悪魔覚醒
アルトゥル・ミチュカの意志に呼応し、肉体は大きく形を変えていく。
その覚醒態は光沢のある緑色、角度や光の加減によっては金や紫にも見える鮮やかなグリーンメタリックの甲殻を纏い、額には一本、大きな角が生えている神々しさと禍々しさ、相反する印象が共存する凄まじき姿をしていた。
「あれが……!?」
「あんなのって……ありかよ!!?」
アルトゥルが悪魔の本性を現すと同時に、これ以上ない緊迫感に包まれていた空間もまたさらに重く冷たく変化する。アストでなくとも感じ取れるほどの力の増大……解放戦線に関しては脂汗を浮かべ、ガタガタと勝手に膝が笑い、立っているのもやっとのようであった。
(サカタさんの覚醒状態を初めて見た時強いとは思ったが、勝てないとは思わなかった。けれどこれは……!!)
彼ら以上の感性と経験、そしてその恐ろしいアルトゥルに皮肉にも最も近い存在であるアストはより明確に力の差を理解し、絶望した。しかし……。
(だからどうした!何事もやってみないとわからない!今までもそうだったじゃないか!やるしかないんだ……きっと今回もなるように……なる!!)
しかし、それでも無理矢理にでも希望を見いだし、強引に自分を鼓舞し、震い立たせる。
(現地にいなくて良かったよ。あんなのと同じ空間に居られるのサカタさんとエドガー社長くらいのもんだもん。御愁傷様、解放戦線。そして……アストくん)
一方、遠く離れたパジェットコープ本社ビルでカメラの映像でこの光景を見ていたフーグラーはその場にいる者達に同情し、この後起こるであろう惨劇から目を背けるように、ヘッドマウントディスプレイに覆われた瞼をそっと閉じた。
「さて、準備は整った。再開といこうかアスト・ムスタベ」
「アルトゥル・ミチュカ……!!」
どんな攻撃が来ようと対応できるように、アストは神経を研ぎ澄まし、前後左右加えて上、全方向に最速で動き出せるように半身になり、腰を僅かに落とした。
「…………」
「…………」
「…………」
「………ん?」
けれど待てども待てども覚醒アルトゥルは一向に動こうとしない。泰然自若として、身じろぎ一つせず真っ直ぐと立っているだけだ。
「……まだ覚醒状態への移行が終わってないのか?」
「いや、これで完全だ。これこそ皆がヤービッツの悪魔と呼ぶ姿だ」
「なら、何で……!?」
「サカタとの組手の話は聞いている。奴がそうしたなら、私がやらぬ訳にはいかんだろ。ちょうどさっきは私からだったから公平だしな」
そう言うと手のひらを上に向け、ちょいちょいと指を動かし手招きをした……あの時サカタがやったように。
「先手は譲ってやる。好きなタイミングで仕掛けて来るといい」
「ッ!!?」
ダドリーとレスコット、仲間であるはずの彼らを傷つけ、虐げる姿、イグナーツから聞いた口にするのもおぞましい凶行の数々、そしてパジェットコープに対する不信感……それら全てのアストの中で溜まりにたまった怒りの感情が、その一言によって爆発した!
「上等だ!初手で一気に終わらせてやる!アウェイクテクニック!!」
通常形態からテクニック特化形態へ!
覚醒アストの想いに反応し、空気中から水分を取り込み、肉体が目まぐるしく変化していく。右腕は細く伸びて長大なライフルに、さらには胸部や腰部横などに噴射口を増設、耳元がアンテナのように伸びて尖って、金色の眼を保護するようにバイザーが覆い被さり、大きく姿を変えた。
「覚醒形態が複数あるのか。なんと珍しい。だが……」
「喰らえ!!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!!
のんきに感心してるヤービッツの悪魔など無視して、テクニックアストは右腕を変形させたライフルから圧縮した水の弾丸を躊躇することなく発射する!弾丸は空気の壁を突き破り、どんどんと加速していき、覚醒アルトゥルに……。
グンッ!!
