第48話 天火炎槍
「妖術・火炎球!」
物部の妖術は発動が速い。術式詠唱とほぼ同時に、巨大な火球が晶を襲う。それは周囲の空気が歪むほど高熱で、即座に晶は炎の中に消えた。
(やったか……いや……)
物部は目を細めて、自らが生み出した火の海に人影を求める。
やはり──燃え盛る炎の奥に、ゆらりと人影が見えた。
「発動直後に最大火力……あの鼻タレ小童が、なかなか成長したようですね。百花壁とやらは無駄骨でしたか」
肩についた塵をパンパンと叩きながら、晶は平然と火炎の中を歩く。
「この高温をただの氷壁でガードするのか……」
最高速度に加え、最大火力をのせた一撃だった。
(バケモノめ……だが、想定内だ)
物部は続けざまに大技を発動する。
「王女もろとも消し炭になれ! 妖術・天火炎槍!」
空を覆っていた灰色の雲が一斉に燃え上がる。熱風が空から吹き下ろし、雲の下にいる者は息さえできない。そして間もなく、数百という炎の槍が地表に向けて降り注ぐ。
「華源、意識があるなら自分で身を守れ!」
物部が叫んだ。攻撃範囲を制御できるほどの妖力は、もう残っていない。晶の百花壁は、しっかりと物部の妖力を奪っていたのだ。
「は……い……たいちょ」
仰向けに倒れていた華源は、なんとか声を絞り出す。リクに吹き飛ばされた衝撃で、華源の意識はまだ朦朧としていた。物部の言葉に反応して目を開ければ、燃え盛る雲の中から大量の火の槍が降ってくる。
(隊長の天火炎槍……。水壁はダメだ。あの温度の火に触れたら爆発する。今の私にあの熱量に対抗できる氷壁が張れるだろうか。攻撃範囲から逃げる? 無理だ。たぶん左足の大腿骨が折れている。立ち上がることすらできない)
華源はそれでも最適解を導き出す。第7教導隊はどんな窮地にあっても最後まで諦めないのだ。
「妖術・旋風」
消え入りそうな詠唱で、華源は動けない自分の周りに旋風を発生させた。自分が旋風の“目”になって、火の槍を吹き飛ばすのだ。もちろん、こんなもので防げるのかは分からない。ただ、今の自分にできるのはこれが限界だったし、生きるための唯一の最善策であった。
(ああ、でも隊長に殺されるなら、まあ、それも悪くない死に方だけど……♡)
晶はいったん火のついた空を見上げ、それから栄生と蒔絵、三太に視線をやる。栄生はすでに天火炎槍に気がついているようで、忌々しげに空を睨んでいた。
「姫さまっ! 曲風を!」
晶は背後の栄生に言った。
曲風は文字どおり風の軌道を曲げる。火であろうと水であろうと、かまいたちの妖術は例外なく“風”を基礎に組まれている。であれば、この火炎槍の軌道を変えることも可能だ。ただ、曲風は有効範囲が狭い。大量の対象物には有効とはいえない妖術だ。しかし、栄生の使える妖術では曲風以外に選択肢がない。
(せめて曲風でご自身だけでも……いや、間に合いませんか。落下範囲が広すぎる)
次に晶の目はリクを捉える。なんとか両足で立ってはいるものの、足元がおぼつかない。目は虚ろで、すでに意識がないようにも見えた。
おそらく強大すぎる栄生の妖力をまだ制御できないのだ。
と、次の瞬間。
信じられない事態が起こる。
晶の視界からリクが消えた。




