完膚なきまでの敗北
「う……うぐっ……!!?」
体表、そして体内から水分を失った覚醒アストは通常形態へと強制的に戻され、地面を這いつくばった。
「そ、そんな……ログケプトとキオンフェクス……」
「それに六覚星のダドリー・モアとボビー・レスコット……」
「あの四人を苦戦しながらも、結果的には無傷で下した青のエヴォリストをあんな簡単に……!!?」
「どうすりゃいいんだよあんなの……!!?」
「ぐっ!?」
ザット、バーズリー、ネイザンその他プロティーブル解放戦線の面々は目の前の光景に絶句した。
(予想通りの結果になったね。少し残念だよ、君ならもしかしたら……なんて淡い期待を持ってたから)
ドローンとカリギュア軍団のカメラ越しに観戦していたフーグラーも本社ビルでため息をつき、椅子の背もたれに深く寄りかかる。
「くっ……!くそ……!!」
皆が皆、絶望、失望の底にいる中、当事者であるアストの心は……。
「お前はよくやっている。だが、それでも決して私には届かぬ。歯向かうのではなく忠誠を誓うことこそが正しい道だと理解しろ」
そう話すと、覚醒アルトゥルはそっと手を差し出した。初めて会った時のように、先ほどダドリーとレスコットにやったように……。
「なんのつもりだ……!?」
「見ての通り、仲直りの握手だ」
「あんなものを見せられて、ノコノコと手を取るとでも……」
「お前ならば今の私に敵意がないことはわかるはずだ」
アルトゥルの言葉通り、さっきまで周囲の者をそれだけで圧倒していたプレッシャーは鳴りを潜め、差し出された手にも力が込められているようには見えなかった。
「本当に……」
「あぁ、お前は力を示した。真に目覚めた者だと証明した。我が配下になるに相応しい人材……悪いようにはせんから、この手を取れ」
「オレは……」
青き龍はぷるぷると震える腕を悪魔へと伸ばした。
「あいつ結局……!!」
「………」
(それでいいアストくん。長いものに巻かれるのが、結局一番正しいんだよ。だから恥じることはない)
思い思いの感情を抱きながら、事の成り行きを見守る者達。彼らの前でアストが取った行動は……。
「さぁ、我が手を……」
「オレは!!」
ゴッ!!
「………は?」
アストは伸ばした手を拳に握り直し、地面を殴り、その反動で……というわけではないが、力を振り絞って立ち上がると、金色の瞳で悪魔を睨み付けた。一切輝きの失われてない瞳で……。
「……それがお前の選択か?」
「ええ……仲間を平気な顔で切り捨てる人とは一緒にやれるはずがない。そもそも誰も信用していない人なんか……」
「そうか……どうやらお前のこと……買いかぶっていたようだな」
ドゴオォォッ!!
「――がはっ!!?」
悪魔的ボディーブローが突き刺さる!龍の身体は折れ曲がり、酸素と体液が強制排出させられる!
「痛いか?痛いよな?痛くなるようにやったからな」
「ぐうぅ……!!?」
「それが私の手を取らなかった報いだ」
「何が……報いだ!!」
苦しみを堪え、龍は反撃のパンチを繰り出した……が。
ガッ
「ッ!?」
ヤービッツの悪魔はそれを避けることもせず、防ぐこともせず、光沢のある緑の甲殻でそのまま受ける。かすり傷一つつけられなかった。
「瀕死のお前の攻撃などバリアを張る価値もないわ。神に与えられた我が肉体を傷つけることなど不可能」
「一発耐えたくらいで!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
覚醒アストは拳を、肘を、膝を、蹴りをあらゆる打撃を叩き込んだ。確かに今の彼は万全の状態ではない。とはいえ、これだけ打てば耐えられるものなどいない……はずなのだが。
「こそばゆいな」
「ッ!?」
やはり悪魔のグリーンメタリックの甲殻を砕くどころか、へこませることも、傷つけることもできない。
「ならこれで!!」
アストは狙いを変更。立派な角が額から一本生えた頭部を打ち抜き、意識を断つためにハイキックを振り抜く。しかしこれも……。
ブゥン!!
