侍(サムライ)の心を持つ戦士
アンジェロは、ギルド「悪魔の檻」の本部から逃げ出した残党を追って、街を飛び出した。
ただ、メンバーの多くは暗殺者+追跡者であり、探し出す事は容易では無かった。だが、物理的に居なくなった訳では無い。肉眼で捉えにくいというだけで実体はあるのだ。
アンジェロは呼吸を整えると、神経を集中し始めた。周囲に絶えず気を配り、わずかな気配にも敏感に反応する。
「……そこかっ!」
アンジェロは、不意に通り過ぎかけた木へと剣を突き出した。漆黒の刀身を持つ魔剣は、木の幹へと深々と突き刺さったが、そこには何も無い様に見えた。しかし……、
「うっ……」
くぐもった声がすると、まるで中空から湧き出た様に、短刀を持った男が姿を現すと泡となって消えた。
「隠行術と無音移動か……」
アンジェロは、そうつぶやいた。どちらも追跡者のスキルである。アンジェロを不意打ちするつもりだったのだろうけど、連中の誤算は相手が並の人間とは違った事だ。
まるで、時代劇の1シーンで、不意打ちしようとして待ち構えている者に対して、その居場所を察して返り討ちにするが如くであった。
(馬鹿め。殺気が”だだ漏れ”なんだよ)
アンジェロは、心の中でそう思った。
「これで、残りはあとどれだけだ?」
脳内モニターで、登録した悪魔の檻のメンバーの居場所をチェックすると、残り8人がアンジェロが居るこの森の中に潜伏している事が解った。
このまま連中が逃げ切る事は出来無い。なぜなら、その為の用意を連中は何もしていないだろうからだ。つまり、食糧やアイテムを始め、戦う為の装備も一切持たない、文字通り身一つでこの森に逃げ込んだ為である。
それも当然だ。普通は、ギルドホールに殴り込みをかける者など居るはずが無いからだ。さらに、「ノウアスフィアの開墾」の実装以後、現実世界となったこのセルデシアは、多くの場所がまだ未開の地として残っている。どこに何があるか、それらを全て把握している者はおそらくだがまだ居ないだろう。
あるかどうか解らない人里を探すうちに、(もし持っていれば、だが)食料や回復アイテムが尽きてしまう愚行を犯す事も出来無い。さりとて、未開の地を手ぶら同然でミナミまで向かったところで、結果は同じだろう。
つまり、悪魔の檻の連中は、アンジェロが諦めるまで隠れて逃げ続けるか、降参してなりふり構わずに頭を垂れて、死ぬ気で許しを乞う事だが、おそらくそれは通らないだろう。
っとなると、残る手段は戦って勝つしかないが、動力甲冑すら倒すアンジェロに勝てる者など居るはずも無い。
もっともそれは、あくまでも単独対決での考えある。もし集団で一度に襲えば……。という事には、誰でも行き着くだろう。
そういう訳で、とりあえず街から逃れた8人は、示し合わせて合流するとアンジェロと戦う為の対策を考えようとした。
「くそ、バラバラにかかっても勝てねえ」
「それじゃ、どうするんだ?」
「とりあえず連携しようぜ。順番に攻撃して、じわじわと追い詰めてたたみかけるんだよ」
8人は、何やら相談すると、それぞれ配置に付いた。
しばらくすると、アンジェロがそこへやって来た。8人は示し合わせた通りに、まず苦内をアンジェロに向かって投げた。
当然だが、例え当たったとしても致命傷には程遠いダメージしか与えられないし、毒を塗ってあったとしてもアンジェロには効果が無い。
本当の狙いは、仕掛けておいた罠に、アンジェロを誘導する事だった。しかし、アンジェロはそれを見抜いており、苦内を避けながら地面を剣で叩いたり木の幹をつついたりして、仕掛けられていた罠を次々に暴いた。
「な、何で罠が解るんだよ!?」
「こいつ、何なんだ?」
悪魔の檻の残党は、アンジェロの底知れぬ能力に驚きを隠せなかった。
「そこだ!」
アンジェロは、飛んで来た苦内を剣で弾くと、その苦内の出所へ向かって「半月斬」を放った。隠れていた茂みごとX状の斬撃に切り裂かれた男は、泡となって消えた。
2万×2回攻撃=4万ダメージの斬撃である。防御用の技能を持たない暗殺者に、耐える事は不可能だった。
