もう一つの名
「すげぇ……」
「本当にとんでもない男だな……」
特級タッグに続き、ダドリーとレスコット、二人のエヴォリストまで倒してしまったアストにザットとネイザンはただ驚愕し、感嘆の言葉を漏らすことしかできなかった。
(なんだかんだあの二人なら傷の一つや二つをつけられると内心期待してたんだけどな~。まぁ、しょうがない、結果を受け入れよう。それよりもこうなったら次はいよいよ……)
一方のフーグラーはいつもと変わらず。ドローンから送られて来る衝撃的な映像をヘッドマウントディスプレイ越しに見ても、一切表情を崩さず、淡々と次の展開について考えを巡らせる。
「青のエヴォリストよ」
「コルバックさん」
「君のおかげで助かった。あの二人の力が我らに向けられていたら全滅必至だっただろう」
「ええ、オレが今まで戦った中でもかなりの強敵でした」
「あんなにボコボコにしておいてか!?」
嫌味にも聞こえるアストの発言にザットが思わず噛みついた。
「言うほど圧勝ってわけでもないよ。ぶっちゃけ力の差よりも、こちらの思惑以上に精神的に取り乱してくれたのが、大きかった」
「あれだけの力を持っているんだ、きっとこんなに追い詰められた戦いをした経験がなかったんだろうな。必死に気持ちを立て直そうとしてたが、傍目から見るとそれが余計に焦りに繋がり、どんどんと思考と闘志を蝕んでいるように見えた」
「しかも強い力を持ってしまったせいでレスコットはともかくダドリー・モアに関しては能力の研鑽が甘かった。とても単調で……きっともっと自分と向き合って研究していれば色んな戦い方ができたのに」
「それが普通な気もするがな」
「あぁ、青のエヴォリスト、君のように強い能力を発現しても、驕ることなく努力を続けられる者は思いのほか少ない。奴らやプロティーブルに来たエヴォリスト達を見ていると、そう感じるよ」
(オレの場合、物心ついた時からあらゆる面で上にいる兄貴がいたし、リヴァイアサンや神凪のレッドドラゴンにへこまされたからな。今、思うと調子に乗りそうなところでボコられたのが、オレを色々といい方向に導いてくれたのかな?)
とはいえ、あまりいい思い出ではないのでアストは複雑な顔をした。
「それでこれからどうする?」
「あ、そうでしたね。とりあえず今倒した二人は拘束して、残った一人に、六覚星にお話聞きましょうか?」
アストは振り返り、白い不気味なピースプレイヤーを引き連れたドローンに視線を送った。そのカメラの奥にいる少年に視線を……。
「わかってると思うけど、この戦力じゃボクは君には勝てない」
「自分で言ってて情けなくならないか?フーグラー」
「もちろん情けなさマックスだよ。でも、落ち込んでてもしょうがないし。別に命の危機にあるわけでもないから慌てる必要もないし」
「君の本体は遠く離れたパジェットコープの本社ビルだからな」
「なので話を聞き出そうとしても無駄だよ。君の疑問には応えられない」
「そこをなんとか!」
アストは両手を合わせて、軽く頭を下げた。
「情に訴えてもダメだよ。これでもそれなりにエドガー社長には感謝してるんでね」
「やっぱダメか。じゃあ……」
アストはチラリと左右の少し離れたところで倒れているダドリーとレスコットを見た。
「その二人に聞こうとしても無駄だよ。彼らは肝心なところは何も知らされてないからね」
「なんかそんな気がしてたけど……実際に君の口から聞くと可哀想になってくるな」
「容赦なくぶっ倒しておいてよく言うよ。まぁ、彼らからしたら君にやられたことなんて屈辱であっても、これから受ける恐怖に比べればなんてことないだろうけど」