「!!?」
これは受けなかった。悪魔は軽く仰け反って回避することを選択したのである。
「いい蹴りだ。当たらなければ意味はないがな」
「くっ!?こうなったら!!」
覚醒アストは残った力と水分を手のひらに集中、水の球を生成し、それを高速で回転、薄く伸ばし、丸いノコギリの形に……。
「龍輪――」
「それは……ダメだ」
キイィィィィィッ……パァン!!
「――な!!?」
最後の希望だと作り出した龍輪刃が細かい水滴となって弾け飛んだ!
青き龍の最強必殺技は悪魔に対して効果があるかないか、命中するしない以前に発動すらできなかった!
「その技だけは別格だ。完成前に我が念動力で破壊させてもらった」
「龍輪刃が……!!?」
この短時間でショックなことは色々あったが、その中でもそれはアストの心を抉り、自信を砕く出来事であった。
そんな茫然自失となった彼に……。
「これで私の完全勝利だ」
バゴオォォォォッ!!
「――ッ!!?」
容赦ない衝撃波!アストはまるで木の葉のように吹き飛び、全身から血を撒き散らしながら、気合や根性ではどうにもならない致命的な、戦闘続行不可能なダメージを与えられてしまった。
つまり……アスト・ムスタベの敗北が決定したのだ。
「青いの!!」
ザットの足が勝手に動き、倒れるアストに駆け寄った。彼自身どうしてそんなことをしているのか理解できなかったが、必死になって彼の下へと走った!
「おい!?大丈夫か!?」
「君は……」
「意識はあるみたいだな!なら、俺に掴まれ!ここから……」
「逃げられると思うか?」
「!!?」
「寝言は寝て言え」
逃げようと思って逃げられるなら苦労はしない。
青き龍をこんな目に合わせたヤービッツの悪魔はダメージも受けてなければ、体力も消耗している様子もない。考えるまでもなく、ここからの撤退など無理ゲーだ。だが、それでもザットは……。
「バーズリーさん!俺が時間を稼ぐから青いのを!!」
「バ、バカを言うな!!?足止めなら自分が……」
「あなたは解放戦線に必要な人間だ!ここは鉄砲玉の俺が……!!」
「お前ごときが、いやお前らごときが束になろうと我が歩みを止められんよ」
「「くっ!?」」
「その通りだ!!」
「……え!!?」
突然の声!その聞き慣れた声のした方向を振り返ると彼は、彼らは立っていた。
「ログケプトに……」
「キオンフェクス……」
覚醒アストとの戦いで意識を失っていた特級タッグが目を覚ましていたのだ!
「ここは我らに任せろ!!」
そう言うとキオンフェクスは跪き、冷気を出していた手のひらを床につけ……。
ガギィィィィィィィン!!
前方に巨大な氷山を生成!それを……。
「オラアッ!!」
バキッ!バババババババババババババッ!!
ログケプトがアストに砕かれていない方、右拳で殴り、砕き、氷塊を細かくして撃ち出した!
それはザットやアストの頭上を越えて、悪魔に……。
「下らんな」
バギィィィィィィィィン!!
「「ッ!!?」」
悪魔には当たらない。念動力によって視界一面に広がる氷をさらに細かく砕いてしまったのだ。
砕かれた氷はまるで天から降り注ぐダイヤモンドのようにキラキラと周囲を舞って、むしろ特級タッグの渾身の攻撃は悪魔の強さと超越者っぷりを彩り、わざわざ強調しただけだった。
「ちっ!起き抜けだから、本来のパワーが出なかったか?」
「いえ、今の一撃は間違いなく、ブルードラゴンに放った時と遜色ない……」
「わかってるよミルコ!そうでも思わないと、これからやろうとすることが怖くてできなくなっちまうって話さ!!」
「ですね。我らがやろうとしているのは……」
「イカれたことだからな!!」
ログケプト、キオンフェクス前進!ヤービッツの悪魔に向かって、恐怖を振り払うかの如く猛スピードで走り出した!