「おらおら、隠れていると死ぬぞ!」
アンジェロはそう言いながら、森のあちこちへ半月斬を放って回った。それによって、森の木や草が次々と薙ぎ倒されて行く。そうする事で、身を隠す場所も潰しているのだった。
やがて、あちこちで悲鳴が上った。片足をロープで宙吊りにされている者や、網に包まって吊り上げられている者などが見える。
間抜けな事に、パニックに陥った奴らは、自らが仕掛けた罠に引っかかってしまったのである。無論だが、これもアンジェロの策略である。
一見すると、アンジェロは手当たり次第に半月斬を放っていただけに見えたが、実は巧妙に逃げている奴らを、意図的に残していた罠に追い立てていたのだった。
アンジェロは、罠にかかった連中が、情け無い姿で命乞いをするのを全て無視して斬り伏せた。そして、逃げた悪魔の檻のメンバーが全て居なくなったのを確認すると、街へと戻った。
しかし、何と言っても、げに悲しきは悪魔の檻の連中の情報不足であった。何せ、アンジェロの事を何も解っていなかったのだから。当然だが、魔剣の秘密の事さえ知らないでいた。
おまけに、現在アンジェロは冒険者レベルがカンストの100である。これだけのレベル差があれば、残りの8人が束になっても勝てる訳が無かった。
アンジェロに勝つ事は、例え90レベルの冒険者をフルレイドーー24人ーー集めても無理なのが事実である。
さて、アンジェロに倒された悪魔の檻のメンバーは、次の地獄に苦しむ事になった。
「な、何だよ!?出られねえ!?」
悪魔の檻のメンバーは、神殿で復活したものの、その外側のエリアに出る事が出来なかったのだ。正確には、神殿の存在するエリアから、他のエリアへの移動が不可能になっていたのである。まるで、透明な壁があるかの様に、境目を越えて次のエリアへ一歩も足を踏み入れる事が出来無くなっていた。
また、帰還呪文を使おうとしても、その使用も出来なかったのだ。
「い、一体どうなってるんだ!?」
神殿に集まった悪魔の檻のメンバーは、混乱に陥っていた。そこへアンジェロが現れてこう言った。
「あんたらは、ここからもう出る事は出来無い」
「ど、どういう事だ!?」
「この神殿の周囲のエリアは、あたしが全て買い占めた。同時に、帰還呪文の設定ポイントのエリアも、あたしが買った。そしてあんたらは、全員があたしのブラックリスト入りをしている」
つまり、アンジェロは神殿を中心にして、まるでドーナツの様な感じで神殿周囲のエリアを全て買うと同時に、帰還ポイントに設定されているエリアも買い、悪魔の檻のメンバーを全員ブラックリストに登録したのである。
蘇生こそされたものの、結果的に 悪魔の檻のメンバーは神殿から出る事が出来ず、帰還呪文で復帰ポイントへ戻る事も出来無くなったのだ。
「これで、あんたらは誰もここから出られない。そのまま、食料が尽きて飢え死にする→神殿で復活する→出られずに飢え死にする、の繰り返しって訳さ。空腹を抱えたまま、無限地獄で永劫の苦しみに囚われ続けるがいい。ここがお前達の『檻』だ」
アンジェロは、妙に冷静な口調で言った。それが、悪魔の檻のメンバーに更なる恐怖を植え付ける。
「た、頼む……。助けてくれ、許してくれ……」
「お願いだ、この通りだ」
悪魔の檻のメンバーは、全員が情け無くアンジェロに向かって土下座を繰り返した。しかし……、
「駄目だね。お前達はずっと、この街で好き勝手にやってたんだろう?だったら、この先もずっと苦しんでもらわないとね」
アンジェロはそう言うと、くるりと神殿に背中を向けた。もちろん、これは脅しのモーションだ。
「待ってくれ!ギルドは解散する!俺達は全員ここから出て行く。二度と悪さもしねえ。それと、フレンド登録してあったメンバーも削除して、完全に解放する。だから許してくれ!」
ギルドマスターの男が、必死の形相で喉から搾り出したその言葉を聞くと、アンジェロは再び神殿を振り返った。
