救いの言葉
「見てらんないねぇこりゃ」
フーグラーはあまりに凄惨な光景に倒れるログケプトとキオンフェクスからカメラを逸らした。
「他愛ない」
一方のアルトゥルは一仕事終えたといった感じで一息つくと、悪魔のごとき姿から元の優男の姿に戻った。
「ん?アストくんは追わないの?」
「一番の目的は達成したんだ。その必要はないだろう」
アルトゥルは戦いの後が色濃く残る散乱した車両倉庫を見渡して、満足そうに笑った。
「採取は?」
「もちろんできてますよ。あなたがハッスルしてる間にこっそりと」
「グッド」
「これからさらに集めていきますし。だから、できればすでに死に体の特級タッグとなんか戦わないで欲しかったんですけどね。色々と手間が増えるんで」
「それは悪いことをした。だが、私はその気がなくとも、奴らから仕掛けてきたからな」
「わかってますとも。というわけで、お仕事頑張ります」
そうフーグラーが言うと、本社ビルから発信された彼の脳波を受け取ったカリギュア達が散らばっていった。
「やはりお前の能力は便利でいいな」
「確かに道具さえ揃えば、ボク以上のパシりはいないだろうね」
「あまり自分を卑下するな。この私の役に立っているのだから」
(これをマジで褒め言葉として言ってるからなこの人は)
フーグラーは傲慢という概念さえ超越したアルトゥルに心底呆れたが、決して表には出さなかった。下手に機嫌を損ねたら、視界の端に映る特級タッグみたいになってしまうから。
「あ!あれはどうします?」
また別のものが視界の片隅に捉えたフーグラーはドローンを左右に動かし、アルトゥルの目線と意識を誘導させた。
「あれか……ちょうどいいから、奴らにアスト・ムスタベを追わせるか」
「でも、彼らは……」
「私には理解できない概念だが、負けることによって成長することもあるのだろう?弱者というのは」
「彼らはそういうのを糧にできるタイプじゃないと思いますが……でも、アルトゥルさんにあんなことされて、尻に火は着いてますから、案外今までにはない力を発揮してくれるかも」
「手負いの獣が一番危険だと言うしな」
「それならアストくんを放っておいた方が良くない?その言葉に今、一番当て嵌まってるのは彼ですよ」
「そう言われれば……」
アルトゥルは顎に手を当て、考え……なかった。
「……どうでもいいか。アスト・ムスタベが勝とうが、奴らがリベンジを果たそうが、この覚醒者の王たる自分の覇道には何の影響もない」
「自分から言っておいて、自分が一番先に興味をなくすとか、いくらなんでも王様過ぎますよ」
「フッ……では、王様らしく命令を下そうか。フーグラー、そいつらを叩き起こせ」
「ほれ、水だ」
「ありがとうございます」
助手席に座っているザットから手渡されたミネラルウォーターのペットボトルを開けると、人間の姿に戻っているアストは口をつけ、一気に喉に流し込んだ。
地下から隠し通路を通って地上に脱出した解放戦線は敵を撒くために、少人数に分かれた。そんな中で、アストは幹部のネイザン、バーズリー、ザットとともにすっかり暗くなったプロティーブルを車で疾走していた。
「ぷはっ!生き返る!!」
ミネラルウォーターを一気に飲み干すと、人間形態なのに青白いまんまだったアストの顔の血色が良くなったように見えた。
「大袈裟な。もしかして水を操るエヴォリストだから、水を飲むと回復するのか?」
「ちょっとした傷くらいなら、今みたいにミネラルウォーター一本で治りますね」
「……マジか。冗談で言ったのに」
人間離れした超人的な体質に今度はザットの方が青ざめた。
「ちなみに一番いいのは、海の中で眠ることですね。結構な大怪我でもうまくいけば一晩くらいで」
「無茶苦茶だなエヴォリストってのは……」
「ちなみに水風呂なんかでは代用できないのか?」
「できますよ。海の時より時間がかかりますけど」
「では、これから行くセーフハウスで入るといい。少なくとも今よりはマシになるだろう」
「では、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
「………」
「……コルバックさん?」
ネイザンはアストのボロボロの顔をじっと見つめると、悲しげに目を細めた。
「落ち着いてこうして見てみると思ったより若いんだなと思ってな。襲撃の時に少し顔をちらりと見ただけだから、勝手にもっと年を重ねた熟練の戦士だと印象を上書きしていた。あの戦いぶりを見せられるとね……」
運転席のバーズリーとザットも「うんうん」と頭を上下させて同意を示した。
