悪魔降臨
「ヤービッツの悪魔だって……!?」
刹那、アストの脳裏にかつて死闘を演じたイグナーツの顔と、彼が死の間際までその言葉について語ってくれた記憶が洪水のように溢れ出した。
「お前は“ヤービッツの悪魔”を知っているか?」
「あの日、ヤービッツの制圧戦もうまくいっていた」
「それがヤービッツの悪魔、たった一人のエヴォリストによってひっくり返された……」
「奴が姿を現してからは戦場は一変した。数で勝るピースプレイヤー軍も、完全適合した特級も、凄腕のストーンソーサラーもみんなあいつ一人に殺された」
「あれは戦いではなく、虐殺だった……」
「奴は間違いなく自分の力がどこまでできるかを試すためだけに、目に映る人間を殺し続けていた。歴史上に残る最悪のエヴォリストの一人だよ」
「そんな……アルトゥルがあのヤービッツの悪魔……」
アストのその身を焦がさんばかりに燃え滾っていた怒りの感情、それが戸惑いと恐怖によって塗り替えられてしまう。
それほど彼にとっても“ヤービッツの悪魔”という名前は強烈なインパクトを残した言葉だった。
「私の異名に覚えがあったようだな」
「本当にあんたが……!?」
「フッ、信じられないのも無理はないか。名前だけが独り歩きし、この名を騙る偽物が世界中に現れたからな。だが、私こそが“ヤービッツの悪魔”と呼ばれた存在……あの日、我が洗礼を察知し、回避したお前ならばわかるはずだ。頭ではなく本能で」
(そうだ……オレはこの人に会ったその日からただならぬ気配を感じていた。いや、今も感じているこの心のざわめきこそが何よりの証明だ……この人は、こいつは“ヤービッツの悪魔”だ!!)
アストはアルトゥルが噂に聞いた最凶最悪の存在だと認識すると、そっと足を開き、腕を上げ、構えを取った。
「私がヤービッツの悪魔だと認めた上で戦うつもりか?」
「戦いたいのはあなたの方でしょう?わざわざモアとレスコットを粛清するために来たわけじゃない。解放戦線を……」
「ッ!?やっぱり俺達を……」
「くっ……!!」
覚醒アストの後ろでザットが狼狽え、ネイザンは息を飲んだ……が。
「寝言は寝て言え」
「……え?」
「私がそいつらを始末しに来た?力に目覚めてもいないゴミどもを?つまらん冗談だ」
アルトゥルは一笑に付し、否定した。
(俺達が狙いじゃないのか……)
それに対し、胸を撫で下ろすザット。
(だとしたら……!!)
そしてさらに警戒心を強めるアスト。解放戦線が狙いでないとしたら、答えは一択、最悪の展開しかないからだ。
「……そうだよ。お前だよアスト・ムスタベ。私は君に会いに来た。私だけでなく、ここ最近のパジェットコープはお前のためだけに動いていた」
「ウンウン」
フーグラーの操るドローンが同意を示すように、上下に傾いた。
「オレを……どうしたいんだ?」
「一番いいのは私達に共感して仲間になってくれることだった」
「これは本当の本当だよ。エドガー社長もアルトゥルさんもボクも君が六覚星として共に戦ってくれることを望んでいた。で、君自ら提供してもらいたかった」
「提供?」
「フーグラー、こうなった以上は……」
「だね。話す必要はない。本来の任務を、パジェットコープの第一目標を達成しよう……とはいっても、やるのはアルトゥルさんだけどね」
「あぁ、こんなことになるなら最初から私がやれば良かった。初めて会ったその時に、無理矢理にでもこうやって」
「!!?」
そう言ってアルトゥルは手をアストの方へ、右手を翳した。
ドゴオォォォォォォッ!!
次の瞬間吹き飛んだ……アストがさっきまで立っていた地面が。当のアストは攻撃を読み、咄嗟に回避、無傷のままだ。
「素晴らしい。ダドリーとレスコットがやられたのを見ただけで、対応してくるとは」
「対応?山勘が当たっただけだっての……!!」
「その感性がいいのだよ。感じ取れるか感じ取れないか……結局のところ人間の価値を決めるのはそれだ。そんな曖昧なもので人生が良きものになるかクソになるかが決まる」
「確かにそういう感覚的な部分は大事かもしれないな」
「ほう……同意してくれるか」
「いや、しない!!大切なのはそれをどう使うかだ!どれだけ優れたものを持っていても、間違った使い方を……他人を身勝手に傷つけるような使い方をしたらダメなんだ!!」
アスト前進!地面を抉れるほど蹴り押し、アルトゥルへと突っ込んでいく!
(奴の能力の全貌はわからないが、この衝撃波に関しては、なんとなく感じ取れる。これならうまいこと回避して――)
「少しスピードを上げるぞ」
「――!!?」
ドッ!!