「これから受ける恐怖だと……?」
不穏な空気を感じ取った青龍は緩んでいた気を引き締め、再び臨戦態勢に入った。
「おっ!あれだけ暴れたのに、まだやる気?感心感心」
「ふざけてないで今の言葉はどういう意味だ?これからって……」
「こちらが大分有利な仕事だとしても、一応最悪を含めてあらゆるパターンを想定するもんさ。ましてや君のように人間離れした力とお人好しさを兼ね備えた存在が絡んでくるなら尚更ね」
「つまり今現在のこのパターンが君が思う最悪のパターンってことか?」
「そ。君が解放戦線に絆され、裏切り、ダドリーとレスコットの二人を“無傷のまま”倒しちゃう……考えてはいたが、まさか本当にそうなるとは」
フーグラーの本体は苦笑いを浮かべた。
それは遠く離れたアストには見えなかったが、声色とここ数日の付き合いで、彼がどんな顔をしているのかは容易に想像できた。
「数ある可能性の中から最悪を引いたのに、ずいぶんと余裕だな」
「ボクなりにこの状況を避けるために努力はしたし、なんだかんだそこでノビてる二人の実力は買っていたからこそ逆に笑えてくるというか……このブルードラゴン、マジですげぇ!って感じでね」
(ずいぶんとのんきな奴だな)
聞き耳を立てていたザットは他人事のように語るフーグラーに呆れ返った。そんなことを思っている彼自身もずいぶんとのんきだ……この後、彼はそう思い知らされることになる。
「でも、それ以上にあの人は先見の明があるなって。あの人は最初からこうなることを言っていたんだから」
「あの人?」
「私だよ」
「「「ッ!!?」」」
「うっ!!?」
その声が車両倉庫に響いた瞬間、空気が一辺した。一気に空気が重くなり、ザットは全身の毛が逆立ったように感じた。
「この声は!!?」
そしてそれはアストも同じだった。多くの激闘を乗り越えて培われた生存本能が絶え間なく危険だとサイレンを鳴らす。
彼はこれと同じ経験をごく最近している……。
「アルトゥル・ミチュカ……!?」
「久しぶり……というほどでもないか。アスト・ムスタベ」
カリギュアの群れを掻き分けて現れたのは、一見何の変哲もない普通の男。街を歩いていてすれ違っても気に止めることもなければ、顔を見ても一秒後には忘れてしまいそうなほどどこにでもいるような特徴の感じられない男。
しかし、この場の空気はこの男に一瞬にして支配された。彼から発せられる威圧感は普通とは程遠いものだった。
「何であんたがここに……!?」
「それ、今ボクが説明したでしょ。アルトゥルさんはこうなることがわかっていたんだよ」
「なんとなくだがな。だが、念のためにこの近くで待機し、お前達が戦うようなことになったら連絡するようにとフーグラーに言っておいた」
「で、指示通り連絡したってわけ」
「私がここにいる理由なんてどうでもいい。それよりも……初めて会った時から、きっとお前と私の道は相容れないと感じていた」
「………」
「そして憂いはこうして現実のものに……私にはそれが残念で仕方ない」
「……実を言うとオレも同じことを思っていました」
「フッ……本当に惜しいな。お前のように真に目覚めた存在は是非とも欲しかったのだが」
「エドガー社長も言ってましたね~」
「重ね重ね残念だ。優秀なお前は我が手から離れ、手元に残るはこんな雑魚だけとは」
アルトゥルはおもむろに上に向けた人差し指をクイッと動かした。すると……。
グンッ!!
「「「!!?」」」
気絶していたダドリーとレスコットが宙に浮き、引き寄せられ……。
ドゴオンッ!!
