対決
次の日、アンジェロはこの街の地形を一通り調べて回った後、念話でマルンの誘導を受けながら、「悪魔の檻」のギルド本部へと向かっていた。
今日は、室内での作業と言って、マルンにはギルドの中に居てもらった。もちろん、もし危害を加えられそうになったら、なりふり構わず逃げて良いとは言ってあるが、これまでも大丈夫だったので、たぶん平気だろうとはアンジェロも思っていた。
マルンに教えられたそこは、西部劇に出て来る酒場の様な施設だった。入り口にある、両開きの扉を開けるとアンジェロは中へと入った。
「誰だ、てめえは?」
近くのテーブルに座っていた男が、アンジェロに向かって言った。
「ほう、こりゃまた、えらい美人の姉ちゃんじゃねえか」
「俺達と遊びに来たのか?」
周囲の連中が、アンジェロに下品な言葉を投げかけるが、そんなふざけた言葉には耳を貸さず、
「……あたしの友達を返してもらおうか」
アンジェロは短くそう言った。
「あんたの友達?誰の事た?」
男が聞いた瞬間、
「アンジェロさん!」
そう言って、奥からマルンが駆け寄って来た。
「本当に来てくれたんですね!」
嬉しそうにマルンが言った。
「もちろんさ」
アンジェロは、笑いながらマルンに答えた。
「てめえ、一体何のつもりだ!」
それを見ていた男が、いきり立ってわめいた。
「だから、友達を迎えに来ただけさ」
アンジェロは、あくまでも冷静に言った。その時、
「騒々(そうぞう)しいねえ、一体何の騒ぎだい?」
そう言いながら、2階へ続く階段を降りて来たのは、ノースリーブで肩紐も無い、まるでハイレグの水着に近い様な露出の多い衣装を着た女だった。胸の大きさもそれなりで、服も谷間を強調している作りだ。さらに髪も、金色をベースに赤や緑が混じったケバケバしい色に染めており、目にはアイシャドーを付けて、真っ赤な口紅を塗っていた。言葉遣いはアンジェロに似ているが、どこか下品な感じがする。
「何か妙な奴が来たんですよ」
男が見上げながら言うと、
「おやおや、これはこれは。何とも美人の登場じゃないか」
階段を降りて来た女がそう言いながら、歩みを止めた。どうやら、ギルドの幹部らしかった。しかし、ギルドマスターでは無さそうだ。
「生憎だけど、余所者には用は無いね。お引取り願おうか」
女がアンジェロに言うと、
「そっちに無くても、こっちにはあるのさ。ざっと数えて残り29人の友達も、返してもらおうか」
アンジェロはそう答えた。
「威勢の良い事だけど、いつまでもナメたクチ利いてると、こっちも容赦しないよ!」
得物と思われる鞭を取り出して女が言うので、
「それはこっちの台詞だ。あたしも疲れる事は嫌いなんでね」
アンジェロはそう返した。
「どうやら、口では無く、身体で教えてやらないといけないみたいだねえ」
女がそう言うと、それまで座っていた連中が、ゆっくりと立ち上がった。
「とりあえず、下がってて」
アンジェロはマルンに言うと、言われた彼女はアンジェロの後ろに隠れた。しかし、背後から近付いていた1つの影が、素早く彼女を攫った。
「何っ!?」
アンジェロが慌てて振り向くと、フードを後ろにやって灰色のマントを着た男が、マルンを後ろから抑えていた。
(こいつも追跡者、か)
アンジェロがつぶやいた。
男は、攫ったマルンの首に素早く手を回すと、その首筋に刃物を当てた。
「どうだ、手が出せるか?」
男はニヤニヤ笑いながら言った。
「こいつは装備品ーーいわゆる武器アイテムーーじゃない、普通の日用品なんでね。警備兵は出て来ないのさ」
男の言う通り、マルンに刃物を向けているにも関わらず、動力甲冑は姿を見せなかった。