「なっ!!?」
命中直前で空中で静止した。弾き飛ばされるのではなく、形状を留めたまま、まるで時間が止まったようにピタリと停止したのである。
「珍しいだけでは、私には届かんよ」
「まだだ!まだテクニカルなオレの攻撃は終わっていない!弾けろ!水花火!!」
テクニックアストから指令を受けた弾丸はたちまち破裂し、散弾となって周囲にいるものにダメージを与える!いつもだったら……。
グッ!!
「は……弾けない!!?」
けれど今回は一切そんな素振りは見せない。正確にはよく見ると弾丸は命令の通り、弾け飛ぼうとしているのだが、周囲にある何かに抑え込まれて、無理矢理今の形に押し留められているようだった。
そしてその違和感は、水弾を発射したテクニックアストにも伝わり、疑問を抱かせる。
(おかしい。さっきまでのバリアだったら、そもそもこんな状態になってないはず。アルトゥル全体が透明で硬いフィルムに覆われていたあれとは逆に、オレが撃った弾の方が何かに包まれているような……)
「様子見で遠距離攻撃」
「ッ!?」
「セオリー通りだが悪くない。というか、そもそも有効だからセオリーになっているのか。ただこのヤービッツの悪魔に対してやるなら……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「な!!?」
アルトゥルの周りの石、氷の欠片、地下鉄の破片、それらが一斉に宙に浮いた。そして……。
「これくらいやらないと」
ババババババババババババババババッ!!
凄まじい勢いで撃ち出された!青龍が放った水も含まれているごった煮の弾幕が視界一面に広がった!
「ブースト!!」
パシュッ!!
テクニックアストは咄嗟に胸部鎖骨、腰部横などから水蒸気を噴射、凄まじい加速力で雪崩のように襲いかかる弾幕から逃げようとしたのだが……。
「ふん」
グッ!ババババババババババババババババッ!!
「何!?」
弾幕は青龍の動きに合わせて旋回!アストの後をぴったりと追いかけて来た!
「くそ!」
パシュ!パシュ!パシュッ!!
なんとか振り切ろうと各部噴射口から連続で水蒸気を噴射し、ジグザグと小刻みに左右に揺れながら後退していく。高性能ミサイルだろうがドローンだろうがついて来ることはできない機敏な動き……そのはずなのに。
グッ!グッ!グッ!!
「つうっ!!?」
決して振り切れない。弾幕はテクニックアストの足跡をきれいにトレースし、どこまでもしつこく追って来る。
(緊急回避に特化したテクニックのブーストでぶっちぎれないとは!?水花火で撃ち落とすか!?いや、奴に弾を補充することになるだけだ。だったらここは更なるスピードを……)
「アウェイクスピード!!」
テクニックからスピード!ライフルやバイザーが消え、代わりに肩と足が肥大化、背中から突起のようなものが突き出て、噴射口が増設された!
「これがオレの……最高速!!」
ブシャアァァァァァァァァァァッ!!
追尾してくる弾幕をその目で捉え、動きを見定めながら後退していたテクニックとは対照的にスピードアストは完全に背を向けると、各部の噴射口を同じ方向に統一、そして水蒸気を一斉放出!一瞬でトップスピードまで加速して、追尾弾の群れを一気に引き離した!
「中々のスピードだ。けれど、速いだけではこの状況から逃げ出せんぞ」
グンッ!!
(加速した!?)
引き離したのは一瞬だけ。アルトゥルが放った弾幕もまた彼の意図を汲み、スピードを上げて、再びジリジリと距離を詰めて来た。
(そう簡単にはいかないと思っていたが、真正面からスピード勝負を挑んでくるとは。そっちがその気なら、その負けん気とスピードを利用させてもらう……!!)
スピードアストはトップスピードを維持したまま真っ直ぐととある場所に向かう。真っ直ぐと……そそり立つ壁へと。
「はあッ!」
ガッ!
そして壁にぶつかる直前にくるりと回転。足から着地すると……。
ガアァァァン!!