「――がっ!!?」
「――ッ!!?」
アルトゥルの前の地面に叩きつけられた。
「お、おれは一体……!?」
「気がついたか?」
「――ッ!!?」
「ア、アルトゥル氏!!?」
目を覚まし、アルトゥルの存在を認識した二人は顔をひきつらせ、ガタガタと震え始めた。まるで悪魔を前にしたように……。
「よく頑張ったな」
「ッ!!?」
アルトゥルはそんな彼に労いの言葉をかけてそっと手を差し出した。だが、ダドリーはと言うとむしろ余計に怯えているような……。
「どうした?ん?」
「いや、あの……!!?」
脳裏に過るのは彼の人生において最悪の思い出。あらゆるものの頂点に立ったと思っていたのに、それが下らない幻想だと教えられた恐怖と屈辱、そして激痛の記憶。
「何をやっている?ほら?」
「ぐうぅ!!?」
急かすアルトゥル。
どんなに嫌がったところでダドリーには選択肢などないのだ。断ったら、もっと酷いことになるのは目に見えているのだから……。
「さぁ……初めて会った時のように」
「うわあぁぁぁぁっ!!?」
意を決してダドリーはアルトゥルの手に触れた。
ドッ!ドゴオォォォォォォォォォォンッ!!
「吹き飛べ」
「………がはっ!!?」
手に触れた瞬間、ダドリーの身体は凄まじい勢いで加速して壁に叩きつけられた!彼を中心にできたクレーターの大きさがその破壊力を物語っている。
「ふむ……いまいちだな。そのままバラバラにするつもりだったのに」
「腐っても六覚星ですからね~」
「どうだか。もう一人の方で試してみるか」
「ひっ!!?」
アルトゥルは今度はレスコットに手を……。
「やめた」
ドッ!ドゴオォォォォォォォォォォンッ!!
手を差し出すこともなく吹き飛ばして、ダドリーとは真逆の壁に新たなクレーターを作り出した。
即死でも何らおかしくない強力かつ無慈悲な一撃。だが、かろうじてレスコットの息はあるようだった。
「同じことをやっても芸がないからな」
「そもそもアルトゥルさんの握手って、目覚めているかどうか何も知らない人にやるものでしょう?以前、間抜け晒して手痛い洗礼を受けた人にやっても」
「意味なかったな」
アルトゥルはその通りだと苦笑した。
「……で、フーグラー」
「ハイハイ」
「あいつは何をそんなに怒っているんだ?」
対照的に覚醒アストは憤怒の形相を浮かべ、全身から戦闘中でも発さないような強烈なプレッシャーを醸し出していた。
「自分が何をやったかわからないのか!?あんな酷いことを……!!」
「ん?酷いって……お前がやったことと変わらんだろ。自分だってあの二人をけちょんけちょんにやっつけてるじゃないか?」
「それは訳あって敵対したからだ!彼らがこちらに攻撃してきたからだ!!だけどあんたと彼らは仲間だろ!?敵意の欠片もなければ戦える状態でもなかった!!」
「仲間?はっ!!」
アルトゥルは可笑し過ぎて、鼻で笑った。何を言っているんだと、的外れも甚だしいと。
「寝言は寝て言え。私に仲間などいないよ。仲間とは同レベルの弱者どもがお互いの無能さを慰め合うコミュニティ……並び立つ者のいない私には無縁の者だ」
「本気で言っているのか……!?」
「あぁ、私は何もふざけていない。私は覚醒王となり得る器。唯一無二の存在。その私の暇潰しとして死ねるなら、あのゴミ能力者どもも本望だろう」
(この人は本当に)
迷うこともなく、恥じることもなく言葉を重ねるアルトゥル。そんな彼の言葉をアストは何一つ理解できなかった。
今まで会って来た人間ともエヴォリストとも全く違う得体の知れない存在、アルトゥル・ミチュカ、強いて上げるならシリアルキラーとして名高いアイル・トウドウと近いそのおぞましく、禍々しいメンタリティーにアスト・ムスタベは恐怖と、それ以上の嫌悪を覚えた。
そしてその直感は正しい。今、彼の目の前にいるものは人ではなく、生きとし生ける全てのものの敵。アルトゥル・ミチュカは……。
「外道が……!!」
「外道……それは久しぶりに言われたな。大体、人が私のことを呼ぶ時は悪魔だからな」
「悪魔……」
「あぁ、私のもう一つの名……人は私のことを“ヤービッツの悪魔”と呼ぶ」