「いいだろう。だけど、お前達全員には一筆書いてもらうぞ」
アンジェロはそう言うと、紙の束を出した。それは、サブ職「芸能人」のスキルで作った「契約書」(というより誓約書)だった。
冒険者というのは不死の存在である。完全にその存在を滅する事は出来無い。なので、これ以上この連中をどうにかする事は無理だった。そして、ここを出てもまた別の場所で同じ事をするとも限らない。
アンジェロは、契約書に一筆書かせる事で、2度とこの連中が悪事を働か(け)ない様にするのが狙いだった。
ただし、実際にはこの契約書には何の効力も無い。言わば、見せかけだけの「ハッタリアイテム」なのだが、非常に良く出来たデザインの為に、その信憑性は極めて高いと思わせる事が出来た。
こうして、悪徳ギルド「悪魔の檻」は壊滅し、ギルドを構成していたメンバーは散り散りになった。アンジェロは、悪魔の檻のメンバーのブラックリストを解除すると、同時にフレンドリストからもその名前を削除した。そして、街中の買い占めたエリアの契約書も破棄した。意味の無いエリアの継続的な所持は、無駄に維持費を払う事になるからだ。
イガの街の人々は、悪魔の檻の支配から開放されて、久しぶりに手にした自由を喜び合い、これ以上無いと言う程の感謝や謝辞の言葉をアンジェロに贈った。
なお、イガの街には、自治組織であると同時に、主に自衛を目的とする戦闘集団という設定で、「スズカ忍軍」という一団があったのだが、NPCとしての設定レベル的に、とても悪魔の檻には太刀打ち出来る力が無かった。
その頭目が、直々にアンジェロに対して会談を申し入れて来ており、アンジェロもまた快くそれを了承した。
使いの者に案内されて、アンジェロはいかにも武家屋敷と言った感じの屋敷へと到着した。引き続き案内の者に屋敷の中へ連れられると、立派な両開きの襖のある1つの部屋の前へと通された。
「頭目、お客人をお連れいたしました」
部屋の中へ向かって案内役がそう言うと、下がった。
「お客人、どうぞお入りになって下さい」
男性の声がしたので、アンジェロは襖を開けて部屋の中へと入った。
部屋の中には、何かの動物の毛皮で出来た”ちゃんちゃんこ”を着て、白髪交じりの初老の男性が座布団に座っていた。
「ささ、まずはどうぞおくつろぎ下さい」
その男は、アンジェロに座布団を勧めて来た。アンジェロは、
「失礼します」
と言って、一礼をするとその座布団に正座して座った。
「良くおいで下さいました。拙者は、スズカ忍軍とこの街を預かる一族の頭目で、『百地 丹波』と申します」
そう言うと、胡坐をかいたままでアンジェロに頭を下げた。
「アンジェロです。お招きに与ります」
そう言うと、アンジェロも百地に対して頭を下げた。
(ほう、これはまた……)
百地は、アンジェロのそういった振る舞いの中に、侍を見た気がした。
稀に見る美貌に凛とした気品と佇まい、それでいて内面から湧きあがる何か。まさに侍だった。
「この度は、私が治めるこの街を救って頂き、お礼の言葉もございません」
「いえ、私が勝手にやった事です。お気になさらずに」
百地と名乗る頭目に、アンジェロはそう返した。
「本来ならば、その役目は我らが務めねばならぬものを、力が至らぬばかりに無頼の者達の前に屈する事になった事、誠にもって面目次第もありません」
そう言って、頭目は再び頭を下げた。確認してみると、頭目のレベル設定は40であり、戦闘型のNPCとしては決して低い訳では無く、手下の者達もレベル30程度はある。
確かに、このくらいのレベルなら街の周囲のモンスターとは十分に戦う事が出来るだろう(そうで無ければ、イガの街は壊滅してしまう)。しかし、レベル90にもなる冒険者の相手は、さすがに無理があった。
「こちらこそ、あの様な暴虐を働く連中が居た事、同じ冒険者として恥ずかしい限りです」
アンジェロはそう言うと、百地に対して頭を下げ返した。
こうして、イガの頭目との会談を済ませたアンジェロは、次の問題の解決へと向かって考えを巡らせ始めた。