「バナン!アチェルビ!!」
「リーダー!みんなとそこの身の程知らずのバカ、ついでに青いのを連れて、逃げてください!」
「ジェイミー、ミルコ……」
「長くは持ちません!だから早く!!」
「ウオラァ!!」
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
バギィィィィィィィィィィィィッ!!
「「ぐっ!!?」」
ログケプトはパンチを、キオンフェクスは冷気を放ったが、アルトゥルのバリアに阻まれてしまう。だが、それで構わない。
「リーダー!!」
「早く!!」
「ぐっ……!!わかった……総員撤退!!隠し通路から脱出するぞ!!」
「「「………」」」
「返事をしろ!!とっとと動け!奴らの思いを無駄にしたいのか!!」
「「「は、はい!!!」」」
リーダー、ネイザンの苦渋の決断を受け入れ、解放戦線のメンバーは動き出した。後方にあるなんの変哲もない壁を何やら弄ると、扉のようにスライドし、通路が出現する。そこに皆、我先にと流れ込んでいく。
「コルバックさん!自分に掴まって!!」
「助かるバーズリー」
サブリーダーのバーズリーは愛機の刃風・双を装着すると、膝が砕けてまともに動けないリーダーに肩を貸した。
「ザット!お前も青のエヴォリストと……!」
「はい……」
ザットも涙を堪えながらジャンクドッグを装着するとアストに肩を貸す……のではなく、肩に担いだ。
「文句言うなよ。これが一番速い」
「オレはまだ……あの人達を……!」
「リーダーの、コルバックさんの話を聞いてなかったのか?あの二人のことを思うんなら、ここから離れるのが一番なんだよ」
「くっ!?」
「それに今のお前じゃ……行ったところで役に立たない……!!」
「くそ……オレの力は何のために……!!」
後悔と罪悪感に苛まれ、後ろ髪を引かれながらも青き龍はジャンクドッグに担がれて、隠し通路の中へと消えて行った。
「みんな行ったみたいだな」
「あとは我らがどれだけ時間を稼げるか。もしくはこいつをここで……」
「寝言は寝て言え。目覚めていないお前らに成し遂げられることなどない」
バギィィィィィィィィン!!
「――ッ!!?」
「――がはっ!!?」
覚醒アルトゥルが力を解放!ログケプト、キオンフェクス、完全適合にまで至った二体の特級ピースプレイヤーを難なく弾き飛ばした!
「何てパワーだ……!!?」
「青のエヴォリストでも、我らには個別に当たっていたのに、二人まとめてなんて……」
「特級だろうと、スーパーブラッドビーストだろうと、ハイパーコアストーンだろうと、勝てる者などいないさ。私は世界の頂点に立つ覚醒者の王なのだから」
(こいつは……驕り高ぶっているわけではない!!)
(本当にそうだと思っているんだ。自分こそがこの世界で一番強いと信じている……この男にとって、今の言葉は事実を述べただけなんだ……!!)