「ちっ……」
アンジェロは短く舌打ちをした。
「さあて、と。どうするかな」
男は、マルンの首筋に刃物をぺたぺたと当てながら言った。
「服を脱いでもらうってのはどうだ?一枚づつゆっくりとな」
周囲に居る別の男が、下卑た笑いを浮かべながら言うと、
「いいねー、ひゅうひゅう」
周囲の奴らが、それを煽る。
「いかにも、下衆の考えそうな事だな」
アンジェロは、眼光鋭く周囲の連中を見回した。
「おっと、怖い怖い」
睨まれた男は、ふざけた態度で言った。
「では、その物騒な物をこっちに寄越しな。この女がどうなってもいいのか?殺しはしなくても、この可愛い顔に引っかき傷を付ける事くらいは出来るんだぜ?」
マルンを拘束している男にそう言われると、アンジェロは魔剣「無敵の刃」を背中から外し、鞘ごと男の方に放った。
「カシャン」という音がして、剣が床に転がる。
「なかなか聞き分けが良いな。それじゃ、こいつは頂くとするか」
男はそう言うと、別の男に合図を送り、その男が魔剣を拾い上げようとした。しかし、
「お、おい。何だよこりゃあ!?全然持ち上がらねえぞ」
魔剣を持ったままの男の身体が、逆U字型になる。けれど、男がいくら力を込め様とも、魔剣は持ち上がる気配すらない。
「どうなってんだよ、こりゃあ?」
「そいつは特別誂えの取り引き不能品でね。残念だったね」
アンジェロがそう言うと、
「それなら、その剣をコマンドから破棄してもらおうか」
調子に乗った男が言った。すると、それまでおとなしくしていたアンジェロが口を開いた。
「お断りだ、この雑魚が」
「何だと!?」
思わぬアンジェロの返事に、男達が動揺しながら言った。
「刀は武士の魂、剣は戦士の魂。捨てる訳には行かないね」
「じゃあ、この女がどうなっても……」
「やれるもんなら、やってみな。ただし、その後で自分達もどうなるか、理解しているならね!」
そう言うと、アンジェロはダッシュしながら放り投げた魔剣に手を伸ばすと、自分の手の中へと召喚した。
魔剣を手にしたアンジェロは、魔剣を拾おうとしたままの格好の男を、「邪魔だ」という一言と共に蹴り飛ばすと、マルンに向かって、
「頭を下げて!」
と短く言った。
マルンが、言われた通り頷く様な感じで、辛うじて頭を少し下げた。
その刹那、そのマルンの頭の上を一陣の風が通過した。同時に、呆気に取られている表情のまま、彼女を盾に取っていた男は、首と胴体が泣き別れになると泡となって消えた。
「こ、こいつ、頭がおかしいのか?」
「まさか、街中で本当にやるとは……」
連中の間にどよめきが広がる。
しかし、当然ながら対人戦闘禁止区域でこんな事をやれば、NPCの警備兵が登場する。
だが……、
「邪魔なんだよ、このクソ鎧がっ!!」
アンジェロは怒号と共に、警備兵である動力甲冑を、口伝「半月斬」を発動させて一瞬で斬り捨てた。
「う、うそだろう……!?」
それを見て、のメンバーは驚きを隠せなかった。
「全く。本当に困っている人には見向きもしないで、他人の喧嘩には首を突っ込みやがる。マジでウゼェんだよ」
怒りを込めて、吐き捨てる様に言ったその言葉には、その場に居る全員を凍り付かせるには十分過ぎる程の量の、圧倒的な威圧感と怒気と殺気が含まれていた。
動力甲冑というのは、違反行為をした冒険者を取り締まる為に。様々な能力を与えられている。ゲームでは無くなった現在では、そういった能力がどうなっているのかは解らないが、それを抜きにしても強い者ではレベル100相当の強大な戦闘能力があり、1vs1で戦えば最高レベルの冒険者と言えども、下手をすれば瞬殺の憂き目に遭う事も少なく無い。おまけに、ピンチになれば瞬間移動で戦闘から脱出したり、戦闘中の回復能力も与えられている。
