第十話 出会い
「盗んだのは、君でしょう?」
空気が、凍りついた。
男の顔から血の気が引いていく。
「な、何を言って……!」
声が震えている。
バイロンは一歩だけ前に出た。
「さっきから見ていたが、妙だったんですよ」
静かに、だがはっきりと言う。
「ぶつかった直後に距離を取る動き。あれは偶然じゃないよね?それに、逃げる時の足運び……慣れている」
男の肩がびくりと震える。
「つまり、君は“常習犯"だよね?」
その言葉は、ある意味死刑宣告だった。
男は何も言えなくなる。即座に兵士が動いた。
「話は署で聞こう」
腕を掴まれ、男は引きずられていく。
「ち、違!俺に手を出したらどうなるか……!」
続きの言葉はすぐに遠ざかっていった。
ざわめきが、少しずつ収まっていく。
バイロンは、今度はゆっくりと俺の方を見た。
「……さて」
その視線はさっきまでと違い、値踏みするような目だった。
「君、名前は?」
「ハレ……です」
俺は短く答える。
バイロンは小さく頷いた。
「なるほど。ハレ君か」
そして、手に持っていた推薦状を軽く持ち上げる。
「これを書いた人物を知っているか?」
「……世話になった人です」
バイロンの口元がわずかに緩む。笑ったような、嬉しそうな、そんな表情だった。
「そうか。なら納得だね」
周囲にいた貴族の少年が、苛立った声を上げる。
「バイロン先生。そんな平民に何をしているんですーー」
「君は黙っていなさい」
一瞬で、貴族の少年を黙らす。
空気が、重くなる。
少年は言葉を飲み込んだ。
完全に格の差を叩きつけられている。
バイロンは再び俺を見る。
「君は今から学園へ向かうつもりだったな?」
「……そのつもりです」
「やめておけ」
即答だった。まるで、来ることを予想していたような対応だ。
思わず俺は眉をひそめる。
「なぜですか」
「っ。今の君の状態では、門で止められる」
何か言いかけていたが、すぐに取り消した。
まあ……確かに、今の俺はボロボロだ。
疲労も抜けていない。
「それに」
バイロンは少しだけ目を細めた。
「面倒な連中にも絡まれる」
ちらりと、さっきの貴族を見る。
少年は忌々しげに俺たちをキッと睨み、舌打ちをした。
「……チッ」
バイロンは構わず続ける。
「だから、」
一歩俺との距離を詰めて、手を差し出す。
「私が連れて行こう」
周囲がざわつく。
「なっ……!?」
貴族の少年が声を上げる。
「バイロン様!そんな得体の知れない――」
「二度目だ」
低い声だった。
「次は聞き流さないよ?」
完全に黙らせた。
バイロンは俺にだけ視線を向ける。
「どうする?」
試すような目。
だが、その奥には確信があった。
「君はあの人に選ばれている。つまり、一種の怪物だ」
――あの人。神父のことだ。
俺は少しだけ考える。
そして、バイロンの手を取り、答えた。
「すみませんが……世話になります」
バイロンは満足そうに頷き、笑った。
「うん。いい判断だ」
そう言って、背を向ける。
「ついてきなさい」
歩き出す背中。その背中には迷いがない。
俺はその後ろを歩き出した。
すれ違いざま、あの貴族の少年と目が合う。
「……覚えとけよ」
小さく、だが確かに聞こえる声。
俺は何も言わずに、前を向いた。
(めんどくさ……どこぞの悪役かよ)
だが、それ以上に。
(少し、面白くなってきた)
王都での旅は、まだ始まったばかりだった。
今日の20時30分にも、書けきれれば投稿します。