「ッ!!?」
自分の考えが浅はかだったと教えられる。再びアルトゥルが放った衝撃波は先ほどよりも速く、覚醒アストはギリギリで両腕をクロスして防御するので精一杯だった。
「避けこそできなかったが、反応はしている。つくづく惜しい才能だ。使い方を間違っているのはお前の方じゃないのか?」
「くそ!!」
無理矢理後退させられた青龍だったが、その闘志が気後れすることはなかった。むしろさらに強く激しく心を燃やして、再突撃を敢行する。
(半ば自棄になっての特攻か?いや、この男は……)
(液体化で衝撃波を無効にする!そして手が届くところまできたら……死なない程度にブン殴る!!)
「どんな策を持っているのか……見せてみろ」
ドッ!
(来た!!)
アルトゥルが手のひらから衝撃波を発射!それを感知した覚醒アストも能力発動!全身を水に変えて、攻撃を……。
ドゴオォッ!!
「――がはっ!!?」
攻撃を無効化できず!衝撃波は何故か液体となったアストを捉え、見事にダメージを与えて吐血させ、地面に転がした!
「な、何で……電気でも熱でもないのに、液体化しても無効にできない……!!?」
「そんなこと私が知るか」
(くっ!?だが今はこの人の言う通り理屈なんてどうでもいいか。大切なのは液体化が通用しないってこと……)
「それよりも早く起き上がった方がいいぞ」
ヌッ……
「……え?」
いまだ立てずに仰向けになっている青き龍の顔に影がかかった。いや、顔だけではなく全身が黒く染まっていた。彼の上に浮かぶ巨大なそれのせいで……。
「つっ!!?」
アストの上に浮かんでいたのは、この車両基地に放置されていた地下鉄……それが重力を失ったようにプカプカと浮かんでいたのだ。
「私が言うのもなんだが……この程度で潰れてくれるなよ」
バッ……
再び重力が復活!地下鉄は本来あるべき動きでアストへと真っ直ぐと落ちてきた!
ドスウゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
「うおっ!!?」
「くっ!?」
巨大な質量が墜落したことで地面は揺れ、それを覆っていた水は跳ね、ザットやネイザン、解放戦線の面々は倒れないように必死にバランスを取った。
そしてその落下地点にいた青き龍は……。
「もしや……やってしまったか?」
「何をだ!!」
ザアァァァァンッ!!
「龍輪刃ッ!!」
覚醒アストは自身の最強必殺技を発動!それで地下鉄を切断し、その間をすり抜けて窮地から脱した。さらに……。
「アルトゥル・ミチュカァッ!!」
切断された地下鉄の屋根のへりを蹴り、急加速!ロケットのようにヤービッツの悪魔へ向かって飛んで行く!そして勢いそのままに硬く握った拳を……。
「はあッ!!」
ガッ!バギィィィィィィィィィィィッ!!
「な!!?」
拳はアルトゥル本人には届かなかった。彼の前に展開された透明な“何か”によって阻まれ、どれだけ拳に力を込めてもそれ以上先に進まない。
「よくぞ切り抜けた。誉めてやろう」
「ぐうっ……!!」
「だが、残念ながらここまでのようだな。ここから先はお前の踏み込める領域では……」
バキバキ……
「……お」
他の者には見えていないがアルトゥルには見えていた。そしてアストは感じ取っていた。
ヤービッツの悪魔を守る透明な障壁が青龍の拳を中心にひび割れていくのを。
「ウオラァッ!!」
ガッ!バギィィィィィィィィィィンッ!!
覚醒アストは限界を越える力で、アルトゥルとの間にある壁を粉砕した!そして障害が無くなったことで、ついに拳は本来のターゲットに……。
「フッ……」
ブゥン!!
「ッ!!?」
それでも、ここまでやっても拳はターゲットに命中することはなかった。
不敵な笑みを絶やさないアルトゥルは先ほどの地下鉄のように重力を失ったかの如くフワリと浮かぶと、緩やかに後退。あまり速そうには見えない悠々とした動きで、拳を空振りさせ、射程の外に一旦エスケープした。
「まさかバリアをこうも簡単に破ってくるとは、サカタ以来の逸材だと感じた私の感性は確かだったようだ」
「それ、自虐してるのか?それとも自慢?」
「どっちもだな。けれど気持ち的には喜びが大きい。久しぶりだからな……覚醒状態になるのは」
「な!!?」
「何を驚いている?まさか私がお前のように変身できないと?この程度の力しか持ってないと?」
(そう思いたかったのかもしれない……今のままなら、ギリギリなんとかなりそうだから。だが、その程度だったらオレはあれほどこの人のことを恐れはしない……!)
覚醒アストの中を、どこにぶつけていいかわからない複雑な感情が駆け巡り、思わず身震いし、拳を強く握りしめた。
その様子を見て、悪魔は安心したように口角を上げる。
「フッ……そうだよな。お前ならば、きちんと感じ取っているはずだよな。それでいいんだよ、アスト・ムスタベ」
「今回ばかりはあんたも認めるオレの勘、外れていて欲しかったけどな……」
「それでも闘志衰えずか。つくづく惜しい。できることなら、この戦いの後、気持ちを改めてくれることを願う。そして……ヤービッツの悪魔の真の姿と相対しても死なないことをな……!!」