そのまま壁を蹴り押し、再加速&方向転換!スピードを保ったまま、ありえない軌道で曲がった。
こんなことをできるのは世界でも選りすぐりのスピードスターくらいのもの。つまり……。
ババババババババババババババババババッ!!
アルトゥルに操られた弾丸は曲がり切れずに全て壁に激突し、粉砕し、消滅した。
(これで鬱陶しいストーカーは片付けた。あとは奴らを操っていた黒幕を――)
ヌッ……
「――ッ!!?」
バリアに触れたからなのか、ヤービッツの悪魔の力をその金色の瞳で何回か目にしたことで適応したからなのか、アストには透明なはずのそれが見えた。
自らの前に立ち塞がる巨大な手が……。
バゴッ!ドゴオォォォンッ!!
「――がはっ!!?」
その巨大な透明の手に上からはたかれ、地面に落下!叩きつけられ、裂けた身体から血を撒き散らしながら反動でバウンドした!さらに……。
ガシッ!!
「ぐっ!!?」
さらに跳ねたところをキャッチ!今度はその手に全身を握られる。身体の中にある血液を絞り出すように、ギリギリと強く強く握られる!
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「一体何が起こってるんだ……!?」
ザット達から見ると飛んでいたら勝手に落ちて、また勝手に宙に浮かんで、そして勝手にスピードアストが苦しんでいるようにしか見えない奇妙な光景。だが、得体が知れないからこそ、理解できないからこそ怖いものである。彼らの目は怯えきっていた。
「これでは自慢のスピードも意味がないな。できることと言えば、いい声で鳴くことと、血を流すことくらい」
「まだある……!!」
「ん?」
「オレの手札はまだ残っている!アウェイクパワー!!」
咆哮とともに脚や肩、背中の突起などが身体の中に吸収されていき、それが移動し上半身、特に腕部に集中し、青龍はまたタイプの違う異形へ、スピード特化形態からパワー特化形態へと姿を変えた!
「ウオ……ラァッ!!」
バシュウンッ!!
まさに強引!まさに力任せ!パワーアストはその剛力によって、自らを握り潰そうとする透明な巨大な手をはね除け、破壊した。
「これも凌ぐか。結構結構」
それに対しヤービッツの悪魔は悔しがるどころか、よくやったと手を叩いた。
その行為が龍の逆鱗に触れたことは言うまでもない。
「戦闘中に拍手なんかしてんじゃないよ!!」
アドレナリンが漲っているパワーアストはこれまでのダメージなんかなかったように躍動し、臆することなく悪魔の懐に踏み込んだ!そして……。
「オラアッ!!」
その豪腕をおもいっきり振り抜く!
パアァァァン!!
「……な!!?」
しかしそれを覚醒アルトゥルはあろうことか片手で、手のひらでいとも容易く受け止めてしまった。このパワー特化形態を会得してから避けられることはあっても、こんな風に手でなんて……初めての経験である。アストのショックは計り知れない。
「パワフルなオレのナックルを片手で……!?」
「まさか念動力を使わずに肉体の力だけで防がれるとは思わなかったか?」
「ッ!!?」
「察しはついていたんだろ?頭は悪くないようだからなお前は」
「だとしてもなんで……」
「なんで自分の能力をこうも簡単に話してしまうのか不思議か?なんてことはない、仮に知られたところで問題ないからだ。わかったところで対応できる奴など存在しないからな」
(はったりじゃない!シンプルかつ汎用性の高い能力……対策でどうにかできるものじゃない!!)
「アスト・ムスタベ、お前のその形態変化や技の数々、素晴らしいよ。賞賛に値する。きっと血の滲むような努力をしたのだろう。熱が出るほど考え抜いたのであろう。だが、そんなことをしている時点で弱者なんだよ」
「なんだと……!!?」
「“本物”には努力も工夫も技もいらない。真の才能は生まれたその瞬間から全てを超越し、全てを蹂躙する……それが私だ」
バッ!バッシャアァァァァァァァァァン!!
「――ッ!!?」
瞬間、パワーアストの身体が、水と血液が弾け飛んだ。




