、か)
学園。
試験。
そして――
(あのク○貴族……)
あいつの顔を思い出しながら、小さく息を吐く。
(まあ、どうでもいいか)
今はただ、眠い。
視界が、暗く落ちていった。
翌朝。
目を覚ました瞬間、空気が違うと分かった。
体が、軽い。
「……回復、してるな」
昨日までの重さが、嘘みたいに消えている。
拳を軽く握る。
力も入る。
「これなら……いけるか?」
部屋を出ると、すでにバイロンが廊下に立っていた。
「うん。時間通りだね。よく眠れたかい?」
「はい」
バイロンは一度、俺を見て頷く。
「顔色も戻っているね。いい傾向だ」
そのまま歩き出す。
「行こう。時間は有限だ」
外に出ると、朝の王都は活気に満ちていた。
人の流れが、一方向に向かっている。
その先に見えるのは、巨大な門。
そして、その奥に広がる建物群。
「……あれが」
思わず呟く。
バイロンが答える。
「そ。王立統合魔法学園だ」
圧倒的な存在感。
門の前には、すでに多くの受験者が集まっていた。
豪華な装備の者。
魔力の気配を隠そうともしない者。
そして、俺たちを見る視線。
ざわめきが広がる。
「……バイロン卿?」
「なんであの人が……」
ヒソヒソとした声。
そして、その中に混じるあからさまな敵意。
「……来たか」
ふと、聞き覚えのある声。
視線を向けると、あの貴族の少年が、こちらを睨んでいた。
「随分といいご身分だな、平民」
口元が歪む。
「先生に連れられて登場とは」
周囲の視線が、さらに集まる。
完全に目立っている。
バイロンは気にした様子もなく言った。
「さて、もうすぐ時間だよ」
短い一言。
だが、それだけで空気が引き締まる。
「試験をな」
俺は、一歩前に出る。
視線が突き刺さる。
だが、もう迷いはない。
(……ここからだ)
静かに、息を吐く。
俺の思いは、皆に共通する思いだったのだろう。緊張の空気がその場を支配する。
瞬間、俺の背中に悪寒が走る。この感覚は……!
「受験生。揃ったか?」
声が聞こえた方の空を見ると、二十代にも満たなそうな男が空に立っている。服装は、全身黒ずくめだ。
「受験生。今から、入学式を始める」
その言葉と共に、その男の真下の大きな扉が音を立てて開く。中には、成人男性1人分ぐらいの大きさの紫色の結晶がある。
俺は、この物体を昔見たことがある。
確かあれは……。
「あれは魔石だ。一次試験は、この魔石で、一定以上の数値を叩き出すこと」
その男が指を鳴らすと、魔石の上に"80"と数字が表示される。
「この数値を越えなかった者は、即座に試験を打ち切る」
男は最後にニヤリと笑って言う。
「では諸君。頑張って結果を出してみたまえ」
その言葉で、男は飛んで行ってしまった。