挑発や蔑みの感情が込められていた方がマシに思えた。自分自身が世界で最も優れ、だからこそ世界の全てを好きにしていいと本気で思い込んでいる存在は、恐怖の対象以外の何物でもなかった。
「ミルコ……」
「ええ、ジェイミーわかっていますよ……」
「こいつは野放しにしちゃいけない……!!」
「どんな手を使っても、この世から抹消せねば!!」
「寝言は……って、言い飽きたな。ここまで自分の置かれている状況を理解できないとは……愚か過ぎて、可哀想になってきた」
そう語るヤービッツの悪魔の顔は一切変わらず、とてもじゃないが同情や憐れみなど感じているようには見えなかった。
「状況?そんなもん理解してる」
「我ら二人がかりでも、どうにもならないほどお前は強い」
「けれど、だからといって尻尾を巻いて逃げる気もない……!!」
「この身が動かなくなるまで、とことんやってやるさ……!!」
「やはり何もわかっていないじゃないか。私が言ったのは、そういうことではない」
「……は?」
「お前は一体何を……!?」
「おかしいと思わなかったのか?このタイミングで特級ピースプレイヤーなんて貴重なものが二体も手に入るなんて」
「「な!!?」」
バナン、アチェルビ、双方の身体に電撃が走り、思わずたじろぎ、後ずさりをした。アルトゥルの言葉、その意味することを理解してしまったのである。そしてそれが事実であるとしたら……。
「お前……」
「まさか……!!?」
「ようやくか。お察しの通り、そのログケプトとキオンフェクスはパジェットコープが流したものだ。お前らの手に渡るように」
「何でそんなことを!?」
「何のためにわざわざ自分達が不利になるような真似をしたんだ!!?」
「調子に乗って、表に出て来たお前らを一網打尽にするためだよ。なぁフーグラー」
「そうで~す!ボクがうまいこと君達に届くように手配しました!」
二人を、そしてプロティーブル解放戦線の全てを嘲るようにカリギュア軍団が一斉にダブルピースした。
「お前ら……!!」
「我らをどこまでも……!!」
「まっ、実はもう一つ、二つ理由があるんだけどね。君達と戦った青のエヴォリストにこんなヤバい奴らがいるなら、自分が六覚星になって、プロティーブルを守らないと……なんてあわよくば思ってくれないかなとか」
「その目論見に関しては見事に外れてしまったがな。こいつらがあまりに弱過ぎて」
「くっ!?」
「さらにお前らに絶望的な情報を教えてやろう。その二体の特級、我らがどこで手に入れたと思う?」
「どうせ金にものを言わせて、手に入れたんでしょ!?」
「ブッブー!正解は……」
「私の戦利品だ。その二体は私が悪魔と呼ばれるきっかけとなったヤービッツでの戦いで手に入れたものだ」
「な!!?」
「じゃあ……!!?」
「あぁ、私はその二体に過去に勝利している。お前らより長い間そのマシンに向き合い、研鑽を重ねた使い手に操られたそいつらにな」
「嘘だろ……!!?」
あまりのショックでログケプトはまた一歩後ろに下がった。
対してキオンフェクスは……。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ミルコ!!?」
ガギイィィィィィィィィィィン!!
ショックが大き過ぎて、ある種の開き直りの境地に達したのか、今日一番、いやミルコ・アチェルビ史上最高に感情を高ぶらせ、それを糧に覚醒アルトゥルの頭上に巨大な氷山を作り出した。
「ほう……前の使い手でも、ここまで大きな氷は作れなかったぞ」
「潰れろ!悪魔め!!」
「けれど……」
グンッ!!
「!!?」
「私にとっては些細な違いでしかない」
キオンフェクスが限界以上の力を振り絞って生み出した氷山は、ヤービッツの悪魔が軽く片手を翳しただけで落下を止めた。
「ブルードラゴン相手にこの力を出せていれば、結果は変わっていたかもしれなかったな。だが、私相手にはお前らが何をしようと……」
バギィィィィィィィィン!!
「ぐうっ!!?」
「ジェイミー!!」
氷に気を取られている間に奇襲……と、いきたかったのだが、アルトゥルはログケプトの動きも把握していて、あっさりとパンチをバリアで受け止めた。
「奇策、不意打ちに走るのもまた弱者。そしてそれを圧倒的な実力差で打ち破ってこその強者だ。誇りに思え、この世の最期に我が力の片鱗を見られることを」