言わば、その能力は正に”チート”なのだ。もっとも、それは万が一にでも反抗する冒険者に倒されない為のものであり、システム上では必要な能力であった。
しかし、アンジェロはそんな動力甲冑を一撃で斬って捨てたのだ。アンジェロの考えは、厄介な能力を発動させる前に倒してしまえという、究極に単純で明快なものであった。
よって、「頼みの綱」+「無限大の一閃」+「半月斬」という技能連続発動によって、まさに瞬殺したのである。
動力甲冑はNPCであり、能力も設定されている。当然だがHPも存在するのだ。無敵と言う訳では無い。攻撃を受ければ傷付く事もあるし、無論やられる事もある(もっとも、今までに倒したという話はおろか、当然ながら逆らったという事さえも聞いた事は無いが……)。
3倍×10倍×2回攻撃、すなわち2万×3×10×2=120万という桁違いのダメージが、一瞬で動力甲冑に叩き込まれたのだ。そしてそれは、動力甲冑に設定されているHPの数値を上回っていた。
アンジェロに斬られた動力甲冑は、身体がバラバラになって地面に落下すると、すぐに消滅してしまった。おそらくは自動で回収されたのだろう。
「次はてめえらの番だ。覚悟しな!」
動力甲冑を斬り捨てたアンジェロは、剣先を悪魔の檻のメンバーに向けた。
「ひいいっ!」
「た、助けてくれえっ!」
完全に戦意喪失となった 悪魔の檻のメンバーは、情け無い悲鳴と共にアンジェロへ背中を向けると、出口へ向かって一目散に逃げ出した。
「逃がす訳が無いだろっ!!」
アンジェロは、逃げ出した悪魔の檻のメンバー達を追いかけると、追い付いた端から構わず斬り付けた。
「ひっ」
「あがっ」
「ぐわっ」
短い断末魔の悲鳴と共に、斬られた者は次々と輝く泡となって空中へと消えて行った。アンジェロが発動した「頼みの綱」は、まだ十分に効果時間を残している。アンジェロの3倍に上昇した攻撃力に耐える事は、「ストーンオブキャッスル」などの技能を使用しなければ、普通の冒険者には不可能だった。
もっとも、1回こっきりの技術を使用して、その場は耐える事が出来たとしても、次の攻撃を回避する事は不可能なのであるが……。
動力甲冑が出動不可能となった今、酒場の中は悪魔の檻の処刑場と化していた。文字通り鬼神となったアンジェロは、悪魔の檻のメンバーを容赦無く斬って回った。
「あ、あたしは仕方無くこいつらと一緒に居ただけなんだよ。見逃してくれよ、なっ?」
例の色気過剰の女幹部が、引き攣った愛想笑いを浮かべながらアンジェロに媚びたが、
「一緒に絡んでいた時点で同罪だ、観念しな」
怒りの表情を浮かべたアンジェロにそう言われると、その表情は一気に凍り付いた。
「ふん、良くあんな顔で男受けしていたもんだ」
最後に女幹部を切り捨てたアンジェロは、そう言ってから逃げた残りのメンバーを探しに、酒場から出て行った。悪魔の檻の半分は酒場の中で始末したが、残りは街を出て付近の森林へと逃げ込んだ様だ。ここで全滅させておかないと、後で面倒な事になるし、それも作戦の内だったからだ。
なお、マルンはアンジェロから他に囚われているメンバーの事を任せると言われていたので、ギルドの居住部分へ行くと、そこを引き払う様に触れて回った。
マルンからそれを告げられたメンバー達は、一瞬何を言われたのか解らずにしばらく呆然としていたが、自分達が自由になるのだと解ると、歓喜しながら少ない手荷物などを纏め始めるのだった。