「幸か不幸か荒事にたくさん巻き込まれてきたんで。今回みたいに……」
アストは自分はつくづくこういう人生なのだなと、肩を落とした。
「災難だったな。だが、そもそもどういう経緯でこのプロティーブルに来たんだ?」
「オレの下宿先にパジェットコープの人間が訪ねてきたんですよ、イゴール・カスティージョっていう人が」
「イゴール……!!」
「………」
「………」
その名前を聞いた瞬間、ザットの顔が憤怒と憎悪に染まり、バーズリーとネイザンも平静を装っているが、明らかに苛立っているようだった。
「あの……」
「すまんね。あいつの、イゴールのこととなると我らプロティーブル解放戦線は穏やかではいられないんだよ。奴は元々我らと行動を共にしていたんだ」
「え!?イゴールが解放戦線に!?」
驚くアストにネイザンは寂しげに首を縦に振った。
「イゴールも最初は我らと同様に故郷を我が物顔で支配するパジェットコープに不信感を抱いていた。しかし奴らを調べるにつれて、その財力とエヴォリストの超常的な力に惹かれていき……」
「ついにあいつは自分の前に、サブリーダーの立場にいた『キャタモール』さんを殺害。それを手土産にパジェットコープに降った」
「あのくそ野郎!!」
ザットは怒りのあまりにどうしようもなくなって、自らの太腿を叩いた。
「キャタモールはイゴール、そしてザットの戦いの師匠だったんだよ。元々は街に入り込んだオリジンズの駆除を生業としていて、解放戦線の中でも屈指の腕前だった」
「ミェフタの狙撃タイプのピースプレイヤー『アホートニク』を愛用していて……カッコ良かったな」
「あぁ、あれほどアホートニクが似合う男はおれは知らん」
「「「…………」」」
車内はさっきまでの明るさが嘘のように重苦しい空気に……。
「……すまないな、せっかく君が盛り上げようと頑張ってくれたのに」
「いえ、それを言うなら皆さんも。本当はもっとオレに言いたいこともあるでしょうに」
「君に言いたいこと?」
「オレはたくさんあなた達の邪魔をした。その挙句、あのヤービッツの悪魔を呼び寄せて、バナンさんとアチェルビさんを……」
「それ以上言うな」
「ティアニーさん……?」
「あの二人はキャタモールさんに負けない一流の戦士だ。その二人が決めたことに、とやかく言うのは、侮辱以外の何物でもない。だからそれ以上言うな。そして自分を責めるな」
「ティアニーさん……」
「あと俺のことはザットでいい。仲間はみんなそう呼ぶ」
「……はい」
こちらを見ずに窓の外を見ながらザットがかけてきた優しい言葉をアストは噛みしめる。その様子を見ていたネイザンとバーズリーの表情も和らぎ、再び車内はいい雰囲気に戻った。
「さぁ!詳しい話はセーフハウスに着いてからにしよう!」
「ペリーコもいた方が二度手間にもならないですしね」
「そうと決まればレッツらゴーだ!!」
ザットの言葉を合図にバーズリーがアクセルを踏もうとしたその瞬間だった。
バシュウン!!ドゴオォォォォォォン!!
「「「!!?」」」
前方に一筋の光が落ちてきたと思ったら、道路を粉砕!飛び散る破片がフロントガラスを叩く!
「バーズリー!!ブレーキ!!」
「はい!!」
今度はネイザンの言葉に従い、バーズリーはアクセルではなく、ブレーキを限界まで踏み込んだ!
キイィィィィィィィィィィィィッ!!
火花を散らすブレーキ!焼け焦げるタイヤ!車が悲鳴にも似た声を上げながら、必死になってスピードを殺していく!
キイィィィッ……
その甲斐もあって車は見事に堕ちて来た光によってできたクレーターの手前で停止することができた。
「ギリギリセーフ……」
「まだ安心するのは早いぞバーズリー」
「あの光の正体がわかってねぇからな……」
「いえ、わかってますよ」
「え?」
「オレはついさっき間近で見ましたから。皆さんだってそうでしょう……?」
「まさか……」
解放戦線の三人の脳裏に先ほど地下で目の当たりにした戦いの記憶が、青い龍と激闘を繰り広げた者の顔がくっきりと思い浮かんだ。
そしてそれが正しいと証明するために彼ら二人はまた一同の前に降りてきた。
「追い付いたぞ……!!」
べちゃりと道路に落ちてきたのは、全身を黒い泥に覆われた、暗くじめじめと陰鬱な印象を与える異形の存在。
「今度こそ……!!」
ゆっくりと高度を下げ、皆の視界に入る位置で停止したのは、全身が発光しているこれまた異形の存在。
再び彼らが青龍と解放戦線の前に現れたのだ。
「ダドリー、レスコット……!!」
「アスト・ムスタベ……!!」
「早速リベンジしに来たぜ……!!」




